「まあ! も今夜のパーティに!?」

 夕方頃、私が屋敷に戻ると一番にそんな腹黒メイドの声が聞こえた。
 間に合わなかったか、と私はギリリと奥歯を噛み締める。

「そうなの。で、服をマリアンに……」
「任せてちょうだい!」


 と腹黒メイド。そんな二人の中に私は割り込んだ。腹黒メイドは私をゴミのような目で見て、は「生きてたのか」という目で見てくる。そんな虐めには私は負けはしない……!

「ドレスなら私が用意した」

 私の言葉に二人は目を大きくして驚いていた。

「み、水かけたら溶けるとか、そういうやつじゃ……」
「誰が愛しいの裸体を公然に晒すか。私の前だけで充分だ」
「さらりと変態発言するのおやめになられません? ヒューゴ様」

 包丁持って脅してくる腹黒メイドに、私はドレスの入った箱を渡した。腹黒メイドはその中を見て、悔しそうな顔をしている。私のセンスに感服したのだろう。
 一年ぶりに帰ってきたは最早、喰べたいぐらいに美しく成長していた。そんなが安いドレスなんざ着てしまえば、安い女と見られて余計な虫がつく。それだけはあってはならん。
 というわけで、高級なドレスを用意させたのだ。それも、漆黒の。これで虫ケラどもも迂闊には近づけまい。余程の大物か、馬鹿じゃない限り手を出さないだろう。
 全てを想って行動している私だが、これもの魅力のせいなのだ。娘に恋をしているわけではない。私は一人の女としてのに恋をしている……!

「……どうかと思うわよ、ソレ」

 読心術を得ているのか、は呆れながら私に突っ込んだ。



15.創立記念パーテー娘としては一人の女として見られても困る





 ヒューゴから貰ったドレスを持ち、マリアンと共に自分の部屋へと入る
 ドレス選びを楽しみにしていた我らがブラックマリアンは、相当怒っている様子。しかし、ヒューゴの見立ては非常に正確らしく何も言えないらしい。
 今夜はセインガルド城創立記念パーティ。各国の貴族たちも来るらしい。噂では、ファンダリア王も来るとのこと。
「はぁ……でも、このドレスきっとに凄く似合うと思うわよ。悔しいけれど」
 ため息と怒りとともに、マリアンはそんなことを言った。は「うーん」と唸る。
「でも私、黒い服ってあまり着ないんだけど。っていうかコレ、露出多すぎ。変態親父の趣味丸出しじゃない」
「ふふっ。はすべすべで綺麗なお肌をしてるから、露出なんてどうってことないわ。それに色も白いから、黒の方が衣装映えするのよ。……羨ましい」
 ゾクゥッ!
 マリアンに耳元でより一層低い声で言われ、は思わず鳥肌を立たせてしまう。
「ホントに可愛い……食べちゃいたい」
「違うから! おかしいからマリアン! 服脱がすのは良いけど言葉の選択肢間違ってるから!」
 の服に手をかけながらそんなことを言うマリアンに、は突っ込みを入れる。外から聞かれたら間違いなく誤解されるパターンである。次々に服を剥ぎ取られる
「それにしても本当に綺麗ね、の身体って。人間なの?」
「人間だけど。真っ裸の状態で放置しないでよ……」
 剥ぐだけ剥いどいてドレスをいっこうに着せる気配のないマリアンに、は突っ込んだ。あらごめんなさい、とマリアンは笑う。
 ドレスをマリアンから受け取り、はそれを着る。そして、細々とした装飾などをマリアンがきっちりと留めていった。
「……まさか、ここまで似合ってくれるとはね」
 マリアンが恍惚としたようにため息を吐いた。やはり変態親父はのスリーサイズを把握しているのか、ドレスは一寸の狂いもなくの身体に合っている。
「やっぱり露出多すぎよ! 首寒いし胸元も寒いし腕も寒いし……!」
「黙りなさい。いいじゃない、似合っているのだから」
 が思わず文句を垂れると、マリアンはそれをばっさりと切った。有無を言わさない毅然とした態度で、彼女はの髪の毛を結う。「クスクスクス……」という笑い声をBGMにして。
「さあ、これでいいわよ。そろそろ時間じゃない?」
 マリアンにそう言われてが時計を見ると、確かに丁度良い時間だった。リオンも玄関で待っているはずだ。
「エミリオったら、見て欲情したりしたら即座まな板で叩き潰してあげようかしら」
「マリアン、私がエミリオに欲情する可能性があるんだけど」
「どのみちエミリオを殺るわ」
 マリアンに選択肢はないらしい。



