女王陛下の命令で、世界中の美女を集めるんだとさ。
 面倒だよ、まったく。しかもパートナーがトーマ。あいつはガジュマだから、ヒューマの美しさなんてわからないんだ。しまいには勝手に食堂で牛丼を頼んで、共食いしているし。
 ……ミナールでは、着いた瞬間に町人を脅して聞き出してやったさ。別に脅さなくても教えてくれただろうけど、恐怖に歪んだ顔は見物だからね。

 ミナールで一番の上玉は、運悪く、ここ数日間いないようだった。黒豹のガジュマと、赤毛の少年と一緒に町を出て行くのを見た人がいるようだけど、きっとそれはユージーン隊長とマオぼうやだろう。

 僕たちの任務を察して連れて行ったのだろうか。……いや、そんなハズはない。この任務はつい最近任せられたものだし。隊長も何を考えているんだか。
 まぁ、仕方ないから、他の子を攫ったわけだけど。「嗚呼、風の囁きは、まるで私の心を表してるよう……」とか言ったりするから、なんか色々聞いててきつい。

 ……気晴らしに、誰かを殺りたいなぁ。
 も、もうこの世にはいないし、誰も僕を止められないんだから。

 ……止めてほしいなんて、思ったことないよ。



08.ピーチパイ変態牛肉にキザ貴公子





 クレアを氷の中から助け出し(と言っても自力で出たようなものだが)、ユージーンたちはクレアの家で食事をとっていた。
 ユージーンは、ヴェイグにラドラスの落日の一件を説明していた。
「亡くなる半年前程前に、陛下は病に臥された。治療のかいなく、病状は悪化していった。そして、意味のわからないうわ言も繰り返し……そして、そして……陛下は、あの日……自らのフォルスをすべて放出し、命を、落とされた……」
 酷く辛そうに、そのことをユージーンはヴェイグに告げる。
 耳が垂れ下がって萌え抜群なのだが、この暗い空気の中では、誰も萌えなかった。
 そんな空気の中、ヴェイグは
「クレア、帰ってきたばかりなのに、大丈夫なのか?」
「ヴェイグ、話聞いてた?」
 空気を読まずにクレアの心配。そんな様子のヴェイグに、マオはサラダを頬張りながら笑顔でツッコんだ。これで聞いてなかったら、ユージーンの苦痛な表情は一体何だったのだろう。
「ああ、ちゃんと聞いている。ラドラスが死んだんだろう」
 一同、今の説明をそんな簡潔にとるなよ、と思ったが、「ああ、ヴェイグにはこれが限界なんだ」と言う事で誰も何も言わなかった。
 ユージーンは咳払いをして、話を続ける。
「陛下のフォルスは光となって国中に降り注いだ。その光に触れた者は、フォルスを覚醒させていき――……自らのフォルスに飲み込まれたのも大勢いる。危機は続いた。先ほどのようなバイラスが大量発生し、人々を襲い始めたんだ。これが、『ラドラスの落日』と言う。この大事件のせいで、多くの人の命が亡くなった。そして、まだその傷は多く残っている……」
 ユージーンの言葉に、は顔を伏せた。自分の暴走のせいで死んだ人もたくさんいる。そう考えると少々耐えがたいものがあった。
「……、どうしたの? 何か気分でも悪くなった?」
 の様子に気付いたのか、クレアが心配して声をかける。は慌てて首を振り、「なんでもないよ」と苦笑した。すると、の隣にいるユージーンに向かって、クレアはブラックオーラを噴出しだす。
「もしかしてさり気にに痴漢行為なんていうハレンチな行為はしてないでしょうね、黒豹さん? 、本当に大丈夫? この中年ガジュマに何かされたら、すぐに私に言ってね。私がぶっ潰」
「クレアったら、溶けたばっかりなのに元気ねぇ。安心したわ♪」
 娘の様子を見つめて満面の笑みで、さり気に娘の暴言を止める母ラキヤ。ユージーンは恐怖から背筋の毛をザワザワさせつつも、気合で食事をとっている。
