「ただいま、マリアン」

 そう私に言ってきたのは、今日この屋敷にやってきたっていう金髪美少女。
 性格も素直で可愛いし、何より萌え要素盛りだくさん。
 そして新しい服を買って早速着てるみたいで、可愛いったらありゃしない。

「おかえりなさい。 凄く似合ってるわよ、新しい服!」
「ありがと! マリアン、相談があるんだけど……」

 急に改まった態度で困ったような表情を見せるに、私は「どうしたの?」と首を傾げた。
 は言うのをためらうようだったけど、すぐに口を開いたわ。

「今までの服……あの変態親父に盗られたの。何の用途に使うかわかったもんじゃないから、見つけ次第処分しといてくれる?」
「な、何ですって!? ったく信じられないわね、あの変態毒電波親父!」

 本当に信じられないわ。が凄く可愛いのは認めるわよ。
 でもいくらなんでも道義心っていうものがあるじゃない! というかの服は私がもらう予定だったのに!! これは何が何でも奪取しなければ……。

「安心して、。私が必ず奪取するから!」
「え、いや、処分……」

 が何か小さく呟いたけど、別にいいわ。
 ああッ、久々に力んじゃってまな板が曲がっちゃった。そんな私を見て、数メートル離れたところにいた『エミリオ』が青い顔していたけれど、関係ないわよね。

 ――さて、晩御飯の準備も済んだことだし、ちょっくら変態親父を殺りにいきましょうか。



04.ホヒホヒ爺さん鳴き声は「ホヒホヒ」である





「ふぅ……」
 静かに本をパタンと閉じて、は椅子の背もたれに寄りかかった。
 はヒューゴ邸の書庫にて、たった今全部の本を読破したところだった。見渡す限り本ばかり。そんな部屋の本を数時間で読みきる速さは、かつての天地戦争で活躍したハロルド・ベルセリオス博士とタメを張れるぐらいだった。
 千年前――。
 ずいぶん遠い時代までぶっ飛んできてしまったな、とは心の中で呟いた。あの決戦の後、皆はどうなったのだろうか。
 ディムロス兄とアトワイト姉は結婚したんだろうな。そしてディムロス兄は尻に敷かれていただろう。イクティは戦争が終わっても、きっと情報収集とかしていたに違いない。シャルは一生あのままで何かと忙しく生きていったのかな。リトラー司令とクレメンテは、戦争の後片付けとかやったいったんだろうな。
 ハロルドは――……どうしたのだろう。
 シャルの日記を暗記しては、ハロルドに情報提供して小遣いを貰ったり。色々な薬品を二人で作り出してはターゲットを絞って投与したり。イタズラ関係では意気投合していたハロルド。双子のカーレル兄が死んでしまって、彼女は一体……。
 は考えながら、立ち上がって一冊の本を本棚へと戻す。
(ハロルド……。父さんが、カーレル兄を……)
 溜め息を吐きながら、は戻した本から手を離して後ろを振り返った。

