一目見て、「いじめたい」。

 本能が、そう告げた。

 僕が14歳の頃、ユージーン隊長が獣王山付近でフォルスを暴走させていた7歳くらいの女の子を、城へと持って帰ってきた。
 とりあえずは保護っていってたけど、その子は記憶喪失のヒューマだっていうし、どうせ王の盾に入れるつもりなんだろう。僕と同じようにね。ヒューマでフォルスが使えるなんて、滅多にないらしいし。

 名前は確か、とか言ったっけ?
 どんな奴なんだろうって考えつつ、城の廊下を歩いていたら運よくそれらしい子とばったり出くわした。
 そして僕は、さっきも言ったようにいじめたいって思ったんだ。
 は、予想以上に可愛かった。まるで人形のような
 その可愛らしくて純粋な顔を、僕の手によって歪ませたい……!
 で、当のは、

「うわあああああああん!!」

 一目、僕を見て泣き去った。
 待てよ、僕はまだ何にもしてないぞ。睨みさえしてなかったのに泣いて逃げるってどういうことだよ!!

 色んな意味でショックを受けた僕。
 ……ま、あの子がこの城にいる限り、また会えるだろうけどね。



01.生まれ出会う危ない人には近づいちゃ駄目





「ひっく……ゆーじーん、どこー?」
 ばったりと少年に出くわし、どう対応していいかも分からず驚き泣いて逃走したは、広いカレギア城をさ迷っていた。
 城には所々に兵士がおり、見つかっては別に悪くもないのに逃げ出す
 そんなことをしているうちに、完全に迷子になってしまったのだ。もはや顔を上げる気力さえない。

 ザッザッザッザッ

 規則正しい足音が、前方から聞こえてくる。その足音の多さに驚き、は顔を上げた。
 7歳の少女の目に映ったのは、自分よりも遥かにでかい兵士達。青年を先頭に、20人はいる。
 ――強そう……通り越して怖い。
「ひっ……」
 再び号泣しそうな勢いだったが、は止まった。20人の兵士の先頭に立っているヒューマの金髪の青年と目が合ったから。
 青年がを見つけて歩みを止めると、その後ろの兵士たちも自然と足を止めた。
「何だ? この子は」
「ゆ、ユージーン……出して」
 どこから出せと言うのか。兵士たちが目でそう突っ込んでいた。その兵士のうちの一人が青年に問う。
「ミルハウスト様。この子、ユージーン様のことを言っているんでしょうかね?」
「そう言えば……胸の辺りに妙なアザがある少女を保護したとか言っていたな……」
「この子がそうなんでしょうか?」
「……わからんな。念のために確認しておこう」
 どうやって確認するのだろう。そう周囲が思ったと同時に。
 ミルハウストはの服の中を見よった。
 アザ、と言うよりは紋章に近いような、刺青のようなもの。ミルハウストはそれを見て頷いて、の顔を見る。
 しかし、の表情を固く、強張っている。それどころか、兵士からも冷たい視線を向けられていた。
「な、なんだ?」
「……ミルハウスト様……」
「いくら可愛いからって、そんな小さな子にイタズラするなんて……」
「へ……へんたい……!」
 兵士から次々と誤解の言葉を浴びせられた挙げ句、からの変態疑惑。というか今の時点でほぼ確定してしまっている。
「ちがッ……違うんだー!!」