「それで、アガーテ様のことなんだけど」
 アガーテ・リンドブロム。表面上は先代ラドラス王の一人娘で、とても美しいガジュマという肩書き。
 だが実際はラドラスは国王では最高記録を誇るぐらいの娘溺愛で、蝶よ花よと育てられたアガーテは、結果的に裏の国王と呼んでもよかった。そして、天然腹黒という四字熟語がとてもよく似合う、美しい猫耳ガジュマ。
「アガーテ……ラドラス王の一人娘、アガーテ姫のことか?」
「うん、今はもうアガーテ女王だね。そのアガーテ女王の周りが、最近になって急にキナくさくなってきたんだ」
「陛下が命を落としてまでフォルスの放出したのには、何か理由が必ずあるはずなんだ。だから俺たちは、ラドラスの落日から始まる王国内の様々な異変の真相を探るために旅をしている」
 ヴェイグの問いにマオが軽く答え、そしてユージーンがこの旅の目的を言った。
 そして、が口を開く。
「そのためには、ヴェイグのような強いフォルスを持った仲間が必要なの。私も、ミナールで二人から誘われたのよ」
「仲間……?」
 ヴェイグは、目を見張った。自分に仲間と呼べる存在なんているだろうか、と言うか、今ここでユージーンたちの仲間になってクレアの魔の手から逃げれるならば実にオイシイのだが、そのクレアが許してくれるかどうかわからない。
 それに、自分が旅をしている間にでもクレアが暴走し、町中を破壊なんてことになったら大変だ。クレアの暴走を止められるのは自分だけだ。
 クレアの両親も、娘の暴走劇を微笑ましく、にこやかに、ほのぼのと見るだけだから。
「入るわよー!」
 ヴェイグが心の中で葛藤している間に、一人のガジュマのおばさんが、デカイ何かを持ってきて家へと入ってきた。
「ポプラおばさん!」
 クレアが笑顔で、そう言った。
「本当にクレアちゃんだ! 元気そうでおばさん安心したわぁ! クレアちゃんのこと、心配してたのよ」
「ご心配かけて申し訳ありませんでした。でも、ポプラおばさんも元気みたいで凄く嬉しいです♪ だっておばさんはピーチパイを我が家に週に一回届けるという宿命ですし、ヴェイグともども私の下僕ということになっていますからね」
「クレアちゃんは本当に素直だねぇ。ラキヤさんも良かったわね、クレアちゃんが戻ってきて」
「えぇ、もうクレアがこうやって黒い笑顔を振り撒いてるだけでも、本当に嬉しくって……」
 誰にでも容赦のないクレアに対し、ポプラとラキヤは微笑んだ。
 この村の人の感覚はどこかおかしいのではないだろうか、という疑問を持つユージーンとマオと
「キキィッ♪」
 その時、ヴェイグの頭に乗っていた、ノースタリアケナガリスのザピィが、嬉しそうな声をあげて、ポプラの足元へと駆けた。
 ザピィが寄ってきたことにより、ポプラは「あッ」と声をあげる。
「そうそう、忘れるところだったわ。焼いてきたのよ、ヴェイグちゃまも大好きなピーチパァ~イ♪」
「「「ちゃま?!」」」
 ポプラのヴェイグちゃま発言により、ユージーンは目を見開いてびびりまくり、マオとなんて爆笑しまくっている。
 そんな反応に、ヴェイグは頬を赤く染めて、俯いた。
「あらやだ、ヴェイグちゃまったら。おばさん萌えちゃうじゃないの♪」
 確かに顔を赤くして、視線を膝に落としているヴェイグは萌え要素抜群だが。
 マオは、ポプラの持っているピーチパイを見てはしゃぐ。
「すっごいイイ匂いだね! 美味しそう♪」
「あら、お客さん? 良かったら食べて♪」
 マオ達に気付き、ポプラは笑顔でピーチパイを差し出した。
 マオが笑顔でピーチパイに手を伸ばすと……

