「イレーヌさん、一年間ありがとうございました」
ちゃん……」

 ちゃんがこのノイシュタットに来て、早一年。本当にあっという間だったわ。
 無事に滞在任務を終えたちゃんは今日、ダリルシェイドに戻ることになったの。
 今は、もう船の前。そんな所で深々と頭を下げられたんじゃ、私の涙腺も緩んでしまうわ……!

「色々ありましたけど……凄く、楽しかったです」

 儚げに、ちゃんは笑ったわ。
 わかってるの。彼女は本当はずっとノイシュタットにいたいはずよ。だって私がいるんだから。

ちゃん、良かったらずっとノイシュタットにいてもいいのよ? ヒューゴ様には私が話をつけておくし」
「いやいやいやいや、あの、リオンも待ってると思うんで……それに私は戻ったら客員剣士になるつもりですし」

 ちゃんはそう言って断ったけど、絶対本心はここにいたいのよ。だって私がいるんだから!
 でもそれを言わないのは、きっと遠慮したのね。それしかないわ。残念。

 だけど、宣言したようにちゃんの性格を少しばかり改変できた事に対しては、私は満足しているわ。
 ちょーっとばかし、黒くなっちゃったかもね♪



12.ダリルシェイド帰還ここにイレーヌさんがいるからあっちに帰りたい。





 任務の契約期間であった一年間もあっという間に過ぎ、は一年前と同じ船の前に立っている。
 今度は送りの船ではなく、迎えの船として乗る。
 先程イレーヌにずっとここにいろと誘われただったが、丁寧に断った。確かにノイシュタットはいい街だが、街中に出るとまるで芸能人扱い。サインまで強請られ気疲れしてしまう。これもイレーヌがファンクラブ勧誘を一年間ずっとやり続けてきた成果なのだろう。仕事しろ。

