ドクタ・バースを殺害した罪で、ユージーン・ガラルドが軍から追放された。
 そんな噂を、ミナールで旅人から聞いた私。
 ユージーンと言えば、半年以上前に会ったマオって言う少年。元気にしてるかしら……?

 それは置いといて、ミナールからだいぶ北の方に行ったところにあるスールズで、氷付けの少女がいるらしい。
 その話を教えてくれた商人は、体中傷だらけだった。
 私が、どうしたんですか? と尋ねると、商人が言うには氷付けの少女の前にいた青年が「クレアを渡してたまるかぁぁぁああ! クレアに、クレアに何かあったら俺がクレアに殺される!!」と吼えながら剣を振り回してきたらしい。
 その時点で、その少女がクレアという名前なのはわかった。そして、その青年が(ある意味)命掛けでクレアさんを守ってる、と言う事も。
 その氷付け、と言うのはフォルスの暴走のせいで出来たものかなって私は思った。

 自分のフォルスの暴走の一件以来、私はフォルスを使うことを恐れてしまった。キュリア先生が言うには「怖がってたら前には進めないわ」って……。

 そのクレアさん(と青年)を助けに行こうか迷ってるの。フォルスを使うのは怖いし、でもその二人を助けたい――……。

 ああ、そんな風に悩んでいる間に、キュリア先生にミーシャと共に扱き使われながら、一日が過ぎていくのね……。



07.新たなる出会いヘタレ青年に腹黒少女





「う~んッと♪ ここに来るのは久しぶりだネ、ユージーン♪」
「ああ、そうだな」
 ミナールの港にて、船から降りた赤毛の少年が伸びをして、隣にいる黒豹のガジュマに声をかけた。
 黒豹のガジュマの名は、ユージーン・ガラルド。元・王の盾の隊長として色々と面倒な隊員たちを何とかまとめていた。
 そして赤毛の少年は、マオ。フォルスの暴走で記憶を失い、成り行きでユージーンに保護された。純粋無垢な瞳と、魅惑の生足で相手を翻弄させる力と炎のフォルスを持っている。無邪気な行動が目立つが、子供の特権を生かして徳をする事もしばしば。何となく腹黒である。
 ユージーンは、マオに話し掛ける。
「マオ、ミナールに来たら会いたい子がいると言っていたな」
「うん! もうボクたちは王の盾とは無関係だからネ。ユージーンもその子と会っても大丈夫だと思うヨ」
 マオの言葉に、ユージーンは顔を顰めた。
 ――……王の盾と何か関係があるのか? フォルスの能力者だろうか。
 そう思ったが、その内わかるだろうと思い、敢えて聞くのを止める。



 町を歩き回りながら、マオはユージーンと共にその会いたい子、と言うのを探していた。
 そして、宿屋に入ろうとしていた、その少女を見つける。
 もう自分たちは王の盾とは関係無い。そう思い、マオは一気に、その少女に駆け寄りながら名前を呼んだ。
――ッッ!」
 自分の名前を呼ばれて、がマオの方へ振り返るや否や、マオがに抱きつく。
 いきなりの事に、目を丸くする
「えへへー♪ 久しぶりだネ、ッ!」
「ま、マオ?! ってことは――……」
 マオがいる事には驚き、次に、の視線はユージーンのもとへ。瞳が微かに揺れた。マオは、を放す。
、ボクたち、もう王の盾じゃないんだヨ」
 マオがそう言っても、は微動だにせず、ユージーンを見つめるだけだった。ユージーンも、を見て、動揺しているのが見て分かる。
 ――……って、もしかして凄い悪い奴だったの?
 そんな不安が、マオを襲う。だが、その不安はすぐにかき消された。
「ユージーン……」
 フワリと、どこか儚げにが微笑んだ。死んでしまったと思っていたが、生きていた。その事実を目の前にしたユージーンは耐え切れず、マオのように駆け出して、を強く抱き締める。もまた、ユージーンを抱き締め返した。
……! 生きているなんてッ……!」
「うん……ごめんね、ユージーン」
 なんで二人はこんなにも親しいんだろう。意味がわからない。マオはそう思った。
「ねぇ……何で? って、王の盾からの脱走者なんでしょ?」
 マオの言葉に、は説明しようと、ユージーンから離れようとした。
 だが、ユージーンの壊滅的な力によって離れれない。寧ろユージーンの力が増していってるような気がする。
「く、苦しいってユージーンッ……! 死ぬッ……!」
「あああ! ユージーン、力入れすぎだって! 焼くよ?!」