 ガシャァァアン

 ヴェイグが大剣を振り回して、椅子に座っていた所から立ち上がり、テーブルの上を飛んで、マオとポプラの間に割り込み、ポプラの持っているピーチパイを奪取。その行動の際に、テーブルの上の多くのお皿が反動によって揺れ、床に落ちて割れまくる。
「ピーチパイはオレのものだ……! 誰にも渡さない!」
 剣を片手で構えつつ、もう片方の手でピーチパイが乗ってある皿をしっかりと持つヴェイグ。そんなヴェイグに、マオはトンファーを構えて殺る気マンマン。
「そんなにピーチパイが大好きなんだネ、ヴェイグちゃまは……!」
 笑顔でブラック噴出させる少年。マオの場合は、ピーチパイが食べたいのか、単にヴェイグからピーチパイを取って遊びたいのか、どっちなのか分からない。
 マオはトンファーを掲げて、ヴェイグの元へと走った!
「たぁッ!」
「くッ……」
 マオの攻撃を、必死に片手だけで持っている剣で防ぐヴェイグ。
 マオの保護者のユージーンは、「何がどうなってこういう結果になったのだろう」等の思考が脳内で巡りまくって、かなり思考がストップ状態。は「何だか面白そう」という理由で、観戦。
 いつのまにか立場が変わり、今度はヴェイグが押していた。ある意味下克上。
(このままだったら、殺れる……!)
 青年よ、殺ってどうする。
「いいかげんにせぇぇぇえええ!!!」
 次の瞬間、クレアの盛大なツッコミと共に、ヴェイグのみぞおちにボディーブロー炸裂。
 その攻撃にヴェイグは当然ながら「グハッ」と吐血し、ヨロヨロとよろめきつつ地面へと崩れた。
 その際にピーチパイが床に落ちかけたが、それはすばやくクレアが奪取する。
「もう、ヴェイグッたら。本当にピーチパイを見ると目の色が変わるんだから……。だからって、私を……この私を助けてくれたお客さんと、ピーチパイのことで争うだなんて、私は許さないわ。今回は相手が魅惑のニーソックス少年だったからボディーブローで済んだものの、相手がだったら……! 私、勢い余ってヴェイグをぶっ殺」
「ほらほら、ヴェイグ起きて。このままだったら、クレアとの第二ラウンドが始まっちゃうわよ」
「おばさん……オレは第一ラウンドで、クレアの凄まじいボディーブローによってKOなんだがッ……」
 再びクレアの危険発言をラキヤはさり気なく止めて、ヴェイグに向かって忠告した。ヴェイグはうつ伏せになりながらも、必死に肩肘に体重を預け、ラキアに向かって訴える。この家庭はいつもこんなものなのか、とユージーン達は悟った。

