「ねえリオン。ヒューゴさんってどんな人なの?」

 ダリルシェイドへ向かう道中、隣で一緒に歩いていたが尋ねてきた。

「冷酷で、残忍で、人間の血が通ってるとは思えないような奴だ」
「うわ、酷い言い様。会いたくないなぁ」

 僕が簡潔に説明すると、はため息を吐きながらそう呟いた。
 その顔をちらりと見る。

 ……森の中で眠っていたを見た時には、誰がこんなところに等身大の人形を捨てていったのかと思った。細く艶がある金色の髪に、不自然なほどに整った顔。寝息が聞こえなかったら人形だと思って通り過ぎていたに違いない。

 まだ会って間もないが、は笑顔であることが多い。
 まるで、僕と正反対のような存在だった。

「……僕も、できることなら会わせたくない」
「え?」

 何故、そんなことを言ってしまったのか分からなかった。
 とりあえず口に出して言ってしまったことが恥ずかしく思え、僕は顔が熱くなるのを感じた。

 ヒューゴには会わせたくない。僕のように利用されるかもしれないから。
 しかし、ヒューゴの許可さえ貰ってしまえば一緒に暮らせるようになる。
 ……それをどこかで期待してしまう自分が、酷く嫌になった。

『坊ちゃん……顔真っ赤ですよ? ぷぷぷッ』



02.変態親父天才は簡単に正体さらす





「ところで、だ」
 シャルティエのコアクリスタルを突然叩いたリオンが口を開く。

 二人はもうダリルシェイドに入り、あとはヒューゴ邸まで行くだけだった。
 その道中を歩きながら、リオンはオベロン社のことについて説明していた。
「見たところソーディアンは持っていないようだが……どうして晶術が使えるんだ?」
「ああ、そのこと。ハロルドが言うには、純度の高いレンズさえあれば、誰だって晶術が使えるらしいわ。もちろん、一生懸命訓練してのことだけど……。ちなみに、私の場合はレンズがなくても使えるわ」
「どうして」
「ハロルドが調べたら、遺伝子が普通の人とは違うんだって。私もよくは知らないんだけどね。父さんは父さんで、多分ギリギリラインで普通の人間だったとは思うんだけど……だとしたら、母さんの方が普通の人じゃなかったのかなって思ってるんだけどさ、母さんは私を産んだ時に死んじゃったみたいだし。原因不明。そんでもって詠唱なしで唱えれるのは回復晶術だけね。これは唱えまくったから」
 の答えを聞き、リオンは「そうか」と言って頷いた。
 そして、何かを考えるように俯く。
 次に顔を上げた時、リオンは薄く微笑んでいた。
 一体何事だと胸をキュンとさせるとシャルティエ。
「ということは、僕も訓練すればシャルは必要ないと言うことだな」
『ぎゃああああ!! 坊ちゃん酷いッ! そんな可愛い笑顔を振りまきながらそんな事言わないで下さいよ!』
「そういうことになるわね」
『普通に流さないで―――!!』



「ここがヒューゴ邸だ」
 リオンにそう言われ、目の前にある建物を見る
 さすがオベロン社総帥の屋敷、というべきであろう。建物自体はとても大きく、このダリルシェイドでは城を除けば一番大きいだろうと、は思った。
 門の向こう側には庭があり、そこには綺麗に並べられた花壇があれば、立派な石像もある。草は全部同じ長さで、毎日庭師が手入れしているところがうかがえる。
「……なんか、こう……維持費が」
「余計なお世話だ」
 は素直な感想を口に出したが、その感想はリオンに切り捨てられた。
「ワウワウッ!」
 リオンに続いて門を通れば、一匹の大型犬が出迎えてくれた。
「わ、犬だ」
 は喜んだ様子でしゃがみ込み、犬の頭を撫でてやる。そんなを見てリオンは腕を組んで、立ち止まった。
「犬が珍しいのか?」
『そりゃ珍しいですよ、坊ちゃん。昔は戦争してましたからね……犬にまであげてやれる食料がなかったんですから』
 リオンがちょっとした嫌味のつもりで言った言葉だったが、それは的を射た言葉だったようで。
 シャルティエが説明すると、リオンはため息を吐いてを見守った。
「お座り」
「ワウ」
 の言葉に従い、座る犬。
「お手」
「ワウ」
 が手の平を出すと、その上にポンと手を置く犬。
「伏せ」
「ワウ」
 地面に腹をべったりとつける犬。
「チンチ――」
「言っておくがそいつはメスだからな」
 ついには普通口には出すには到底憚られる語句まで言おうとしたの言葉を遮り、リオンは忠告した。リオンの忠告を受けたは「あ、そうなんだ」と言って、もう一度犬の頭を撫でて立ち上がった。

