本当の姿に戻ればも少しは私に寄ってくると思ったのだが、私の考えは甘かったようだ。

「ニャァ」

 野良猫が、私の隣で鳴いた。
 ああそうだ。どうせ私は愛しい娘にフラれたさ。馬鹿にするがいい野良猫め。
 ……やはり許さん。例えお前が野良猫だろうが、私は天上王だ。そんな私を蔑むなど、あってはならない……!

「……ニャー」

 哀れんでいるというのか、この私を。の回し蹴りが横腹にクリーンヒットして血を吐いているこの私を!
 猫が私の手を舐める。……同情されているのだろうか。

 ふと思った。まるでは猫のようだ。気ままに私に寄ったり離れたり。
 しかし心は私のもとにあるのだと、信じよう。先程のことだって良いセンいっていた。
 の顔は真っ赤になってたじゃないか。きっと極限まで照れたに違いない。……怒りで真っ赤になったわけでなければ。

 必ずや天上に新しい地上を作り、その上で私との甘い生活を――……!

 ガブッ

 ――私を喰う気だったのか、この野良猫。



08.ヒューゴパパと対面感動の対面! でもやっぱり弄られるリオン





 体力全快のは、軽快に走って屋敷まで戻った。夜も遅すぎるせいか、屋敷外も屋敷内も、必要最低限の明かりしかついていない。
 庭では、犬のメリーと庭師が寝ている。……ん? 庭師?
 思わず二度見してしまっただったが、庭師が庭で寝ているのは現実だった。
 何故。そうは思ったが、だってここはヒューゴ邸。何があってもおかしくはないと思って玄関の扉をそっと開けて中に入る。
 いつもならやって来る腹黒メイドの羽交い絞め。正気の沙汰とは思えないそれは、元凶が寝ている為かやって来なかった。
 ――マリアンが襲ってこないっていうのも、嬉しいと言うか、喜ばしいというか……複雑な気分ね。
 全部良い感情では。
 自分で思っておきながら、心の中でセルフツッコミする
 とりあえずミクトランにみぞおち一発入れられたらしいリオンのもとへ行く。二人が一緒にいたということは、必然性を考えれば書斎にいる確率が高い。しかし念のためにリオンの部屋ものぞいてみることにした。通り道なことだし。
 リオンの部屋の扉を開けると、キラリと何かが光った。
『あーッ! じゃんじゃん! 超会いたかった! こんな遅くまでどこ行ってたの!? お母さん心配しんだからッ! 坊ちゃんも書斎に行ったっきり戻ってこなくて寂しかったんだから……! あーもう本当に可愛いなあ、は! あ、坊ちゃんも可愛いけどね。ねえ早くこっちに来てお喋りしようよ! 何なら僕抱いて寝ていいからさあ!』
 バタン
 扉を閉める。必要な情報は手に入れた。書斎に向かうべく、は踵を返した。その背後から『え、待っ……スルー!?』と悲鳴に近い声が聞こえたが、無視することにした。
 軽く走りながら、しかしメイドたちも寝ているので起こさないように足音を立てずには書斎へと向かう。
 書斎の扉の前に立って、少し考える。ミクトランはヒューゴから出た。なら今のヒューゴはきっと自我を取り戻している。リオン……いや、エミリオとは感動の対面を今果たしているのだろうか。エミリオが気絶してなかったらの話だが。
「失礼しまーす」
 一応ノックを数回して、扉を開けた。
 そして、固まる。
「ぎゃああああぁぁぁぁ―――!!!」
 そして、全力で叫ぶ。エミリオとヒューゴが抱き締めあっていたのだ。美形親子が抱き締めあっていると、とんでもないオーラが出る。
 せっかく足音立てずにここまでやって来たのに、今の叫びで無駄になった。
! 無事だったのか!?」
 エミリオがヒューゴから離れて、の方へとやって来た。からしてみれば、今の心の状態からして無事ではないのだが、平静を装う。もう遅い気もするが。
「だ、大丈夫よ。……ヒューゴさんは元に戻ったの?」
「ああ。ミクトランがヒューゴの身体を出て行ってから、ヒューゴは元に戻った」
 実の父親を呼び捨てにしちゃってるよ。は慌てて訂正させる。
「あの、エミリオ。いつもの癖なんだろうけど、本当の父親を呼び捨てっていうのはヒューゴさんがあまりにも可哀想だからやめよっか」
「……そ、そうだったな」
 今更気づいたようで、エミリオは「不味い」といった表情を露にした。そして失敗した、とうな垂れる。その表情の変化が少し可愛かったりするのだ。
 それはともかく、とは言ってヒューゴの方へと進み出た。そして、頭を下げる。
「……ごめんなさい、ヒューゴさん」
 謝る私に、ヒューゴは驚いた様子を見せる。そして優しい声で言った。
「頭を上げてくれないか……私に頭を下げる必要なんてないんだよ。そんな事をさせたら、エミリオに怒られてしまう」
 そう言うので思わずは振り返ってエミリオを見た。
 するとエミリオは普通に笑顔だった。しかしその隅には殺気の残りカス。どうやら「頭を上げさせろ」とヒューゴに殺気を送ったらしい。息子からも虐められるヒューゴって一体。
「でも……極悪非道な父親の野望に付き合わされてしまって。しかもそれで変態発言はするわ、終いには夜這いなんて企んだり……。明らかにヒューゴさんの人格疑われることばかりやっていますし、謝ってすむ問題ではないと到底思えませんが……!」
