お父様が床に伏されて、もう半年。
 あのドクター=バースでさえ、治療は不可能だと……。
 いつも、わたくしの言う事を聞いて下さったお父様。もしかしたら流行り病かもしれない、と言う事で看病も出来ない。

 ジルバが言うには、もう長くないって。
 そんな、お父様。わたくしはまだ一国を治める女王になんてなれません。寧ろ「もう少し常識を身につけないと破壊神になりますよ」と、つい先日ミルハウストから言われたばかりだと言うのに……。

 ……そう言えば、とサレは上手くいってるようね。ちょっと羨ましい。
 あぁ、中庭であんなに戯れちゃって。わたくしもミルハウストと戯れたい……。

 お父様、その病に冒された体に鞭打ってでも、どうか、この国を治めなさい!
 このままくたばるなんて、許しませんから。



06.ラドラスの落日に大きな罪





 日も沈みかけて、空は夕焼け。
 城の中庭で、サレとたちは珍しく真剣に話し合っていた。
「変態牛肉の暴走、いつも困り果ててるんだけど。どうにかならないかしら?」
 が心底困った、と言った感じで言うと、サレはため息をつく。
「全くだよ。僕のに手を出そうなんて、自分の牛肉姿を鏡で確認してから来いって感じなんだけどねぇ」
「サレ、誰のだ、誰の……! 何でもかんでも、所有物にするんじゃない」
 ユージーンの注意に、サレは「ハッ」と、憎たらしく笑った。密かにコメカミに青筋を立てるユージーン・ガラルド。
「だって本当の事じゃないですか? 少なくとも、はもうユージーン隊長のモノではないですよね。なんたって、は隊長の家を離れて僕の方で毎晩をエンジョイしてるんですから」
「ふ、不純な! ぬぅぅぅ……に変な事を教え込むのではないぞ、サレ! ……隊長! その槍をお納め下さい! どうか怒りを鎮めて……!」
 不良青年サレの問題発言に、ワルトゥは大ショックを受け、サレを怒鳴った。ワルトゥキック発動間近か。そして気付く。サレの問題発言に、ユージーンが槍を構えて、今にも暴走を始めそうな勢いだという事を。
 そんなユージーンの口に問答無用で鎮魂錠をぶち込むサレ。
「鎮魂錠……そうだわ! 一時間に一回、トーマに鎮魂錠を飲ませたら大人しくなるんじゃないかしら?」
「鎮魂錠だってタダで貰えるわけではないんだぞ。フォルスの暴走ではなく、乱心を落ち着かせる為に毎時間飲ませるなど、勿体無い」
 お前が言うなよ。
 ユージーンの言葉に、皆が心の中でツッコんだ。さっきまで槍を出して暴走寸前だったのは何処のどいつだ。しかし、口に出したらユージーンは何気にへこむので、皆は口に出さない。へこんだユージーンなんて見たら、ワルトゥの理性が危ういから。(その昔、へこんだユージーンを見て「隊長ぉぉぉお!! 何か可愛いですぞぉぉぉお!!」なんて飛びついた前科あり)
「……我慢しなくちゃいけないのかしら」
「困ったものだ、トーマも……」
「そんな奴といつも一緒に行動なんて、僕って可哀相」
 ツッコむ替わりに、とワルトゥとサレは呟いた。そんな三人の優しさをユージーンは知らず、不思議に思いつつ、再び口を開く。
「今日はもうお開きだ。俺は城の仮部屋に行くが……」
 ユージーンは、をちらりと見た。もそれに気付いて口を開きかけたが。
「じゃ、僕たちも部屋に戻ろうか?」
 サレがユージーンとの間に割り込んでくる。ユージーンはムッとしたが、が笑顔でサレに「うん」と返事をするのを見ると、とてもじゃないが怒る気にはなれなかった。少々敗北感を感じていると、ワルトゥがユージーンの手を握り締める。
「た、隊長! わ、わわ私がお供しましょうか!」
「いや、お前は自室でゆっくりと休んでくれ」
 ユージーンに憧れ焦がれるワルトゥ。ワルトゥにユージーンの事を語らせると、もう止まらないと言うほどだ。最近では、憧れの一線を超えているのでは、と皆が噂している。ユージーンもそれを悟っているのか、ワルトゥから顔を逸らして手を離そうと頑張っていた。
 つくづく変人の集まりの王の盾である。