 屋敷の入り口でリオンは一旦立ち止まり、深呼吸をする。
「……なんで深呼吸?」
「入ればわかる」
 不思議に思ったが尋ねると、リオンはそう答えた。一体何があると言うんだ、この屋敷は。とは思ったが、入ればわかると言われた以上何も言えない。
 リオンが扉に手をかけた、その瞬間――
 バゴォッ!!
 扉を蹴破って出てきたメイドが一人。
 二人は扉が蹴破られる前に殺気を感じ取り、すぐさま避けたので助かったが、これからの身の保障は無いと二人は感じた。案の定、このメイドは包丁を振りかざしながらリオンに向かっていく。リオンはシャルティエを鞘から抜き、頭上でその包丁をシャルティエで受け止めた。
 リオンの強さ理由が、なんとなくわかった
「おかえりなさい、リオン」
「や、やぁマリアン……ただいま……」
 その状態で上記の会話をする二人。メイドの名はマリアンと言うらしい。マリアンは笑顔でそう言い放ち、それに対してリオンは引きつった笑顔と震える声で答えた。
「うふふ、リオンったら。私が一生懸命健気に仕事をしていたっていうのに、ふと庭を見たら私好みの可愛い女の子と楽しそうに戯れてるものだから、勢い余って包丁持ち出して扉を破壊してしまったわ♪」
「す、すまないッ……! だから、その包丁はしまってくれないか……っ? 剣が、折れる……!」
 包丁をシャルティエで受け止めていたリオンだったが、リオンの力にも限界があれば、シャルティエの剣身にも限界がある。見事なまでにへし曲がっていた。BGMとして、シャルティエの悲鳴が聞こえる。マリアンは舌打ちをして包丁をしまい、再び笑顔での方を向いた。
「ところで、そちらの女の子は?」
「あ、と申します」
 逆らってはいけない人種だと察したが丁寧にお辞儀をすると、マリアンはがっしりとの両手を握った。そしてヒマワリを思わせるような笑顔で、に話しかける。
「敬語じゃなくていいわ。私はこの無駄にデカイ屋敷のメイド長をしてる、マリアン・フェステルって言うの。よろしくね。は一体どうしてここに?」
「リオンに拾われたの」
「拾われた……?」
「馬鹿! よ、余計なことを言うんじゃない!」
 マリアンの質問には素直に即答。マリアンはその言葉に敏感に反応。そしてリオンは顔を真っ青にしながら割り込む。の手を放し、再びブラックスマイルでリオンの方を向くマリアン。
「こんな可愛い子どこから拾ってきたのかしら、リオン? まさか、無理やりさらってきたんじゃないでしょうね?」
「誤解だマリアン! だからのことでヒューゴ様に言うことがあって……! はっ、そうだ! マリアン、ヒューゴ様はどこにいる!?」
 必死に誤解を解こうとしたリオンだったが、マリアンの包丁を握る手に力が入ったのを見て、慌てて話題変更。
「ああ、あのオジチャンなら書斎にいると思うわ」
 オジチャンって。リオンはいつもの事なのか気にしていないが、は心の中で思わずそうツッコんでしまう。オベロン社総帥。そして自分を雇ってくれている人物にオジチャンって。
 既にの頭の中では方式が出来上がっている。
 マリアン>リオン>シャルティエ、と。そのヒューゴという人物がどこの位置に入るのかが、何気に楽しみであった。
「わかった。……教えて下さいまして、ありがとうございました」
「いいのよ、リオン」
 リオンは深々と頭を下げ、マリアンに礼を言う。その様子を見て、ニッコリと微笑むマリアン。
 早くその場から離れるべく、リオンはの手首を掴んでそそくさと屋敷へと入り、書斎の方へと向かっていくが、はふとした疑問をリオンにぶつける。
「立場、逆じゃない?」
「いいんだ。僕だってくだらないプライドより命の方が惜しい」
「わぁ、坊ちゃんったら男前ですねッ」