「それは、災難だったな」
「全くだ。誤解を解くのに1時間はかかった」
 結局、はミルハウストに連れられてユージーンの所へと戻ることができた。はユージーンを見るなり泣きながら飛びつき、そしてユージーンの片腕に抱き上げられると安心しきった表情を見せる。
 そしてミルハウストが一部始終を話すと、ユージーンは苦笑した。
「ユージーンは、どうしてその子の胸にアザがあるとわかったんだ?」
 自分が通った道だからだろうか。ミルハウストは訝しげな表情をしつつユージーンに問う。
 するとユージーンはミルハウストに対し「お前と同じにするな」と一言いった上で答えた。
「この子は、フォルスを暴走させた状態で……素っ裸だった」
「すっぱだ……!?」
 何故素っ裸。
 子供だから許されたものの、大人であれば公共猥褻罪で捕らえられるところだった。はこの話題が恥ずかしく思い、迷子になっている間にあった出来事を話そうと口を開く。
「あ、あのね、ユージーン。さっき男の子に会ったよ」
「男の子?」
 の言葉を聞き、ユージーンとミルハウストは首を傾げた。男の子という表現だけではわかりにくいはずだ。は目を瞑って人差し指を額に当てて出会った男の子を思い出す。
「うん……えっと、紫色の髪の毛で瞳の色は……空色だった! ユージーンいなくて怖かったから、泣いて逃げちゃったんだけど……」
「それは多分、サレだな。逃げて正解だ。悪いことは言わない。……あまり近付かないほうが良い」
 説明を聞いたユージーンは、顔を顰めながらに言った。ユージーンの言葉に、ミルハウストも続いた。
「少し……いや、だいぶ性格が歪んでいるんだ。嵐のフォルスが使えるから王の盾の一員なんだが」
「そうなの……? 友達、なってみたかったのにな」
「友達、か……」
 ユージーンはの言葉を聞いて、少し困ったような顔をした。
 の歳で友達がいないというのは少し寂しい。もしかしたら友達はいたのかもしれないが、記憶と共にそれを失った。友達になるのを許可してやりたいのは山々だが、相手が歪んでいるサレだから承諾はできない、といったところだろう。
 がユージーンの表情から事情を察していると、ミルハウストが口を切る。
「ユージーン。それで、をこれからどうするんだ?」
「……しばらく特訓させてから、王の盾に入れようと思っている」
 ユージーンの答えを聞いたミルハウストは眉を顰めた。
「この歳で王の盾に? フォルスが使えるとはいえ……」
は全ての属性のフォルスを操ることができるんだ」
「全ての!?」
 普通のフォルス能力者との決定的な違いが、にはあった。
 火だろうが水だろうが光だろうが闇だろうが、操ることができる。暴走していた時はそのあらゆる属性が混在したフォルスを放っていたから随分手を焼いたとユージーンが言う。
「しかし、まだフォルスの使い方には慣れていない。だから特訓が必要だ。そして特訓次第では……誰よりも有能なフォルス能力者になるに違いない」
「そう、か。……頑張るんだぞ、。国の為にも」
 ミルハウストはユージーンの片腕に抱き上げられているの頭を撫でて、微笑んだ。は少し照れながら、
「ありがとう……ハウスダストお兄ちゃん」
 非常に失礼な間違いをしてしまった。
「違う! そんなホコリじゃない! ミルハウストだ!」
 とんでもない間違いを全力で訂正すると、ミルハウストは苦笑をひとつ残して、その場を立ち去った。
 それを軽く見送った後、ユージーンがに向かって言う。
「さて、。俺はちょっと用事がある。ここで待っていてくれ、すぐに戻る」
「わかったー」
 ユージーンから床に降ろされ、いってらっしゃいと手を振る

 しかし、ずっと待っているのも退屈というもの。その場所からは動かずに視線だけきょろきょろと動かすの視界に入ったのは、廊下を横切って歩いていったサレだった。
 ――どこに、行くのかな……。
 そう思って、ユージーンの約束を二つ破ることになるがはサレをこっそりと追うことにした。



 サレは、どんどん城の人気のないところに進んでいった。
 隠れつつはサレを追った。足音をたてないように、なるべく気配を消して。そんなストーカー時間が5分くらい経ったころだろうか。

 不意に、サレが立ち止まって振り返った。
「隠れないで出てきたら? 誰だか知らないけどさ」
 完全にバレていた。
 フォルス能力はあってもストーカー能力はないのだと諦めて、は壁の出っ張った部分からサレの前へと出た。するとサレは意外そうな顔をした。
「君は、さっきの……」
「ごめんなさい、ちょっと気になって」
 勝手に尾行されていたなんて、あまり気分は良いものじゃないだろう。しかしサレはフッと嘲笑した。
「まあいいけどさ。……僕を見て逃げたり追いかけたり、色々大変だね。君も」
「うッ……あ、あの時はびっくりして、ごめん……」
 根に持つタイプだな、とは思う。一方サレはサレで、に冷笑を投げかけたまま何かを考えているようだった。何か企まれる前に、先には口を開いた。
「あ、えっと、私、は……。あなたは、サレ……だよね?」
「まあね。……、君は僕が怖くないの?」
「怖い? どうして?」
 がそう言うと、サレの口元が愉快そうに歪むのが分かった。それは、サレの企みのシナリオが仕上がった証拠。サレは手を、に向けた。
「これでも、怖くない?」
 その言葉と共に、の周りに竜巻が発生する。
 ――これが、嵐のフォルス。
 は、これがそうなんだと確信する。
 この竜巻に巻き込まれたらただでは済まされないだろう。それでも、は。
「怖くないよ」
「嘘だ。怖いだろ?」
「怖くない」
「死ぬかもしれないよ? 怖いって、言えよ」
「怖くなんかないもの」
「ねえ。君の怖がる顔が見てみたいんだよ。怖がって?」
「怖くないから無理」
 どちらも譲らない。しかし明らかに、サレのほうが有利だ。竜巻はのほうへと近づいてくる。
 ――本当に……歪んでるかもしれない。でも……。
 本当は違うんじゃないかと、は思った。
 本当は凄く寂しいんじゃないかと、思った。

