「イレーヌさんって、母親似なんですね」

 そう言って私を見つめてくるのは、さっきノイシュタットに着いたばかりのヒューゴ様オススメのちゃん。
 んもう可愛くて可愛くて愛しいったらありゃしないわ!
 所詮ヒューゴ様のオススメなんですもの。大したことないだろなんて思っていた私が馬鹿だった……! やはりヒューゴ様の目に狂いはないわ!

「そうねえ……お母様似よ。ちゃんはどっちに似たの?」
「私は完全父親似です。多分私を男にしたらそのまんまだと思いますよ」

 ちゃんは笑いながらそう言うの。その笑顔さえ愛しすぎるわ。将来は絶世美女間違いないわね。
 それにしても父親似だなんて……よっぽど美形なんでしょうね、その父親! 一度でいいからお目にかかりたいものだわ……!
 ウフフ、その前にちゃんに調教しないと。きっと私好みの性格に変えてみせるわ!

「イレーヌさん鼻血! 鼻血出てる!!」



10.山賊さんこんにちはレンブラント一族が元々力強いのか、黒いからなのか





 港を離れ、現在イレーヌの家へ向かっているとイレーヌ。
 はイレーヌについて行きながらも、街の様子をうかがう。街の上に行けば行くほど貴族がたくさんいて、下に行けば行くほど孤児や浮浪者などがたくさんいる。ダリルシェイドも少しくらい貧富の差はあるが、ここまで酷くはない。どう改善していこうか。がそう考えていると、イレーヌに肩を叩かれた。
 目線を上げると、そこには一軒の豪邸。イレーヌの家なのだろう。イレーヌはにこりと笑って口を開いた。
「ここが私とちゃんの愛の巣……もとい、私の家ね」
「今とんでもない事言いましたよね!?」
「もう、そんなの気にしないの」
 そう言いつつイレーヌは口の端から血を垂らす。慌てて手持ちのハンカチで拭う。そのハンカチは既に真っ赤だった。血気盛んすぎる、彼女は。
ちゃん、どうする? 今から街案内しましょうか? 行くわよね? 行きたいわよね?」
「それ半分脅しじゃないですか! わかりましたから……! お願いします……」
 ハンカチを持つの手をガシッと握り、凶悪な握力で握り締めてくるイレーヌには叫んだ。彼女の父親も確か覚醒すれば物凄い力を出したはず。恐るべしレンブラントDNA。
 が承諾すると、イレーヌはパッと手を放して笑顔になる。
「さあちゃん! 愛の案内に行きましょう!」
 地獄の案内の間違いでは。引き摺られながら心の奥でそう思うだった。