 書斎の扉が見えるところまで行くと、ちょうど書斎から出てきたメイドがいた。その手にトレイがあるところを見ると、恐らく紅茶か何かを持ってきたメイドであろう。メイドは書斎を出たところに、リオンとがいるのに気づいて一瞬驚いていたが、お辞儀をひとつして立ち去ろうとする。
「おい、お前」
 そのメイドを、リオンが止めた。メイドはびっくりしたように振り返り、震える声で応える。そういった様子から、性格が黒くないことは見てとれた。
「な、なんでしょうか。リオン様」
「ヒューゴ様はどうだった?」
「今日も素敵でした」
「そんな事は聞いてない。機嫌のことを聞いたんだ」
 リオンの質問に真顔で素直に答えるメイド。だが目の付け所が間違っている。それに対しリオンはツッコみ、ため息を吐いて再び尋ねた。するとメイドは「いつもより、少し悪いみたいです」と答え、リオンの顔をジッと見た。
「そうか。…………なんだ?」
 質問は終わったと言うのに、その場から動かずに自分の顔を見つめてくるメイドを不審に思って眉を顰めながら問いかけた。すると、メイドはハッと我に返ったように「あっ、いえ」と声を上げ、言葉を続ける。
「リオン様、今日も美しく白タイツが映えてるなぁと思いまして。萌え万々歳ですね」
「私、っていうの。私たち、きっと良い友達になれるわよ」
 メイドがピンクオーラを発した時、はすかさずそのメイドに寄って軽く自己紹介をし、メイドの手を握り締めた。そんなに対しメイドは一瞬驚き目を見開いたが、すぐにニコリと笑っての手を強く握り返した。こういった女子の間、妙な結束力があるものなのである。
「おい、早くヒューゴ様に会うぞ」
「あ、はいはい」
 この二人が深い話に入る前に、リオンはに声をかけた。はメイドに「またね」と笑顔で言い、リオンの傍らへと戻る。お辞儀をして、メイドはその場から立ち去った。
『機嫌、少し悪いんですって。大丈夫でしょうかね?』
 シャルティエが心配そうに言う。それに対してリオンが「仕方がないだろう……」と呟くのを見て、の中では「本気でどんな人なんだヒューゴって人は」と、猛獣のような男が脳内に浮かぶ。
 しかし、隣にいるリオンを見て「それはないな」と感じた。息子がこんなに素敵なんだから、親だってきっとイイ男なはず。さっきのメイドも素敵だと言っていたではないか。
 そんなことを思っている最中に、リオンは書斎の扉を軽くノックして、
「失礼します」
 と声をかけ、扉を開けて入っていった。それに続き、も中に入る。