 そして今、何故かはノイシュタット住人全員に見送られている。
 ――私、何かやったっけ……。
 思わずはそう思ったが、これもイレーヌが『ダリルシェイド帰る』という記事を作って号外で配ったからだ。
ちゃんッ……また、遊びに来てね。それと元気でね? じゃないとこの街潰しちゃうから……!」
「潰さないでくださいよ!? ここまで景気復活させたんですから!」
 は結局写真集まで作ってノイシュタットに貢献させられたのだ。簡単に潰されては元も子もない。
 というか、イレーヌに本当に街を救う気があるのかは疑った。
姉ちゃああん! また絶対に100パーセンテージ来てよぉ!?」
「わかってるわよ。100パーセンテージ来るから……ほら、泣かないで?」
 の股下より小さい男の子が、泣きながらの右足を抱き締めて懇願してくる。
 その子の頭を撫でてが慰めてやると、
「姉ちゃぁん! 僕も!!」
「あ゛だじも゛ぉぉ!!」
 と、そこらにいた子供たちも懇願してきた。
 中には号泣しすぎて何を言ってるのかわからない子もいたが、にとってはそれさえ愛しかった。こうやって慕ってくれるのは、ありがたい。
 ひとりひとり、まるでお礼を言うようには頭を優しく撫でていってやる。そして、最後の子の頭を撫でた時。
 ツルリ。
 その子の頭がツルツルとハゲているのに気付いた。子供の中にハゲなんていたっけ? とは疑問に思いつつ、その問題の子の顔を見ると――……
「ぎゃああああ!? コングマン!?」
 全力で悲鳴をあげる
 そいつは、でかい図体の癖して無理に子供たちの身長にあわせようと屈んだちょっぴり頬が桃色なハゲゴリラだった。
「お前の愛は受け取った!!」
「勝手に奪うな!!」
 ガスッとがコングマンの顔面に殺人スクリューパンチをかますと、コングマンは逃げるようにどこかへ走り去ってしまった。撫で損したような気分でが辺りを見回すと、
「あああああ! あんなハゲが撫でてもらえるなら私も!!」
「俺も!」
「ワシもぉぉお!」
「寄るな集うなみっともない!! あれは事故よ!」
 新たな行列を作られるはめとなる。中には大人を忘れて、に縋る者も出てくる始末。その中に何故かイレーヌがいることはスルーしておこう。
「ともかく! せっかく街全体が仲良くなってきてまとまってきたんですから、私がいない間も皆さんしっかりやって下さいよ?」
ちゃんがいないノイシュタットなんて破滅も同然よぉッ……!」
「あんたがそんなんでどうすんだよイレーヌさん!!」
 の言葉に手を地面につけ座り込み涙するイレーヌにはツッコミをいれた。この街の救済者がこの有様だ。上手くやってくれることを願うが。
「……本当にちゃんとやってよ? じゃないと、二度と来てやらないから」
 にっこり。は満面の笑顔で住人たちに釘をさした。そんなに自分のことを好きだ好きだと言ってくれるのならば、誠意っていうものを見せてもらおうじゃねえか。
 心の中で、そう思いながら。
「ああ、間に合った! !!」
「良かったぁ。もっとお兄ちゃんが早く起きてくれたら遅れずに済んだのに!」
 そんな声が聞こえたと思ったら、人ごみを掻き分けてその場に乱入してきた人物が二人。は思わず声を張り上げた。
「スタン! それにリリスも!」
 思わぬ登場人物に、は感極まってやって来たリリスと抱き締めあった。スタンは「へへへ」と笑った。
「確か今日帰るって言ってたからさ。見送りに来たんだよ」
 そんなスタンの笑顔に、は涙が出そうになる。この一年間、心や身体が疲れてはのどかなリーネ村へとお邪魔していた。その度にスタンやリリス、村の人に癒されていたのだ。
 でなければ今頃は過労死している。
がダリルシェイドに帰っちゃうのは凄く寂しいけど……本当に、貴女と一緒に過ごした時間は楽しかったわ! またいつでも来てよ? 私たちは親友なんだから」
「もちろんじゃない、リリス! 本当に、ありがとう……私がリリスの家でお風呂に入ったとき、のぞき野郎を抹殺してくれたりして」
「ふふふッ、そんなこともあったわね」
 くすくすと笑うリリス。リリスとは見事に気が合い、いつの間にか何でも話せる間柄となっていた。恋愛話などに花を咲かせたこともあった。主にの、だが。
「ダリルシェイドにはが言ってたリオンって人がいるものね。早く帰りたいんでしょ?」
 こそっとリリスはにしか聞こえないくらいの声で言った。は顔が少し熱くなるのを感じながら、頷く。
 ――会いたい。
 リオンと離れて常に思うことは、ただそれだけだ。リリスと恋愛話をした時にその事について話せば彼女は「それは絶対に恋よ」と意気込んだのだ。そんなに自信持って言われてしまっては、も「そうなのかな」と思うしかない。実際そうなのかもしれないが。
 そんな中、スタンが一歩に近づいて言った。
! 俺、絶対にセインガルドに行くからさ! 待っててくれよ」
「あまり遅くならないでよ? 早く来ないと忘れちゃうから」
「あ、じゃあ今一緒に行く!」
「それは早すぎ」
 ボケボケのスタンには裏手で突っ込む。じゃあ忘れないでくれよな、とスタンはにっこりと笑ってに手を差し出した。その手を、は握り返す。
「スタンみたいな天然ボケ、忘れないわよ。今度会ったら私のスパルタ修行を味わってもらうわ」
「ああ、楽しみにしてるよ!」
 の修行を楽しみにしてる、などと言った男はスタンくらいだろう。天地戦争では誰もが嫌がったものだ。ただ一人、ディムロスだけは確実に強くなれると言って好意的だったが、それでますますM男疑惑が盛り上がってしまった件については反省している。
 しかし、この期待に満ち溢れているスタンの顔がどう変化するのだろうかと思うと、それだけで可笑しかった。
「おーい! ちゃん、そろそろ船に乗ってくれよー!」
「はーい!」
 出港時間はとっくに過ぎているのにが船に乗らないからだろう。船員が少し急かし始めた。はリリスとも握手を交わし、礼を言って船へと乗り込んだ。甲板から身を乗り出し、は笑った。
「じゃあみんな元気でね!」
ちゃん! 絶対にまた来てちょうだいよ!」
「わかってますって、イレーヌさん」
 が声をかけるとイレーヌが涙目になりながら言う。永遠の別れでもないだろうに、とは苦笑しながら答えた。
 船がゆっくりと出港する。
「やっと一年経った……!」
 が振り向けば、船員たちは目を輝かせながらそう言った。どうやら前回送り出してくれた人間と変わっていないようだった。船員の一人が一歩前へと進み出て言う。
「僕たち船員、どれだけちゃんの帰りを待ったか……! 船員代表として、ちゃんの歌を作ったんだ! 行っけ行け~~♪ 僕らオベロン社代表~~~♪ ヒューヒュフュー♪」
 電波全開である。
 いつから自分がオベロン社代表になったのだろうとか、最後辺りの掠れた口笛はなんだとか、色々突っ込むべきところはあったが、あくまで船員は誠心誠意歌っている。それを無碍にすることは、にはできなかった。
「あー……、ありがとう。もう充分よ」
 しかし聞くに耐えれなくて断る
「三十八番まで曲作ったから三日間で歌いきるよ!」
「そんなにあんの!?」
 一年間何してたんだろう。は船員たちに向かって、そう思わずにはいられなかった。
 もう結構港と離れてしまった。そちらの方へまた目線をやると、スタンがリリスに押されて海に落とされている。何があったのかは知らないが、あれも一種のコミュニケーションなのだとは思うことにした。