 取り敢えず事情を話す為、三人はミナールの食堂へと来た。
「はぁ……死ぬかと思った」
 締め付けられた体を擦りながら、は呟いた。
「それで、。どうしてお前が生きてるんだ」
「って言うか、って脱走者じゃなかったの?」
 質問しまくってくる二人をよそに、は店員に頼んで、テーブル席を用意してもらった。そこに座る三人。そして、店員が水を持ってきたついでに、適当なものを注文した。
 コップに入った水を三分の一ぐらい飲んで、は息をつき、向かい側に座っている二人を見て口を開く。
「うん……マオ、私は確かに脱走したと言ったら、脱走してるわ。そして、私は紛れも無く、ユージーンの言ってた記憶喪失の
「うーん……だったら、なんでボクに嘘ついたの?」
「嘘なんかじゃないわ。実際本当の脱走者だもの。ただ、脱走したと言う事は、誰も知らないけれど……私のフォルスが暴走して、私は牢屋に入れられた。そこで「逃げてください」って、王の盾の隊員がやってきたの。実は私、死ぬ気満々だったんだけど、その隊員や、正規軍の兵士二人に励まされて、生きる事にしたのよ。それで、フォルスを使って、私の身代わりを牢屋に置いて、私自身はこのミナールにやって来た。……そしてそれから二ヵ月後、訓練に来てたマオと出会った。私が生きてるなんてバレたら、大変でしょ? だから、マオには脱走兵って言っておいたのよ」
「酷いヨ、~。ボク、普通に「そのって子と喋りたかった」とか言ってたのに! 恥かしいじゃんか~」
「ふふ、まあいいじゃない。話せたんだし」
 マオは拗ね、顔をほんのりと赤くしながらを睨んだ。まさしく萌えの極み。は、そんなマオを見て、微笑みながらマオの額と突付いた。
 そして、ユージーンは思いッきしカヤの外。久しぶりにと出会ったというのに、はマオと意気投合して入れる隙がないぐらいだ。「俺って哀れ過ぎないか」と思っていると、隣に座っているマオが自分の方をみてニヤリと笑っていた。恐らくを独り占めできて、それを自分に見せびらかせているんだろう。
 どこでどう教育を間違えたのだろう、と本気で頭を抱えるユージーン・ガラルド40歳。
「それで、どうして二人は王の盾を辞めたの?」
 ユージーンが軍から追放されたのは知っているが、は敢えて聞いた。
「俺は……バースを殺してしまった。結果、王の盾から追放されたんだ」
「ユージーンはボクのお父さんみたいなものだもん。ユージーンが軍を出たらボクも出る。そう言うことだよ」
「成る程。それで、今まで何してたの?」
「……最近、アガーテ様の周辺がキナくさくなってきたんだ。ラドラスの落日一件以来、王国はなんだかおかしい。その真相を探るべく、フォルスを持った仲間を探している。……
 ユージーンとマオの答えには頷き、更に質問を返すと、ユージーンが答え、の目を見た。それに対し、は苦笑する。
「私に仲間になれって? 良いけれど、条件付きよ」
「条件?」
 マオが首を傾げて、に尋ねた。
「私はサレとワルトゥとは絶対に戦わない。トーマの場合は、自己防衛として戦うかもしれないけど……」
「なーんだ、それなら大丈夫だよネ! トーマの場合でも戦わなくて済むかもよ。だってトーマの野郎がを狙ったら、ボク一瞬にしてトーマを煮て煮まくった牛丼にしちゃうから♪ ねッ、ユージーン♪」
「俺に同意を求めるな。……ああ、わかった。普通の戦闘でもお前がいるとだいぶ助かる」
 の条件に二人は承諾した。は「それじゃあ決まりね」と言って、笑った。そして店員がやって来て、頼まれたオムライスとサラダと牛丼を持ってくる。
「……牛丼頼んだのって、ユージーン?」
 の問いに、ユージーンは首を振った。
「いや、俺は雑炊を頼んだが……」
「なんで雑炊。じゃあ、これって多分間違ってるんだよね。すいませーん」
 雑炊を頼んだのに対しマオはツッコみ、店員を呼んだ。
 そして店員に事情を話すと、店員は申し訳ありません、と言って言葉を続ける。
「多分この牛丼、下にいるお客様のものでした! 雑炊はただちに持ってきますので!」
 そう店員が言った瞬間、一階から怒鳴り声が。
「いつまで待たせるんだクソがぁぁ!! さっさと持ってこぉぉい!!」
 聞き覚えのある声に、三人はハッとして二階から一階を見た。
 レジの前で仁王立ちしているのはトーマ。牛肉が牛丼をテイクアウトしようとしている。
「まままま待って! な、なんでトーマがここに?!」
「問題はソコじゃないヨ、! 問題は、なんで牛肉が共食いしようとしているかって事だヨ!」
「そ、そうね……! ついに干し草は止めて、共食いに走ったのかしら……!」
「いや、一番最初の問題が合ってると思うんだが」
 間違った方向に誘うマオもマオだが、それに乗せられるだ。親代わりとして、そこをちゃんとツッコむユージーン。
 そうしている間に、店員は袋に包んだ牛丼をトーマに渡し、トーマはルンルン気分で食堂を出て行った。
「うわぁ……牛肉が牛丼持ってルンルン気分で歩いて行ったヨ……」
「なんか……見たくなかったかな」
「しかし……どうして王の盾がここへ……」
 手を顎に当て、ユージーンは唸った。マオは両手を軽くあげて、「さぁ?」と言う。
「どっちにせよ、トーマがいるとなると早く旅に出た方がいいのかもしれないわ」
 サラダを食べながら、が言った。それを見て、マオもオムライスに手をつける。ユージーンも、先ほど来た雑炊を食べ始めた。
「そうだな。この近くでフォルスを使える者……何か心当たりはないか、
「うん、牙のフォルスを持っている子が……ああ、駄目だわ。年齢が低すぎるし、その子はキュリア先生の専属下っ端だし」
「専属下っ端って、なんか凄そうだネ」
 マオの言葉に、は自分もキュリアに扱き使われていた日々を思い出す。よくミナール中を走りまわされたもんだな、と思い返し、心なしか涙さえ浮かんできそうだ。
「……そう言えば、北の地方にあるスールズと言う町で、氷付けの少女と、それを守る青年がいるみたいよ。その青年が氷のフォルスを持っているんだと、私は思ってるんだけど……」
「そうか、なら行き先はそのスールズだな」
 既に雑炊を平らげたユージーンは立ち上がった。元々量が少なかったもサラダを食べ終わり、立ち上がる。
「え? 二人共もう食べたの? ボク、全然まだまだなんですケド」
 量の多いオムライスを食べているマオは、まだまだ残りがあった。それに対し、は微笑む。
「じゃあ食べといて。私達は下の階で話してるから」
「うーん、わかったヨ。ユージーン、に変なコトしないようにネッ♪」
「誰が、」
「したら最後……どうなるか、わかってるよネ……?」
 マオはニッコリと笑顔のままで、ブラックオーラ大噴出。親指一本でグニャリとスプーンを曲げた。それに対してユージーンは背中に何かの戦慄を感じながら、「はい……」と呟く。
「もう、マオったら、スプーン捻っちゃ駄目でしょ?」
「えへへッ♪ ごめんね、
 そこを普通で返す。そしてマオは曲がったスプーンで再びオムライスを食べ始めた。

