一年前。
 いつもの任務が終わって、僕が屋敷に戻った時には既にがいなかった。
 そんな状況に立たされた時、どうしようもなく苦しくなった。いっそのこと、消えてしまいたいほど。

『坊ちゃん坊ちゃん。苦しいんですか? がいなくなっちゃったからですよね!? それはですね坊ちゃん――』

 そこで、シャルが恋について二時間弱語りだしたんだ。
 その話を聞いて、僕がもっているこの感情は、への恋だとわかった。

「まさか……僕が」
『だから言ったじゃないですかあ。恋に落ちるのは一瞬だって!』


 一年後、は戻ってきた。シャルは勢いで捨ててしまったが、後悔はしていない。
 そしてその日のうちに思いを伝えたら、も僕のことが好きだという。
 凄く嬉しかった。
 もう僕は、一人ではないと思えたから――……。



14.パーテー準備就職したら次はパーティ。休ませて下さい。





! 早く起きて! お城から荷物が届いたわよ!」
 そう言いながらマリアンはの部屋に乱入してきた。そして問答無用で、から布団を引き剥がす。
「うー……もうちょっとぉ……」
 微かな抵抗として、死守した枕を顔に乗せて窓から入ってくる朝日を遮る。寝起きは本来悪くはないのだが、いかんせん疲れが溜まっていた。
「……あら。って寝るときは結構大胆な格好してるのね」
「――起きる!」
 まるで見世物を見るように観察しだしたマリアンを察知して、は飛び起きた。の寝巻きは薄い一枚布の肩紐のワンピース。夜にはあまり目立たないが、朝日なんざに当たれば透けるのだ。
「チッ。せっかく目の保養にって思ったのに」
「同じ女の身体を目の保養にするなよ」
 小声のマリアンの呟きに、は青ざめながら突っ込んだ。あら、は別格よと言いながらマリアンはに小包を手渡した。重さからいって、おそらく服だろう。
「客員剣士の制服じゃないかしら。着て城に来いってことじゃない?」
「……白タイツかどうかの審議が今ここに……」
 ごくり、とは唾を飲む。そして小包の外装を取っ払って中身を出した。
「マリアンやったよ! 白タイツじゃないよ!!」
「良かったわね!」
 喜ぶべきところなのだろうか。リオンが聞いたらまた拗ねるのだろうな、とかは思いつつ寝巻きを脱いで手早く着替える。――その間マリアンがずっと自分を眺めていたことはスルーしたい。
「まあ……絶対領域の完成ね!」
 マリアンが嬉々とそう言った。白タイツではなかったが、かわりに黒のオーバーニーソックスだったのだ。そして靴はショートブーツ。ちなみに絶対領域というのは、スカートとオーバーニーの間の生足の部分のことである。
 ――誰の趣味だろう。
 はそう思ったが、心の中だけに秘めておくことにした。そんな時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
? 起きてるか?」
 扉の向こうから聞こえてきたのは、エミリオの声だった。が「どうぞー」と言うと彼は入ってきた。
「ま、マリアン……いたのか」
 そして顔を青ざめさせながらエミリオはそう言った。にっこりと微笑む黒メイド。
「悪かったかしら? いくらの恋人になったからって独占できると思ったら大間違いよ?」
「わ、わかっている……!」
 朝っぱらからマリアンに虐められるエミリオ。だがは助けはしない。というか助けられない。誰だって命は惜しい。
 せめて話題を変えようと思い、は口を挟む。
「エミリオ、私これからお城に行くんだけど……」
「わかった、僕も行く」
 まだ何も頼んでいない。率先してついて行く宣言をするエミリオ。相当マリアンの魔の手から逃げたかったのだろう。マリアンはの前に立ち、指を組み言う。
、気をつけてね。貴女のようなカワイイ子は、男だけではなく女までもが狙うのだから!」
 ――それはマリアンでは。
 はそうは思いつつも口には出さない。「そうよ!」などと全肯定されるのが目に見えているから。そんなやり取りをとマリアンがしている中、エミリオは率先してドアの外へと向かっていた。
「早く行こう、
「行動不自然すぎるくらい早いから! 早く二人になりたいからって」
「ば、馬鹿言うんじゃない! 別に僕は二人きりになりたいわけじゃ……」
「あら、早く私から逃げたいって?」
 エミリオ、地雷を踏む。バキボキゴキッとマリアンの指が鳴った。



 完全に戦闘モードになってしまったマリアンから全力で逃げ出し、城へと到着したとリオン。
 途中再びナンパ男に捕まりかけたのだが、リオンがぶっ飛ばした。それがを守るためなのか、マリアンから逃げるためなのかはにはわからなかった。