「ここはノイシュタットの名物、闘技場よ」
 アイスキャンディー屋やら潰していい貴族の家やら案内された後、次につれていかれたのは街の北に位置する大きい建物だった。その入り口には、強面のボディーガードがいた。
「これはイレーヌ様。今、中ではコングマンが戦ってますよ? 入ればまたこの間のように乱闘になるのでは……」
 以前に何があった。強面ボディーガードは、渋い顔をしながらイレーヌに言った。するとイレーヌは笑顔で首を横に振る。
「大丈夫よ。今日はこの子を案内してるだけだから。ちゃん、入りましょう」
「は、はい……」
 これから一体何が起こるのか。そんな不安を胸に抱きつつは闘技場へと入った。
 客席の方から「マイティ! マイティ! マイティ!」という歓声が聞こえる。それに引き寄せられるように、とイレーヌは観客席へと出た。
 できるだけ闘技の場が見えるよう、塀ぎりぎりまで割り込んだ。
「イレーヌさん。あれがコングマンですか?」
「そうよ。マイティ・コングマン。ゴリラ科。特徴、ハゲ。備考、脳みそまで筋肉なんじゃないのかと思うくらい激しい視覚精神攻撃を喰らわしてくる露出狂。ノイシュタットの恥の一部で、観光客の見物の一部なの」
 大変わかりやすい説明である。はコングマンの様子を見た。確かにゴリラのごとく、モンスターを薙ぎ倒していっている。無駄に筋肉がついているわけではないらしく、その怪力でアクロバティックな攻撃をしていた。
 でもあまり関わりたくないなあ……とが思っていると、悪夢は起きた。
「おい! イレーヌじゃねえか! ここはお前みたいなお嬢様が来るところじゃねえんだよ!」
 即効関わるはめになるとは。は自分の運を呪う。そして喧嘩を売られたイレーヌはニッコリと笑った。
「うっさいわね筋肉バカ! 言葉遣いさえも忘れたのかしら? ああ、やっぱりゴリラはゴリラなのね。クズがッ!!」
「ケッ、本当にお嬢様かよお前」
 イレーヌの吐き捨てるような言葉に、コングマンは堂々とした態度で言い返した。よほど自分の腕に自信があるのだろうか。それともただ単に馬鹿なのだろうか。は第三者を決め込んで傍観する。
 ブチッ
 そんなの隣にいるお嬢様なのかと疑われた人物の頭の理性という鎖が切れた音がした。イレーヌは、女を忘れ右袖を男らしく捲くり上げ右足を塀に置き大股になりつつ吼えた。
「んだとぉ!? テメェ死にてえのかぁあ? そのシワというシワが皆無な筋肉脳みそぶち割るぞヴァ――カ!!」
「イレーヌさん落ち着いて!」
 せめて女の武器を使え。完全に自分というものを放棄しているイレーヌの腰に縋りつき、は必死に止める。マリアンといい、何故自分はこうも人の腰に縋らねばならんのだろうと思う。
 コングマンはそんな挑戦的なイレーヌを見て笑った。
「いい面構えじゃねえか! やる気か?」
「上等よ!!」
 寧ろ殺る気だ。そう悟ったは、イレーヌの肩を掴んだ。
「イレーヌさん! だから落ち着いて! 無理ですってば! いや倒せそうだけど! 私はイレーヌさんがあんなハゲ男に勝つところなんて見たくないんです!」
ちゃん……でも……でも……私はアイツが倒れないと気がすまないわ!」
 何としてでも引き下がらないイレーヌに、はため息を吐く。あまり後々面倒な事になりそうなので関わりたくはなかったが、そう言ってもいられない。このままではイレーヌがコングマンどころか街全体を破壊してしまうと思ったはレイピアを鞘から抜き出し、
「私が戦います」
 と言って、剣先をコングマンに向けた。
 コングマンはにやりと笑った。
「おもしれぇじゃねえか」
「でもちゃん……!」
「私だって一応は剣士です。多分、イレーヌさんよりかは強いですよ」
 心配するイレーヌを宥めては笑った。本当に多分だが。