 その後、ポプラが帰ろうとしたところをヴェイグは止め、「おばさんが帰るとクレアの暴走が酷くなるからいてくれないか」と泣いて懇願したところ、その途端ヴェイグの後頭部にクレアの肘鉄。ポプラ撤退。再びヴェイグは床に崩れ落ち、その間にクレアはピーチパイを切って、マオとユージーンとに配る。
 ピーチパイを一口食べて、とマオは歓喜の声をあげた。
「んんッ! すっごくオイシイよ、このピーチパイ!」
「私、こんな美味しいピーチパイ食べたの初めて……」
 口元に手をあて、は微笑んだ。その様子を見たクレアもまた、ニッコリと微笑む。
「良かった。私の下僕(ポプラおばさん)のピーチパイがの口に合わなかったらどうしようって思ってたの」
 本当にどうする気だったのだろうか。
 三人がピーチパイを食べ終わる頃、やっとヴェイグは起き上がって椅子に座り、に向かって尋ねる。
……どうして旅をするのに、強いフォルスを持った奴が必要なんだ?」
「えっと、場合によっては私たちは国と戦うことになるのかもしれないの。敵には強いフォルス能力者もいる。だから、こちらも強いフォルス能力者が必要なのよ。それで、ヴェイグには是非私達の仲間になってもらいたいのだけど―……」
 の説明を聞いて、ヴェイグは考えた。
 やはり自分はこの三人に着いて行ったほうが、人生として正解なのだろうか。と言うか自分の背後にいるクレアの視線が背中に突き刺さって痛い。オレにどうしろと言うんだ。
 オレは永久的にクレアの下僕という事が勝手に決め付けられているし―……この三人との旅もやってみたい気はするが、クレアが怖いのでやめておこう。
 そう決意して、ヴェイグは三人を見据えた。
「悪いが……オレは行けない」
「えーッ! どうして?!」
 ヴェイグのその言葉に、マオは納得できないように拳を握ってヴェイグの顔を見つめる。少し視線を下に落として、説明をするヴェイグ。
「お前達にはクレアを助けてもらって、神と崇めたいぐらいに感謝している。だが、オレは大変なことをしてしまった……なんの償いもなしに、この村を離れるわけにはいかないんだ」
「ヴェイグ……」
 ヴェイグの言葉に、後ろにいたクレアは眉を顰めた。
 そのクレアの反応に、ヴェイグは「オレは間違っていないよな」とドキドキハラハラ。
「ありがとう、ヴェイグ。でも、ヴェイグは何も悪い事なんてしてないんだから、償いなんて言葉使ってほしくないの。まぁ悪い事をしたって言ったら、私の氷を砕かなかったぐらいだけど。……それより、この人達はヴェイグの力を頼って「仲間にしたい」って言ってるんだから、なってあげたら? あ、私のことなら大丈夫よ。ヴェイグがいない間、暴走も最低限に抑えるつもりだし……っつーか男なんだから旅の一つや二つやってこい」
 クレアの優しい言葉(最後は除く)を聞いて、ヴェイグは迷う。クレアがそこまで言うのだから、言葉に甘えて旅をしてきたほうがいいのだろうか。だが、まだ気がかりは一つだけあった。
「クレアの事だけじゃない。オレはクレアが氷の中に閉じ込められている間も、この家にずっと世話になってきた。あんな事をしてしまったオレを一切咎めず、置いてくれたんだ……」
 その話を聞いたラキヤは、ヴェイグに向かって苦笑した。
「何を言うの。あなたは家族だし、信じてた。そしてクレアが元に戻るということも……。だから、その日をあなたと一緒に待とうって、主人と決めたのよ。クレアが帰って来た時、寂しい思いをしないようにって……。クレアの言うとおり、男なんだから旅の一つや二つ、やったっておかしくないわ。そのヘタレぶりを治すために、ここはちょっと勇気を出してハッピーライフを過ごしてきたら?」
 やはりクレアはこのラキヤから生まれてきたんだと言う事が、よく分かったラキヤの言葉だった。ラキヤの言葉に対して、ヴェイグは「おばさん……」と呟き、決意を固めたようだった。
バキッ
「大変だ!!」
 一人の男性が、扉を蹴り倒して家へと侵入してきた。本当に大変だ。
「あなた! また扉を壊しちゃって……おちゃめさん☆」
「ハハハ、ついつい力が入ってしまったよ。本当に今日も可愛いなぁ、君は」
 入ってきた男性は、ラキヤの夫らしい。ラキヤは少々黒い何かを纏いつつも、夫・マルコに向かってデコピンをする。そしてマルコも、黒い何かを纏いつつラキヤを抱き締めバカップル誕生。
「おじさん、それで何があったんだ?」
「あぁ、集会所に、武器を持った連中がやって来て……」
 ラキヤを抱き締めつつ、マルコは言った。その言葉を聞くなり、ヴェイグはピーチパイを胸に抱えて家を飛び出した。何故ピーチパイを持っていく必要が、と思いつつも、とマオとユージーンは顔を見合わせた。
「もしかして、王の盾?」
 が、悩ましげに言うと、ユージーンとマオは椅子から立ち上がる。
「わからんが、その可能性は十分にあるだろう。俺とマオは集会所に行くが、はどうする?」
 ユージーンの言葉に、は頭をかかえた。
 もし王の盾だったら、サレがいる確率は高いだろう。ついでにトーマも。自分が死んだ事になってから一年経っていて、もし、自分がサレに受け入れられなかったら? そう考えると、サレに会うのが怖くなってくる。
「私……行けないわ」
 ポツリと呟くの肩の上に、ユージーンは手を置いた。
「無理に行けとは言わない。……だが、俺はお前が生きていると知って、嬉しかった」
「ユージーン……」
 自分の心境を悟ったのか、ユージーンは優しく声をかけてくれる。マオもに向かって笑いかけてから、集会所に向かった。
 二人が出て行ってから、クレアもに微笑みかける。
……あなたが何を怖がっているのかは、私には分からないけれど、怖がってたら何も手に入らないわ。私達も集会所に行くから、も良かったら後で来てね。来なかったら私、50パーセントの確率で暴走しちゃうから♪」
 50パーセントって、なんて微妙な。はそう思いつつも、クレアの優しさに涙が出そうになった。そして、そのクレアの両親のバカップルぶりにも。
 クレア達も集会所に行ってしまい、は家の中で一人残され、まだ葛藤を続けていた……。