 は、サレに連れられて、サレの自室へと来ていた。(戻ってきた、といった方が正しいかもしれない)
 サレは部屋に入るなり息を吐いて、剣をベッドの上に放り、伸びをする。も、持っていた大杖を壁に立てかけた。
「ねぇ、サレはジルバ様の事、どう思う?」
「ジルバ様? ……ふふ、色々頑張ってるんじゃないかなぁ」
 何か知ってそう、とは思った。しかも、あまり良くないことだろう。サレが本当に面白そうに微笑むんだから。
「何を知ってるの?」
「さぁ? 別に知っても何も変わらないよ。権力の前ではね」
「…………」
 サレの対応に、はため息をついた。そんなの唇に口付けをするサレ。
「僕らは僕たちなりにやっとけばいいのさ。……愛してるよ」
「止めてよ。もしかしたら部屋に誰か来るかもしれないじゃないッ……」
 再びキスを迫ってくるサレをは軽く避けて、窓の方へと歩いた。
 窓から見えるのは、夕日。
「綺麗な夕日~」
「はは、の方がずっと綺麗だよ」
 アンタのその台詞はどっから出てくるんだ。
 は、夕日を眺めた。そして、ドキリとした。その夕日が溶けたかと思えば、現れたのは白銀のゴルドバの月。いつの間にか、空は黒くなっている。ゴルドバの月にヒビが入り、その月は粉々に砕け、砕けた月からは青白い光が放たれていた。
 は、息を呑んで瞳を閉じ、再び開けた。そこには、もうゴルドバの月など無く、いつもの夕日がある。
(……何、今の。何かの……予兆?)
「どうしたんだい、?」
 いきなり顔色の悪くなったを不思議に思ったのか、サレが問い掛けた。そんなサレに対し、は苦笑して「なんでもないわ」と答える。
「そう言えば、右耳のイヤリングが無くなってるけど」
「えッ……」
 は、サレの言葉に右耳に触れた。いつもつけていた、雫型のイヤリングがない。左耳はどうだろう、と思い左耳に触れると、ちゃんとあった。という事は、どこかで落としたのだろうか。
「どこかで落としちゃったのかな? 中庭かしら。ちょっと探してくるわね」
 あのイヤリングはユージーンから貰った大切な物だし、と言いながら、再び大杖を持つ。その言葉に対し、サレは面白くない顔をした。
(どうせなら捨てればいいのに)
 そんな言葉を吐こうものなら、あの大杖で殴られるだろうと思い、サレはその言葉を飲み込む。(前科あり)
「サレ……この国は、大丈夫かしら」
 どうしても先程見た光景が気になり、はサレに背を向けながら尋ねた。
「どうだろうね。まぁ、僕は国がどうなろうと、がいれば十分さ」
 の後ろに立ち、首筋に口付けするサレ。
 ドスッ
「う?!」
「もうッ、またそんな事言って……国がおかしくなったら、私たちだってただじゃ済まないかもしれないんだからね」
 後ろに立っていたサレのみぞおちにエルボーを見事に決めた。そして、後ろを振り返り、顔を少し赤らめながらも笑顔を振り撒いてそう言った。苦しい顔をしつつも、頑張って笑い返すサレ。
「それじゃ、探してくるね」
「あぁ……僕が暇だから、早くしなよ」
「はいはい」
 みぞおちを擦りながら、サレが言った。それに対しは笑顔で応えて、部屋を出て行く。