 とユージーンは一階に下りて、マオに会話が聞こえない所で立ち話を始めた。
「……話とは?」
「バースおじちゃんの事よ。どうして殺したの?」
 二人っきりになったところで、ユージーンがに尋ねると、は少し困ったように笑いながら言う。
「……俺は、バースを殺した。……理由は無い」
「ユージーン、下手な嘘は吐かない方が良いわ。本当のことを話したほうが良いわよ、私には」
「ッ……」
 いつか、がミルハウストにとっさに嘘を吐いた時にユージーンの言った言葉を、はそのまま使ってやった。そんなに降伏したのか、ユージーンはため息をつく。
「バースはおかしかった……。バースは、ラドラス陛下の病のことは未知の病だと言った。だが、それにしては不審な点がいくつもあったんだ。それを問いただすと、バースは「陛下は邪魔だったんだ」と言った。そして、自分で陛下に毒を盛った事も……。そして、バースは俺に罵倒を浴びさせた挙句、殺そうとしてきた。それで、とっさに俺はバースを……」
「そんな……バースおじちゃんは、そんな事するはずが……」
「ああ、わかっている。あれはバースではなかったような気がする……。バースは、バースはもっと周りの雰囲気を凍らせるような黒い物体を漂わせていたんだ! しかし、その時のバースは白かった!」
「バースおじちゃんが白い?! あ、ありえないわ、それは! って言うかそれ、絶対にバースおじちゃんじゃないわよ!」
 ドクター・バースが白いと言う事が信じられない二人。それほどまで黒かったのだ。ユージーンは俯き加減で事情を話していたが、の肩をガシッと掴んで詰め寄った。
! 俺と……俺とあの事件の真実を探してくれないか!」