「なんだ、あの牛は……」
 ヴェイグは、集会所でヒューマの女性を集めて見比べている牛(トーマ)を見て、呟いた。
「ユージーン、あれってやっぱり……」
「ああ、王の盾だな」
 マオは連中を見て、ユージーンに尋ねた。それに答えるように、ユージーンは頷いて、言った。
「王の盾?」
「フォルス能力者を中心に構成された、王直属の部隊だ。彼らはフォルスを使って王の警護にあたると同時に、公にできない特殊任務もこなし、王の手助けをする」
「王の盾になるから、王の盾ってわけ」
 ヴェイグがユージーンに尋ねると、ユージーンは簡潔に答えた。それに便乗して、マオも軽く説明した。ヴェイグは、再びトーマに視線を戻した。
「わからん……わからんぞぉぉおおお!! ヒューマの小娘のどこをどう見れば、美しいとわかるんだ?! くそッ……のような女はいないのか! あのとびきり優れた女はぁぁああ!!!」
「トーマ様! 落ち着いてください!!」
「おいお前! お前は美しいのか?!」
「ひッ……」
 トーマはいきなり吼えだして、部下は必死にそれを諌めようとしていた。そして、吼えながらも一人の女性……モニカの胸倉を掴んで問いただす始末。
「何を怯えている?! このトーマ、あまり気の長い方ではない! ここにいる女で美しい奴がいなければ、あっちの連中から選んでもいいんだぞゴルァ!!」
 そりゃ怯えるだろ、とヴェイグやユージーンやマオは心の中でツッコんだ。このままでは自分の命が危ない、と悟ったのか、モニカは視線を泳がした。
 ザッと、モニカから視線をそらす女性陣。その中でも、後ろの方にいたクレアだけが、モニカと視線があった。
「……! クレア……あの真っ黒なクレアが、元に戻れたんだ……」
 うっかりと口を滑らしてしまい、モニカはハッとして口を押さえた。
「(真っ黒?!)……ほう、あの娘か」
「ち、違うんです! 戻ってきたんだって思っただけで――」
「うるさい!」
 クレアにターゲットロックオンしたトーマを止めようと、モニカはトーマの腕を掴んだが、トーマはそれを振り払って、モニカのみぞおちにパンチを食らわした。
 女に容赦の無い牛肉に、クレアが激怒する。
「ちょっとそこの牛! 私の親友のモニカに何てことをするの! ぶっ潰すわよ!!」
「牛だとぉぉお?! このトーマのどこをどう見て牛だと言うんだ、この小娘がぁ!! おい! あの小娘をここに連れて来い!」
「はッ!」
 クレアの暴言に、トーマはブチ切れ、兵に連れてくるように命じた。兵も「どこからどう見ても牛だよ」と心の中で思いつつ、クレアに近づこうと一歩踏み出した途端――……
「ゲファッ!」
 ヴェイグがフォルスを発動させ、氷の柱を出した。その氷の柱は兵の腹にボディーブロー並の威力をあたえた。ひっくり返って悶絶する兵士。
「クレアに触るな! 今すぐ全員を解放して、出て行け!」
 いきなりのフォルスに、トーマは少し混乱したようだが、その顔は余裕たっぷりに笑っていた。そして、グニャリとトーマの周囲の空間が歪んだかと思うと、トーマはヴェイグのすぐそばまで移動していた。
「強いフォルス反応だヨ! 気をつけて!」
「磁力使いのトーマ。あれは磁のフォルスだ」
「痔のフォルス?!」
 マオはフォルスキューブをだして、ヴェイグに注意を促した。ユージーンの言葉に、ヴェイグのとんでもないボケ発動。ヴェイグの言葉に、周囲の人達はトーマに軽蔑の目を送る。
「痔のフォルスではない! 磁のフォルスだクソが!! 大体痔のフォルスってどんなフォルスだ!! それはともかく……氷のフォルスか。噂には聞いていたが、見るのは初めてだな。お前に逆らうと、そこの兵士のようになるのか……これは恐ろしい。だが、俺のフォルスはもっと恐ろしいぞ!」
「痔になるんだな?!」
「いい加減痔から離れろヒューマの小僧めがぁ!!」
 痔ネタに、ブチ切れるトーマ。ヴェイグは、ピーチパイを片手に大剣を抜く。
「ボクたちも戦うよ、ヴェイグ!」
「ほう、仲間もいたのか。これは面白……ぐッ?!」
 トーマは、ユージーンとマオの姿を確認して、目を見開いた。ユージーンは、槍を構えて叫ぶ。
「手を引け、トーマ!」
 その言葉が戦闘開始の合図になった。ヴェイグが大きく振りかぶって、トーマを大剣で斬りつけるが、トーマは真剣白羽鳥で防ぐ。
「チャ~ンス♪ 牛丼になっちゃえ牛肉! フレアショット!」
「ぐぁぁッ!!」