 は客席と闘技場の境である塀を優雅に跳び乗り越え、コングマンと向かい合った。
「かかってこい、金髪のセルフィーニョ!」
「勝手に名前つけんな!! 私の名前は!  よ! とっととやるわよ、ハゲ!」
 まるでミルフィーユのような名前を勝手につけたコングマンにが厳しく言い返すと、彼は「ハゲッ……」とぴくぴくとこめかみを動かせた。は真実を言ったまでだ、と胸を張る。
 マイクを持った司会が楽しそうに喋りだす。
『おおっとぉ! 飛び入り参加の金髪美少女! 果たしてチャンピオンハゲゴリラに勝てるのか!?』
「誰がハゲゴリラだ!!」
 お前だ。
 ゴォ――ン
 金の音が会場に響き渡る。それを境に、コングマンは走ってこちらへと向かってきた。どんな攻撃がきても大丈夫なように、は剣を構え備える。
「イカスヒ―――ップ!!!」
「ぎゃあああ!! キモイ――ッ! わけわかんねぇ攻撃すんじゃねえ!!」
 いきなり尻を空中から突き出してきたコングマン。そのコングマンの尻を、は迷うことなく蹴り飛ばした。そのまま前に吹っ飛ぶコングマン。ハゲゴリラは少し離れたところでズザザァッと滑り、立ち上がってを見た。
「ふっ、やるじゃねえか。セルニーニョ」
「だからだって言ってんだろが! 微妙にさっき言った名前と違うぞお前!」
「次は俺様のトレビアンヒップでも食らってみるか!?」
「尻から離れろ!!」
 闘技をしているのか漫才をしているのか分からなくなってきた。再びコングマンはこちらへと走ってきて、途中でぴたりと止まった。何をするのかと思い、は構えなおす。
 すると、コングマンは拳を高々と上に掲げ、
 ズゴオオン!
 その拳を地面へと叩きつけた。凄まじい破壊力のそれは、振動での身体を浮き上がらせるのは充分だった。
「トレビアンヒィィィップ!!」
 再び尻を出してくるコングマン。今回は先程のパワーと比較ならないくらい、強い。何故か尻が銀色に輝いているくらいなのだ。の身体は浮いている為、避けることはできない。先程のように蹴ったら足の骨が折れるだろう。
 は一気に自分の中の気を高めた。
「――獅子戦吼!」
 ドゴオオン!
 手から放出させたエネルギーの塊は獅子の頭をかたどって、コングマンの尻に喰らいつく。攻撃を喰らったコングマンは、尻と同様先程とは比較にならないほどぶっ飛び、場内の壁に叩きつけられ壁崩壊。その瓦礫の中に埋まることになる。はタンッと地面に着地し、安堵の息を吐いた。これでイレーヌも気が晴れただろう、と。
『おおおお!! チャンピオン敗れたぁぁ! これは新たなチャンピオン!!  万歳ぃい!!』
「「「! ! !」」」
 会場の客がの名前を叫ぶ。その時、ガラガラッと瓦礫の中からコングマンは出てきて呻りながら立ち上がった。
「まだやる気? 無駄よ」
 がそう言うと、コングマンは笑った。
「お前の勝ちだ、。俺様より強い女なんて初めてだ……。こんな感情、初めてでどうやって対処すればいいのかわからねぇが、言える事がひとつだけある。……惚れたぜ! !!」
「何ぃ!?」
「ちょっとあなた正気!? あなたみたいな無知でゴリラでハゲで脳みそ筋肉野郎なんてちゃんが相手するハズがないでしょうが! 器を知れ!!」
 コングマンの愛の大告白に、は驚き、イレーヌは黒発言。しかしそんなイレーヌの暴言とも言える発言に、コングマンは怯むどころか堂々たる態度で言った。
「筋肉だからこそ魅力がある!!」
 どこにその根拠がある、ハゲゴリラ。
ちゃん! 逃げるわよ!」
「は、はい!」
 イレーヌにそう叫ばれたので、は慌てて観客席の方へと再び跳び戻った。するとイレーヌはの腕を強く掴み、そのまままるで空を飛ぶように全速力で駆けたのだった。
「待てぇ!! ―――ッ!!!」