 そして、声を失った。
 書斎には立派そうな机、ソファ。他にも棚に飾られた壷のようなものがあった。
 しかし、それらの品は全て床に落とされていて全破壊。机の上にあっただろう書類も床。まるで空き巣が入った後のような余韻が残っている部屋だった。
 先ほどのメイドは「少し機嫌が悪い」とは言っていたが、これは相当悪いんじゃないのか。リオンとはそう思ったが、入ってしまったからには今更出て行けるはずもない。
「ヒュ、ヒューゴ様……」
 恐る恐る、リオンは声をかけた。ヒューゴと呼ばれる人物はリオンたちから見て、正面にある窓の外を椅子に腰掛けて眺めていて、表情はリオンたちからは見えなかった。だが、相当殺気立っているのはわかる。ヒューゴにまとわりつくオーラが相当ヤバい。
(帰りたい……)
 即行、はそんなことを思ったのであった。
「……リオンか。何の用だ? 今の私はセインガルド王という、自分の思い通りにならなかったら幼児言葉を使い出す腐れた王から三〇パーセント値引きで、我が社の高級レンズ商品を大量買取されたところでな。相当機嫌が悪いんだ」
 この国の王ってどんな奴なんだ。というか、一国の王なら堂々と金払えよ。は心底そう思ったが、ツッコめる雰囲気ではないので押し黙る。
 ヒューゴは動かないまま、今の自分の心境を事細かに説明してくれた。高級レンズ商品を三〇パーセント値切られたのが相当悔しいのであろう。手に持った書類を握りつぶし、彼からは総帥としてのプライドが崩された感が滲みでている。
 そして、最終警告として「相当機嫌が悪い」と忠告。これは「たいした用でなかったら酷い目に遭う」という言葉が隠されているように感じ取れた。
(ここまで荒れたヒューゴは見たことがないぞ……殺されかねないオーラを放ってるな……)
 リオンは内心そう思ったが、の能力の話をすれば機嫌は少しでも治るだろうと思い、咳払いをひとつして再び話しかける。
「……その、近くの森でという少女を保護しまし――」
「何!?」
 リオンが全て言い終わらない内にヒューゴは過剰反応を示し、勢いよく振り返った。そこで初めてはヒューゴの顔を見ることが出来たが、その顔をゆっくりと見物することは叶わなかった。
 それもそのはず。
 ヒューゴはの姿をその眼で捉えた瞬間、世界が愛に満ち足りたような表情に早変わりしたと思えば鼻血を噴きながら、椅子の上から机、ひっくり返ったソファ、倒れた備えつきの小さめのテーブルを飛び越し、の前にいたリオンを張り倒したのだから。
 目が合った瞬間に「コイツはヤバイ」とカオスの理論をも越える女の勘で悟ったは、逃げようと後ろに振り返ってドアノブに手をかけたが、開ける前に後ろからヒューゴに熱い抱擁を喰らわせられることになる。
「あああ! 会いたかったぞ!! お前が私のもとを去ってから良いことなど一つもない! そしてお前とはもう二度と会えないと思えば思うほど辛くなり私の悲しみは涙となって毎晩枕を濡らした! だがまたこうやって会えるということは、やはり私たちは赤い運命の糸で結ばれているのだよ、……!」
「ヒューゴ様!? を放してやってください、失神してます!!」
 常識をくつがえしたヒューゴのとった行動に戸惑いながらも、張り倒されたリオンはひとまず起き上がってヒューゴを止めた。余程の力で抱き締められているのか、それともショックのせいなのか、恐らくどちらでもあるのだろうがはとりあえずグッタリとしている。
(ここまで興奮したヒューゴは見たことがないぞ……!?)
 人間の血も通ってないように思える冷酷な父親が、一人の少女に興奮している。リオンの中で「ヒューゴ=隠れロリコン!?」という方程式が出来るまで、時間はかからなかった。
 戸惑うリオンを差し置いて、ヒューゴはを抱き締めたままどこかへ連れ去ろうと、書斎横の扉へと向かう。
「どこに連れて行くつもりですか、ヒューゴ様!」
「決まっているだろう、久々の我が娘との再会だ。やることはただひとつ……ベッドインのみ!」
「何だって……!?」
『我が娘……!?』
