ッ……! あんなに清楚で美しく可憐で可愛い謙虚でか弱く儚いヒューマの娘は見たことがない!
 このトーマでさえ、惚れてしまう程にッ……!
 おおお……の姿を脳内で思い出すだけで萌え上がる俺様の体!
 この想いをにぶつけようとしても、王の盾のユージーン隊長や、正規軍将軍閣下ミルハウストに邪魔され邪魔され……俺様との恋路を邪魔しようなんざ、百億年早いわ!

 ヒューマの顔はどれも同じに見えたが、だけ違うッ…!
 確かにヒューマだが、他のヒューマとはだいぶ違って見えるのだ!

 フハハ…フハハハハハ! と俺様は、必ず結ばれる運命!!!

 ユージーンやミルハウストに邪魔されようが、絶対に手に入れてやる!!



03.フォルスでポン!クサいセリフにはご用心





 は何となく寒気を感じつつ、側に寄ってくるアガーテを見守った。アガーテは「美しい……」と何度も連呼しながら、フラフラとに近寄る。そして、指をの頬に伸ばした。
「美しいわ……綺麗で、まるで吸い込まれそうな瞳……桜色の柔らかそうな唇……白い肌……嗚呼、美しい……」
 誰か助けて下さい。
 は声には出さず、心の中で叫んだ。アガーテは、恍惚とした表情での顔を眺めた。「本気でヤバイんじゃないだろうか、この人」と、が思った矢先に、アガーテはニッコリと微笑んで言う。
「あなた、お名前は?」
「え。えっと、
……素敵なお名前ね。わたくしはアガーテ。はどうしてこのお城に?」
 猫耳と尻尾を動かしながら、アガーテはに尋ねた。は、何となくアガーテから発せられる威圧感を感じつつも、口を開いた。
「ゆ、ユージーンに連れてこられたの。って言う名前も、ユージーンがつけてくれたんだよ。私は…キオクソウシツ、なんだって」
「あなたが……そう。、これからもよろしくね」
「うん、アガーテちゃん」
 アガーテ……ちゃん、とアガーテは目を見開きつつの言葉を復唱する。
 ちゃん、だなんて、今まで一回も使われた事が無かった為か、少し戸惑った。戸惑っているアガーテに追い討ちをかけるように、がにっこりと笑った。
 何故か、赤面しだすアガーテ。
 ガバッ
「?!」
「も、もう可愛いわッ!! 実を言うとね、わたくし、さっきからの事をずっと見ていたの! この城の廊下のいたる所に設置された監視カメラでの姿をずっと……きゃッvわたくしったら言っちゃったわ、もうッvV」
 アガーテはに飛びついた。当然の如くは驚いたが、アガーテはそんな事おかまいなしに化けの皮を剥がしやがりました。そしてついには、をずっと見ていたと、大胆不敵にもストーカー近い発言をかます始末。
 は、アガーテに抱きつかれたまま硬直。思考回路はショート寸前。(寧ろショート中)
 と言うか、廊下のいたる所に監視カメラなんて設置してあるのか。
「姫様?」
 ガチャ、と言う音と共に、ミルハウストが部屋の扉を開けて入ってきた。アガーテがに抱きついている所を見て、ミルハウストは顔面蒼白。
「ひ、姫様! なりません、そっちの気の方に行ってしまっては!!」
 どっちの気だろう。
 慌ててアガーテに言うミルハウストだが、いかんせん空回りしているようにしか見えなくて、哀れだ。そんなミルハウストを見て、アガーテは桜が飛び散る勢いで微笑んだ。
「ミルハウスト、何を言っているの? 取り敢えず、はわたくしのモノですから、手出しはなさらないで下さいねv」
「姫様……! 駄目です、は公共物……もとい、公共人間です! トーマ等の変態はともかくとして、ユージーンや私のような正常人物は、別にに変なコトするワケでもないのですから、近づくぐらい……」
 彼、ミルハウストは自分が何を口走っているのか、わかっているのだろうか。アガーテからの命令を聞いたミルハウストは、尚も慌てながら、アガーテに言い聞かせるように言うが、アガーテはニコニコと笑い
「変なコトって……ミルハウスト、あなたは私のの服の中を見たではありませんか」
「うッ……」