 見張りの兵士に促され、王の間へと入ると王が言った。
「おお、よくぞ帰ってきた。よ!」
 追い出したのはお前だろうが。そう思ったが、王もニッコリと笑ってるのでは許すことにした。一年前と変わらぬ七将軍が決まった場所に配置されている。そして王の横には……
 ……ヒューゴがいた。
「ふ……ふふふふふ、! 会いたかったぞぉぉ!!」
「私は会いたくなかったわ! ていうかあんたカルバレイスに出張じゃなかったのかよ!」
「私との愛の前ではどんな予定も抹消されるのだ! さて、! その愛を庶民らに見せつけようではないか!!」
「テメーと私の間に愛なんて存在しないというに! 近づくな! 来るな! スケジュールこなして来い!!」
 ヒューゴは奇声をあげつつ、に向かって猪顔負けの勢いで突進してくる。奴に捕まったら最後、二度と逃げれないだろう。心身共にお陀仏だ。
 はすぐさま構え、ヒューゴからの愛のタックルに備えた。予想通りヒューゴはそのまま突っ込んでくる。は狙いを定めて、腰のレイピアを握って素早くヒューゴに斬りつけた。しかしヒューゴはそれを後ろにジャンプする事によって避ける。ヒューゴの服が少し服が切れた。
「……年寄りの身体はこれだから扱いにくい」
 ボソリと呟くヒューゴ。
 一方、周りの人間はたちの見事な戦いに驚いて声も出ない様子だった。一部は躊躇いなく上司を斬りつけたに驚き、一部は意外に反射神経が良く身軽だったヒューゴに驚いた。
 何故かほんのりと優越感に浸っているヒューゴの背後に、影が揺らめいた。
 ゲシィッ!!
「グハッ!!」
 影=リオンだった。リオンはヒューゴの腰をその細い足で蹴り飛ばしたのだった。微妙に絵になってる! とが内心萌えているのも束の間。蹴られた衝撃で、ヒューゴが再びのもとへ突っ込んでくるではないか。
「ひぃぃぃ!!」
 ドスッ!!
「グフッ!!」
 は飛んでくるヒューゴのみぞおちに殺人キックをお見舞いした。再び苦しげな悲鳴をあげ、床に倒れピクリともしなくなるヒューゴ。
「ひゅ……ヒューゴも良い部下に恵まれたものだな」
 こんな状況下でよくぞそんな事が言える。
 言ったのは七将軍であり王を支える司令官のグスタフ・ドライデンである。ヒューゴのことをあまり良くは思っていないようなのだが、さすがに今のヒューゴに対しては同情の目を向けている。
「……まあ、ヒューゴさんを皆さんで虐め倒すっていうのも良い話だとは思いますが。いつまでもこんなことやってても埒があかないので……改めましてこんにちは、王様」
 そう言っては深々と礼をした。ヒューゴを虐め倒すと言ったところで、王が何気に一瞬嬉しそうな顔をしたのをは見逃さなかった。
 ――父さん、あんた日頃皆にどんだけのストレス溜めてんの……。
「ふむ……客員剣士の制服はちゃんと合っているようだな。良かった良かった。ヒューゴがのスリーサイズをミクロ単位で知っていたおかげだな」
 この親父どこでそんな情報を。明らかに明白である。イレーヌだろう。しかしイレーヌにスリーサイズを計らせた覚えはない。ということは、イレーヌから送られてきた写真を見て変態スキルを使いミクロ単位まで判別したと思われる。どこまでも変態だ。
「……ヒューゴさんの変態ぶりには頭が上がりませんね」
「まったくだな。いや、しかし時には良い案も出すのだ。早朝から緊急会議を開いたのだがな、の制服について」
「そんなもの緊急会議の題材にしないで下さい!!」
「そこで白タイツはやめて黒ソックスにして絶対領域を、と皆が認める案を出したのがヒューゴだ」
 こいつの趣味だったのか。しかし制服の事について早朝から緊急会議とは。それでいいのかセインガルド王国。
「ところで。お主がノイシュタットに滞在していた一年間、フィッツガルド大陸は今までにないほど平和且つ安全で、栄えたそうだぞ」
「……え? そうなんですか?」
 確かに、思い返せばノイシュタットはイレーヌの策略にはまっていたような気がする。の写真集を貴族層に売りつけ、その金を貧困層に回すなど。そしては街を出てはモンスターを片っ端から焼き払っていた。平和にならない方がおかしい。
「いっその事、ノイシュタットに住まんか? 世界平和に繋がるかもしれんぞ」
 そんな馬鹿な。
「無理ですよ、王様。私がノイシュタットに住んだりしたら世界平和どころか、どこかの何企んでるかわかりやしねえ変態野郎がヒステリー起こして、世界滅ぼしかねないですから」