 再び中庭に戻ってきた時には、もう日は沈んでいた。先程見たようなゴルドバの月が、空に現れ、軽く照らしてくれているので、そこまで真っ暗ではない。
「うーんっと、どこら辺かしら」
 夕方、自分が歩いたりした所を、探していく
 サレがユージーンの口に鎮魂錠をぶち込んだ辺りだろうか。そこに光る物があったので、は歩み寄った。
「あ、良かった……」
 月の光を反射して光っている赤い雫型のイヤリング。それを手に取り、右耳につける。
 それと同時に、城を揺るがすような振動と、フォルスの高まりを感じた。
「な……に……? このフォルス反応は……」
 普通のフォルス能力者より、フォルス反応を敏感に感じ取ってしまうには、そのフォルスの高まりは大きすぎた。片膝を地面につきつつも、はフォルスキューブを出す。
 案の定、もの凄い回転だ。この回転だけで誰かを殺れるんじゃないだろうか、と思えるぐらい。中庭に丁度いたヒューマの召使いが、苦しそうにしているの傍らに寄る。
「だ、大丈夫ですか? この揺れは、地震かしら…」
「地震、なんかじゃないわ……これは、きっと、ラドラス陛下の……」
 やっと慣れてきたのか、は立ち上がった。そして原因のラドラスがいると思われる祭儀場へと行こうとした。
 だが、またフォルス反応が強くなる。
 そして、何かが弾けたような感覚――……ラドラスの暴走は終わったのだろうが、その代わりに、何かが起ころうとしている。それだけはわかる。

『我が生み出した存在よ――……汝の宿命はヒューマのせん滅。ヒューマをせん滅するには、もっと力が必要だ。汝の力は我に劣らない。全ての力を解放するのだ――……』
 直接頭に響いてきた声に、は戸惑った。
「せん滅……力の解放……違う、違う……私は……」
 心に迷いが生じたのか、側にいたヒューマの召使いが、の炎に包まれた。絶叫する暇もなかったか、召使いはあっという間に炎に燃やされ、消える。
『汝は間違ってはいない。世界を救う為に、ヒューマを滅ぼすのだ』
「ち、違う……そんなの、違う……だったら私は一体……ぁああッ!」
 の体が光に包まれたと同時に、ラドラスが発生させた流星により、人々のフォルスが覚醒していき、町は混乱へと落ちた。



「姫様のところへ行かなくては……!」
 ミルハウストは、もう亡くなったラドラスの近くで呟いた。
 ラドラスという王が亡き今、次の王はアガーテとなる。町や城では、あちこちで火があがり、稲妻が走ったりしていて、非常に危険だ。この被害がアガーテにまで及んだら……と考え、ミルハウストはアガーテの部屋に向かって走る。