 何で知ってるのだろう、とミルハウストは思ったが、すぐにその思いは消えた。アガーテが一国の姫であり、ある意味この城の出来事を全て把握している裏の情報屋という事を、思い出したから。
「本当だったら、わたくしがお父様にお願いして即私刑、と言ったところなのですが、ミルハウストだから許しましょう♪」
 再び、ニコッと笑うアガーテ。その笑顔が一番怖いです、とは心の中で思った。口で言ったら、今度は自分がその微笑を向けられる番となる。アガーテは、からゆっくりと離れた。
「そう言えば……ジルバ様は今日はおられないのですね」
「ジルバさま?」
 ミルハウストの言葉に反応する。アガーテはの様子に気付き、説明を始める。
「ジルバ・マディガンは、わたくしの馬……ごほん! ウマではなくて、乳母なの、ウバ。それで、今日ウマは……ジルバは、出かけているわ」
 姫様、今日は一段と黒いですね。ミルハウストは、どこか遠い所を見つつ、心の中でそう呟いた。
「アガーテちゃんのお母さんは?」
「わたくしのお母様は、わたくしを生んだ少し後に、亡くなったみたい。だから、ジルバがお母様代わり。……お父様や、ミルハウストや……がいるから、寂しくはないけれど」
「あ、ごめん。嫌な事聞いちゃったね。……私の、お母さんは……いるのかなぁ……」
 どこか寂しげに、表情を曇らせ、俯いたりリア。そんなに対し、アガーテとミルハウストは言葉を失う。しかし、アガーテが逸早く口を開く。
、もしお母様がいなくても、あなたには大勢の人が回りにいるわ。ユージーンや、ミルハウストや、トーマは論外として、わたくしもいる。それに……わたくし達は、友達……でしょう?」
 アガーテがの手を取って、微笑みながら言うと、はゆっくりと顔をあげた。そして、アガーテの顔を見て、も笑みをこぼす。
「うん、そうだね! アガーテちゃんは、私の親友だよ」
 アガーテの手をしっかりと握り返したは、笑顔をアガーテとミルハウストに向けた。
 その途端。
「うぉらぁぁあ――!! ー!! を出せぇぇえええッッ!!!」
 扉をドンドンと叩いてくる牛肉。一国の姫の部屋と知っての無礼か。部屋に入ってくる時に、ミルハウストが鍵を閉めたのか扉は固く閉ざされているが、トーマならぶち壊して入ってくるかもしれない。
 しかし、このトーマの荒れっぷり。ここでを出せば本気でどうなるかわからない。いや、どうなるかは大体見当はつくが、想像するには度胸が必要。
 心の中でそんな事をミルハウストは思いながら、剣を抜いた。
「私の力でトーマを抑えきれるかわからない。何しろ……トーマのに対する愛情からくる欲望のおかげで、フォルスの力は限界を超えている。念のために、は逃げたほうが良い」
「そうね。……丁度、そこの窓から逃げれると思うわ。ここは二階だけど、そんなに高くないから大丈夫。
裏庭に通じているし……が兵士達にちょっかい出されないか凄く心配だけれど、その時はその時でわたくしがソイツを潰すとして……」
 何か凄く恐ろしい事を言っております、アガーテ。アガーテはの背中を、窓側にそっと押しやったと思えば、一人でネチネチと計画を立て始める。
、兵士に何か嫌なことされたら、ただちにわたくしに言ってね。即死刑にするから」
 もはやに触れる者全て生きる余地無し状態に陥っております、アガーテ。ニコッと笑うアガーテに、は何も言えずに窓際へと立つ。
 ミルハウストも、剣を構えながら、顔だけをの方に向けて微笑んだ。
、大丈夫だ。君と姫様は……私が命に換えてでも守ってみせる」
「ちょっと頭が混乱しちゃってる奴は放っておいて。…気をつけていくのよ」
 ミルハウストの言葉を完璧にスルーしたアガーテは、に再び微笑みかけた。は、そんな二人に感謝の意を込めて、にこりと笑う。
「ありがとう、ミルハウストお兄ちゃん、アガーテちゃん。また後でね!」
「えぇ、また来てね」
 窓から身を乗り出したは、アガーテの言葉に頷いて、約1メートル半ぐらいある高さから、裏庭へと降りた。