 コングマンを撒くため散々走り、たどり着いたのは街が見渡せる橋の上だった。
 イレーヌは軽く息を吐いた。
「ふう……でも、ちゃんって凄く強いのね。さっきの姿、本当に惚れ惚れしちゃったわ」
「……イレーヌさんには負けますよ」
 は苦笑した。イレーヌの理性が飛んだ際の大股を開いた姿なんて、は一生忘れることができないだろう。
「それぐらい強かったら……今回の任務も任せられそうね」
「あ、任務あったんですか?」
 イレーヌの言葉に、は首を傾げる。あるならあると、早く言ってくれれば先にそれをやったのに。相当難しい任務なのだろう。
「ええ。あることはあるんだけど、さすがにちゃんには無理かなって思って私の下僕を使ったの。そういえば、もう丸三日帰ってきてないわねえ」
「絶対ヤバイでしょう、ソレ!!」
 遠い昔を思い返すように言ったイレーヌに向かって、は叫んだ。するとイレーヌは「うーん」と苦笑しながら唸った。
「山賊を捕まえる仕事だったんだけど、みんな殺られちゃったかしら?」
 さらっととんでもないことを軽く言うイレーヌ。さすがお嬢様育ち。自分の身に被害がこないなら痛くも痒くもないらしい。は両拳を握り、イレーヌに乞う。
「ともかく、その下僕が向かった場所を教えてください!」
ちゃんの口から下僕……ああッ! なんていい響きなのかしら。……一人で行くつもり? 危険よ! せめて応援隊が来てから……」
「そんなの待ってたら死んじゃうじゃないですか! 下僕を見捨てるなんてこと、私にはできません!」
 一部イレーヌの発言の中に聞き捨てならないものがあったが、そこはあえて聞き捨ててイレーヌを説得する。その下僕たちも、この真っ黒いお嬢様に扱き使われ自身滅亡した時には死んでも死にきれないだろう。
「あんな低脳共のせいでちゃんの身に何かあったら、クビが飛ぶのは私なのよ!? それもヒューゴ様なんかに!」
「大丈夫です。イレーヌさんなら返り討ちに出来ますから!」
「そうねえ……」
 悩むのか。
 の言葉に、片手を頬に当て考え込むイレーヌ。イレーヌがどういう思考回路をしているのかは不明だったが、はなんとなく「あと少しだ」と悟り、更に懇願してみることにした。
「私を信じてください……イレーヌさん」
 瞳を潤ませ、十指をきつく顎の下で結び、最高の上目遣いでは言った。するとイレーヌは思案顔から破顔して鼻血を噴出した。
「そうね! そうよねぇ! ごめんなさいね、ちゃんの実力を甘く見ていたわ。でも、無理しちゃ駄目よ? 無理だと思ったのならすぐに帰ってきてね。山賊は西の山脈に住みついているの。五十匹ぐらいいるわ。実力もそこそこ……。セインガルドの兵士もこの前手伝ってくれたんだけど、全く手に負えなかったのよ。どいつもこいつも役立たずで困るわ」
 はあ、と深いため息を吐いたイレーヌは、さり気なく鼻血を自分のハンカチで拭いた。暴言を吐くのはいいのだが、自身が血まみれとなっていては効果が薄いよう感じる。
「あ、あと奴らの命はあってもなくてもいいわ。送り先はセインガルドの牢屋だし、まあ可能な限り生かしてあげてね」
「わかりました。頑張ってきます!」
「気をつけて! 必ず帰ってくるのよ! 帰ってこなかったら……私、この街を潰しちゃうわ!」
「絶対に戻ってきます!!」
 少しでもヘマをして戻るのが遅くなれば、一晩にしてこの桜散るノイシュタットは崩壊するのだろう。それを考えるとは恐ろしくなった。今更だが。背中に冷たい何かを感じながら、は逃げるように山脈へと向かった。