 アガーテの部屋へ向かう途中、中庭の近くでの声が聞こえたので、ミルハウストは一回立ち止まり、中庭の方へと向かった。
 そして、愕然とする。
 の周りには、たくさんのヒトが倒れている。それらは、全てもう息絶えていた。王の盾の隊員、正規軍の兵士、関わらず。
……?! 何故このような事を……!」
「違う……違うの! ヒューマのせん滅だなんて、そんな……あああ!!」
 は光に包まれながら、頭を抱えて唸る。
! 正気に戻るんだ! これ以上、ヒトを殺したらお前は……」
「いやぁぁぁぁぁっっ!!」
 叫んだと同時に、の方から稲妻が走り、ミルハウストはそれをかろうじて避けた。後ろの壁が、稲妻によって崩れる。
(なんて力だ……!)
 こんなものに当たってしまったら、自分は間違いなく死ぬだろうと、思った矢先。
?!」
 ユージーンが中庭に走りこんできた。ミルハウストはユージーンを確認するなり、呼びかけた。
「ユージーン! は一体どうなっているんだ?! もともとフォルス能力者だった者は、今回の覚醒では暴走しないのだろう?!」
「わからん……だが、のフォルスは暴走している! 暴走を止めるには、気絶させるか、殺すかだ」
 殺す……?!と、ミルハウストは叫んだ。
「どっちにせよ、早くのフォルスの暴走を止めないと、自体がフォルスに飲み込まれて死んでしまう! そうなる前に止めるんだ!」
 ユージーンが槍を構えるのを見て、ミルハウストも剣を構えた。その二人を見て、のフォルスは一層に高まる。
「来ないで……来ないでぇ!!」
 は、震える手で大杖を構えた。ユージーンが、の方へと走りこんだが、から風が発せられ、なかなか走ることがままらなくなった。
 それと同時に、ユージーンの後ろにいたミルハウストの足元が膨れ上がり、岩が突き出した。
「ッ!」
「ミルハウスト!」
 ミルハウストはいきなり突き出してきた岩を避ける事が出来ず、まともに攻撃を喰らってしまう。右膝に突き出した岩は、ミルハウストの膝の骨を折るには十分な力だっただろう。左膝を地面につき、剣で自分の体を支えて苦痛の表情を見せるミルハウスト。
 第二の攻撃がくる前に、ユージーンは風に負けじと進んだ。
「いやぁぁ!」
 の叫びと同時に、ユージーンの左腕が疾風によって深々と切れたが、そんな事を気にしている余裕はない。
……?!」
 中庭に来たサレの声に、はほんの少し隙を見せた。その隙をついて、ユージーンは槍の棒をの首筋に叩き込む。
 その攻撃に、は気を失った。を包むオーラも消える。中庭に来たばかりのサレは、慌てての方へと寄った。
「隊長、どういう事ですか。この周りの死骸は、全てが……?」
「ああ、恐らくそうだろう。原因はわからんが、のフォルスが暴走したのは間違いない」
 サレの言葉に、ユージーンは頷きながら答えた。ユージーンは、はサレに預け、後ろで蹲っているミルハウストの傍らに寄る。
「大丈夫か、ミルハウスト」
「いや……どうやら骨が折れたらしい」
 苦笑しながら、ミルハウストは答える。それと同時に、数人の兵士がやってきた。
 何しにやって来たんだろう、そう思う前に、その兵士らは気を失っているの腕を掴んだ。
「ちょッ……待て! をどこに連れて行くつもりだい?」
 サレは、を連れて行こうとする兵士を止め、問うた。兵士は無表情で、
「収容所に入れよと、ジルバ様からの命令だ」
「……!」
 サレとユージーンとミルハウストの目が見開かれた。上からの命令ならば、逆らう事はできない。
 三人は、兵士に連れて行かれるを見守るだけしか出来なかった。
「……隊長、これからどうなるんですか。は」
「……ここまでヒトを殺してしまったんだ。何らかの罰はあるだろうが……。全てジルバ様の独断で決めれるわけがない。次期王となるアガーテ様が決めることだから……死刑ということにはならないだろう」
「あぁ……姫様は、の事をとても大切にしていたからな」
 サレの質問にユージーンが答え、それに付け足すようにミルハウストが言った。その答えに安心したのか、サレは息を吐いた。
「サレ、俺はミルハウストを救護室まで運んでくる。その間にフォルスを暴走している者を止めるんだ」
「はいはい、わかりましたよ」
 ニヤリと笑って、サレはその場を後にした。



「ジルバ……! を、一体をどうするの?!」
 アガーテは、自分の部屋で、ずっと中庭での一部始終を見ていた。そして、ジルバに問いただす。
「姫様……あのという小娘は、姫様もご存知の通り、百何十人もヒトを殺めてしまったのです。これは、普通ならば死刑でしょう」
「そんな……を死刑だなんて……!」
 嫌よ、と言った風に首を振るアガーテ。そんなアガーテに対し、ジルバは微笑んだ。
「姫様。もちろん、最終的な罰はこのジルバが決めることではありません。全ては、次期王である姫様の手にかかっているのです」
「それなら……!」
「姫様、言っておきますが……噂では、ミルハウスト将軍はの事を好いていると……」
 ジルバの言葉に、アガーテは目を大きく見開いた。ジルバは、言葉を続ける。
がいなくなれば、ミルハウストの心は間違いなく姫様の方へと向かうでしょう。あの娘の能力は凄まじいです。その気になれば収容所も破壊してしまいます。そうなる前に……。……大丈夫ですよ、姫様。もともと、死刑になるような事をしたのですから」
 囁くように、ジルバはアガーテに言った。そして、アガーテはほとんど何も考えず、口を開く。
を……死刑に」
「そう、国の為にも、姫様のご判断は正しいのです」



