「、大人しくするんだ」
部屋中を駆け回る。俺が大人しくするよう言ったら、は俺を睨む。
「痛いのはイヤなの!」
「……その怪我を放っておく方が、後でもっと痛くなるぞ」
思わずため息をついてしまう。
怪我をしたを、親友のバースが診てやり、所々にある小さな傷から消毒する事になり、顔の傷に消毒液をつけたと同時には部屋の隅に逃げ出した。
「ユージーン。あの腕の傷は縫わなければならない。いっそのこと眠らせてしまおう」
バースが苦笑して、麻酔注射の用意をしながら俺に言う。
「……注射するの?」
がバースに尋ねる。
「大丈夫、痛くないから」
バースは笑いながらそう言うが、は首を振った。
「痛いに決まってる!」
「いい加減にするんだ、」
俺はの傷が無い方の腕を掴み、バースのところまで引き摺る。そして、ガッシリとの体を固定した。
バースはにこにこ笑いながら、注射をうつ体勢に入る。
……一瞬、バースの背中に黒い物が漂った気がするが、気のせいだと信じたい。
その後、の絶叫が城に響いたのは言うまでもない。
02.カレギア城変態には気をつけなさい
「よく……眠ってるね」
ベッドで爆睡しているの隣に立って、5歳になるアニーが呟いた。
「麻酔が効いてるのもあるだろうが、やっぱり疲れが出たんだろう。顔色も悪かったし」
「まったく、サレは……酷い事をしてくれる」
傷だらけのを横目で見て、ユージーンは言う。
ちなみに気絶しているサレは、たまたま通りかかったトーマに渡した。その時ヒューマ嫌いのハズのトーマが、を見て「その子紹介してくれハァハァ」などと理解不能な事をのたまいだして、は号泣。そしてユージーンにぶっ飛ばされたのは言うまでもない。
「う……ん……牛が……牛が追いかけて……」
どうやらはトーマに追いかけられる夢を見ているらしい。もの凄くうなされている。非常に可哀相だ。
「…………ヒューマの……せん、滅……」
いきなり、恐ろしい寝言を言い出したに、バース親子とユージーンが驚いた。それと同時に、は飛び起きる。
「うっわ……凄い夢見たぁ……」
「! 何だ? どんな夢を見たんだ?!」
ユージーンはをまくし立てる。凄い勢いでユージーンに迫られ、寝起きのは「えっと…」と呟く。
「……さっき会った牛みたいな人に追いかけられる夢だけど……」
「ああ、それはよく知っている。その少し後の……」
「? ……うーん、わかんない」
「……そうか」
首を傾げて、一度考えただが、首を左右に振って「わからない」と告げる。そんなの様子に、ユージーンはため息をついた。
「、服がボロボロ」
アニーがの服を見て言った。確かに、サレのフォルスによって所々破れているし、血もついている。こんな服で歩いたら、変態トーマに何かしらイタズラされるのは目に見えている。
「本当だー。ユージーン、どうしよ?」
「うむ……どうするか」
ユージーンが考えている時――…事件は起こった。
「がははははは!!」
豪快な笑いをしつつ、扉をぶち壊して部屋に入ってきたのはトーマ。
部屋の中にいた四人は、何しにやって来たとでも言わんばかりの視線をトーマに捧げる。
「ねぇお父さん。牛肉があるわ、牛肉が」
「ハハハ、そうだな、アニー。狂牛病の検査をしなくては」
ウフフアハハと何とも微笑ましい真っ黒な会話をするバース親子。ユージーンとは、そんな二人を見て絶句している。そして、トーマはそんなことおかまいなし。
「! お前は洋服に困っているのだろう?! このトーマ様が――」
「お前に用はない。帰れ」
やたらデカイ声で話し掛けてくるトーマに対し、ユージーンがハエを追い払うかのような態度をする。バース親子は親子で、真っ黒なものを漂わせながら牛肉の話で盛り上がっていて、はその場をずっと見守っているだけだった。
「だから俺様が洋服を持ってきてやったぞぉぉお!!」
どこからともなく、トーマは子供用…しかも女児用の服を取り出した。いや、一体どこから手に入れたんだと、ユージーンは不審に思う。
「トーマ……まさかとは思うが、お前、そこら辺の幼女を剥いだのでは……」
「だぁれがそんな事するかぁ! これは俺様の知り合いが昔着てたものだ!!」