 ノイシュタットから離れ、山脈に向かっている道中。なにやら騒がしい声が聞こえた。モンスターの鳴き声でもなさそうで、はっきりと喋っている。
 人間であっても、帰りが遅くならないように深入りするのは止めようと心に誓い、はその場へと近づいた。
 森を抜けた草原には、モンスターに囲まれている二人組がいた。
「もう! お兄ちゃんが勝手に道を進むから、こんなザコ共に囲まれちゃったのよ! お兄ちゃんのバカ! ボケ! うじ虫! 考えなし!」
 ――否、兄をボロクソに言う妹発見。
「ご、ごめんってばリリス! 悪かったって!」
 剣を必死に握り締め、背中ごしに兄は妹に平謝りしている。どうやらその妹の名前はリリスと言うようだった。
「喋ってないで手を動かす! ……いくわよ! サンダーソード!!」
「たああッ!!」
 はその場に立ち止まり、二人の戦いぶりを観察する。
 兄の方の剣筋は悪くはない。どちらかといえばディムロスの戦闘スタイルに近い。攻撃に重みがあり、安定感がある。肩から剣先にかけて、固い気もするが。
 一方妹のリリスは、銀のおたまを振りかざして次々に敵を滅多打ちにしていっている。身体をしなやかに動かし、相手を錯乱させるように走り回る。力量は、確実に兄より上だろう。
 悲しいかな、才能の差というものだ。
 しかし、モンスターの数が多すぎた。兄妹揃って体力はだんだんと落ちていき、動きも鈍くなっていく。再びモンスターに囲まれてしまった兄妹。
 そろそろ助けてやろうかなと思い、はゆっくりと息を吸った。
「……大地に秘められし破壊の力よ! ――グランヴァニッシュ!」
 モンスターが立っている地面に次々と亀裂が走り、金色の光が溢れ出す。さらに亀裂は広がり、光と共に激しい爆風がモンスターたちを襲った。熱風が舞い上がり、モンスターたちを吹き飛ばしていく。
 次々に消滅していったモンスターを見て、兄妹はきょとんとした顔をする。その顔が何だか可笑しくて、はクスクスと笑ってしまった。
「……あ! 貴女がやってくれたの!?」
 そんなにいち早く気づいたのは、妹の方だった。明るい金髪を高い位置でリボンで結い上げ、空色の瞳を輝かせている。
 は頷いて、兄妹の方へと歩み寄った。
「ええ、大丈夫だった?」
 尋ねると、兄妹は揃って頷く。兄の方が妹と同じ色のボサボサ頭に手を突っ込んで掻きながら笑った。
「助かったよ。俺とリリスだけじゃ、どうなってたか……。あ、俺はスタン・エルロンっていうんだ! よろしくな!」
 そう言ってスタンは手を差し出してきた。歳はより少し上くらい、といったところだろう。爽やかな笑顔が、疲れたの心を癒す。はスタンの手を握った。
「私は。よろしくね」
「あーッ! お兄ちゃんたらデレデレしちゃって。いくらが可愛いからって」
「べ、別にデレデレなんてしてないだろッ!」
 妹にからかわれ、スタンは顔を真っ赤にして慌てて手を離した。そんなスタンの様子に、ときめく。新鮮な反応すぎて可愛すぎる。
「私はリリス・エルロンっていうの。よろしく、!」
 リリスはそう言っての手をギュッと握り締めた。彼女も彼女で、人懐っこくて可愛らしい。は心の中で名づけた。萌エルロン兄妹、と。
 一通り挨拶が終わり、何故このようなことになったのか経緯をリリスが言う。
「もう、お兄ちゃんってば。「蝶々がいる~」なんて言って、いい歳して蝶々追い掛け回して道外れた挙句、海に落っこちそうになるわ、モンスターに追いかけられるわ、無駄な時間を過ごしちゃったじゃない!」
「だ、だから謝ってるじゃないか~……」
 しゅん、とまるで犬が意気消沈するように項垂れるスタン。
 ――萌えだ。
 は瞬時にそう思ったが、その思いを打ち消す。これで欲情しては変態親父と同レベルになってしまう。訂正だ、訂正。
 ――やっぱ無理。萌え―――ッ!!
って、ノイシュタットの人?」
「へッ?」
 萌えたぎる情熱を必死に押さえつけ心の中で戦っている中、スタンがに訊く。あまりに唐突だった為、というより状況など読めないほど萌えと戦っていたは思わずすっとんきょんな声をあげた。そして質問の意味を理解し、は首を横に振る。
「違うわよ。ダリルシェイドに住んでるの。今は一年間の滞在任務で、ノイシュタットに来てるんだけど」
 そう答えると、スタンは目を見開いた。
「え!? 任務ってことは、お城の人なのか!?」
「うーん……でもまあ、一年後にはそうなるかな」
って凄いのね! それにお兄ちゃんは将来お城の兵士になりたいらしいから、尊敬の的よー?」
「いやいや、そんなことないよ。私なんて……」
 ――変態親父という非常識な奴のおかげで、現在の地位があるようなもんだ。
 手を振り苦笑する。そんな謙虚な姿にさえ、この萌エルロン兄妹は瞳をキラキラと輝かせるのだった。
! 今度は私たちの村に来てよね」
「村の皆も歓迎してくれるよ! このフィッツガルド大陸の北にあるリーネ村っていうところなんだけど、いつでも来れるだろ?」
 ダリルシェイドでは滅多に見れない、この二人の田舎根性にはほっとする。日々の心の疲れが癒されていくようだった。
「わかったわ。絶対に今度行くから」
 にっこりとが笑って言うと、リリスは意気揚々と「絶対よ! 絶対ね!」と念を押すのだった。そんなリリスは何かを思い出したように「あーッ」と声をあげる。
「そうそう! ノイシュタットにお魚買いに行かなきゃならないんじゃない。日が沈んじゃう! 早く行くわよお兄ちゃん!」
「え? でも、俺もう少し喋りた――……」
「喧しい! 私だって喋りたいんだから! 魚が買えなかったらお兄ちゃんだけご飯抜き!」
「わ、わかったよリリス! 頼むから襟首持たないで、ぐ、グゥゥッ!」
 ――哀れ、スタンよ。
 スタンはリリスに襟首をつかまれ、引き摺られるようにノイシュタットの方へと行った。彼女は決して黒くはなかった。だが、行動だけはマリアンたちに負けないぐらいのエネギルギッシュ溢れるものだった……。