 リオンが問いかけた答えは意外なものだった。確かにヒューゴは今、「我が娘」と言った。ルーティという姉がいたのは知っているが、同じ年の兄弟なんて知らない。大体、は千年前から来たと――……。
 シャルティエも、ヒューゴの発言に思わず声を上げてしまう。
『……まさか……まさかだけど……お前は…………ミクトラン……!?』
「はっ、ハハハハハ……何を言うかと思えば。ミクトランは千年前に死んだ。それは誰もが知っているではないか。何故今になって……」
 シャルティエの予測は、どうやら当たっていたらしい。しかしヒューゴはそれでも誤魔化した。だが、あと一息。シャルティエは追撃をしかけることにした。
『僕の声、聞こえるんだ? じゃあ聞くけど、お前のか~わいい一人娘はだぁれ?』
。…………はっ」
 ミクトランって天才じゃなかったのか。シャルティエとリオンは心の中でそう呟いた。
 ヒューゴはため息を吐いて、の頭を愛おしそうに優しく撫でる。
「まったく……恋は人を盲目にするよ、……」
 娘に恋してるお前って一体。この突っ込みどころがありすぎる男に対し、怒りを通り越して同情の視線を向けてしまうリオンとシャルティエ。無論シャルティエに目はないが。
 撫でられたのに反応したのか、が小さく呻く。そしてゆっくりと瞼を開け、ヒューゴの顔を見て、
「…………ダンディー……」
 と掠れた声で呟いた。その時のの表情がツボにキたのか、ヒューゴは再びを抱き締める。
「……ッ! すまない、! お前に誉められて嬉しいはずなんだが、この体はそこの白タイツの父親のものなんだ! 何故か全然嬉しくない!」
「おい」
 ヒューゴは軽々しく失礼なことを述べ、リオンから突っ込みをいれられる。でまだ現状が把握出来てないらしく、ボーッとしていたが……やがて、意識がはっきりしてきたようで目を見開いた。
「……! ぎゃあああああ!! なんで!? 何故!? どうして私は今、現在進行形で抱き締められてる!? 誰か説明を!」
! ヒューゴの中身はミクトランなんだ! 気をつけて!』
「なッ……なんですって!?」
 シャルティエの説明に度肝を抜かれる
 しかし、よく考えればこの娘の体の限界を無視したような強烈な力の抱き締め方。ここまで容赦ないのは……の記憶の中では父親ただ一人、天上王ミクトランだけだった。
「と、父さん……?」
「ああそうだとも!」
 簡単に肯定されても激しく困るのである。ヒューゴ……中身ミクトランに抱き締められたまま、はヒューゴの顔を見上げた。
 そして自然と視線が絡み合い、ヒューゴから顔を寄せて唇を――……
「だあああああ!!!」
 リオンが叫びながらシャルティエを片手に二人の間に割り込み、引き剥がした。の唇はギリギリ守られたのである。
「馬鹿か貴様ッ! その体は僕の父親のものだぞ!? 僕の父親にロリコンという汚名をかぶせる気か!!」
「……そうだったな。ついの色香にやられて」
「ごめんリオン。私も貴方の父親のダンディーフェイスにあてられて、身動きができなかったわ」
 お前ら親子して……、とリオンは頭を抱えた。
 『それより』とシャルティエが声をあげる。
『どうして……! ミクトラン、お前は死んだんじゃ……』
 シャルティエの問いかけに、ヒューゴは薄く笑った。そして咳払いをひとつしたと思ったら、口を開く。
「……久しぶりだな、ソーディアン諸君」
『いや、僕しかいないんだけど』
「確かに私はあの時に死んだ……あの忌々しい天災腹黒エロ軍師に刺されてな。だがその時に私の精神を、ソーディアン・ベルセリオスのコアクリスタルに投射させたんだ。そして永き年月を経て、この考古学者ヒューゴ・ジルクリフトに拾われた……年数を重ねるごとにこいつの精神は私に支配され、精神を乗っ取ることができた。簡単なことだろう?」
「簡単じゃねーよ。多分父さんぐらいにしか出来ない芸当だと思う」
 ヒューゴの説明に、は軽く突っ込んだ。確かに自分の精神をコアクリスタルに投射させる時点で、もはや人間業ではないだろう。
 リオンは、シャルティエを強く握った。