 隙があいたトーマの脇腹に向かって、マオのフレアショットが発動。フレアショットは見事にトーマに命中。
「ぬうぅぅ……小癪な! ふんがぁぁぁ!!」
 トーマが片手を振り上げ、振り下ろした瞬間に激しい磁力が三人を襲い、三人は吹き飛ばされる。その拍子に、ヴェイグの持っていたピーチパイが無残に地面に落ち、崩れる。
「な……に……? 俺の……俺の……ピーチパイがぁぁぁあああ!!!」
「うわッ! ヴェイグが暴走しかけてるよ、ユージーン! ボク、ピーチパイが潰れて暴走しだす人なんて初めて見た!」
「ピーチパイ! ピーチパイィィィ!! うぅぉぉぉおおおお!!!」
 ヴェイグのフォルスはだんだん高まっていき、体は青い光に包まれる。
 そこに、運が良いのか悪いのか、一人のヒューマの青年が拍手をしながらやって来た。
「それで? この三文芝居はいつまで続くのか――うわッ」
「サレ!」
 サレの皮肉は、暴走ヴェイグの氷の柱によって切られた。トーマはサレを見て、ダルそうな表情をする。言葉を強制的に切られたサレは、暴走ヴェイグを見据えた。
「ふふ……僕に向かって攻撃するなんて、ずいぶん命知らずなんだねぇ……ははは……ぶっ殺してあげるよ……!!」
「なんかよくわかんないケド、ひたすらヤバイ状況なような気がするんですケド!」
 剣をスラリと鞘から抜き、かなり据わった目でヴェイグを見るサレ。そんな状況を見て、マオが叫んだ。ユージーンはと言うと……
「マオ。……少しエンハンスしてくる」
「現実見ようヨ、ユージーン!!」
 槍を持ってエンハンスするべく村の外へと出ようとしていた。そんなユージーンの背中にドロップキックを食らわしてツッコむマオぼうや。
 サレは、今にもヴェイグに飛び掛りそうだったが、サレがヴェイグに飛び掛る前に、クレアがヴェイグの顎下へグレートアッパーを決めた。そのグレートアッパーによって、暴走がおさまり地面で悶絶するヴェイグを見て、サレも落ち着いたようで。
「……クレアちゃんだっけ? あの子がこの村一番の上玉だよ」
 そりゃある意味本当に上玉だろうな、と村人は思う。
 グレートアッパーを決めた後のクレアは、ゆらりと姿勢を正してサレを見た。
 そのクレアの周囲を取り巻く黒いオーラに、少し押されるサレ。
「と、ともかくさっさと連れて行こうよ、トーマ。こんな所で人生浪費するのは勿体無いしね」
「おい、俺があの小娘を捕まえなくてはいけないのか」
「当たり前じゃんか。そうですよね、ユージーン隊長?」
「いや、いきなり俺に同意を求めるな」
 クレアのブラックオーラを恐れたのか、サレはトーマに捕まえるように命じた。しかしトーマも怖いモンは怖い。
 そしてサレはいきなりユージーンに話題を振って、ユージーンはそれをツッコんだ。
「おやぁ? 隣にいるのは脱走兵のマオぼうやじゃないか」
「脱走兵……?」
 クレアのグレートアッパーによって悶絶していたヴェイグが、まだうずくまりつつも、マオを見て呟いた。
 サレは構わず、言葉を続ける。
「普通なら王の盾からの脱走兵なんて重罪人、ほっときゃぁしないんだけど。フォルス能力者が増えて管理もいい加減だからさぁ。ま、キミ程度のチビッコなんて、いつでも始末できるけどね」
「うるさいなぁ、サレのラズベリー臭! 紫男!」
 マオの悪口に少々口元をピクピクさせながらも、サレはユージーンを見て笑った。
「ユージーン隊長さんなら、僕のやり方はわかってるでしょう?」
「どう言う事だ! どちらにせよクレアは渡さない!」
 いつの間にか復活したのか、ヴェイグはクレアの前に立ってサレを睨みつける。その必死な目を見て、サレは嘲笑う。
「わからないお友達は、頭上に注意」
 ヴェイグはサレの言葉に素直に上を向いた。そして目を見開く。ポプラがサレのフォルスの竜巻によって浮かんでいた。問題はそこではない。
 スカートが捲りあがって中が見えているということだった。
「ぐッ……!」
 村人全員、口元を押さえて膝をついた。凄まじい精神的ダメージを受けてしまったのだ。ちなみにトーマでさえ、うずくまってしまう始末。
「クレアちゃん、わかるよね? 今、君の手の中には、村人全員の光という名の視力と、精神状態がある」
 クレアもまた、辛そうにポプラとサレを見比べた。
「どう? 視覚精神攻撃って苦しいのかなぁ?」
 苦しすぎる、とそこにいる者全員が心の中で思う。そして、この状況から早く打破したいと、願った。
 その為、村人の視線はクレア一人に注がれた。