ちゃん! ダリルシェイドの港が見えてきたぞ!」
「え、本当!?」
 ノイシュタットを発って早三日。この期間延々と船員たちから作った歌をエンドレスに聞かされたは少し頭が痛くなっていたが、先程の船員の報告でそんなものは吹っ飛んでいった。
 慌てて甲板に出ると、確かに港はもう見えていた。
「またお別れか……やっぱり、ちゃんと過ごすと時を早く感じるよ」
 しんみりと、船員がそう言った。は笑う。
「また乗るときがあると思うから、その時はよろしくね」
「ああ、まかせとけよ!」
 船員はそう言っての肩を叩いた。本当にこの船員たちは優しくて、面白い人たちばかりだった。ただ歌をエンドレスで聴かされた時は死ぬかと思ったが。
 港につくための準備をするのだろう。船員たちは散り散りになって帆を巻いたりしはじめた。は再びダリルシェイド港に目をやる。
「……あ!」
 思わず声をあげる。港にはリオンが迎えに来てくれていたのだ。桃色マント装備といったら坊ちゃんしかいないだろう。
 だんだんと船が港へ寄っていく。
 それと同時に、も緊張していく。一年間、ずっと会いたいと思っていたのだ。どんな顔をすればいいんだろう。何を話せばいいんだろう。そんなことばかりが、の頭の中を駆け巡った。
 そして、リオンの顔がまともに見えるような距離になったところで。
「おかえり、
 フ、とリオンが微笑んだ。
 ――えええええええ!?
 心の中で発狂する。リオンに何があったのだろうか。リオンの笑顔の破壊力によって頭を駆け巡っていた船員たちの口笛ばかりの歌などぶっ飛んで行く。
 ――あんな素敵な微笑みをリオン様が浮かべているというのに私に大人しくしろと!? そんなの無理よ。
 あっさりと欲望に負けたは、船の先端へと走り助走をつけてリオン目掛けて飛んだ。
「なッ!?」
「リオ――ン!!」
 は思った。
 ――あれ、こうやって己の欲望を貫き通すとかイレーヌさんそっくりじゃない……。
 バフッ
「まったく、無茶をする……」
 リオンを押し倒す勢いで飛んだだったが、リオンは軽々とを受け止めた。その細腰と腕のどこにそんな力を持っているのだろうと疑う。
 はリオンの首に抱きついた。
「ただいま、リオン!」
「あ、ああ、おかえり……」
 顔を少し赤くさせながらリオンはに応えた。どうしたのだろう。新たな白タイツ少年計画でも実施されたのだろうか。がそんな事を考えていると、今更になって船の方で「ちゃんがいなーい!!」という声があがっていた。
 そんなことはスルーし、はひとまずリオンから離れた。
「お迎えありがとう、リオン。……てっきり父さんが来るのかと思っていたんだけど」
「あいつは緊急出張でカルベレイスの方に出ている。明日には帰ってくるらしいが」
「そっか、んじゃいいや。……っていうかリオン、背伸びたね。私と対して変わらなかったのに」
『それじゃ、僕も言わしてもらうけどね。僕的に坊ちゃんの身長よりも、のフェロモンが一年前より大量分泌されてるのが気になるなぁ。もう大人の色気ムンムンだよ! 僕が生身だったらすぐさま抱き締めて二度と放さないのに! ああッ! 神様のイヂワルッ!! っていうか、ったらまだ十四歳なのにここまでフェロモン大量分泌しちゃってさ! 十八歳になったらどんなになるんだよ!? って感じなんだけど! きっと僕には手を追えないよ! あ、でもね、そうなった時には毎晩僕を抱き締めて寝てほしいな~なんて! ッテヘ☆ 僕ッたら柄にもなく何言ってるんだろうね! でも出来れば実行しt――』
 途中でシャルティエの喋り声が止まった……否、リオンがシャルティエを海の彼方へと投げ飛ばしたのだ。
『坊ちゃぁぁぁああああああん!!!!』
「ああ、よく飛んだな」
「そういう問題か」
 珍しいリオンのボケには突っ込んだ。ここら辺でソーディアン・シャルティエ、ボシャンと海へと還る。海へと沈んでいくシャルティエを見て、少しは焦った。
「いいの? 戻ってこないかもよ?」
 がそうリオンに尋ねると、彼は不敵に笑った。いや、諦めの笑いといってもいい表情だ。
「大丈夫だ。今までどこに捨てようが、埋めようが、放り投げようが戻ってきたからな」
 そんな事やってきたんかい、アンタ。
「ところで
 リオンはの肩をガシッと掴み、紫暗の瞳でを顔を覗き込んだ。
「……あとで話があるんだが……聞いてくれるか?」
「え? あ、うん。いいけど?」
 そんなに改まって言われると、も内心穏やかではない。
 ……襲う気なのだろうか。いや、そんな問題ではない。下手したらが襲ってしまう。
「今日は任務ないの?」
 が尋ねると、リオンは頷いた。
「ああ、特にない。城に挨拶しに行くか?」
「いいわ。また幼児願望ジジイの駄々聞くのも面倒だし。もう日が暮れちゃうしね」
「そうか……それなら、屋敷に戻ろう。マリアンも待っている」
 マリアン。おそらくこの一年間三百六十五日かかさず毎朝ヒューゴにアレを提供したのだろう。というより、メイド長になった当初から。
 久しぶりに皆に会えると思うと、は嬉しくなった。