 結局マリアンは別の用件に追われ、は一人で玄関に向かうことに。
 途中他のメイドがを発見しては奇声を上げて飛び掛る勢いで追い回してきたりというサプライズがあったりしたが、は玄関までたどり着くことが出来た。
 玄関を開けると、外には既にリオンが待っていた。いつもの王子ルックではなく、ちゃんとした正装。は鼻血を噴きそうになる。
「リオン格好良い!!」
「なッ!?」
 欲望のままにはリオンに抱きついた。マリアンもいないので大丈夫だと判断したのだ。リオンはそんなを受け止めつつも、戸惑って顔を赤くさせる。
ッ……そ、外だぞ!?」
「中ならいいの?」
「ッ!!」
 の言葉にリオンはますます顔を赤くさせる。からかい甲斐があるなあ、とは心の中で笑った。表情はいつものポーカーフェイスだが、顔の色だけは違うのだ。そんなリオンは、をじっと見たまま止まっていた。
「……な、何? 何か変?」
「い、いや。その……よく、似合ってる」
 不安になって尋ねると、リオンはしどろもどろそう答えてくれた。思わず胸キュンしてしまう
『……何、この甘々な空気』
 シャルティエの低い声が響いた。いてもたってもいられなかったのだろう。
『僕だけ仲間はずれとか冗談じゃないですよ坊ちゃん! 僕だって生身だったら「わーかっこいい!」「かわいいなあ」とか二人の肩抱いて円陣組むのに!! それが出来ない僕の気持ちちょっとは考えてくれません!?』
「そんなものはお前の妄想だけに留めておけ」
『坊ちゃん酷い! ねえ今の聞いた!? ちょっとさすがに酷くない!? 人権もとい剣権無視だよね!? もう坊ちゃんなんてキライ! 僕のマスターはがいいッ!』
「私はいらないからシャルは捨てることになるわね」
『僕坊ちゃん大好き!!』
 どっちだよ。とリオンは呆れながらそう突っ込んだ。
 シャルティエを捨てるか捨てないか談義していると、城の使いが向かえに来た。どうやら城まで送ってくれるらしい。確かに絡まれたりしては面倒なことになるので、素直に送ってもらうことにした。
 今回のパーティで起こることを予想もせずに――……。



が隣にいると、視線が痛いな」
「これってリオンへの視線じゃないの?」
『恐らくどっちもですよ』
 リオンが呟くように言った言葉に対し、は尋ねる。それにはシャルティエが答えた。
 城に入ってから、周囲の視線が痛い程伝わってくる。はずっとその視線をリオンへのものだと思っていたのだが、どうやら自身も含まれているらしい。しかしこうも見られては下手なことはできないな、とは緊張した。
「ああ、
 そんな中、ヒューゴがが城に来たのに気付いた。ヒューゴはもっと早くにこの会場へと来ていたのだろう。彼の周りには人だかりが出来ていた。その人だかりに一つ礼をして、ヒューゴはのもとへやってきて微笑んだ。
「やはり私が選んだ服は間違いなかったようだな。とても美しい」
 キュン
 胸キュンしてしまった。さすがは中身は違ってもリオンの父である。ダンディーフェイスで色気を醸し出していた。しかし隣にいるリオンは明らかに嫌な顔をしていた。
「……こいつが選んだのか?」
「当然だ。愛しいの為ならどんな服でも買ってやるのが私の使命というものだろう?」
「どんな使命だよ」
 リオンの問いにヒューゴは自信満々に答え、それに対しは突っ込む。どうだかな、とリオンは嘲るように言った。
「男が服を買うのは脱がすため……とかいうオチじゃないのか?」
『僕もそうだと思ってました』
「それは……………………」
「否定しろよ!!」
 反論することなく言いかけて終わったヒューゴに、は否定しろと叫ぶ。しかしヒューゴも言い返せないことを少し悔しく思ったのだろう。反撃に出た。
「リオンはこのように認識しているらしい。 もリオンから服を貰う時には気をつけるように」
「ッ!」
 顔を赤くして言葉を詰まらせるリオン。リオン・マグナス。完敗である。
「ヒューゴ様。あちらに大切なお方がお待ちしておられますよ」
「ああ、わかった。今行こう。それでは、また後で来る」
 ――来なくていい。
 オベロン社絡みの人間だろうと思われる人物に呼ばれたヒューゴに対し、は心の中でそう呟いた。