「……わかりました。でも、その前におばさんを降ろして、精神攻撃をやめてください! じゃなければ、私は行きません」
「クレアちゃん、キミが本当に僕たちと来てくれるって約束してくれるのなら、あのおばさんは降ろしてあげるよ」
「行ってやるからさっさと降ろせ」
 サレの言葉に、クレアは命令で返した。その命令に大人しく従い、サレはポプラを地面へと降ろす。
「フッ、軽い冗談さ」
 冗談じゃ済まされないような状況だった、と村人は心の中でツッコむ。サレという青年にツッコもうものなら、命掛けだろう。
 精神攻撃から逃れられたヴェイグは、すぐさまクレアを止める。
「駄目だ! クレア、行くな!」
 その言葉がサレの癪に触ったのか、サレは剣を抜いた。
「さっきから聞いていれば、クレアクレアピーチパイピーチパイうるさいなぁ、キミは……! 最近悪い事ばかりで腹が立っていたから、殺してあげるよ……!!」
「ヴェイグ、危ない!」
 マオがヴェイグに向かって叫んだが、その時にはサレのフォルスは発動し、風がヴェイグを地面へと叩きつけた! その間に、サレはヴェイグに向かって走り、剣でヴェイグの胸を貫こうと構えた――
「ヴェイグ!」
 クレアがヴェイグの名を叫ぶ。
 それと同時に、一人の少女がその場へと現れ、強風が吹いてサレの攻撃を止めた。
「……サレ」
「!」
 懐かしい声に、サレは目を見開いて、ヴェイグのことなどすっかり忘れ、一人の少女にへと視線を移した。
! 来てくれたんだネ!」
 マオが笑顔でそう言った。そんなマオに向かっては微笑み返し、それからまた視線をサレへと戻す。サレは、震える声でに向かって言う。
「……キミは、誰……だい……?」