 振り返った瞬間、真後ろに爺がいるとは知らずに。
「ッぎゃぁあああああ!!」
「おぉ、様。まだこちらにいらっしゃったのですか」
 の真後ろにいたのは、可哀相なことにこのヒューゴ邸で執事をしているシャイン・レンブラント。四十九歳という実年齢を無視したような六十歳でも通じるような風貌は、きっと過労のせいだろう。というかがこれほどまで驚いているのに、その冷静っぷりはやはり脳が麻痺してきているのだろうか。
「び、びっくりするじゃない……。それに、私のことは呼び捨てでいいって」
「わかりました、嬢」
 なんか変な敬称つけられた。は心の中でそう思いつつ、レンブラントに「何の用?」と聞く。
「もう夜の十時ですぞ。そろそろお休みなさいませ」
「え、まだ十時でしょ? 私はまだ大丈夫なんだけど……。この屋敷は就寝時間が決まってるの?」
「いえ、その……。ヒューゴ様が『今夜の部屋に行く』と仰っていたので……」
「そう。それじゃあ早く寝ないとね。……って、何でじゃあ!!!」
 レンブラントの言葉に思わずノリツッコミをするは勢いのままに後ろの本棚をバンッと叩いたのだが、その拍子に何冊かの本が飛び出る。その何冊かの内の一冊の九十度直角の角が、無残にもレンブラントの足の小指の部分に改心の一撃を喰らわせる。
「ホヒィィィイイ!!!」
「はぁ!?」
 これがレンブラントの本性なのかは知らないが、の中では「マトモ」というレッテルを貼られていたレンブラントが、意味不明な叫びを上げ謎の危険信号を発信しつつ、小指の痛みに悶えながらの方へと転倒。レンブラントが転倒してきた為はサッとすばやくかわしたが、そのおかげでレンブラントは本棚に直撃。
 そしてそのまま、本棚は見事なまでにレンブラントを目掛けて倒れる。
「ホッヒャァァ――ッ!!」
 レンブラントの大絶叫とともに、本棚は本をばら撒きながら倒れてしまった。それの下敷きにされたレンブラント。
 天地戦争でも見たことのないような、この悲劇に絶句する
「れ、レンブラント爺さん……? い、生きてる……?」
 死んでたらどうしよう、と本気で思った。今にも過労死してしまいそうなレンブラントにトドメをさしたようなものだった。ノリツッコミした自分が悪いのか。ノリツッコミさせるようなことをする元凶の父親が悪いのか。明らかに前者だ。
「レンブラント爺さん! 待って、死なないで! 貴方以外にこの屋敷の執事をやっていける人間は(色んな意味で)いないわ!」
「ホ……ヒィ……」
 鳴き声からしてかなり危険だが、どうやら命はあるらしい。は慌てて本棚を持ち上げようとしたが、所詮少女の力では不可能であった。
「誰か、助けを呼んでくるからッ……!」
 そう言って、は踵を返す。
 その時だった。
「ホルァァァアア!!」
 という雄叫びと共に、ホヒ爺は本棚を持ち上げる。
 が振り返ると、そこにはマッチョ化したレンブラントがいたのだった。
「これが……一二〇パーセントだ……」
 この屋敷の人たちって一体。マッチョ化して呟いたレンブラントを見て、はつくづくそう思ったのであった。
 レンブラントは再び本棚を元の位置に戻した。そして見る見るうちに、レンブラントの筋肉は縮んでいく。
「ごめんなさい、レンブラント爺さん。今のは一体、何の化学変化?」
