「あなたたちも大変よねー」

 同情の眼差しを料理人に向けつつ、私は言った。
 当然、料理人三人に向けて。

「今更さ。イレーヌお嬢様に逆らえば命はないしな」

 料理人の一人が苦笑をこぼしながら言う。なんて強い男なんだろう、彼は。
 結局のところ、イレーヌさんは料理人三人を山賊に立ち向かわせるという強者でした。ついでに、彼らの武器はその時丁度持っていたくるまエビだったそう。
 くるまエビの香りに釣られてモンスターたちが寄って来たりして、そんな困難を潜り抜けくるまエビを守り通した挙句、結局は山賊に喰われるという悲劇。
 同情するしかないわ。

 ちなみにその後イレーヌさんにその事を問いただしてみたら、

「私って凄いでしょう? ふふっ♪」

 と極上の笑みを浮かべて言いました。
 ……凄い通り越して怖いです。



11.欲望の鬼子供にだけは手を出すな!焼肉焼いても手を出すな!





 窓いっぱいに朝日の光が溢れ、それと同時にだんだんと外が賑やかになってくる。
 まぶた越しに感じる明るさに、は唸った。
「……んー、朝……?」
 顔を顰めながら、は状態を起こした。
 昨日は山賊を倒して料理人三人を保護し、イレーヌの家へ戻り料理人の夕飯食べてお風呂に入って就寝。このような流れで今に至るのだが、予想外のことが起きては少し寝不足気味であった。
 二度寝しようかと再び横になるが、外では子供たちがはしゃぎまくっている。とても眠れるような環境ではなくなってしまった。どうやらこの部屋は強制アラーム付きらしい。全ては夜中にあったあの事件が悪いのだ、とは思う。ウトウトとしながら、夜中の事を思い返す。



 夜の闇も深まり、無音の部屋。そんな中で寝ていただったが、ガチャッと部屋の扉を開ける音がした。夜這い防止スキルがついているは、その時反射的に目を覚ました。
「……どちら様?」
 が声をかけると、薄暗闇の中に見える人影はビクッと身体を震わせた。不審な人物に、は警戒して近くにあるレイピアをいつでも鞘から抜けるように掴んだ。イレーヌの屋敷は豪勢なのだ、盗人一人入ってもおかしくはない。すると不審者はの一連の動きに気付いたのか、ザッと側までマッハで寄ってきた。
 は、あまりもの速さに手が出なかった。というより、そのマッハ並みの動きを見て人物を特定する。
「嫌だわ、ちゃんったら! そんな物騒な物掴まないで」
「い、イレーヌさん!?」
 イレーヌはの腰に縋りついて毒々しいオーラを飛ばした。ピンクオーラを出しつつ、実は中身腹黒ですオーラを出しているなんて、イレーヌ以外にはいなかった。
「ふふ、いきなり起きるからビックリしちゃったわ。さすが私のちゃんね。寝ている間にこっそり引ん剥こうかと思ってたんだけど……」
「何企んでるんですか!?」
 ベッドに座って拗ねるように唇を窄めたイレーヌに向かって、はツッコミを入れた。山賊退治で疲れて帰って寝ているというのに……いや、それを狙ってやって来たのか、とは思った。
 はあ、と深いため息が零れる。
「イレーヌさん……まあ、夜中にコソコソ忍び込んできそうなのは変態か腹黒か馬鹿だけかとは思っていましたが。……そんなに期待に応えないで下さいよ」
「嫌だわ、ちゃん。そんなに褒めないで♪ 照れるじゃない」
 一言たりとも褒めていない。
「ともかく! ……私には変態親父という奴のせいで余計に磨かれた夜這い予防スキルがあるんです。だから無駄ですよ」
「そうなの? 残念だわ。ちゃんは油断も隙もない人なのね」
 お前が言うな。
 心の中でひっそりとはツッコミをいれる。するとイレーヌは突然書類の束を取り出した。軽く百枚以上はあるだろう。「何ですか、それ?」とが訊くと、イレーヌは笑って応えた。
「今日一日で集めたファンクラブ☆の会員名簿よ。凄いでしょう!? 今日だけでノイシュタット人口の六〇パーセントを占める人数が会員になったのよ!?」
「何してんだアンタ――ッ!!」
「ちなみに副会長は私ね? 会長はヒューゴ様」
「何してんだアイツ―――ッ!!!」
 、今頃安らかに眠っているだろう父親を恨む。そんな暇があるのかオベロン社総帥。イレーヌと結束してる場合だろうか。
 ――でも、イレーヌさんと敵対しない為には有効な方法かも……。
 なかなか頭の切れるヒューゴ(の中身)をは見直した。自分を餌にされたのが不快この上ないが。
「さーてと、明日も頑張ろうっと。 ……ちゃんの写真集でも作って、貴族層に高く売りつけようかしら……」
「待っ……!」
 ぽつり、と恐ろしい宣言を残してが静止の言葉をかける間もなくイレーヌは部屋を出て行ってしまった。一体何だったのだろう。とりあえず、これからは必ず部屋の鍵を閉めようと心に誓っただった。