「わ、私で良いなら、別に良いけれど……」

 ズダダダダダッ
 ――ドゴォッ!

 詰め寄ってるユージーンの横っ面を、トンファー構えて笑顔で階段をマッハで下りてきたマオのドロップキックが炸裂した。成す術もなく、ユージーンは横(出入り口方面)に向かってぶっ飛び、勢い余って玄関突き破ってぶっ倒れ、町人を賑わせた。その細い足の何処にそんな脚力があるのだろうか。マオはトンファーをしまって、両手の拳を握ってちょっと怒ったように言う。
「ユージーン、に変なコトしちゃダメだよって言ったじゃんか~!」
「いや、ユージーンは店の外にぶっ飛んで行っちゃったんだけど」
 取り敢えず、は会計を済ましてユージーンを軽く慰めてやった。
 そして、トーマ達と鉢合わせしなうちに、さっさとミナールを出てスールズへと向う。

 道中、がいる事によって戦闘が楽になったのもあったが、がいる事によって何故かマオもパワーアップし、バイラスを焼き尽くしていった。
 と言うより、前線で戦っているユージーンを時々狙ってるように、マオはフレアショットを撃っていた。
 その度にはマオを軽く叱ったが、マオは「ごめん、ごめん」と苦笑しながらには謝る。そしてユージーンに対してはブラックスマイルをプレゼンツするという腹黒。神経が切れそうなユージーンだった。



 スールズに着いた三人は、入った瞬間から町人に尋ねた。
「すいません、氷付けの少女がいるという話を聞いたのですが……」
 がそう聞くと、町人は「ああ」と言って頷いた。そして、視線をひとつの建物へと向け、答える。
「あの集会所の中にいるよ。あ~……でも、ただの見物だったら止めといた方が良いよ。クレアちゃんの幼なじみの、ヴェイグ・リュングベルっていうのが怒るから」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、ただの見物ではないので」
 教えてくれた町人にニッコリと笑いかけ、とユージーンとマオは、その集会所へと急ぎ足で向かった。
 どうやら、氷付けの少女を守っているフォルス使いは、ヴェイグ・リュングベルと言うらしい、と心の中で呟きながら。