果たしてトーマに女の知り合いがいるのかさえ不審なところだが、取りあえずユージーンはトーマから服を受け取る。
その間にも、トーマの視線は一直線。なんだかここで泣いたりしたら、悪いような気がしたので、も取りあえず、トーマに笑顔(苦笑い)を向けた。
「あ、ありがとう、トーマ……」
「ブハッ! こ、ここに来て良かったぞ……!」
トーマは吐血&鼻血の流血フィーバーをしつつ、フラフラと部屋を出ていく。
本当に何に対しても突発的だな、とユージーンとは思いつつ、目で見送った。
「さて……ユージーン、私達はそろそろ帰るよ」
「お父さん、もう帰らなくちゃいけないの?」
一通り黒を発散したバース親子。どうやらアニーは、まだと遊びたいようで、悲しそうな顔をする。
「アニー、今度は私がアニーの家に行くから、また遊ぼうね」
「……うん。またね、」
が笑いながらアニーに言うと、アニーも微笑んだ。バースとユージーンも一言軽く話したら、バース親子は部屋を出ていった。
二人が出て行ったら、ユージーンはトーマから貰った服をに渡す。
「傷に気をつけながら着替えるんだ。俺は部屋の外で待っている」
「うん」
ユージーンが部屋を出ていった後に、は洋服を広げた――。
そして、洋服に挟んであった何かを見つける。
――……赤いバラ一本と、カード。
カードには、こう書いてあった。
『愛するへ
俺様からお前に対する熱い愛のような、この情熱の赤いバラをやろう。
トーマより』
本気で黙ってほしい。
は内心そう思いつつ、バラはベッドの端にでも置き、カードは問答無用で火のフォルスによって燃やし尽くした。
もう本当に色んな意味で泣きたくなっただが、取りあえずため息だけで済ましといて、トーマがくれた服を躊躇いつつ着て、それから部屋を出た。
「どうした? なんだか浮かない顔をしているな」
「ううん、ちょっと精神的ショックを受けちゃって」
部屋から出てきたに、ユージーンが尋ねると、は疲れた顔をしながら答えた。トーマ関係のことだろうと、ユージーンは何となく悟り、それ以上は聞かなかった。
「ユージーン、これからどこか行くの?」
「ああ、城を見て回るだけだ。あと、ワルトゥのところに」
「わるとぅって?」
「王の盾の一員だ。トーマやサレみたいに変態ではないからな」
もはやの脳内で『王の盾=約99%変態』という方程式が作られていた中、それを崩すかのようにユージーンが言った。それを聞いたは、何気に安心している。
城を歩いてると、通りがかった兵士達が次々とユージーンに向かって礼をしていく。どれほどユージーンが高い地位に立っているのかがわかるぐらいに。
「ワルトゥ!」
ユージーンが、だいぶ先の方を歩いていたコウモリ男……もとい、ワルトゥを呼び止めた。ワルトゥは、ユージーン達に気づくと、浮きながらユージーン達のところへやってくる。
は心の中で「ユージーン、確かに変態じゃないかもしれないけど、何か怖いよこの人」等と思っていた。
「隊長! ……そちらの子は?」
「だ。言っただろう、獣王山付近でフォルスが暴走していた記憶喪失の女の子を保護したと」
「ああ、素っ裸で暴れていたと言う」
言わないでほしい。しかし、ワルトゥの声が以外にももの凄く渋くて、は「ダンディだなぁ」と、思った。それにユージーンの声がプラスされて、この二人の会話を聞いているだけでもウッハウハである。
「では、この子が全てのフォルスが使えると……」
「あぁ、そうだ。制御は出来るようになったものの、力の全てが発揮できるわけじゃない。しばらくフォルスについての訓練をしてから、王の盾に入れようかと」
「1年はかかりそうですね。……それにしても、記憶喪失ですか。辛いでしょうに」
ワルトゥは目を細めながら、を見つめて言った。それに対して、は首を振る。
「大丈夫。本当のお母さんとか、もしかしたら探してるかもしれないけど……あんまり気にしてないかな。大切なのは過去じゃない、未来だもの」
が笑いながら答えると、ワルトゥは一瞬目を見開いたが、すぐに笑った。
「この子は良い心を持っていますね、隊長。私もこの子が気に入りました。私で良ければ、時間が空いている時に訓練に付き合います」