 バルカの収容所で、が起きたのは夜中だった。身を起こすと、全身がだるく、重いのがわかる。
「……フォルス、暴走させちゃったのかな……」
 暫く、呆然としては辺りを見渡した。
 ここは何処だろう。まるで牢屋のようなところだけど……。そんな事より、あの時、頭に響いた男の声は何だったのだろう。
様ッ……!」
 そうこう考えているうちに、の声を呼ぶ者が収容所に入ってきた。
 その男は、王の盾のガジュマの隊員。その隊員は、がいる牢屋を確認するなり、鍵を開けた。
様、大変です! このまま貴女がここにいれば、様は死刑に……!」
「え、死刑?」
 死刑という言葉を出され、はさすがに、肝が冷たくなるのを感じた。
「えぇ、そうです。先程、そのような話を、アガーテ様の自室でしておりました……。俺……いえ、私は! 様のような方に死んでもらいたくはないのです!」
「で、でも私は……多くのヒトを殺してしまったわ。普通なら、死刑だったとしてもおかしくないでしょう?」
「確かにそうかもしれません。しかし、それは様の意思では無かったはずです!」
 は、その性格と強さ故に、多くの隊員から慕われていた。しかし、は首を横に振る。
「確かに、ただのフォルスの暴走だったかもしれない。でも、私がヒトを大勢殺してしまったのは事実よ。その罪を私が死ぬことによって、償えるものならば……」
 そこで、正規軍の兵士二人がやってきた。ガジュマとヒューマだった。
 王の盾の隊員は、「ヤバイ」と言って逃げ出そうとしたが、兵士に止められる。
 その兵士は、隊員とに向かって微笑んだ。
「王の盾の……さん、ですよね。今の話、聞いてしまいました」
 ヒューマの兵士が、苦笑しながら言った。
さんは覚えてないでしょうけど、私の母は……さんのおかげで助かったのです」
「え……」
「私の母は、街では性格が悪いと有名でした。そんな母が広場で倒れ、誰も見て見ぬ振りをしている時に、さんが母に手を差し伸べてくれたんですよ」
 は、自分の記憶を掘り起こした。案外それは、すぐに思い出すことが出来た。
 確か、半年前ぐらいに広場でヒトが倒れているのをは見つけ、慌てて駆け寄った。周りにいた人たちが「助けるな」「自業自得なんだから」と言って止めるのにも関わらず、そのヒトを担ぎ上げ、家がどこにあるのかを聞き出して、家まで運んだのだった。その時、玄関先から出てきたのが、このヒューマの兵士だった。
「覚えているわ。あの時、貴方のお母さんに何で誰も手を差し伸べないのかって、凄く怒った覚えがあるから」
「……正直、私は王の盾を偏見していました。王の盾なんて、特殊な能力が使える、ただのならず者だと。でも、それは違った。さんのような、優しいヒトもいるのだと」
 ここまで言われたら、はなんだかだんだんと、照れくさくなってくる。もう一人のガジュマの兵士が口を開く。
「ラドラス王が崩御してしまい、アガーテ様が王になった。けれども、ジルバ様の手によって、なんだか歪められていくような気がするんだ。きっとこれはジルバ様の罠に決まっている。その罠に引っかかって、死んでもらいたくないんだ! それに……死刑になったら、俺たちがあんたを殺さなくてはならない。俺には、そんなの……」
「あの人が裏で何かを考えているのは、薄々勘付いていたけど。確かに、私は色々なフォルスが使えるし、アガーテちゃんとも普通に話せる。ジルバ様から見たら、邪魔者でしかないでしょうね」
 は、牢屋に立てかけてあった大杖を掴んだ。その行動に、兵士達は目を輝かせた。
様! 生きてくださるんですね!」
「えぇ……でも、今から城に行っても、また捕まって、今度こそ殺されるでしょうからね。しばらくは、他の街で大人しくしているわ。……それと、自分を見つめなおす」
 そう言って、は目を閉じてフォルスを使う。人型の光が現れ、その光は、もう一人のとなった。
「この私の分身を置いていくわ。私が逃げた、なんて事がわかったら、私もまた追いかけられるし、貴方達もタダじゃ済まないでしょうし」
さん……」
「ちなみにこの分身、ちゃんと言う事聞くからね? まぁ喋りはしないでしょうけど。殺しても三日間は消えたりしないから、ちゃんとジルバ様に死んだという証拠が見せれるし……大丈夫だと思うわ」
「分身とわかっているなら、俺も安心して殺せるよ」
 分身ついて軽く説明すると、ガジュマの兵士が笑顔でそう言った。
 果たして笑って言う事なのかと気になる所だが、も笑顔で返す。
「けれど……私が生きてると言う事は、貴方達三人の秘密よ。誰にも話してはいけないわ。もちろん、ユージーンやサレにも」
様……しかし、様が死んで、一番お辛いのはサレ様と隊長なのでは……」
「わかってる。大丈夫よ、二人共強いから。……本当に、ありがとう。貴方達三人の優しさは、絶対に忘れないわ」
 は目に涙を溜めながら、笑顔で三人に礼を言った。
「その、バルカ港などでさんの姿を見た、という人とかいたら面倒ですから、このフード付きのマントを」
 ヒューマの兵士が、フード付きマントをに差し出した。それに対し、はもう一度礼を告げる。
「ありがとう……今度会う時は、表面上は敵かもね」
 少し悲しげに、は笑った。そしてバルカの収容所を出て行く。そんな光景を、ガジュマの隊員と、ヒューマとガジュマの兵士はずっと見守っていた。