 だって彼は、冷たい笑みしか知らないかのように笑ってる。

「君みたいな子、初めてだ……。でもさ、たまには相手の言うことを大人しく聞いたほうが良いよ?」
 また、冷たい笑みを投げかけた。
 そうかと思えば、竜巻がより一層の方へと詰め寄ってくる。
「ね、怖いでしょ?」
「ううん」
 ここは、意地でもは譲らなかった。例え、服がチリッと音を立てながら竜巻で小さく裂けようとも。ここで怖がれば、サレは満足するだろう。でもそれではサレは変わらない。
 サレの眼が、狂気じみた物へと変わる。
「バカみたい。バカだ、変な奴。おかしいよ、狂ってるよ、意味不明……」
 それは全部、に対しての言葉じゃなくて、サレ自身に向けられたような言葉。サレの身体から、紫色の光が溢れ出てくる。
「何なんだよお前……! なんで、僕の言う通りにしないんだ! 怖がれよ……!怖がれ!!」
 ピッ、と、の左腕が深く切れる。それでもは表情ひとつ変えずにサレを見守る。
 サレの身体から発せられていた紫の光は、まるで炎のように波打つ。
 これはでも経験したことのある……。
 ――フォルスの、暴走……?
 フォルスの暴走は周囲だけではなく、自分までも危害が及ぶかもしれないもの。
 どうすれば、どうすればサレは落ち着いてくれるのだろうか。は思考を巡らし、考える。深く切れた左腕がドクドクと心臓の音と一緒に痛んだ。
 そしてひとつ、思いついた。
 ――私は、サレに知ってもらいたい。
 は表情を変えた。それはサレが望んでいる表情ではなかった。
 微笑み。冷笑でもない、嘲笑でもない。ただの、ただの微笑み。
「な、んだ……よ……わけわかんないんだよお前! 嫌だ、嫌だ……! いやだぁぁぁあああッッ!!」
 竜巻の勢いが一気に増す。サレまでもが巻き込まれそうな勢いで。
「サレ」
 竜巻と竜巻のわずかな間を見つけては、服は肌が裂けても、はそこを通った。傷つこうが、は表情を全く変えない。痛いのはサレだ。サレの心だ。
 そして暴走しているサレの手を取り、抱きしめた。
「私を怖がらせるのに、サレが怖がってちゃ駄目だよ。サレが怖がってたら、私は怖がらない、逃げない」
「僕が……怖がってる……?」
 がサレの胸で囁くように言うと、サレは弱々しい声で返した。
 サレは、怖がってる。自分の知らない、未知の物に対して。それが、あたたかいものだと知らないから。
「うん。怖がってたら、見捨てることなんで出来ないよ。サレ、私はサレを見捨てない。だから、大丈夫だよ」
「……は……君は……僕、の…………」
 そう呟いたところで、サレは気を失った。竜巻も、それと同時に消える。
「さ、サレ?」
 サレの力が全身から抜け、はそれを支えきれずに、サレに押し倒されるような形で倒れてしまった。ずっとサレを抱きしめていたのだから、仕方ない。
!!」
 少し離れた所からユージーンの声がする。はすぐにユージーンの所へ行こうとしたが、サレが上に乗っていて身動きができなかった。
「ユージーン! こっち!」
 仕方なくが叫ぶと、ユージーンは達がいる廊下へと出た。そして、の只今の状況をご覧になって、叫んだ。
「さ、サレ!? お前その年で欲情したのか!?」
「何言ってるの、ユージーン。サレ、フォルスが暴走しちゃって……気を失っちゃった」
「あ、ああ。そういうことか……」
 もの凄くホッとしたような感じでため息を漏らすユージーン。正直『何考えたんだ』と思ったが、口に出すことはやめておいた。
 ユージーンはサレを先におぶさり、の姿を見て驚く。
!? その怪我は……」
「だから、サレのフォルスが暴走しちゃったの。私が悪いの、自業自得なんだから。サレは何も悪くないからね」
「まったく、お前は……俺の言うことを何も聞かずに」
 ユージーンの言うことはもっともで、は「ごめんなさい」と言って詫びた。しかしここまで来たのなら、引き返せない部分もある。
「ねえ、ユージーン。私、やっぱりサレと仲良くなりたい。良い……かな……?」
「ぬう……」
 気絶しているサレを横目で見、そしてを見て、ユージーンは唸った。そして、ゆっくりとしかし盛大にため息を吐く。
「まあ、大丈夫だろう。上手く行けば、サレの変態も少しは治るかもしれんしな」
 変態て。
 きっとユージーンは変な態度を略して変態と言っているのだろうが、色々と語弊がありすぎるような気がした。
 がそんなことを考えているのも知らずに、いつものようにユージーンはを片腕で抱き上げる。
「出血が酷いな。特に腕が酷い。バースに見てもらうか」
「ばーす?」
「ドクター・バース。この城の医者だ。ちょうど今、この城に来ている。……そう言えば、今日は娘も連れてきていたな」
 娘、という言葉には嬉しそうな顔をする。城には男ばかり。女の子と知り合えるというだけでも、にとっては嬉しかった。
 そんな嬉しさがユージーンにも伝わったのが、微笑む。

 ――親子そろってなかなか黒く仕上がってる。気をつけるんだな。
 ――え、え? 黒?

あとがき
メインはサレと夢主のバトルでしたー!(違
夢主が7歳の割には相当聡明で困っております(書いておいて
バトったおかげで次回からは少しサレと仲良く?なれます。でもメインは牛肉になってしまうと思う。
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2005/2/17(最終改訂:2012/7/3)
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