「その服は……」
 降りた瞬間、声をかけられたはぎょっとした。
 裏庭にいたのは、アガーテと同じ年ぐらいのヒューマの女の子が二人。は、その二人を見て、何か違和感を感じた。
「あ、ツノ……」
 ヒューマだと思っていた相手の二人の頭には、角があった。
 ずっと角を見るを不愉快に思ったのか、女の子の一人……先程、声をかけてきた黒髪の女の子が、声を張り上げる。
「何?! あんたも私達がハーフだからって差別するわけ?!」
「えッ……」
 いきなり怒鳴られたは、少し戸惑う。
 しかし、は首を振って、その首を傾げた。
「ハーフって何? よくわからないけど、私、あなた達を仲間はずれなんかにしないよ?」
 の言葉を聞いて、二人は驚いた。ハーフだと言われ、ガジュマからも、ヒューマからも迫害され続けてきた二人にとって、こんな言葉をかけられたのは初めてだったから。
 そんな二人を見て、が微笑むと、その二人もつられて微笑んだ。
「ごめん、あんたがそう言う人だってわからなくて。私はヒルダ」
「私は……ミリッツァだ。お前は?」
「私は。ヒルダ、さっきこの服を見て何か言ったけど、何だったの?」
「あぁ、その服……私が昔、着てたヤツだなって思って。いつの間にか部屋からなくなってたんだけど」
「私の服も……なくなっていっている」
 ミリッツァは、三つ編みの茶色の髪を揺らしながら、呟いた。
 どうやら、この二人の部屋から、幼い頃の服がなくなっている様子。……犯人は、大体見当ついてるが。
「この服、トーマからもらったんだけど」
「「トーマから?!」」
 うわ、キモ。
 三人の心が初めて一緒になった瞬間だった。
 ミリッツァは、憂い気にため息をつく。
「もとから変態だとは思っていたが……こうも救いようがないと、笑えてくるな。……フフフッ」
「ヒルダ、ミリッツァっていつもこうなの?」
「えぇ、まぁ。いつもの事だから、放っといてあげて」
 トーマの変態さの、どこにツボを突かれたのかは知らないが、ミリッツァは独りでフフフアハハハと、高笑いをし始めた。外見とちょっとギャップを覚えたはヒルダに尋ねたが、ヒルダが言うには、ミリッツァはいつもこんな調子らしい。
 一人で爆笑しているミリッツァはさて置き、はヒルダに笑いかけた。
「ヒルダ、私……ハーフってあまりよく解らないけど、ヒルダとミリッツァの事は大好きだよ」
「会ったばかりなのに?」
「うん。だって、さっきトーマを『うわ、キモ』って思ったのは、三人一緒だったと思う。そんな感じがするし、これだけでも、私達三人の共通点は見つかったしね!」
「微妙な共通点ね。まぁ、私も正直、のことは好きになれるわ。今まで、ヒューマやガジュマなんてって、思ってきたけど」
「わ、私ものことは…フフッ、す、好きだぞッ…アハハッ」
 涙を流しながら未だ笑い続けるミリッツァも、死に物狂いでに告げた。
 は、そんなミリッツァに苦笑しつつ、自分が降りてきた窓に視線を向ける。
 窓の中から、「うらクソがぁ! をどこへやった! さっさと出せぇぇええ!!」「落ち着くんだトーマ! ここは姫様の部屋だぞ?!」「うぉぉおおお―――!!!」「ちょっと、煩いわ! ミルハウスト、さっさとこの牛肉を黙らしてちょうだい!」「が、頑張ります……!」等と、まさに地獄絵が脳裏に浮かびそうなぐらいの叫びが聞こえてきた。
 やはりトーマは扉をぶち壊したらしい。彼がこの先、どんな結末を迎えるのかは知らないが、は自分に迫る身の危険を感じとり、ヒルダとミリッツァに向き直る。
「ごめん! 私、今、トーマに追いかけられてるところなの!」
「「悲惨ね(だな)」」
 の訴えに、ヒルダとミリッツァは口を揃えて悲惨だと言い、とても渋い顔をしながら、に同情した。
「だから逃げなくちゃ……あ、また会おうね! ヒルダ、ミリッツァ!」
 最後に、二人に笑顔を振り撒いてその場を後にする。そんなの後姿を見つめつつ、ヒルダは
「変な子ね……。でも、迷子にならないのかしら?」
「フフフッ、そ、そうだなッ…アハハハッ!」
「……」
 隣で未だに笑い続けるミリッツァを横目で見つつ、沈黙するヒルダ。
 まともに話も出来ない、とヒルダは心の中で思って、いつ頃あたりに笑いが収まるのか、と思い、タロットカードで占い始めた。