 集会所の前についた三人。マオが扉に手をかけた。
「うわッ、すっごく冷たいんですケド。ユージーン開けてヨ」
「俺はお前の召使いか……」
 と、ユージーンは呟きながらも、マオが怖いので集会所の扉を開ける。その光景をほのぼのと笑いながら見つめる
 中に入ると真っ暗で、目を慣らすのに時間がかかった。目を慣らす前に、マオは一歩前へと出る。
「やあ、ヴェイ…グ……」
 声をかけたが、途中で聞き取れなくなった。何があったんだろうと思い、目を凝らしてみる。
 そして、呆然とした。暗闇の中、ヴェイグが氷付けのクレアにすがりついて号泣している。その光景たるや、還らない飼い主を待つ犬のようだった。
「! だ、誰だ!」
「…………ヴェイグ・リュングベル、お前を迎えにきた」
 三人が集会所に入ってきたのに気付いたヴェイグは、ハッとしてグローブで涙を拭い、剣を構えて三人を見据えた。長い沈黙の末、ユージーンがやっとの事で言葉を紡ぎだした。
 ヴェイグは一旦ポカーンとしたが、また鋭い顔つきに戻る。
「何者だ……何故オレの名前を知っている!」
「ユージーン・ガラルドだ」
「ボクはマオ。ボクたちは世界を救う為に旅をしているんだ」
「私はよ。……そう、貴方のような力を持った仲間を探しているの」
 簡単に自己紹介をして、三人の目的を軽く話した。それでもヴェイグは剣さえしまわない。
「帰れ。どうせお前達もクレアの噂を聞きつけてやってきたんだろう……!」
「話をしようよ、ヴェイグ。お願いだからさ」
 マオは困ったように笑いながら、両手をヒラヒラと振った。そんなマオにさえ、般若の如く睨みつけるヴェイグ。
「話すことなど何も無い! お前に何が出来る、オレの事も何も知らないくせに!」
「そんなことないよ。ボクはキミ以上にキミのことを知っている。キミの疑問のこた――……」
「マオ!! おま……お前は何と言う事を口走っているんだ! お父さんお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」
「しーッ、ユージーン、静かにしましょうよ。これはマオの晴れ舞台なんだから」
 マオのちょっとした問題発言に、ユージーンは槍を構えて暴走気味。そこをユージーンの腕を両手で掴み、咎める。再び沈黙が流れた末、マオが咳払いをして、再び口を開く。
「え~っと。……キミの疑問の答えを知ってる」
「……何が答えだ、ふざけるな!」
「だから、話をしようってば、ヴェイグ。キミが来ないなら、ボクがそっちに行くからさ」
 マオが一歩踏み出すと同時に、ヴェイグは片手の掌をマオに向けた。それと同時に、マオの周りに氷の柱が突き上がって来た。その氷の柱は尖がっている。
 マオは一瞬、驚いたように目を見開いたが、顔をの方に向けて、微笑んだ。
「見て見てー♪ このボクにこんな事してきたヨ、ヴェイグったら♪ 殺っちゃっていいかな?」
「殺しちゃ駄目よ、マオ。ここまでフォルスを操ることができるんだから、せっかくの人材じゃない。ほどほどにね」
「そこはちゃんとツッコむべきだろう、
 の方を向いて微笑むマオは一瞬にして悪魔と化した。少年の体をまとう謎の黒いオーラにヴェイグは心底ビビりまくり、心の中で「誰か助けてくれ……!」と叫んでいた。マオに対してにっこり微笑むは、黒いオーラをまとってはいないのに、どこか危ない発言をする。そしてそこをツッコむユージーン。
 マオは自分を囲っていた氷の柱を、炎のフォルスで溶かした。それにヴェイグは驚いている。
「よぉーし! それじゃ、フォルス無しの制限時間60秒。頑張れッ、ユージーン♪」
「よし、任せろ。って、どうして俺がマオに命令されなくてはならないんだ?!」
 とか言いつつも、気付くまで槍を構えて気合満々だったりするユージーン。ユージーンのツッコミに、マオとは両目を伏せてため息をついた。
「「ワガママ(だ)ね、ユージーンってば」」
「お前たち二人して反抗期なのか?」
 ことごとく反抗してくる二人(特にマオ)に、親代わりとして悲しいのか、どこか哀しい声でユージーンは訴える。
 ヴェイグは、そんな三人のやりとりを見つつも、よく分からないがさっさとかかって来い、等と心の中で思い頭が弱いっぷりを発揮していたりする。
 マオはトンファーを構えた。
「じゃ、ユージーン。どうする?」
「……フォルス無しの制限時間60秒だ。釘をさすが、殺すなよ」
「わかってるってば♪」
「何をグダグダ言っている! 来るならさっさと来い!」
 ヴェイグも剣を構え、準備完了。マオはにっこりと笑い、トンファーをかかげてヴェイグに向かっていった!
「くッ!」
 マオの攻撃を、ヴェイグは剣でひたすら受け止める。
 そして、今度はヴェイグから斬りかかろうとした瞬間、マオがうずくまったのだった。
「なッ……お前、大丈――がッ?!」
 うずくまったと思ったマオは、実はそれは演技。そして、ジャンプをして、ヴェイグの顎にグレートアッパーを決めたのだった。思わぬ不意打ちに、ひっくり返って床に倒れてピクピクと痙攣するヴェイグ。
「相手を心配するより、その相手の弱みにつけ込まなきゃ! それが本当の極道ってものだヨ、ヴェイグッ♪」
「マオ、ヴェイグは瀕死状態だぞ」
 その細い腕のドコにそんな腕力があるのだろうか。
 マオは『殺人マスィーン』の称号を手に入れ、その後、はライフ・マテリアを唱えてヴェイグを回復してやった。