「感謝する、ワルトゥ。王の盾の中でマトモな人物と言ったらワルトゥしか出てこなかったから」
「ははは。私も王の盾の中でマトモな人物と言ったら、隊長ぐらいしか出てきませんよ」
どんな酷い集団なんだよ、王の盾。
そんな隊に入らなくてはいけないのか、自分は。と、が思っていたところに、ミルハウストが通りがかった。
「ミルハウストお兄ちゃん」
「……どうしたんだ、その怪我は」
ミルハウストは、の腕や顔にある傷をみて、眉を顰めた。
「え? えっと、こけたの」
扱けてどうやったらそんな切り傷ができる、と、以外の三人が心の中で思う。刃物の山でこけない限り、こんな酷い怪我はしないだろう。
「、下手な嘘はつかない方が良い。本当の事を話したほうがいいぞ、ミルハウストには」
ユージーンが半ば呆れつつ、に言った。は「うー」と唸りながら、重々しく口を開く。
「サレのフォルスが暴走しちゃって、ちょっと巻き込まれただけ。サレは、悪くないよ」
「サレのフォルスが? ……珍しい事もあるんだな、この城にやって来た時には既に制御が出来ている程だったのに」
「フォルスは心の力。その心が不安定になれば、フォルスは暴走するものです。 のような子と初めて会って、サレも混乱したのでしょう」
ワルトゥの説明に、ミルハウストは納得したように頷いた。
「そうか……ああ、そうだユージーン。を少し貸してくれないか?」
「別に良いが。……どこかに連れて行くのか」
「アガーテ姫のところに」
会話をしているミルハウストとユージーンを交互に見て、は首を傾げた。
そんな姿が可愛いのか、ワルトゥがの頭を撫でているのが気になるところだが、敢えて触れないでおこう。
「ミルハウスト……をアガーテ様のところに連れて行くのは構わないのだが、それまでの道のりには十分気をつけて欲しい。特にトーマあたりに」
「(トーマに?)あ、あぁ。わかった。それじゃ行こ………何しているんだ?」
ユージーンとの会話が終わり、を連れて行こうとしたミルハウストが振り返れば、ワルトゥがに「高い高ーい」等と言いつつ、戯れているのが目に入る。そんなワルトゥに、は大喜び。爺と孫が遊んでいるようで、実に微笑ましい。ユージーンもワルトゥの意外な二面性を見て、絶句していた。
ミルハウストとユージーンの視線にハッとワルトゥは気付き、を降ろした。
「す、すみません。可愛くて、つい……」
視線を斜め下に逸らし、やたらモジモジとして照れ始めるワルトゥ。何をそんなに照れてるのかは知らないが、止めてくれ。と、ユージーンとミルハウストは思ったであろう。
「……、行こう」
「わかったー! またね、ユージーン、ワルトゥ!」
ミルハウストは出来るだけワルトゥと目を合わせないようにして、を連れて行く。そして連れて行かれるは、笑顔でユージーンとワルトゥに手を振っていった。
歩く事3分程で、先を歩くミルハウストに、は尋ねた。
「アガーテ様って言う人の所に行くの?」
「あぁ。カレギア国王、ラドラス陛下の一人娘なんだが……。典型的な箱入り娘で、外の世界と言う物に触れた事がないんだ。もちろん、年の近い友達もいない。だからと友達になってもらいたくて」
「お姫さまかぁ~。………!?」
「どうした?」
言葉を切って驚いた声を出したを不思議に思い、ミルハウストはの方を振り向いた。の瞳は大きく見開かれていた。それが確認出来たと思ったら、は手のひらを上に向け、フォルスを具現化したもの……フォルスキューブを出した。フォルスキューブは勢いよく、回転している。
「フォルスの高まりを感じる……後ろの方から」
ミルハウストとは、今まで歩いてきた長い廊下をジッと見る。
ズダダダダダダ
激しい足音と共に見えてくるのは……牛肉。
「と、トーマァ?!」
「ぬははははは!! ー! 俺様の愛を見事に着こなしているではないかぁ!!」
牛肉がこちらへと走ってくるのに、ミルハウストは驚き牛肉の名前を口にする。
そして牛肉は、誰もお前の愛なんて着てねぇよ、と思わずツッコミたくなるセリフを吐きつつ、の元へ大爆走。
(そうか、こういう事だったのか、ユージーン……!)