「うわぁ、ここどこ」
 裏庭から、なんとか城に入れたものの、場所がまったく把握できない
 またさ迷うはめになるのか、と思った矢先
「おや? お嬢ちゃん、こんなところで何を?」
 周りをキョロキョロと見て、フラフラと動くに、ひとりの兵士が声をかける。いきなり声をかけられたは、驚いて涙目になってしまう。
「あ~……困ったなぁ、城に迷い込んだのかな? よし、お兄さんが広場まで案内してあげよう」
 明らかにおじさんにしか見えない兵士は、自分の事をお兄さんと言いよった。見事なおじさん兵士の華麗なる悪あがきを、幼いは読み取り、別の意味で涙が出そうだった。「哀れだな」とに思われているのも知らず、兵士は良心でバルカの広場まで案内しようと、の手を取った。
 ―――…その瞬間。
「ワルトゥキィ―――ッック!!」
 咆哮しながら、おじさん兵士の横ッ面にドロップキックを決めたのはワルトゥ。
 ドロップキックを喰らわされた兵士は、成す術もなく、鼻血を出しながら地面へと崩れ、気絶。ワルトゥは、怯えるの前に跪き、両手を取った。
、大丈夫だったか? 兵士には危険な奴らが多いのだ。のような可愛い女子が一人で歩いていたら、それを狙う兵士も少なくない。私がたまたまこの場にいて、本当に良かった……」
 自分がどれだけの罪を犯したのか知らないワルトゥ。彼は、その場にいたものの、会話は聞いてなかったようだ。
「ワルトゥ……ううん、何でもない」
 何だかは兵士にもの凄い罪悪感を感じつつも、結局はワルトゥに真実は話せなかった。話を切られたワルトゥは、少し気になったが、話を変えようと試みた。
、今からやる事はあるのか?」
「え? ううん、別に」
「なら……丁度良い。私も時間があることだし、フォルスの訓練をしてみるか?」
 ワルトゥの提案に、は目を輝かし「やりたい!」と、勢い良く言い放つ。
 そんなの姿に、ワルトゥは目を細めて微笑みながら、立ち上がる。
「決まりだな。では、王の盾専用の訓練所に行こう」
「うん!」
 ワルトゥは、より先に訓練所の方へと進んだ。ワルトゥの後ろを歩くだが、ワルトゥが浮いて移動するのに激しく疑問を持ったりしていた。
 ……ワルトゥのフォルスって、確か『音』だったような気がするけど、音の力で浮いてるのかな……。
 気になるところだったが、敢えて聞かずに、黙って後ろを歩いていった。