「――フォルス?」
 一通り回復したヴェイグは、ユージーンの説明を聞いて、そう返した。
「フォルスとは、生命と精神のパワーが生み出す『特殊能力』のことよ。もともとフォルスはユージーンのようなガジュマにしか現れないものだったのだけど……」
「ガジュマにしか? ならどうして、オレやお前やそこの子供のようなヒューマにそんな力が」
「もう、子供って言わないでよネ! 焼かれたくなかったら」
 ヴェイグの発言に、マオは怒って焼却発言した。そんなマオにヴェイグはブンブンと首を縦に振る。
「あるときから、ヒューマの中にも能力者が現れるようになったんだ。――まぁ、は特殊なのか、そのあるとき以前からフォルスは使えたが。そしてヴェイグ。お前のフォルスは氷だ。氷を自在に操ることができるだろう」
 ユージーンの説明に、時々ヴェイグは分からなくなるのか、首を捻ったりしていた。そして最後のユージーンの言葉に、目に涙を溜めて、泣き出す。
「ッ……だ、だが……クレアの氷だけはどうする事もできなくてッ……うぅッ、クレアッ……! 早く助けないと、オレがクレアに殺されるッ……!」
(クレアさんってどんなに怖い人なんだよ)
 ヴェイグをここまで怯えさすことが出来るクレアに対し、三人はクレアを助けるか否か少し迷った。
 しかしこのままでは、どちらにせよヴェイグが恐怖の毎日を過ごす事になるので、マオは氷付けのクレアに寄った。
「どうすることも出来なかったのは、それはヴェイグのフォルスが暴走した時の氷だからだよ」
「暴走?」
「そう。心の力であるフォルスは、持つ者の心が不安定だと過度に反応し、制御できなくなるの」
 は目を伏せて、辛そうに言った。自分も暴走した身だから、この青年の気持ちはよくわかる。ヴェイグは、泣き腫らした目をこすりながら、言った。
「そうだ……今から一年前、オレは心の中から沸きあがってくるような力を抑えることは出来なかった……。唸って辛そうにしていると、クレアはそんなオレを見て久しぶりに心配してくれた。しかしオレは、日頃のクレアの態度に対する不満が爆発したのか、まるで狙ってたかのようにクレアを凍らしてしまって……! クレアのおじさんやおばさんも、「あらま、仕方ないわね」みたいな感じで軽く流して……」
 うっわぁ、なんかスゲェなソレ。と、心の中でマオととユージーンは思った。取り敢えず、ヴェイグをこの罪悪感の泥沼から救い出すため、はマオに「やってあげて」と言う。
「ヴェイグ、マオは炎のフォルスを持っているの。だから、クレアさんを助けることが出来るわ」
「そう……なのか?」
 がヴェイグに言うと、ヴェイグは喜んだ。その姿はどこか、喜ぶ犬と被るものがある。
「フォルスの炎よ! 彼女を焼き尽く―……じゃなかった! 氷の眠りから彼女を解き放て!!」
 そんな適当なもんで良いのか、とヴェイグは思った。マオから炎が出て、氷付けのクレアの周りを炎がまとった。そして、氷に大きなヒビが入る。
「いまだヨ、ヴェイグ!! 氷を砕いて!」
「ま、ま待ってくれ! まだ心の準備がッ……!」
「はぁ?!」
 余程クレアが怖いのか、ヴェイグは静止を要求してきた。高鳴る鼓動を鎮めようと、ヴェイグは鎧の上から胸を抑えた。どこか告白の時と同じのような鼓動だが、ヴェイグに襲い掛かるのは不安と恐怖と絶望。淡い恋心とは無縁だった。
「待ってくれって言われても、このままだったらクレアさん焼いちゃうヨ!」
「しかしッ……!」
 ヴェイグがヘタレっぷりを発揮していると同時に。