 ヒューゴが消え、より一層視線が濃くなる。
 確かにオベロン社総帥と気軽に話している奴なんてそうそういない。リオンに関しては周知の事実だろうからそこまで不思議に思う者はいないだろうが、に関しては周りは知らない。突然出てきた少女に、周りは興味の視線を投げつけるのだ。
 天地戦争時代は畏怖やらのマイナスな視線を浴びていたのだが、こういう好奇心の視線も痛くて敵わないな、とは思う。
「大丈夫か? 
「うん、まあ……。なんと言うか、私と話したいなら話せよって感じ」
「相当キレてるな」
 リオンの問いにが青筋立てながら言うと彼は苦笑した。よく笑うようになったな、とは思った。でも悪いことではないのでいい。
『仕方ないよ。普段のならまだしも、そんなに綺麗に着飾ってたら喋りかけるのも勇気いるって』
 そんなもんなのかな、とは思いつつ諦める。
 が、しかし。突然痛い程の視線が移動するのを感じた。その視線を追うと、そこにはファンダリア王とその息子と思われる人物がセインガルド王と話していた。
 どうやら辺りを騒がしているのは、皇太子の方らしい。銀髪に対照的な浅黒い肌。端整な顔立ち。美青年の部類に当てはまるだろう。
「あれってファンダリア王家の人たちだよね?」
「ああ。だが王の子息は初めて見たな。おそらく初めての参加だろう」
 が訊くとリオンは腕を組みながら答えた。しかしにとっては興味の対象外。一国の王としてどれだけ知識や頭を持っているのかは気にはなるが、とてもそこまで探求できるほど近づけはしない。
 リオンも対して興味がないのだろう。二人してすぐに視線を逸らした。もう視線を気にすることもないか、と開き直ったはリオンに誘う。
「人が多すぎて暑くなってきたわ。ちょっとバルコニーに出ない?」
「そうだな。僕もちょうど行きたかった」
 リオンは快く了承してくれた。そして二人でバルコニーに向かおうとした。
 その直後。
さんですね?」
 すぐ後ろで名を呼ばれ、は振り返った。するとそこには。
 ファンダリア王の子息がいた。
「え……ええええ!?」
「初めてお目にかかる。私はファンダリア王子のウッドロウ・ケルヴィンと申します」
 完全に混乱して取り乱しているを見て、ウッドロウは優しい微笑みを浮かべながら自己紹介をした。リオンも酷く驚いて目を丸くさせながらウッドロウを見ている。
「あ、えっと、です……! あの、何故私の名前を」
「一目見て気になってしまってね。セインガルド王に聞けばすぐに教えてくれたよ。とても君のことを絶賛していた」
 ――あの幼児願望ジジイ……。
 の心の中でわずかな殺意が芽生えた。
さん、よければ少しお話でもバルコニーで」
「え……」
 周囲が一気にざわついた。しかしウッドロウはまるで聞こえないかのように態度が変わらない。それにしても、この一国の王子は凡人にそんなことを言って凡人が断れるとでも思っているのだろうか。しかもこの雰囲気で。それは凡人には酷というものだ。
 はリオンに目だけで「ごめん」と伝え、再び視線をウッドロウに戻し、
「ええ、光栄です」
 と、言うことしかできなかった。
 遠くでは、ヒューゴが笑顔でワイングラスを握りつぶしていた。