 がバルカ港に着いたのは、太陽が少し顔を覗かせた頃だった。
「酷い、有様……」
 は、バルカ港を見て、そう一言呟いた。
 人の話によれば、ラドラスが亡くなったのと同時に、流星が流れ、それに触れた者はフォルスが覚醒していったらしい。それと同じように、バイラスも数が増えたという。フォルスが覚醒した者は、突然の覚醒にとまどい、そのフォルスに飲み込まれたのがほとんど。
「こんな状態で、船は乗れるのかしら」
 そう疑問に思い、船着場に急ぎ足で行こうとした時。
「そこのお前さん」
 占い師だろうか。そう思われる人物が、を呼び止めた。
「何でしょうか?」
「お前さんからは、普通とは違うオーラが感じられる……世界が闇に陥る時、お前さんと……その仲間がこの世界を救うだろう。後ろを見ずに、前だけを見るのじゃよ」
「は、はぁ……どうも」
 変な事を言う占い師に、は不思議に思いつつ、お辞儀をして、船着場へと急いだ。

 意外にも、船は大丈夫だった。船の甲板にいた船員に話し掛ける。
「船には被害はなかったようですね」
「ん? あ、あぁ、まあね。ほとんど宿屋の方で起きてたから……それにしてもビックリしたよ。流星に当たった人たちが、いきなり火を吹いたりするんだから。あ、それで、どこかへ行くのかい?」
「えぇ、ミナールまでお願い出来ますか?」
「よし、いいよー。乗ってくれ」
 船員はを船へと迎え入れた。
 ミナールに行くには、理由がある。ミナールにはキュリアという女医がいて、はそのキュリアと知り合いだった。彼女だったら、自分のことをわかってくれるだろうと思い、ミナールへと向かう。