 そうが謝罪すると、ヒューゴはゆっくりと首を横に振った。
「仕方ないんだよ、。君は父親に似ずしっかりしているんだね。……全て、私の不注意なんだ。私がベルセリオスに……あいつが言った事に耳を傾けなければ……。ルーティや、エミリオ……クリスを辛い目に合わさなくて済んだのに……! う、うううう……」
「泣かないで下さいヒューゴさん! 大丈夫です! 希望はありますから!」
 泣くヒューゴを必死に励ます。ちなみにエミリオは傍観。神様、彼は本当にヒューゴの息子なのだろうか。
 はヒューゴの先程の言葉に出てきた「ルーティ」という名前を聞いて、確信した。昼間に会ったあのルーティはエミリオの姉なのだと。
「ヒューゴさん……その、ルーティっていう人。今日会ってきました」
「な、何だって!?」
 ヒューゴは勢いよく顔を上げて、を凝視した。その瞳は、希望が宿っている。
「まさか……別人だろう」
 その希望を打ち砕くのは息子。そんなにヒューゴを虐めて楽しいのだろうか。はすかさずフォローを入れる。
「で、でもソーディアン・アトワイトのマスターでした! クレスタ辺りを散策してたら出会ったんです……金の、亡者でした……」
「ま、間違いない! ならクリスはアトワイトと一緒にルーティをクレスタの孤児院に預けたんだな! 金の亡者になっているなんて、確実にクリスの遺伝子を受け継いでいる!!」
 一体どんな人間だったんだ、クリスは。そんなツッコミを心の中でするとエミリオ。エミリオが、不意にの名前を呼んだ。「どうしたの?」と尋ねると、エミリオは言う。
「ルーティは……どんな奴だった? クレスタにいるのか?」
 やはり実の姉が気になるのだろう。
 は笑った。
「明るくて楽しい人。優しさをヒステリーで隠してる感じ。これからファンダリアの方に行くって言ってたわよ」
「……そうか」
 クレスタにはもういないという事を知って、エミリオは少し気を落としたようだった。はエミリオの肩を叩く。
「ドンマイ!」
「他の励まし方はなかったのか?」
「あはは、冗談だって。血繋がってるんだから、縁も繋がってる。絶対に会えるわよ。……ヒューゴさんもね」
 ニコリと笑いかけると、エミリオもヒューゴも微笑んだ。はもう一つ、ヒューゴに言いたいことがあった。
「……ヒューゴさん、父さんはあれだけ執念深い人です。残念ながらヒューゴさんの肉体と、父さんの精神は完全に結びついてしまってる。だからまた明日になれば、貴方の身体を乗っ取ってると思う。色々悪さもすると思う。けれど……それをするのは父さんであって、ヒューゴさんではないんです。ですから……」
 そう言いかけたところで、ヒューゴは「わかっている」と言っての頭に手を置いた。
「本当に君は良い子だな。娘にしたいくらいだ」
「あはは、ヒューゴさんったら。そんなの私とエミリオが結婚すればいいだけの話じゃないですか」
「…………」
 急激に真っ赤になるエミリオの顔。何事かとは心配したが、ヒューゴはそんなエミリオの顔を見て笑いを必死で堪えていた。
「……ぶふッ……ああ、そうなったら嬉しいんだがなあ……ははッ! 乗っ取られてる時から思っていたが、エミリオは多分……くくッ」
「それ以上喋るな! たとえ父上でも殺す!」
「待て早まるな坊ちゃん! 私のレイピア取らないで!」
 私の腰から勝手にレイピアを持ち出しヒューゴを斬ろうとするエミリオの腰に必死に縋りつく私。ヒューゴは堪えられなくなったのか、笑っている。くそ、私がこれだけ必死になって止めてるのに、とは思ったがこのポジションもオイシイので良いかと思う。
「大体、何だってそんなに笑うんですか? エミリオがいちいち顔を赤くする理由もわからないんだけど」
「ははは! 今はそれでいいと思うよ。らしくていいんじゃないか? なあ、エミリオ」
「……ッ! くそ、全部を知っておきながら……!」
 がわけのわからないままヒューゴに尋ねると、ヒューゴは笑って流した。そしてエミリオに話を振る。ヒューゴを悔しそうに睨みつけるエミリオ。そんなエミリオさえ愛しく思うのだろう。ヒューゴはエミリオの頭をくしゃくしゃに撫でて咳払いをした。
「今晩だけでも、本当の自分として君たちと話ができた事、嬉しく思う。もう寝た方がいい。夜も明けてしまう頃だし」
「父上……。僕も、父上と話ができて良かった……」
 デレ坊ちゃん光臨。はそんな事を思いつつ、ヒューゴに向き直った。
「私も嬉しかったです。謝る事もできたし……また明日から行われる父さんの変態活動の小休憩になりました」
「……これから私の身体で色々失礼することもあるだろうが、よろしく頼むよ」
 そう思ったら何だか恥ずかしい。は率直にそう思った。ヒューゴは操り人形なだけであって、意識はあるのだ。ヒューゴの身体で今日のようにキスされた日には気まずさ満開だろう。
「じゃ、私はお先に失礼します。何せ今日一日で色々なことがあったんで……」
「そうか。……おやすみ、
 エミリオがに言う。彼はもう少しだけ、ヒューゴと話がしたいのだろう。ヒューゴがに向かって言った。
「ゆっくり休んでくれ。……私は君の父親が極悪だとは思わないよ」
「……? あ、ありがとう? ……おやすみなさい」
 ぺこっと一礼しては書斎を後にして自室へと向かう。