君は十四歳だというのに、とてもそのようには見えないな」
「(王様そこまで喋ったのか)……どうしてですか?」
 バルコニーにとウッドロウは出て、話をしていた。他にもバルコニーには人間がいたが、その者たちはどれも聞き耳を立てている。
「存在が大きいと言うのかな。その歳にしては、聡明さが溢れすぎている」
「そ、そんなことないですよ。勿体無いお言葉です」
 がそう言って首を横に振ると、ウッドロウは微笑んだ。
「そう固くならなくて良い。もっと肩の力を抜いて構わないよ」
 ウッドロウに言われ、は「それなら」苦笑した。もともと下から目線というものには慣れていない。それが遺伝子的なものなのかは知らないが。
「そういえば、ファンダリア城にはソーディアン・イクティノスがあるのよね? もうウッドロウ王子は喋ったの?」
 のその豹変ぶりと質問に少しウッドロウは驚いたようだが、「いや」と苦い笑みを浮かべた。
「いくら私が話しかけても、イクティノスは答えてはくれなかった。父上には声が聞こえるらしいのだが……」
「イザーク王が聞こえるのに……?」
 首を傾げる
 ソーディアンの声が聞こえるというものは、これといって特別な才能ではない。そしてそれは、遺伝で発生することが多いのだ。だからリオンやヒューゴ。ルーティにも声が聞こえることができる。
 王に聞こえてウッドロウに聞こえないということは、考えにくい。それもウッドロウは怠けてるわけでもなく、内面も外面もしっかりと自立している。
 「滑稽な話だろう」とウッドロウは情けなさそうに笑った。は微笑んだ。
「……貴方に聞けないということは、絶対にないわ。自分を信じて、そのまま突っ走ってたらいつか絶対に聞こえると思う」
 そう言えば、ウッドロウは酷く驚いた顔をした。
「何故、そう言い切れる?」
「女の勘です」
 ウッドロウの問いには笑って答えた。すると一瞬呆気にとられたウッドロウも、つられるように笑う。一息吐き、ウッドロウは口を開いた。
君のような女性が国の上に立てば……良いだろうな」
「……は?」
 突然の言葉に、は唖然とする。
「賢く、人情があって器量が良い。君が側にいれば……私も悩むことなく国を治めることができそうだ」
「え、そ、それって……」
 遠まわしの何かだろうか。はそう思ったが、考えるのを止める。例え話に違いない。寧ろそう信じたい。
「あ、あの! そろそろ戻らない? 私ちょっと寒くなってきて」
「風邪をひいてはいけないな。気付けなくてすまない」
 半ばパニックになっているに優しく笑いかけ、ウッドロウは中に入るように促した。
 ――周りからの視線が、痛すぎる……。



 バルコニーから中へと戻ってはリオンのもとへと戻ろうとしたが、それは許されず。何故かそのままセンガルド王とファンダリア王とその息子という豪華な人間に囲まれ話に付き合うはめとなった。
「良い娘がやって来たものだな、セインガルド王よ」
「そうだろう、ファンダリア王。いくら気に入ったからって持ち帰られては戦争を引き起こすからな」
 物騒な話をするな。
を攫えば、ワシも許さんしオベロン社総帥のヒューゴも黙っておらんだろう」
「と、言うわけでは返してもらいます」
 セインガルド王の発言に続き、ヒューゴの声。ヒューゴはの肩を後ろからガッシリと掴んで放してくれない。
「ふ、君に触るのではないよ。中年親父が」
 ウッドロウがヒューゴの手を払いのけた。彼の後ろからは強大な黒オーラが漂っている。
 ――こいつも腹黒だったのか……。
 もはやは現実を諦めた。
「……何のつもりかは知らんが、無礼にも程があるぞ」
「そちらこそいきなり君を連れ去ろうとするなんて、こちら側としては不愉快この上ないのですがね」
「すまないな、は色黒には興味がないものだと思って」
「中年にも興味がないと思うのだが」
 二人の壮絶なバトルに震える両国の王。
 それをは見つつ、ウッドロウはカーレル属性だなと冷静に観察していた。観察したところで止めることはできないのだが。
、こっちへ来るんだ」
 突然背後からやってきて、耳元で囁くリオン。寒イボもとい、萌イボが立つ
「ん? なんだい、君は?」
 ウッドロウはリオンの存在に気付き、訝しげな顔をして尋ねる。リオンはそんなウッドロウを睨み据えた。
「……のパートナーだ」
「ほう……。では、宣戦布告させてもらう。君は私のものだ」
 ――おい。
「勝手に私物化するな――ッ!! 変態親父に続いてアンタも微妙に変態なの!? っていうかイザーク! 自分の息子の暴走を閲覧してないで止めなさいよ!!」
「お、おお……私には無理だ……」
 が呼び捨てでご指名したにも関わらず、ファンダリア王イザークは頭を抱えた。賢王と呼ばれる彼でさえ、ウッドロウには敵わないらしい。余程苦労してきたのだろう。
 しかし、ドレスを着つつ怒鳴り散らすの苦労の方がよっぽど上だ。
「ははは。元気だな、君は」
「ふふふ。ウッドロウ王子には負けます」
 ウッドロウの言葉にイレーヌ直伝黒笑顔で答えるが、彼は何処吹く風。黒い人間に黒は通用しないらしいことを悟ったは諦めた。

 結局、パーティはそのままの感じで続いていき、終了。
 リオンの機嫌は急降下。ヒューゴの機嫌も急降下。震える両国の王。一人だけ余裕なウッドロウ。

 ――……私が一番しんどいんだけど。


あとがき
本編前終了ぉ!!(感涙
次回から本編入ります!でもその前にもう一回TODプレイしようかなーと思ってたり。
元祖TODはしっかりと覚えてるんですが、リメDは忘れてるところが多く…!歳のせいかな、とブルーになってます
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2009/2/10)
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