「ぬぉぉああ!! !! ではないかぁぁぁあ! お前とまた会えるなんて、このトーマ、只今最高の気分だぁぁああガファァ!!」
「ちょっと! 今イイところなんだから黙ってて!」
 先ほどの仕返しか、モニカがトーマの腹に蹴りを入れた。さすがクレアの親友、攻撃力はバッチリのようだ。
 トーマはモニカのキックによって、村の裏手の森の方へと飛ばされていった。
「どうして、キミが……いるんだ」
 再び、サレの震える声と辛そうな表情。自分が死んだと聞いた時も、彼はこんな表情をしたのだろうか。そう考えると、は目が熱くなるのを感じた。
「ごめんね、サレ……。しばらく、一人ぼっちにさせちゃって……」
 その場にいる者全員が、この二人を見守った。そんじょそこらのラブストーリーより切ない物語。
 サレは、ゆっくりとに近づき、その存在を確かめるように手での頬に触れた。
……」
 ようやく彼女の名前を呼び、それに答えるようには微笑んだ。は、そっとサレに耳打ちをする。
「私はサレと戦うつもりはないからね。かと言って城にも戻れないから……またどこかで会いましょう」
 その言葉に、サレは安心も含まれるような表情で返した。から離れ、クレアを見た。
 クレアはそれに答えるように、頷く。
 先ほどのサレのフォルスの攻撃により、ヴェイグは身動きが取れない状態で、クレアを止める事はできなかった。
「クレア、ごめんね……私が、見たばっかりに……!」
「モニカ、あなたのせいじゃないわよ。私の美しさのせいなんだから……あ、お父さん、お母さん。ちょっと行ってくるわね♪ ああ、ザピィはヴェイグのところにいるのよ」
 このクレアの明るさは天然ものなのか、無理をしているのか、あるいは自分の美しさが誇らしいのか。
 きっと一番最後の選択肢が正解であろうが、誰も何も言わなかった。
「クレア……行く、な……」
「ヴェイグ……ちょっと行ってくるね。に変なコトしたらタダじゃ済まないから。よく覚えておいてね」
「ああ、それは僕からも言っておくよ。に触れようものなら、例えピーチパイ馬鹿だろうが隊長だろうがマオぼうやであろうが、許さないからね?」
 必死にクレアを止めようとするヴェイグだが、その想いは儚く散る。クレアは指をボキボキ鳴らしながらヴェイグに釘をさす。そして更にその上にサレが念を押した。
「ぅぅぉぉぉおおおおおお!!」
 猛々しい咆哮と共に森から出てきたのは牛肉。
 牛肉の目には、もはやしか映っていないのだろう。
「相変わらず他の女とは比べ物にならないぐらい可愛いぞぉぉぉ―――!! と言うよりこの一年間でまた美しくなって!! 今こそ我がモノに!! ―――ッッ!!」

 ズバァァァン
 バシュゥゥ
 ドゴォォォン
 ゴゴォォ

 に向かって突進してきたトーマは、クレアの一本背負いによって無様にぶっ倒され、その後にサレのシュタイフェ・ブリーゼが襲う。
 次にマオのエクスプロード。そして最後にユージーンの轟破槍。
 既にが現れていた時点で鼻血を吹いていたトーマだったが、相次ぐ攻撃により、鼻血吐血の流血パラダイスだった。
「さっさと行くよ、トーマ。さようなら、ユージーン隊長。さようなら、マオぼうや。じゃあまたね?」
 サレは瀕死状態のトーマにも容赦なく、動かないと判断したらフォルスで浮かしつつトーマを連れて、高笑いをあげながら村から出て行った。
 嵐のサレ。本当にある意味、嵐のような出来事だったが、村人は「今日あった出来事は忘れよう」と心で思い、それぞれの家へと帰っていった――……。

あとがき
約1ヶ月ぶりの夢小説ですね!かなりテンパッて、大変なことになりました(爆
次回は漆黒の翼登場!ついでに隊長ラブなワルトゥとも再会!
ここまで読んでくださった方、有難う御座いました!
2005/5/1
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