「お前の母ちゃんデベソォォォ!!」
「お前の母ちゃんなんて外反母趾じゃんかぁぁ!!」
 ――朝っぱらからどんな喧嘩をしているんだ、子供たちよ。
 夜中のことを軽く夢に見るくらい二度寝をしたは、子供たちの子供の領域を微かに超えてしまった口喧嘩で再び目を覚ました。
「うーん、起きるか……」
 上体を起こし腕を上にあげ大きく伸びをして、はベッドからおりた。洗面台で顔を洗い、息を吐く。時計を見れば八時前だった。朝食を取ろうと、は厨房の方へと向かった。
「おはよう、三人とも!」
「「「おはようさん、ちゃん!」」」
 が挨拶をすると、料理の仕度をしながら下僕――料理人三人組は見事にハモッて返事をしてくれた。山脈からノイシュタットへ戻るまでに、とこの三人はすっかり仲良くなったのだ。仲良くなった要因はイレーヌの無茶振りのおかげなのだが。
「朝ごはん作ってるの?」
「それが俺らの仕事だからな。もうすぐ出来上がるし、リビングで待っててくれるか?」
「わかったわ」
 料理人に言われ、は頷いてリビングの方へと向かった。そのの背中に、料理人の警告が飛ぶ。
「リビングにはお嬢様がいるし、機嫌とっていてくれよ! ただでさえ作り出すのが遅れて、早く作って持って来いって言われてるんだ!」
「りょうかーい!」
 は快く了承した。そしてふと疑問に思う。
 ――私ってもしかして、利用されてるんじゃ?
 いや、利用する気持ちもわかる。イレーヌの暴走を止められるのは今のところしかいないのだ。止めきれない部分も多々あるが。自身も、変態親父を止めるべく腹黒メイドを利用することなんて度々あることだし。自然の摂理なのだろう。
「イレーヌさん、おはようございます」
「あら、ちゃん。おはよう♪」
 リビングに入ると、イレーヌが椅子に座り集中して本を読んでいるのが目に入った。そしてが声をかけると、イレーヌは本から目を外して笑顔で応えてくれた。そして立ち上がり、読んでいた『格差社会』という本を本棚へと戻して再び椅子へと座った。も、その向かい側の椅子へと腰掛ける。
「ねえ、ちゃんはこのノイシュタットを……どう思うかしら?」
 突然のイレーヌからの質問。は「そうですね……」と少し考え、口を開いた。
「貧富の差が目に付きますね。もともと田舎だったノイシュタットがここまで発展したからのことなんでしょうけど。ダリルシェイドなんかは最初からお金持ってる人しか住み着きませんし。お金ない人はハーメンツやクレスタに流れますから」
 そうが言うと、イレーヌは深く頷いた。
「正確な目を持ってるわ、ちゃん。そうなのよ。この街にはたくさんの孤児もいる。だけど、貴族たちは何もしないどころか、見下してさえいる……私、もう困っちゃって」
 イレーヌは肩と頭を下げて、落ち込む。彼女も人間だったようだ。やはり悩みこむ時は白いらしい。
「……畜生、お前らの家焼いたろか……なんて思っちゃったりもするわ」
 白いのは気のせいだったようだ。相変わらずのイレーヌにはフォローを入れた。
「でも、大丈夫ですよ。だってイレーヌさんがこんなにも悩んでる。この思いはきっと貴族にも伝わると思います。伝わった時、この街は生まれ変わると思うんですけど……」
 素直な気持ちを言葉に乗せれば、と付け加えては言った。するとイレーヌは少し涙目になって、鼻をすすった。そして、の手を両手で握り締めた。
「……ありがとう。はっきり言って私ね、この街を潰してやろうかと思っていたの! でも良かったわ、ちゃんがまだ希望はあるって教えてくれたから!」
「そ、それは良かったです」
 朝っぱらから街一つ救った。ノイシュタットの真の危機はイレーヌ・レンブラントによってもたらされると悟る。
「イレーヌお嬢様! 朝食を持って参りました!」
「……ちょっと、空気読めないのね! せっかく私が今感動の会話をちゃんとしてるっていうのに邪魔するの!?」
「「申し訳ありませんでした!!」」
 早く持って来いって言ったのはイレーヌでは。料理人とは心の中でそう思った。そしては見た。
「こちらをどうぞ」
 と、背中に黒い霧を漂わせながら笑顔で料理を置いていく料理人の姿を。
 イレーヌの黒は感染症なのかもしれない。一年間ならず三年間ほど一緒にいれば、確かに黒くなりそうだ、とは思った。黒だけにはなりたくない……純粋な気持ちを忘れないまま、は朝食を取り始めた。