「……昔、娘に“ノイシュタットの闘技場でチャンピオンになって”と言われたことがありましてね。その時に鍛えられた筋肉ですよ。普段は縮めているのですが、色んな条件によって盛り上がってきましてな。結局、当時のチャンピオンだった荒くれマギーには勝てずに」
 が質問したばかりに、この後レンブラントの昔話が約五分に渡って説明される。とりあえず感想としては、娘のそんな願いを本気で叶えようとしたレンブラントに拍手を送りたかった。そしてそんな無茶なお願いをした娘も凄いと思った。
 一通り説明が終わり、レンブラントはハッとしたようにに再び向き直る。
「こんなことをしている場合ではありませんでしたね。……嬢、早くお部屋に戻られないと、ヒューゴ様が……」
 モジモジと恥じらいながら説明するレンブラントの姿は気持ち悪いのを通り越して、最近の思春期の女の子より遥かに乙女らしいという感動を持たせる程だ。
 そんなレンブラントの言葉を聞き、は溜め息を吐く。
「はぁ……レンブラント爺さん。何が悲しくて、ヒューゴさんと援助交際しなくちゃいけないの?」
 呆れかえったの様子に、レンブラントは安堵の息を吐く。
「そ、そうでしょうな……。いやはや、ヒューゴ様がロリコン変態総帥にランクアップしたかと」
「凄い言い様ね」
 もはやの出現によって、ヒューゴの立場は丸潰れ。
「ところで、レンブラント爺さん。ものは相談なんだけども。今夜、私の部屋で寝てくれないかしら?」
 このの言葉に、レンブラントは目を丸くして一歩退いた。
「なッ……何をおっしゃいます、嬢!?  嬢ともあろう方が、わ、わわ私と一緒に寝るなどッ! それこそヒューゴ様に殺されますッ! し、しかし嬢が心の底から私と寝たいとおっしゃるのであれば、命を懸けてでも加齢臭を漂わせながら嬢をこの手で抱き締めて今晩は寝たいと――」
「ごめんなさい! 誤解を招くような言い方をした私が悪かったです!」
 最初は顔を真っ赤にして断固拒否したが、だんだんと覚悟を決めるように筋肉を共に盛り上げながら力説しだし、更には徐々にの方へと加齢臭を漂わせ近づいてくるレンブラントに、は平謝り。あの一二〇パーセントの筋肉で抱き締められたら、たまったものではない。
 の謝罪の言葉に、ピタリと止まるレンブラント。それと同時に盛り下がる筋肉。この筋肉の反応は何か頂けない。
「……私の身代わりになって欲しい、ってことなの。ほら、ベッドの中に私がいなかったら、ヒューゴさんきっと私を探すと思うから。深夜にハァハァと鼻息立てられて屋敷を徘徊されるのは、ちょっと怖いでしょ? ってことでレンブラント爺さんの魅力で、ヒューゴさんをノックアウトさせて!」
「承知いたしました!!」
 の切実なるお願いに、胸を張って承知するレンブラント。彼は執事中の執事だ、と確信する。こんな嫌な役を喜んで引き受けるなんて、レンブラントぐらいであろう。
 そんなレンブラントは、何かに気付いたようにハッとする。
「それでは、嬢はどこでお休みに? もしよろしければ、メイドを叩き起こして用意させますぞ」
「いやいやいや、小娘一人にそこまでする必要ないから。そうね……(マリアンは忙しそうだし)リオンのところにでも行くよ」
「さようですか。では、私は準備があるのでこれで……」
 準備って、一体何をする気なんだろうか。そんな疑問をの心の中に残したが、も残りの本を片付けて図書室を出て行った。