「……それは、僕の父親の体だ。出て行け」
 低い声で唸るように、リオンはそう言った。中身がミクトランだということがわかって、服従する意味がなくなったのだろう。
 するとヒューゴはそれさえも鼻で笑い、リオンを睨んだ。
「私は今までお前を育ててきた……親同然なのだよ。お前は素がいいから、もっと可愛げのある性格にしたかったんだが……無理だったようだな」
「そりゃそうよ、父さん。この顔で「僕、リオンって言うんだ! よろしくね!」なんて満面の笑顔で言われたら、世の中の腐女子という腐女子が鼻血の出しすぎで消滅しちゃう」
『寧ろそんな坊ちゃん怖いですよね』
「おい、お前ら」
 ヒューゴの発言にが入り込み、そしてそのの発言にシャルティエが便乗して和やかムード展開中。そんな三人に対し、リオンは青筋を立てながら突っ込んだ。
「……まあ、どうしても出て行けと言うのならば良いが? ただ、マリアンという女がこの世から一人、いなくなるだけだが」
「くッ……」
 薄く笑いながら、ヒューゴはそう言った。その言葉を聞いて、悔しそうに舌打ちをするリオン。は思った。マリアンを人質に取られて、今までリオンは服従するしかなかったのだろうか。
 ああそんな馬鹿な。マリアンを殺そうとするものなら最後、その殺そうとした奴の命が抹消されるだけなのに。
「ね、ねぇリオン! マリアンを人質にとられてるの!? それって激しく無意味じゃない!?」
「馬鹿を言うなッ! マリアンが……あのマリアンがだぞ!? 僕が命令を聞かないから死んでもらう、なんてそこの中年に言われた日には確実に僕は殺られる……!」
「私の命もかなり危ないがな」
 それほどまで恐れられているのか、マリアン。マリアンの脅威は、の予想を遥かに上回っていた。かつての天上王さえ恐れる程か。リオンは震えながらに説明し、ヒューゴも冷や汗をかきつつも笑いながら一言補足する。
「……まあ、神の眼がない以上私も何も出来ないさ。アレは今どこにあるのかも不明だからな」
「見つけたらどうするのよ」
「有効利用する」
「嘘吐け! 絶対父さんの私利私欲のための道具になるに決まってる!」
 ヒューゴの答えには突っ込みを入れ、自分のレイピアへと手を伸ばして掴み、抜こうとしたところで止めた。
 殺したら、リオンの父親であるヒューゴの体までもが死んでしまう。そしてミクトランの精神は死なないのだろう。精神は、ソーディアン・ベルセリオスの中だ。ヒューゴ自身も人質、というわけだ。
「……父さん、ベルセリオスは?」
「言うと思うか?」
「さすがにそこまで馬鹿じゃないみたいだな」
 の問いにヒューゴは答え、リオンは静かに呟いた。その言葉にヒューゴはリオンを睨んだが、がレイピアから手を離すのを見て笑みを浮かべる。
「そう警戒しなくていい。神の眼がない限り何もしないつもりだ。私が動いた時、マリアンという女を人質に取られたお前がどう動くかだな。がどうするかは知らないが」
「…………」
 ヒューゴの言葉に、リオンは眉間に皺を寄せてヒューゴを睨んだ。一方、は何かを考えるように押し黙っている。
「どちらにせよ、は行く当てもないのだろう。ならこの屋敷に住むといい。部屋はあとでメイドに用意させようじゃないか」
『とかなんとか言って……。確かには骨の髄まで食べたいほどカワイイさ! だけど、同じ屋根の住んでを食べようってわけじゃないだろうね!?』
「チッ、バレたか」
「頼むからやめて。リオン、この変態親父に襲われるのは怖いから今夜は貴方の部屋で寝るわ」
 ヒューゴの言葉の裏心理をシャルティエが電波で敏感に感じ取り、上手く心理をついたところヒューゴは舌打ち。は今夜を無事に過ごせる自信がなくなり、何気なくリオンに言った言葉だったが――
「ばッ…………バカを言うな! どっ、どうしてお前が僕の部屋で……!」
 と、顔を真っ赤にして反論する。この意外な反応には驚き目を見開き、ヒューゴとシャルティエは失笑。
「ハハハ、そうか、お前もそんな年か。だがだけは渡さんぞ。これは私のモノだからな」