 訓練所についた二人。訓練所には、他にも王の盾の一員だと思われる人物も数人いて、入ってきたとワルトゥを見ている者もいる。
は、どれぐらいフォルスを扱えるのだ?」
 早速、ワルトゥは一枚の紙をに渡して、尋ねた。
 は、紙をつまんだと思ったら、一瞬にして燃やし尽くした。
「これぐらい」
「ふむ。なら、あの紙をここから燃やしてみよう」
 ワルトゥは頷いて、次に、より3メートルぐらい離れた、天井から吊るされている紙を指差す。手元にある物は燃やせるだが、離れている物には挑戦したことがない。その為、不安そうな顔をした。
「大丈夫だ。あの紙が燃えるシーンを強く想像して……」
「かみが……燃える……」
 ワルトゥの言ったとおり、精神を集中して、天井から吊るされている紙が燃えるところを想像する。次の瞬間。
「うわっち!!」
 一人のガジュマの青年が、悲鳴をあげた。
 そのガジュマの青年は、の後ろにいた人物。悲鳴にワルトゥとが振り返れば、そのガジュマの青年の髪が燃えている。
! 髪じゃない、紙だ!」
「え? あれ?」
 疑問符を飛ばしまくる。その間にも、ガジュマの青年の髪は燃え続け、青年はのた打ち回ってる。
「と、ともかくあの青年の火を消さねば! 、どうにかして―……」
(火を消すものといったら…えっと、冷たいもの、かな?)
 隣で喚くワルトゥをよそに、で考えていた。
 そして、冷たいものが必要だと思ったは、文字通り、冷たいものが青年の火を消すように強く想像した。

 その瞬間、訓練所が静まり返る。
 訓練所で、ワルトゥとを除く人物が、生きたまま凍ってしまったのだった。そして、何より哀れなのは、鼻の清掃中だったのかは知らないが、鼻の穴に指を突っ込んだまま凍ってしまった奴。こればかりは、救いようがない。
 カラン、とワルトゥの杖が地面に落ちる音がした。ワルトゥは、別の意味で固まっている。
「……」
 ワルトゥは、沈黙し、隣で呆然と立っているを横目で見た。
 ……本当に、強大なフォルスの持ち主だ、と今更思う。一瞬にして、しかも前触れも無く、訓練所一帯を凍らすなんて、普通ではありえない。
 気付けば、は震えていた。
「ど……うしよう、ワルトゥ。私は、こんなつもりじゃ……」
「うぅむ……」
 ついには、しゃがみ込んで泣き出してしまうを見て、ワルトゥは唸った。フォルスによって生み出された氷は、フォルスによって生み出される火にしか溶かす事は出来ない。よって、普通の火ではどうしようにもできない。
「あれ? 何で凍ってんの?」
 偶然、訓練所に入ってきたのは……サレ、だった。サレは、凍っている(鼻に指を突っ込んでいる)人物をコンコン、と叩いて、先程の言葉を言い放ったのだ。
 そして、自然とサレの視線は、訓練所の真ん中にいる、とワルトゥの方へと向いた。
「へぇ? これ全部、がやったんだ?」
 サレのその言葉に、肩をビクリと震わした。そんなの様子を見て、実に愉快そうに、サレはに近寄る。
「サレ! お前は……」
「あーはいはい。別にワルトゥを虐めにきたわけじゃないんだから。僕が虐めたいのは、だけだよ」
 ワルトゥに説教されそうになるところを、サレは上手くかわした。は、相変わらず俯いて、泣いている。サレは、泣くの体の所々にある傷を見て、眉を顰めた。
(ああ、僕のフォルスが暴走しちゃった時の傷か。ちょっと傷つけようと思っただけなのになぁ)
 冷笑を浮かべつつ、サレは、の顔を覗き込む。
「ねぇ、? 悔しいのかな、力を使いこなせない自分がいて――」
 サレは、の顔を見て、息を呑んだ。それはただの泣き顔に過ぎなかったが、サレは胸が痛くなるのを感じとる。あれほどまで、泣いて怖がるを見たがっていた自分なのに、いざとなって見ると、辛い。
 もっと心を抉ってやろうと思っていたサレだったが、その考えを払うかのように、頭を振り、の微笑みかける。
、泣かないで。……悲しみは、美しさに影を落としてしまうから」
 何言ってんだアンタ。
 横で光景をずっと見ているワルトゥも、泣いていたも、サレのセリフには仰天吃驚。どこからそんな言葉が浮かんでくるのかと。
 サレの発言に、も泣く気が失せたのか、いつのまにか泣き止んでいた。そんなの様子を見て、サレとワルトゥは胸を撫で下ろす。
(……安心するなんて、僕の柄じゃないなぁ)
 胸の内から沸いてくる、今まで知らなかった感情を味わいつつ、サレはそんな事を思いつつ、の次の行動を見守った。
「兵士さん達、助けなきゃ……」
「別にこのままでも面白いと思うけどね」
「サレ!」
 の決意に、サレは、鼻に指を突っ込んだまま凍ってしまっている兵士を見つつ笑いながら言う。そして、そんなサレを咎めるワルトゥ。
、お前には出来る……この訓練所を一瞬にして凍らすぐらいだ。これを一瞬にして溶かすというのも、必ず出来る」
「ワルトゥ……頑張る、ね」
 は立ち上がり、目を閉じた。サレとワルトゥは、フォルス反応が一瞬にして高まったのを感じる。そして、その次にはもう、氷は溶けていた。鼻に指を突っ込んでいた兵士は、慌てて指を抜いて、キョロキョロと周りを見渡した。
 凍っていた人物は、凍っていた間の記憶がないらしく、それでも自分に何かが起こったのは理解できる、そんな状態だった。
 そんな兵士達の光景を見て、は安心する。
「良かっ……た……」
「「?!」」
 いきなり脱力し、倒れかけるに、ワルトゥとサレは驚いた。
 倒れかけたを、サレはしっかりと抱きとめる。
 は、寝息を立てながら静かに眠っていた。
「……フォルスの使い過ぎ、だな。これだけの範囲を凍らしたり、溶かしたりしたのだ。無理はない」
「はぁ、本当に凄い力持ってるね、は」
 サレはため息をひとつ、零しつつも、笑った。