 極悪じゃない。突然ヒューゴにそう言われた時には何て返せばいいのか分からなかったし、何故そんなことを言うのかも理解できなかった。どう考えてもミクトランは極悪非道だろう。身体を乗っ取られているのにも関わらず、そんな事を言えるヒューゴは余程寛大なのだろうか。
「……わかんないなあ」
 自室の扉を開けて中に入り、ベッドに倒れこむように寝転がる。
 ミクトランがヒューゴの精神を把握できるように、ヒューゴもミクトランの精神を把握できているはず。その上で極悪じゃないと言うのなら本当かもしれない。ただ、に気を使って言った可能性もある。寧ろその可能性の方が高い。
 はあ、とはため息を吐いた。
 ――父さんが何であろうが、知ったこっちゃないし……。
 そんな極論に達したは、目を瞑る。眠かった。何せもう夜中の四時だ。父親のことを考える間もなく――は眠りについた。



、起きて?」
 マリアンの声がした。それにつられて目を開けると、カーテンを開いての方を見て微笑むブラックメイドMARIAN。ああ、今日も一日大変そうだな、とは遠い目をする。
「熟睡していたわね。もう正午よ?」
「あれ、もうそんな時間?」
 を見てクスクスと笑いながら、マリアンは言った。
「ヒューゴ様が用があるから起こしてくれって。腹立たしくも命令されたから、起こしに来たの。これでつまらん用だったのなら言ってちょうだい? あのヒゲジジイ今度こそ絞め殺してやるから♪」
 指をパキバキ鳴らしながら殺人宣言をするマリアン。余程命令されたのが悔しいと見える。
「わかったわ。――あ、書斎に行く前にお風呂に入らなくちゃ」
 考えたら入る暇がなく、昨日は入らなかったのだ。お湯を張ってもらおうと思ってマリアンに頼もうとしたら、彼女は顔を真っ青にして震えていた。
、正気!? あの親父に貴女の純潔を捧げるというの!? 私そんなのいくらなんでも許せないわ……! はっ、もしかして既にやってしまった後とか!?」
「勘違い! それ勘違いだからマリアン!」
 正気かはお前に聞きたい。は内心そう思いつつ勘違いだと否定した。何故そういう思考路線にいってしまったのだろうか。その否定の言葉を聞いたマリアンは、安堵の息を吐く。
「良かった。もう汚されたのかと思って」
 汚されてるのはアンタの頭だ。そんな死んでも言えない言葉を脳内だけに閉じ込め、はマリアンに風呂の準備をお願いした。それを快く了承したマリアンは、ついでに、と言った感じで言う。
「そういえば、白タイツはさっき任務に行ったわよ。結構長くかかるみたい」
「あれ、そうなの? 困ったわね……ヒューゴさんと二人きりは怖いからエミリオ連れていこうと思ったのに」
 が少しばかり残念そうに言うと、マリアンは笑顔で言った。

 ――変な事されそうになったら、私を召喚しなさいね。抹殺するから。
 ――あんたは召喚獣か何かか。

あとがき
ヒューゴさんは息子に虐められてたらいいと思います。そしてその息子はそろそろルーナが好きなんだっていうことを自覚し始めてたらいいと思います!そしてルーナはリオンと離れてから「好きだったんだ!」って自覚し始めたらいいと思います!
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2009/1/19)
←07   戻る  09→