 リオンの部屋へと行く途中。ヒューゴの部屋の前で数人のメイドがヒソヒソと話し合っていたので、は思い切って声をかけてみる。
「どうしたの?」
 すると、メイドたちは驚いたようにを見た。そして詰め寄るように、を取り囲む。
「あッ、あの、様ッ……!」
 上ずった声で、一人のメイドが恐る恐る尋ねる。そんなメイドに対し、はにこやかな笑顔で「敬語なんて使わないで」と言うと、メイドたちは少し気が抜けたように肩の力を抜いた。
 そして、再び口を開く。
ちゃんってヒューゴ様と、どういう関係?」
「凄く速球ストレートな質問ね」
 もう少し遠まわしな質問の仕方でも良いだろうに。そんなことを含ませつつ突っ込んで、は溜め息を吐く。そして苦笑しながら、メイドたちに問う。
「今日から上司と部下な関係だけど。何か言ってた?」
「ドアの近くに寄って聞いてみれば、わかると思う……」
 質問してきたのとは違うメイドが、に答えた。その言葉を受け入れ、はヒューゴの部屋の扉の近くに寄って耳を澄ます。
「フフフフフ……! ついにきた、この日この時がッ……! 今宵こそ私はと結ばれるのだ! あの熟れかかっているボディが私の欲望をそそる! オールナイトフィーバーセーッ」
 そこまで聞き、全身鳥肌を立てながらも自分の体を抱き締め後退する。先程レンブラントに会わなかったら、今夜自分はどうなっていただろうか。いや、考えたくない。
 の様子を見て、メイドたちは再び話しかける。
「さっきからこんな調子なの。ヒューゴ様の為に、って紅茶をお持ちしたのに……」
「入れないわよねー。今日のヒューゴ様、なんだかちょっと変よねぇ」
「まぁ、こういう日もあるわよ」
 「ちょっと変」で全て片付けてしまえるこのメイドたちが、心の底から凄いと思った。やはり、この屋敷で働いている人たちは相当肝が据わっているらしい。
 は鳥肌の立った腕をさする。
ちゃん、大丈夫なの? その小さい体で鬼畜と言われるヒューゴ様の相手をするのはちょっと……」
「肉体精神共々危険極まりないよね、普通に考えて。……大丈夫、今からリオンの部屋行くから。とりあえず今夜は安心よ」
 メイドに恐ろしいこと、そして不必要な情報まで聞かされては身震いした。そしてこれからのことを言うと、それに反論するかのようにメイドたちは怒る。
「えーッ! リオン様の部屋に? わたしの部屋でも良いのに!」
「そうよ! メイド長曰く男は皆オオカミなのよ!? だから私の部屋に!」
ちゃんは私のところに来るべきよぉ!」
「寧ろアタシの実家に!」
 最後のは聞き捨てならん。
 メイドたちは皆、突然屋敷にやってきた妹的存在のに興味津々なのだった。しかも、この屋敷の主に狙われて震える様は、何とも言えないぐらいの母性本能がくすぐられる。
 一気にメイドに詰め寄られ、はどうしていいかわからずに困惑する。ここまで言われているのだから、メイドたちについていった方が無難だろうか。
 しかし、この考えはメイドの一言で崩れ去る。
ちゃんって、食べたいぐらい可愛いわ」
「失礼しますッ!!」
 ただの喩えならも逃げ出さなかった。だが、顔を真っ赤にしながら虚ろな目をして言われたものだから、これのどこを信用していいのか全く検討もつかず、は逃げるために走り出す。
「あっ、逃げたわ!」
「捕まえましょう! 何がなんでも!」
 逃げるを追いかけるメイドたち。夜も遅いせいか、メイドたちも少し興奮状態のようだ。ハイテンションガールとなって、メイドたちはを追いかける。一目散に逃げる
 しかし一人だけ、その場に残ったメイドがいた。
……ちゃん……」
 一番アブナイのはコイツかもしれない。
 変態からマッチョまで。色んな人物が潜むヒューゴ邸。