トーマあたりに気をつけて欲しい、と言ったユージーンの言葉を思い出し、ミルハウストは思った。確かに、を守らねば大変なことになりそうだ。ミルハウストは、を庇うように前に出る。
「止まれトーマ!」
「黙れ軟弱なヒューマめがぁぁぁあ! お前みたいな男にを守りきれるかぁぁぁあ!!!」
「何が何だかよくわかんないけど、トーマのフォルスある意味暴走してるよ!」
ミルハウストは、トーマに止まるよう命じたが、トーマはフォルスがある意味暴走しているらしく聞く耳持たないと言った感じだ。このままトーマに止めなければ、確実には死に値する恐怖を味わうであろう。
ミルハウストは、ほぼ反射的に剣を抜いた。
「ふんッ! 大人しくを渡せぇぇい!!」
「お前にを渡してしまったら、ユージーンやワルトゥが悲しむ! ……そして、私も」
「ミルハウストお兄ちゃん……」
ちょっぴり胸キュンとトキめいているを見て、トーマはブチ切れる。
「じゃかぁしいぃ――!! 俺様はなんとしてでもを手に入れる! 大体何故俺様がサレのような小僧の面倒を見ねばならんのだ!! 俺様には華が必要だ! そう、フラワー! あんな可愛さ余って憎さ百倍小僧なんざ見てられるかクソがぁ! もうロリ●ンだろうが何でも良い! 俺様はを愛している!!」
本気でヤバイよコイツ。
トーマは爆走しながら、ミルハウストに拳で殴りかかる。その拳を、剣でガードするミルハウスト。
迷いも一切無い、を手に入れたいという信念(欲望)から来る思いは、相当なものなのだろう。トーマの重い拳と、鼻息にミルハウストは眉を顰める。
「、ここは私に任せるんだ! 姫様の部屋は、この廊下の突き当たりを右に行ったところにある! 君は先に姫様の部屋に!」
「わ、わかった!」
長期戦になると、ミルハウストは感じたのだろう。先に行くようにに言うと、は頷いた。
第三者から言わせてもらうと、どんなシチュエーションだよ、とツッコミたい気分である。と言うか、剣相手に拳で立ち向かうトーマの姿はある意味勇ましい。
はアガーテの部屋へと走りだした。
ミルハウストの言った通り、廊下の突き当たりを右にいったら、一つの扉があった。外でミルハウストを先に待っておこうかと、は迷ったが、トーマが来たら最悪なので部屋に入ることを決意する。
繊細な模様が彫られた扉を、ゆっくりと開けて中に入れば、ベッドに腰掛けている一人のガジュマの女の子。
そのガジュマの女の子が、アガーテなのだろう。
アガーテは、中に入ってきたを見るなり、目を見開いた。
「う……美しいわ……!」
「へ?」
次に目を輝かせ、に近づいていくアガーテ。
アガーテの対応に対し、はなんとなく、「取り敢えずマトモな人では無さそうだ」と悟り、遂には「この城って変な人が多いなぁ」等と思いつつ、側に寄ってくるアガーテに苦笑した。
その頃、ミルハウストはトーマを平伏させていたところだった。
トーマ、ごめん!
変態役はトーマに任せる事にしました。アガーテちゃんも微妙な雰囲気ですが(笑
そして、アニー。親子で腹黒にすることに決定いたしました。
TOR本編での彼女は、より一層腹黒に磨きがかかっていることでしょう(爆
ここまで読んでくださった方、有難う御座いました!
2005/2/23