「なッ……なにを、言う! 僕は、そんなんじゃ……」
『アハハハハハゲホッゲホッ! 坊ちゃん、顔真っ赤にしすぎですって!! あー、いいなぁ坊ちゃん。凄い純情ッ! 坊ちゃんになら、僕のあげてもいいですよ』
「だから、そんな意味じゃ……」
「『じゃあ、どういう意味なん(ですか)だ?』」
「っていうか勝手に私を私物化しないでよ、変態組」
 純情なリオンを苛めるヒューゴとシャルティエ。そんな二人にうんざりし、はため息を吐きながら突っ込んだ。リオンはリオンで珍しく墓穴を掘っていって、変態組の二人からの痛い質問に耳まで真っ赤にして俯いている。ここに先ほどの腐女子メイドがいたら、何と言うか。
 リオンの様子を見てまだヒューゴとシャルティエは笑っていたが、一息ついたところで、
「ああ、にはついでにリオンのパートナーをしてもらおうか。私と一晩寝てくれたらリオンの上司、ということにしてやってもいいが」
「断らせてもらいます」
 ヒューゴがひとつの変態的提案を出したところ、は即答で断った。そんな英雄になる為に火山に飛び込むような事はしたくない、とは思う。いや、それよりずっと恐ろしい。
 の即答に、ヒューゴは残念そうな顔をして「そうか」と呟きリオンの方を見て口を開く。
「光栄に思え、リオン。は稀代の天才科学者剣士の天上王と呼ばれた男の娘だ」
「天才の癖して色々抜けている変態親父に似ずに、しっかりしている娘だな」
『良かったねー、! セーフだよ、セーフ!』
「黙れ」
 自信過剰なヒューゴの説明っぷりに、リオンがすかさず痛すぎる毒舌をふるう。そこでシャルティエも便乗してヒューゴに嫌味っぽく聞こえるような声で言ったところ、ヒューゴは青筋を立てながら突っ込んだ。
「ともかく、だ。は晶術に関してはずば抜けている。剣術の方は私は見たことがないから知らないが……私が天上にいる時の情報では、地上軍では大変活躍していたようだな? 父さん嬉しい!」
「ごめん、キモイ」
 ヒューゴの激しく気持ちの悪い発言に、は即座に突っ込んで一歩退いた。リオンも同じタイミングで一歩退き、シャルティエはコアクリスタルのシャッターをガシャンッと勢いよく閉めた。
 余程の威力があったようだ。
「……ゴホン! の実力はかなりのものだろう。任務も今まで以上に楽になる。光栄に思うんだな」
自身を光栄に思うことがあっても、貴様を光栄に思うことはない」
 今更かもしれないが、見事に態度が180度変わっているリオン。その豹変振りが気に喰わないのか、ヒューゴは顔を引きつらせながらリオンを睨む。
「……わかっているのか? 私はの父親だぞ。私が「あんな子とは付き合っちゃいけません」とに一言でも言えば、お前との縁はすぐ切れる」
「…………!」
 ヒューゴの忠告に、リオンはびくりとして冷や汗をかく。彼の中ではヒューゴ(中身ミクトラン)と仲良くなどやっていきたくはないが、と仲良くするためには気に入られなければならない。だが、ヒューゴとは……と、プライドとの激しい戦いが繰り広げられている。
 ここまで一人に動揺しておいて、坊ちゃんは自分がをどう思ってるのかちゃんとわかっているのだろうか、とシャルティエは心底思った。
 ここは頭を下げようか、とリオンが思った瞬間――。
「馬鹿言わないでよね! 父さんがどう言おうが、私はリオンとずっと一緒にいるわよ」
 と、が胸を張って言う。このもこんなことを軽々と言っているが、坊ちゃんのことをどう思っているんだろうか……と、シャルティエを悩ます。
 一方、ヒューゴは「これか、これが反抗期というものなのか」と涙を流していて、リオンは堂々と言い放ったの横顔を見ていた。だがリオンはすぐにハッと我に返り、ヒューゴを睨みながら言う。
「ふん、僕は貴様に対する態度を変えるつもりはない。行くぞ、
「はいはい」
 先ほど、頭まで下げようと思っていた少年とは思えぬ台詞を吐き、の腕を掴んで書斎の扉を開けて二人は書斎を出て行く。ヒューゴが「今夜はフィーバーだな」と呟くのがには聞こえ、マリアンの部屋にでも泊まろうかと本気では思った。