 朝食を終えてがした事は、イレーヌの目を盗んで外出すること。聞けば任務はないとのことだったし、ならば街へ出た方がいいと思った。しかしそのことをイレーヌに言えば必ず「私も一緒に」とついてくるだろう。そうなれば再び街中で暴れるに決まっている。
 ノイシュタットの名物、桜がたくさん咲いている公園のベンチには座った。すぐそばにはアイスキャンディー屋があった。リオンは確か甘い物が好きだったよなあ、と思い返す。
「ネーチャン。メシくれ」
「ん?」
 そんなことを考えていると、突然少年にナンパ……ではなく、物乞いをされる。ボロボロの服を着ているところを見ると、この少年も貧困層の孤児なのだろう。
「お姉ちゃん遊ぼー」
「姉ちゃん、腹減った」
「遊ぼう」
「え? 待って、ちょッ……」
 以下、孤児たちがたくさん集まってきて服をグイグイと引っ張られる。優しく構えばいいのか冷たく突き放せばいいのか。どう対処していいかわからず、は戸惑う。中には将来有望な萌え少年などがいて、更には思考回路がショート寸前になる。
「姉ちゃん、イレーヌさんはまだ?」
 後からやってきた孤児の中でも大きい少年が、に尋ねた。思わずは「え? イレーヌさん?」とオウム返しにする。すると少年は頷いた。
「そうだよ。毎日ここでご飯貰ってるんだけど」
 ダダダダダダダダダッ!!
 物凄い効果音つきで背後に大量の砂埃を立たせながら走りやって来たのは、イレーヌだった。彼女の両手には大量の大荷物。それでよく全速力で走ってこれたな、とは思った。
「みんな、遅くなってごめんなさいね。……あ、ちゃんじゃない! こんな所で会えるなんて! あ、もしかして私の行動パターン把握してたの?」
「してないしてない! 偶然ですってば!」
「偶然は必然よ!」
 どうしてそうなる。
 そんな疑惑をイレーヌは払いのけ、両手に持っていた大荷物を地面におろして、中からパンなどの食料を出した。ワッと歓喜の声をあげながら孤児たちはイレーヌに群がる。「ちゃんと並びなさいね」とイレーヌが言うと、子供たちはギャイギャイ騒ぎながらも並んで順番に食料を貰っていった。この子供たちが餓死しないのも、イレーヌのおかげなのだろう。

 そして全てを配り終えた後、イレーヌはご飯を食べる子供たちを笑顔で見守りながら、に近寄った。
「……私に出来ることは、これぐらいだから……。それにしても、ちゃん。あそこの男の子、食べ応えがあるような気がしない?」
「食べるんですか!? いやまあ確かにそう思いますけど、犯罪ですよ」
「うふふ、わかってるわよそれくらい♪ あくまで、想像の話ね」
 妄想の間違いでは。その妄想が現実にまで侵食しないことを、ただ願う。
「お姉ちゃん遊ぼうよー?」
 もう食べ終えたのか、幼女が声をかけてきた。
 ちなみにこの子は全長三〇センチのパンを五秒で食べきっていた。将来有望なフードファイター間違いなしである。
「いいけど……何して遊ぶ?」
「鬼ごっこー!」
「「「ごっこー!」」」
 が尋ねると、元気よく返事をしてきた。それにつられ、復唱する子供たちが多数。
 ――鬼ごっこかあ……天地戦争時代、したくもないのにやってたなあ……。
 主に電波や変態や腹黒や天災博士から逃げていた。懐かしい思い出である。
「イレーヌも一緒にやろー」
「あら、私も?」
 イレーヌも誘われ、彼女はにこにこと笑いながら嬉しそうにする。こうして子供たちを触れ合っている姿を見れば、黒そうには思えないのに。はそう思った。きっと子供たちもイレーヌが黒いとは思っていないだろう。
「イレーヌは鬼な!」
 子供たちもよく理解しているらしい。イレーヌを鬼に選ぶなど、まさに適役と言えるだろう。
「仕方ないわね……じゃあ十秒数えるから、早く逃げるのよ?」
 イレーヌの言葉に子供たちはキャアキャアと騒ぎながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。もそれに混じって逃げる。
 そろそろ十秒経った頃かな、と思い後ろを振り返れば、
ちゃあぁぁん! 待ってぇぇぇえ!!」
「思い切り素やんけ――ッ!!」
 イレーヌはだけにターゲットを絞り込み、マッハ少年も仰天な速度で追いかけてきた。その姿がいつもと変わらないように思えてはツッコミをいれる。最初はの方が早かったものの、何分も追いかけられればマッハイレーヌに敵うはずもない。
「イレーヌさん! 一人狙い駄目ッ!」
「うふふふッ、私とちゃんの前ではどんなルール違反も正当化されるのよッ!」
「何で!?」
 は必死に逃げたが、イレーヌはを捕まえるという欲望で全然疲れない様子。
 結局追い詰められタッチされ、も鬼となってしまった。イレーヌは次のターゲットを指差した。

 ――次はあの子! あそこに逃げている引ん剥きたくなるような男の子よ!
 ――だから犯罪ですって!!

あとがき
修正もここら辺までなってくると楽になってきました。序章とかに比べて昔の自分が説明文を結構書いていたので…!
でも本編突入してからがちょっと難しくなるかも、です。できるだけリメDの要素を取り入れていこうと思ってるんで…!元祖DとリメD。どちらも良さがあるから大変!本編突入までもう少し!
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2009/1/28)
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