 ダダダッと逃げて、ガチャッとリオンの部屋の扉を開けて、スッと中に入って、バタンッと扉を閉める。なんとかメイドたちから逃げれた、と安堵の息を吐く。
 そして、ノックをし忘れた事に気付く。
『あれ、? こんな時間にどうしたの? まさか坊ちゃんを夜這いしようと!? だッ、ダメだよッ! と坊ちゃんの絡みなんて見たら、僕こわれちゃうッ!』
「その電波の根源を壊す為なら、喜んで絡むけど」
『酷ッ!!』
 この電波は僕の魅力なのに……。そんなシャルティエの呟きをスルーして、は辺りを見回した。
 リオンはてっきりまだ起きていると思っていたのだが、もう寝ているらしい。布団もかけずに、ベッドの上に仰向けになって寝ている。その腕には枕がしっかりと抱き締められているが。
「あれ、リオン寝てるんだ?」
『うん、今日の戦闘はやっぱり疲れたんだろうね。いつもだったら起きてるのに、倒れるように寝ちゃったよ』
「無理しなきゃ良いのに……」
 溜め息を吐きながら言っただったが、内心は嬉しかった。無理をしてまでも、自分の服を一緒に買いに付き合ってくれたこと。――……まぁ、強制的にでもマリアンに行けと言われただろうが。本当に優しい人間なんだな、と思う。
 はリオンが眠っている寝台の傍らに膝をつき、腕を組んで寝台の上へと乗せる。更にその腕の上に顔を置き、リオンの寝顔を鑑賞する形となった。
(リオン……)
 心の中で、少年の名を呼ぶ。今日に初めて会ったばかりだが、どうも惹かれてしまう。ミクトランの娘である自分に対し、偏見も何もしなかったからだろうか。否、それだけではない。
 リオンの心に強く惹かれたからだ。元々は生い立ちもあってか、少し関われば、その人の本性というものが見えてくる。だからリオンの仮面の下に隠された、優しさや強さに惹かれたのだ。
、坊ちゃんのこと好き?』
 シャルティエの唐突な問いかけに、は思わず顔を真っ赤にしてしまう。
『ねぇねぇ、好き? 好きなんでしょ?』
 思春期の乙女にそんなこと聞くか、普通。は内心そう思いはしたが、彼女を取り巻く普段の状況からして思春期などという言葉とはかけ離れているということを悟る。どちらかと言えば、発情期の方が合ってるかもしれない。
「嫌いじゃ、ないよ……」
 そう、嫌いではない。だけど、好きと口から言うには過ごした時間が短すぎる。本当は好きなのかもしれない。だが、それを認めたくない自分がいるのも事実で。素直じゃないっていうのは、重々承知だ。
 は、軽く息を吐く。
『……らしい答えだね』
「そうね」
 シャルティエまでもが、溜め息を吐いた。
 自分のマスターと。この二人を見ていると、世話を焼きたくて堪らなくなってくる。二人とも相手のことを気にかけていても、自分の心の中も打ち明けず、そして相手の心を聞き出すこともない。自分と相手を傷つけるのを恐れ、立ち止まっている二人。
 ――どちらかが、歩き出せば……。
 自分の考えが正しければ、まず最初の一歩を踏み出すのは恐らく――。
 シャルティエはそこまで考え、唐突にそれを止めた。マスターが、目を開けたから。
「あ」
 ずっとリオンの寝顔を見ていたは驚き、思わず声を出す。一方、リオンはリオンで目を覚ましたら目の前にはの姿。しかも結構至近距離。
「ッずぁぁぁあああ!!」
「!?」
 叫び声を上げ後退し、がいる側と反対側のベッドの向こうへと落ちるリオン。それだけでは彼の悲劇は終わらない。追加要素として、ベッドの向こう側にある備え付けの机の足に後頭部を激打。
 は慌ててベッドの上に飛び乗り、上からリオンを覗き込んだ。
「だッ、大丈夫? まるで私がバケモノみたいな反応くれちゃったけど、喧嘩売ってる?」
 脳天をかち割られたような強い痛みに耐え、うずくまり震えつつ、リオンはか細い声で言う。
「ば、馬鹿言うなッ……! 普通に考えて、目を覚ましたら目の前に人がいると思うか!?」
「思う。実際私は父さんやシャルやその他諸々に幾度となく寝顔を見られてきた」
『だって可愛かったんですもん!』
 そんな自信満々に言わないでくれ。胸を張って答えると、声を張り上げて言ったシャルティエに対してそんな思いが溢れる。
 リオンが後頭部をさすりながらベッドに腰掛けると、その隣にも座った。そしてその後頭部に優しく手を添え、ヒールを唱える。暖かい光が溢れ、リオンの後頭部の痛みを癒していく。痛みが引いたと同時に、リオンは溜め息を吐いた。
「溜め息は幸せが逃げるんだってさ」
「逃がす程の幸せなんてない」
 の言葉に対し、リオンはあっさりと答えた。その答えを聞き、は一瞬呆けたが「そっか」と納得して手を離す。
「ねぇリオ――……」