 屋敷へ戻る道中、突然一人の男に絡まれた。がたいの良い男だった。
「嬢ちゃん、そこの坊やなんて放っておいてお兄さんと遊ばない?」
 さすがに十四にもなればリオンも男扱いされるようだ。しかし、リオンの顔つきが怖くなった。何故。とりあえず丁重に断ろうと、は口を開いた。
「あら、ふふふ。ごめんなさい、私はバカには興味ないの。それでもしつこいようだったら、有無言わさず地面に沈めるぞ……」
 ナンパ男、そしてリオン。固まった。
 リオンはすぐに正常に戻り、訝しげな表情でを見た。
「……お前、黒くなってないか?」
「応用よ、応用。イレーヌさん見てたらスキル取得しちゃった」
「イレーヌめ……」
 リオンはため息を吐いた。としても嫌になるほど黒を味わってるから気持ちはわかるのだが。そこでは思う。
 ――リオンが黒になったら、それこそ怖いだろうなあ……。



 屋敷に辿りつき、玄関を前にしてたたずむ二人。
 が恐る恐る扉を開けようとするが、リオンが止めた。表情で「僕が開ける」と言う。はそれに感謝して、ドアの取っ手から手を離した。
 リオンはゆっくりと扉を開ける。それに続いて、も中へと入る。
ッ♪」
「「ヒッ!!」」
 一緒に飛び上がるとリオン。
 当然だ。玄関を開けた先には既にマリアンが待機していたのだから。
「ま……マリアン、どうしてわかったの?(バレないように入ってきたのに)」
「当たり前じゃない、の匂いぐらい分かるわ♪」
 どんな嗅覚してんだよ。心の中で突っ込むとリオン。特技は毒電波受信だけではないらしい。
「それにしてもおかえりなさい、! あなたに言われた通り、私は毎朝かかさずトイレ拭き雑巾絞り汁をヒューゴ様にプレゼンツ☆ したわ!」
 テヘッと舌を出して可愛い子ぶるマリアン。確かに可愛いのだが、後ろのブラックホールはどうにかならないものか。
 マリアンは二人を中に招き入れながら、「そういえば」とついでに言う。

 ――時々書斎のホコリ入りクッキーもプレゼントしたけれどね。
 ――リオン、ヒューゴさんがゴミ人間と化してる!
 ――ゴミの日に出すか……。


あとがき
戻ってきましたダリルシェイド!
スタンとリリスと友情育みました。スタンはいいんですけど、リリスとは後々D2で会う予定なんで絡ませといた方がいいかなと思いまして…!
次回はついに……! みたいな展開で!
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2023/12/23)
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