「は……何だって?」
 サレは、胸に冷たい物を感じながら、聞き返した。王の椅子に座っているアガーテの隣で凛と立っているジルバが、口を開く。
は死んだ、と言っているのです。いくらフォルスが暴走したからと言っても、彼女は王の盾、正規軍を合わせ、百何十人も殺めてしまった。そして、正規軍率いる将軍、ミルハウスト・セルカークまで負傷させ……これで無罪と言えますか? ……姫様と相談し、彼女は死刑、ということになったのです。ねぇ姫様?」
「……えぇ」
 アガーテは、震えながら答えた。親友、とまで言ってくれたを、自分の決断で殺してしまったと思えば、罪悪感を感じられずにはいられない。
 気付けば、サレも怒りからなのか、震えていた。
「なんで……だよ……! 大体、フォルスが暴走したのは、ラドラス王が――…」
「サレ、滅多な事を言うんじゃない」
「隊長……隊長は悲しくも何ともないんですか。が死んだと言うのに……悔しくもなんとも!」
 サレの言葉を押さえつけるように、ユージーンはサレを咎めた。
 しかし、サレはユージーンに食って掛かる。
「俺だって……悲しいに決まっているだろう! だが、今怒ってもは戻ってこない!」
 珍しく、ユージーンの目が涙で潤んだ。それを見て、ついにアガーテは泣き崩れてしまう。
「わ、わたくしだって、後悔、しています……! けれど、は、あの子は……!」
「ああ姫様、お泣きにならないで下さい。美しい顔が台無しでございますわ。お前達はもうお下がりなさい」
「クソッ……」
 サレは舌打ちをして、王の間を後にした。ユージーンも一礼し、出て行く。

 王の間を出たところで、赤毛の少年が立っていた。
「マオ」
 ユージーンが、その少年の名を呼んだ。サレは、マオを一瞥し
「このぼうや、記憶喪失なんだってねぇ? いいですね、隊長は。また新しい子供が出来て。でも……僕の大切な人はでしかあり得ない。隊長が羨ましいですよ」
「俺はそんなつもりじゃない。で、かけがえの無い大切な子だった。そして、マオも同じだ」
 サレの皮肉に、ユージーンは言い返した。そしてサレは、面白くなさそうにその場を後にする。
って、誰なの?」
 マオは顔を上げて、ユージーンに尋ねた。ユージーンは辛そうな顔をしつつ言う。
「お前と同じ、記憶喪失だった子だ……。先程、死刑になったらしいがな」
「え……」
 マオは、言葉を詰らせた。自分と同じ記憶喪失。そしてさっきの話によると、その子もユージーンに育てられたんだろう。自分と同じ境遇の子……その子が死んだと聞いただけで、マオはなんだか苦しくなった。