 次に、が目を覚ましたのは、黒い毛で覆われた腕の中だった。
 目を開けて、しばらく呆けていると、しだいに思考がはっきりしてくる。
「? 起きたか」
 ふと、聞きなれた声に、は顔を上げる。
「……ユージーン?」
 そこで、やっと自分が今、置かれている状況を把握することが出来た。
 今は夜中で、ユージーンと一緒に寝ていたのだと。
 は、いつもユージーンと同じ布団で寝ていた。まだ親が恋しい年齢でもあり、それでありながら記憶がなくて親の顔さえ覚えていないと言うにとって、ユージーンはまさに父親代わりであった。
「フォルスを使いすぎたと、ワルトゥから聞いた。もう少し寝た方が良い」
「うん……あ、それと、やっぱり…私、サレが好きだなぁ。泣いてる私を、励ましてくれたんだよ」
「……そうか」
 の言葉に、ユージーンは複雑な気分を抱いた。好きという言葉に、深い意味はなくとも、いずれはユージーンのもとを離れる。ユージーンも、の事を、実の娘のように思っていた。
(……こんなに可愛い娘的存在を、サレに渡してたまるものか)
 第三者として、そこか、とツッコミたい気分である。ユージーンは密かに、サレに対して闘志を燃やしつつ、再び寝るを見て「しばらくは大丈夫そうだが」と、心の中で呟いた。

 子供離れが出来なさそうな親の典型的な例になりつつあるユージーンだった。

あとがき
長いよー(遠い目
ギャグもあり、シリアスもあったら嬉しいなぁと。その中に萌えなんてあったら最高だなぁなんて(欲張り過ぎ
次回はヒロインさんが13歳ぐらいのお話になると思います。アルヴァン山脈まで訓練話です
ここまで読んでくださった方、有難う御座いました!
2005/2/28
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