 書斎から出てしばらく歩いたところで、は立ち止まった。の腕を掴んで歩いていたリオンも、自然と止まる形になる。
「あの、リオン」
「……何だ?」
 に反応するリオンだが、自分がの腕を掴んでいることを今知ったようで、顔を赤くして慌てて離した。そして必死に誤解を解こうと試みる。
「こッこれは違うんだッ……僕の手が勝手に……!」
「あ、それは気にしないで。「体が勝手に」とか言いつつ私のベッドに潜り込んだことのあるシャルよりかは遥かにマシだから」
『きゃッ』
 そんなことをしていたのか、シャル。と、リオンは心の中で呟き、同時に苛立ちさえ感じた。
 そして『きゃッv』などと可愛げのあるような声を出しているが、こいつはミクトランに負けない程の変態だと自覚しているんだろうか。それは置いといて、リオンはの言葉の続きが気になりもう一度「何だ」と聞いた。
「……ごめんね」
「は?」
 が突然謝ったが、その謝った意味がわからずに聞き返してしまうリオン。は苦笑して、申し訳無さそうに言う。
「父さんのこと。ヒューゴさん、本当はリオンのお父さんなのに……私の父さんがいなかったら、こんなことには……」
が悪いわけじゃないよ』
 シャルティエがをフォローしたが、は首を横に振る。
「天地戦争の時だってそう! 父さんさえ、いなかったらあんな事には……あんな大勢の人が死ぬようなこと、なかったのに」
「……ミクトランがいなかったら、今のお前は存在しない」
「……そう、よ? それで……いいんじゃないの?」
 には、リオンが言った言葉の意味……いや、リオンがその言葉を言う意味がよくわからなかった。ただ、父親がいなかったら今の自分は存在しないという言葉は、酷く胸を締め付ける。だがそれでもいいじゃないかとは言ったが、リオンは拳を握り締め俯き、
「……僕は……そんなの、嫌だ……」
 と、呟いた。
『そうだよ、! がいて悪い事なんて僕たちにはないんだよ! がいなくて、良い事もないんだよ!? だからそんな事言わないで? 僕らも悲しくなっちゃうじゃんか……』
「あ……」
 リオンの言葉、そしてシャルティエの言葉に申し訳無さそうに少し俯く。それに、とシャルティエは言葉を続ける。
『悪いのはミクトランであって、じゃない。が謝る必要は全然ないんだよ』
「そうだ。親子だからと言って、そこまで責任を負わなくていい」
 リオンとシャルティエにそう言われ、はしばらく俯いていた。だが顔を上げた時には、少し苦笑染みた笑顔だったが微笑みながら言う。
「ありがとう……。やっぱりリオンとシャルティエは優しいね。っていうか落ち込むなんて私らしくない」
『うんうん、ビックリしたよ。でも悩むも愛おしくて抱き締めたくなるような衝動に駆られるから良いけどねッ! ああッ、体がないのがこんなに不便だとは!』
 今、こいつが剣で良かった……。と、リオンとは心の中で激しくそう思った。
「あら、こんなところにいたの?」
 そうやって声をかけてきたのは、マリアンだった。マリアンに声をかけられて振り返ったリオンとは驚愕。白いエプロンに、おびただしい血痕のような赤いものがついているのだから。
「ま、マリアン……そ、その赤いものは……?」
 が恐る恐る尋ねると、マリアンは今気づいたようにその赤いモノを見つめ――……。
 ニッコリと、微笑んだ。
「書斎にいた肉をタタキにしてきたの」
 もしかしなくてもソレはこの屋敷の主か!?
 とリオンとシャルティエの三人は、マリアンの餌食となったヒューゴ(中身ミクトラン)に冥福を祈った。そしてヒューゴが二度と立ち上がらないことを願う。
「だって、書斎凄いことになってたでしょ? あれ、誰が片付けると思ってやがるのかしら! 少なくとも私じゃないけど、メイドには間違いないわ! 普段から忙しいってのに、余計な仕事を増やしやがるんだから、あの中年……いくらダンディでも、「今夜の部屋に行くのだから殺さないでくれ」なんて変態発言してたらカスと一緒よね」
 マリアンの素晴らしい演説に、リオンとは拍手を送った。というかマリアンにまで言ってしまったのか、変態発言を。拍手を送っていた一人のの手をギュッと握り締め、マリアンは「あ、そうだったわ」と笑顔で言う。
の為にプリンを作ったの。坊ちゃんはついでね」
「本当? ありがとう、マリアン!」
「ううん、これぐらい当然よ。だってそこの白タイツの相手をしてくれているんだもの。ねっ、リオン?」
「あ、ああ……そうだな……」
 マリアンの鋭い双眸に射抜かれ、そして彼女の背中にブラックホールが見え、リオンは震える声で相槌を打った。そしてマリアンは、再び素敵で綺麗な笑顔をに見せて語る。
、いくら白タイツが女に興味がなさそうだからって油断しちゃダメよ! 男はオオカミになるの! そして乙女は服という服を剥ぎ取られ食べられちゃうんだから! 私の場合は、そんなことになっても常時装備しているまな板と包丁で殺れるけれど……あ、これは正当防衛よ。ともかく、みたいなか弱い女の子には出来ないから、ともかく気をつけること! いい?」
 なんか男よりもマリアンの方が遥かに怖い。
 そう心の中で突っ込んだとリオンだったが、これを口に出せば生死が激しく危うくなるので、押し黙る。に至っては、唾を飲んで固くぎこちなく頷くしかなかった。
「それじゃ、行くわよ。庭にテーブルを出してるから、そこで女二人で水入らずで話しましょう!」
「ま、マリアン。リオンは?」
「付録」
 僕の存在って一体何なんだろうな、シャル。とリオンは心の中で呟いた。はマリアンに半ば引きずられる形で引っ張られていき、リオンもそれについて行く。
 ふと思ったことを、は口に出す。

 ――この屋敷で一番権力持ってるのって、もしかしてマリアン?
 ――マリアンが一番強いということは、間違いない……。
 ――うふふっ、誉めてもらって嬉しいわ♪

あとがき
黒マリアンに変態ミクトランに大変なことになってますが、お付き合いいただければ幸い! ここまで読んでくださったかた、ありがとうございました!
2004年代(最終改訂:2023/12/17)
←01   戻る  03→