 ゴンッ ゴンッ
 バキィィィィィ

 クレアが中から拳で二回、自分を囲う氷を殴りつけ、自ら氷を砕いたのだった。あまりの予想外の展開に、呆気に取られる4人。(特にヴェイグ)
 蒸気の中、クレアの影がゆらりと揺れた。クレアは、ヴェイグのもとへ寄る。
「く、クレア……怪我はないか? どこも痛くないか? 気分は?」
「……ううん、私は大丈夫。だけど、ヴェイグったらこんなに震えて……無理もないわよね、こんなに……こんなに冷えきって!」
 ヴェイグはクレアに心配の言葉をかけたが、クレアは大丈夫だと言い、ヴェイグの腕を掴んだ。そして捻り上げる。同時に彼女の周りに噴出する黒い物体。
「ち、違ッ……! そッ、そうだな! ここは少し寒い! 太陽にあたろう、クレア!」
 ヴェイグはクレアの手を振り切って、外に逃げ出した。逃げた、と思いつつもクレアととユージーンとマオはヴェイグを追いかけた。
 外に出ると、ヴェイグはモジモジしながらクレアと対面した。どこか可愛い。
「クレア……すまなかった……本当に……」
「……何があったの?」
 いきなり頭を下げたヴェイグに、クレアは尋ねた。
「……覚えてないのか?!」
 と、ヴェイグは言ったが、その顔は凄く喜んでいるように見えるのは気のせいだろうか。そんなヴェイグの様子に、クレアはコメカミに青筋を立てながらも笑っている。
「あなたは、ヴェイグのフォルスの暴走によって、一年間も凍らされていたの」
「一年間も?! あ、あなたたちは?」
 が説明すると、クレアは驚いたように目を見開いた。そして初めて三人の存在に気付いたのか、そのまま尋ねる。
「私は。こっちは――」
「マオだよ♪」
「ユージーン・ガラルドだ。……ヴェイグは(多分)故意でクレアさんを凍らしたわけではない(と思う)」
 ユージーンはクレアに説明するが、どこかそれは裏的なものがあった。続けて、マオが口を開く。
「その証拠に、ヴェイグはクレアさんを何回も助けようとしたハズさ。ね、ヴェイグ?」
「あ、あぁ。そうだが……」
 不意にクレアはヴェイグの手をとり、グローブをずらした。しかし、ヴェイグの手はの先ほどのライフ・マテリアによって回復していたのだった。
 青ざめるクレア以外の四人。
「……駄目じゃない、ヴェイグ。私を助ける為なら腕が千切れるぐらい努力しないと。ねッ?」
 ニッコリと青筋を顔全体に広めながら、クレアは笑ってヴェイグの手を脅威の握力で握りだした。ヴェイグは泣きながら振り払い、逃げての後ろに隠れる。戦え青年。
「ヴェ、ヴェイグ! よりによってのところに逃げないでヨ! に危害が及ぶって!」
「た、助けてくれ、……!」
「わ、私に言われてもッ……!」
 マオはの後ろに隠れたヴェイグを怒り、を心配する。そしてヴェイグはの腰にすがり付いて懇願。は困りまくる。
「ヴェイグ!! 私のの腰にすがるなんて、えー度胸してんじゃないッ! ぁあ?! そう、これは私への宣戦布告なのね?!」
「いや、違う! 誤解だクレアぁぁ――――!!」
 既に所有物にされてる。ヴェイグは慌ててを放し、クレアに土下座。
 フッ、と勝ち誇ったような顔をするクレア。そして、クレアはの手を握る。
、これから私達は一緒よ」
「いや、何がどうなってそうなってなったかが分からないんですけど」
 キシャァァァア!!
 頭上から鳴き声がしたと思ったら、それはバイラスだった。
「氷のバイラス、フローズドクロウだよ! あ、ついでにブレイズボアもいる!」
 マオがトンファーを構え、そう言った。上からはフローズドクロウ、そして茂みからブレイズボアも飛び出してきた。
 フローズドクロウは、真っ先にクレアを狙った。
「クレア、危なッ――」