 それから二ヵ月後。その赤毛の少年は、ミナールで迷っていた。
「あっれ~? おかしいなぁ。ユージーンドコ行っちゃったんだろ? アルヴァン山脈にこれから訓練なのに……早く見つけないと、怒られちゃうよ~」
 ミナールの役場付近でウロチョロしていると、髪の長い少女が話し掛ける。
「君、どうしたの? この街の子じゃないわよね……もしかして、迷った?」
「あッ! そうなんだよ、バルカからアルヴァン山脈に訓練しに来たんだけど……」
 マオの言葉に、その少女はドキリとした。
「も、もしかして……王の盾?」
 だとしたら、とんでもない子に話し掛けてしまったと、少女は思った。マオは首を傾げ「そうだヨ」と言う。
「あ……君って、能力者なんだね。フォルスの反応がちょっとだけするヨ」
「え? わかるの?」
 少女は、自分の強大すぎるフォルスを、押さえ込んでいたつもりだった。つもりではなくて、押さえ込んでいたに違いない。普通の能力者には、わからないまで。
「うん! なんかボクって、普通の能力者より敏感にフォルス反応を感じ取っちゃうんだって!」
「へ、へぇ……」
 まるっきり自分と一緒だ、と少女は思う。
「ボクはマオ! 君は?」
「え? わ、私? ジュリエット……そう、ジュリエットよ!」
 少女は、とっさに嘘をついてしまった。それに対し、マオは
「……それって、本当の名前?」
「ううん、嘘」
 やっぱりバレた、と少女は唸った。
「本当の名前教えてあげるから、ひとつ約束してくれないかしら?」
「ん? いいヨ?」
「私は……ちょっとした事が理由で、王の盾から脱走したの。王の盾からの脱走者なんて、重罪人よ。再び王の盾に戻るか、死ぬか、だわ。私は王の盾には戻りたくないし……死にたくもない。だからお願い。私の事は、絶対に王の盾の人には言わないでね?」
「そうだったんだぁ……。うん、大丈夫だよ! ボク、絶対に言わないからネ!」
 少女の説明に、マオは最初は驚いたが、早く本当の名前が知りたいのか、すぐに約束してくれた。
 少女は苦笑して、マオに自分の名前を告げようと、口を開く。
「私の名前は……よ」
「え、……?」
 マオの反応に、は一気に不安になった。もしかして、自分のことを知っていたのだろうかと。
「ど、どうかした? 私の名前、そんなに珍しいかしら?」
「ううん……ユージーンやサレが言ってた子と同じ名前だなぁって」
 ヤバイ、とは心の中で叫んだ。マオは笑顔で言い返す。
「でも、絶対別人だね。だって、その子……なんかよく分からないけど、死刑にされちゃったんだって。ユージーン、凄く辛そうな顔をしてたヨ……そして、サレとワルトゥも。トーマは吼えてたけどネ」
「マオは……ユージーン…隊長と仲良いの?」
「うん! 仲良いっていうか、ユージーンはボクのお父さんみたいなものだよ! ボク、ラドラスの落日でフォルスが覚醒したんだと思うんだけど、そのショックで記憶がないんだよネ……。あ、でも気にすることはないよ! 大切なのは過去じゃない、未来だ! なーんてネ♪ この言葉も、そのユージーンの言ってたって子が言ってたらしいんだ」
「そう、なの……」
 自分がいつも言っていた言葉を、ユージーンは自分と同じ境遇にいるこの少年に教えてくれたのか、と思うと、は目頭が熱くなるのを感じた。マオに悟られないように、顔を背ける。
「ボク、一度でも良いから、その子と話してみたかったなぁって思うんだ」
 今、実際話しているんだけど。という言葉をは飲み込んだ。ふと、懐かしい声がしたので、は慌てる。
「ゆ、ユージーン隊長の声がするわ! それじゃあね、マオ! また話せると良いわね!」
「えッ?! って耳がいいね? うん、またね!」
 はその場に走ってくるだろうと思われるユージーンに見つからないように、役場前から体育館前へと飛び降りた。
「マオ、ここにいたのか。だからあまりウロウロするなと言っというのに……」
「ごめんごめん!」
「……? マオ、誰かと話していたのか? さっき誰か、ここにいたと思うんだが」
「なーに言ってんのさ! さっきからボク一人でウロチョロしてたんだから!」
「そうか……気のせいか。行くぞ、マオ」
「はーい♪」

 階段の上から聞こえてくる会話に、は涙を流し、心の中で親指を立てた。
(ユージーン……いいお父さんしてるねッ……!)

あとがき
なんだかシリアスばっかりだったので、せめて最後は明るくしようとしたら、悪あがきになってしまいました(笑
書いてて面白かったです、シリアス! でも読んでる人にとっては、ギャグの方が面白いでしょうけどね(苦笑
次回からは……本編突入です! まずはユージーンとさんの感動の再会ですね
ここまで読んでくださった方、有難う御座いました!
2005/3/25
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