「それもそうだな。……まあワシも程の人材を手放すなんてことはしたくない。ああ、そうだ。今晩はセインガルド城創立記念日で宴を開くのだが、出席してみんか? リオンも毎年出席していることだ」
 王の言葉を聞き、はリオンの方をちらりと向く。するとリオンもこちらを見ていて、頷いていた。
「そうですね。リオンが出席するのなら……」
 ヒューゴはもちろん参加するだろう。主がいない屋敷の中一人でマリアンの愚痴を聞くのも自分が可哀想だ。少し面倒だとは思ったが、は出席することにした。
がパーティなんて出席したらどうなるんだろうね!? きっと貴族の男たちが寄って盛るよ!!』
 突然、おちゃらけた声が聞こえた。リオンも驚いているようだ。しかしこの声はとリオンの二人にしか聞こえない。なぜならば、シャルティエの声だから。
 様子がおかしくなった二人を気にしてか、王が声をかける。
、リオン。どうかしたのか?」
「いえ、なんか得体の知れない電波が飛んでくるものですから……発信源はどこかなと」
! 良かった、やっと僕の存在に気付いてくれたんだね! 愛の力だよ! ココ! ココだってば!』
 ココココ言ってないで場所を教えて貰いたい。はコアクリスタルの反応を感じ取り、場所を探る。
 ヒューゴの懐の中だった。
「あはは、シャルったら一生そこにいれば?」
『酷いよ! 健気で繊細な僕に、いつまでもこの変態親父の服の中にいろって言うの!?』
 寧ろその方が良い。とは思ったが、ずっとこのままではシャルティエが喧しいこと極まりないので、は助けることにした。
「ちょっと失礼」
 そう言っては未だノックアウト中なヒューゴの胸倉を掴み、服の中に手を突っ込んだ。華も恥らう思春期の乙女のこのいきなりの行動に、周囲は息を呑んだ。
 ガシッ
 がシャルティエを掴んだと同時に、ヒューゴがの腕を掴んだ。
「大胆だな……
「あああああッ!! 何気に頬を赤らめるな! つか手ぇ放せ! 助けて坊ちゃん!」
 まるでライオンに手を喰われたように叫ぶ。リオンは即座に反応して颯爽と駆ける。
の手を放せ!!」
 リオン、ヒューゴに向かって渾身の蹴りを顎下にクリーンヒットさせた。
 ゴキィィィッ!!
「がッ!!」
 痛々しい効果音と悲鳴が聞こえ、ヒューゴは再び就寝。はすぐさまシャルティエを引っ張り出した。
『ああ、助かった。こいつの服の中っていったら変態オーラが充満しててさ。苦しいことこの上なかったよ! だけどの近くは優しいオーラが満ち溢れt』
「王様、しばらくの間ヒューゴさんは目を覚まさないと思いますし……邪魔でしたら生ゴミ処分しちゃっていいんで。そろそろ退散させて頂きますね。今夜のパーティ楽しみにしていますから!」
「う、うむ……」
 シャルティエの電波を遮り、はそう王に言ってリオンと共に早々と城を後にした。結局城に何しに行ったのだろう、とは疑問に思ったが今更戻るのも面倒なので止めた。
 がシャルティエをリオンに渡すと、リオンはため息を吐く。
「やはり戻ってきたな……」
『そんな残念そうに言わないで下さいよ坊ちゃん! 海の中で海藻と絡まっちゃって海の真ん中で浮かんでいたら、アイツに拾われたんです。あ、そうそう坊ちゃん! にはもう告白しちゃったんですか?』
「ああ、告白シーンならマリアンが盗聴器で録音してたから頼めば聞かしてくれるわよ」
「余計なことを教えるんじゃない!!」
 シャルティエの言葉にが応えると、リオンは顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
 僕聞きたい! などとシャルティエもノリノリで、再びリオンはこのネタで弄られるはめとなる。
『でものことだからOKしちゃったんだろうなあ~。羨ましいですよ、坊ちゃん」
「ふん……」
 その言葉に、リオンは赤い顔を隠すようにそっぽを向いた。

 ――……坊ちゃんって、そこらへんの少女より少女っぽいですよね。
 ――少女漫画の少女よね。
 ――どういう意味だ……!


あとがき
本当に何しに城に行ったのかがわかりません
正式に客員剣士に任命すると言われたわけでもなく…。ただ変態親父を倒してシャルティエ回収しただけ、みたいな(笑
次回はウッドロウ登場です
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2009/2/7)
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