 スタンたちと別れた場所から然程かからずに、は山脈へとたどり着いた。
 山賊たちは隠れることもなく、堂々と麓にテントを何個も張っている。それもそうだろう。五十人もいるならそうそうやられることはないはずだ。自信の表れなのだろう。
 岩陰に身を潜め、は様子を窺う。山賊たちは特に見張りを立てず、皆揃って酒を飲み交わしていた。こんな日が落ちる前から酒を飲むなど、余程儲かっているらしい。
 セインガルド兵では手に負えなかったという山賊。どれもこれも屈強な男たちばかりだった。兵士が何人だったのかは知らないが、恐らく山賊の人数の半数ぐらいは連れていったのだろう。それでも駄目だったのならば、一人ではさすがに難しいかもしれない。兵士ではなく、遊撃隊員が二、三人いたら余裕なのだが。
 そんなことを思っていても仕方ないな、と思ったは行動にでることにした。
「こんにちは~」
 普通に挨拶しながら歩み寄る。山賊も驚いたようで、酒を噴出す奴らも何人か出た。
「おお、えらく美人な嬢ちゃんが来たもんだなぁ」
「迷子か何かかぁ? 相当世間知らずみたいだが、ノイシュタットの貴族?」
 ゲラゲラと笑いながら、山賊たちはに言った。あはは、とも合わせるように笑った。
「私も本当はこんなむさ苦しいオッサン連中の中に乱入したくなかったんだけど、仕事だし仕方なく」
「むさッ……!? 嬢ちゃん、おじさんを怒らしたら怖いぜ?」
「お頭! この世間知らずなお嬢様なんて全員で囲んじまったらいいんっすよ!」
 の毒づいた言葉に山賊たちは顔を怒りに染めた。頭、と呼ばれた一際傷が多く逞しい身体をした人間が、豪快に笑った。
「はははッ! そりゃあイイなあ! まだ小さいが、その顔なら……」
「……お相手になるかはわからないけれど、試してみる?」
 下品な顔をした連中を見上げ、はにやりと笑う。
 レイピアは鞘から抜かずに、腰にぶら下げたまま。山賊たちに油断してもらう為だ。
 山賊たちは次々に立ち上がり、こちらへとやって来る。その人数を、冷静に数える
 ――十、二十、三十、四十……五十三。
 おそらくこれが全員の数なのだろう。は笑みを深くした。
「……邪なる力を持ちて汝を還す、然るべき運命……闇への扉、いざ開かん……」
「何をブツブツ言ってやがる!」
 静かには詠唱した。すると山賊たちが一斉に走り寄ってくる。
 その山賊の手がに触れる前に、
「――ブラックホール!」
 黒い闇に飲み込まれ、髪の毛一本残さずに消え去った。
 ブラックホールに完全に飲み込まれていった山賊たち。ちなみにホワイトホールはダリルシェイドとなっている。異次元でダメージを喰らいつつ、その後はダリルシェイドにて捕獲。大変辛い思いをするだろう、奴らは。何せヒューゴ邸の庭に出るようにしたのだ。間違いなく第二のブラックホール(マリアン)が待ち受けているはずだ。
 残党はいないか確認の為、色々と近辺を調査していると、か細い声が聞こえた。
「だ……誰か……」
 今にも死にそうな声。山賊が使っていたテントの後ろから聞こえてきたので、は慌ててそちらへと回り込んだ。
 見てみると、三人の男が縄で縛られていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「うぅ……もう丸三日も何も食べてないんだ……」
「イレーヌ様の命令でこんな所に来たんだけど……俺、まだ死にたくないよ……」
 そう涙ながらに訴える彼らは、間違いなくイレーヌが向かわせた下僕たちなのだろう。震えながら泣いていた。は回復晶術を唱えてやる。
「……リザレクション」
 下僕たちが座る地面の上に銀色の魔方陣が浮かび、そこから溢れた銀色の光は優しく下僕たちを包み込む。
「これは……あ、だいぶ楽になったぞ!」
「本当だ!」
 下僕たちは歓喜し、を見上げた。はにっこりと笑いながら、レイピアで下僕たちを縛る縄を切る。
「ありがとう! 君は……?」
「私はです。ダリルシェイドからノイシュタット一年間滞在任務として、こちらへ来ました。イレーヌさんのお屋敷に住まわしてもらうことになっているんですよ」
 立ち上がり尋ねてきた下僕に対し、は答えた。すると下僕は目を輝かせて、他の二人に言う。
「へえ! そうだったのかい! よし、お前ら! 今日は腕によりをかけて飯を作るぞ!」
「「お――!!」」
 ――飯?
 大変気になる言葉に、は疑問を感じずにはいられなかった。そして、彼らに訊く。
「あの……イレーヌさんのお屋敷で何をしてらっしゃるんですか?」
 彼らは答えた。

 ――料理人。
 ――……イレーヌさぁぁんッ!!!

あとがき
今回は我が家のイレーヌの凶暴さと横暴さを表現しました(爆
コングマンに喧嘩売ったり売られたり。料理人を山賊のもとへ向かわせたり。
萌エルロン兄妹は夢主にとっての癒しです。一歩間違えればストレスですけど(笑)
この一年間の間、何回かリーネ村に通ってる設定で!また短編の方で書けたらいいな…!
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2009/1/27)
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