 他愛無い話でもしようかと思いは口を開いたが、それはリオンの言葉によって突如遮られてしまった。不思議に思いつつリオンの顔を見て「何?」と問えば、リオンは前を向いたまま考えるように目を閉じる。
 ――もし、シャルの言ったことが……恋に落ちるのは一瞬というのが本当であれば……。
 いや、恋でなくてもいい。
 一日弱しか過ごしてないが、自分自身がを信じれると思ったならば――。
 リオンは、意を決したように瞼をゆっくりと上げる。
 そして、口をゆっくりと開いた。
「……僕は、リオン・マグナスという名前じゃないんだ」
「うん、知ってる」
 思いもしなかった返答に、リオンは思わず噴出してしまう。少し咽ながら、瞳を丸くしてリオンはの顔を見て問うた。
「な、何故知っている!?」
「え、だってこの屋敷の表札に『ヒューゴ・ジルクリフト』って書いてたんだもの。で、ヒューゴさんとリオンは親子だって言うし……きっとどっちかが偽名なんだろうなって思ってたんだけど、必要性から考えてリオンの方かなーっと……。リオンの剣術は本物だけど、ヒューゴという人物があんだけ大きかったらどうしても『ヒューゴの息子』って見られちゃうからね」
 のこの恐いぐらいの洞察力に、リオンは再び溜め息を吐く。その溜め息に苦笑する
「それで、本名は?」
「エミリオ・カトレット。カトレットは母親の方のファミリーネームだ」
「エミリオ、かぁ……。なんか、リオンより優しい響きね」
「悪かったな、優しくない響きで」
 青筋を立てながらリオン……否、エミリオにそう言われたものだから、はまた苦笑した。そして、そのの苦笑にリオンはまた溜め息を吐く。
 苦笑したり、溜め息を吐いたり。このコンビは面白いな、とシャルティエは内心思った。
「……、僕と二人きり……もしくは、マリアンも含めての三人の時は、本当の名前で呼んでくれないか?」
 突然の申し出に、は少し目を見開く。
 一日弱しか一緒に過ごしていないのに本名を教えてくれて、更にはその名前を呼べるとは。一応は、信頼、してくれているのだろうか。
「――了解」
 笑顔で、は『エミリオ』に了承した。
「ところでだな、
「ん?」
 首を傾げて、は疑問符を飛ばす。エミリオの口元が、ひくついているのがよく分かった。
「どうしてお前が僕の部屋にいる?」
 最初に聞けよ。
 やはりどこか抜けている坊ちゃんに、は突っ込まずにはいられなかった。説明しようと、は口を開く――が。
『坊ちゃんを襲いに来たんですって』
「折られたいようね、シャル」
 あることないこと嘘を撒き散らすシャルティエに向かって、は女神を思わせる微笑を浮かべながら手には愛用の武器。
 その笑顔でその殺気は無いだろう。
 と、シャルティエは思いはしたものの口に出すのは恐ろしく、一言「すみませんでした」と小さく呟いた。
「どうやら本気で、あの変態親父が私を夜這いするらしいから、エミリオの部屋に急遽非難してきたわけ。部屋にはレンブラント爺さん設置済みよ」
「どうやら本気で、お前は僕の部屋に泊まりこむつもりなんだな……」
 の説明に、エミリオは深い深い溜め息を吐く。こいつは、女としての自覚を持っているのだろうか。いやそれより僕を男と思っているのだろうか。前者も後者も問題だな、とエミリオは落ち込んだ。
「さて。それじゃあ、私は寝るし」
 そう言ってスリッパを脱いで、そそくさと布団の中へと入ってしまう。そんなを見て、エミリオは冷や汗を流した。
「待て、僕はどこで寝ればいいんだ?」
「え? 一緒に寝ればいいじゃない」
 堂々とエミリオの枕を使い、は当たり前のように言い放つ。エミリオは口元をひくつかせながら、すぅっと息を吸った。
「バカか貴様は!! 僕の理性を飛ばす気か!?」
「ええッ? 別に普通じゃ――!」
「おいシャル! お前一体どういう教育をしたんだ!!」
『僕の思うがままに!!』
「威張るな!」
 バゴォッと良い音を出して、シャルティエはエミリオに蹴り飛ばされる。空を舞ったソーディアンは、そのまま部屋にある備え付けのゴミ箱にゴールイン。そのビックリなコントロールに、は思わず起き上がって拍手する。
「すごいねエミリオ! コントロール力バッチリじゃない」
「ふん、僕にかかればこんなこと…………いや、そうじゃなくてだな」
 に褒められ、少し照れたエミリオは髪を掻き揚げる仕草をしようとしたが、今はそんな場合じゃないとに向き直った。エミリオはベッドに近づき、腕を組んで溜め息を吐き出して口を開く。
「いいか? あの電波野郎の教育に沿って生きてきたならば、仕方ないといえば仕方ない。だがな、普通お前ぐらいの歳にもなると異性の人間と一緒に寝るなど恥ずかしく感じるものなんだ。わかるか? 例えお前が良くても、僕が耐えられん。お前が僕のことを女顔とかどうこう言おうが、僕は男だ。頼むからわかってくれ」
「エミリオ……なんか、母親みたい」
「!」
 エミリオの必死の説得を、一言で台無しにできる。だが確かに、くどくどと説教を、そしてエミリオにしては珍しい饒舌っぷりを披露し、その姿はお年頃の娘を抱える御袋さんといったところであろう。の一言に撃沈し、エミリオは頭を抱えた。そんなエミリオを見て、は苦笑する。
「言いたいことはわかったわよ。私だってバカじゃないからね。じゃ、私は何処で寝ようかしら」
 ベッドから降りようとしたを、エミリオは首を横に振って制した。そして自分は、ソファに寝転ぶ。
「お前はベッドで寝ておけ。僕はここでいい」
「エミリオ疲れてるでしょ?」
「お互い様だろう。それに僕はもう、少し寝たしな」
 お互い様、という言葉には今日のことを思い出す。この時代に飛んでくる前は、天地戦争の決戦で猛烈な戦いをしてきた。そしてこの時代では、森一帯を焼け野原にしてしまったり。肉体アンド精神共々疲れたかもしれない。思い返す程に疲れが出てくるようで、はベッドに倒れこんだ。
 そして、エミリオに向かって微笑む。

 ――ありがと、エミリオ。
 ――ふん……。

あとがき
急速に距離を縮めました。この二人は一目会った時からお互いに少し惹かれあってたらいいと思います
修正前はリオンに対する夢主の想いを全然書かないまま、1いきなりくっついちゃったりしたので……ここで少し入れてみました!
やっぱり坊ちゃんは、さりげない優しさを出してたら良いですね!
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2004年代(最終改訂:2006/8/7)
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