 ペシッ
 ボトッ
 ヴェイグは慌てて起き上がってクレアを助けようとしたが、クレアはまるで蚊を叩くようにフローズドクロウを叩き落した。ボトリと落ちて、フローズドクロウご臨終。
「えええええ?! ビンタ一発でフローズドクロウ殺っちゃったヨ、クレアさん!!」
「私との愛の力はこんなものよ」
「わ、私何もやってないんだけど……」
 ユージーンはもはや関わりたくないのか、地道に槍でブレイズボアと戦っていた。ヴェイグもブレイズボアに向かって斬りつけ、ブレイズボアもリンチによってご臨終。
 ヴェイグは剣をしまい、バイラスの死骸を見て複雑な表情をした。
「どうして村の中にまでバイラスが……」
「バイラスは自然界にあるものが、怪物に姿を変えたものだ。どこにだって現れる可能性はある」
 ユージーンの説明に、マオとは頷いた。旅で幾度も戦っていたので、慣れてしまっているのだ。
「あることがキッカケで、世界中に数が増えてるんだヨ。バイラスも、能力者もね」

「バイラスの増加、能力者の発現……一体どうなっているんだ……」
 ヴェイグは頭を抱え込み、そして自分の頭では理解不能だと悟ったのか、マオに向き直った。
「マオ、お前は世界を救う為に旅をしていると言ったな。それは……」
「それは……ううーん」
 マオはうずくまった。それと同時に、ぐぅぅ、と大きなお腹の音がなる。は苦笑した。
「フォルスを使ったからお腹減ったのね。説明する前に何か食べさせないと」
「あぁ、それなら私の家に来て下さい。たいしたおもてなしは出来ませんが、食事の用意ぐらいはしますから。ヴェイグはここで待機」
「そ、そんな……!」
 ヴェイグにここで待たれると、説明できないし。とクレアとヴェイグ以外の全員が思う。
 結局、ヴェイグもつれて、クレアの家に向かう事になった――。

あとがき
ザピィの存在忘れてた……!
サレのところまでいきたかったのですが、恐ろしく長くなりそうなのでいったん切ります。
……自ら氷を砕くクレア。バイラスをビンタ一発で臨終させるクレア。私に扱いきれるかな~
ここまで読んでくださった方、有難う御座いました!
2005/4/1
←06   戻る  08→