「私とて、天上の、王と呼ばれた男……! 無駄死には、しないッ……!」

 そう、あの人は一人で死ぬような真似はしない。
 だから、だから。きっと、誰かが犠牲になるんだとは、わかっていた。

 わかっていたんだけど。

「放しは……放しは、しないッ!」

 赤毛の青年もまた、天上王に腹部を刺されて大きな怪我を負っている。
 私の横にいた青年の双子の妹が、小さい悲鳴をあげた。

 この状況を、認められない私がいる。

 私、おかしい。
 手も足も動かなければ、悲しくもない。
 本当は私、どうしたかったの? 天上王と呼ばれる父を……どうしたかった?

 私は、視界が白くなるのにつれて、だんだんと意識が薄れていくのを感じた――……。



01.物語の始まり起きれば目の前には輝かしい王子様ルックの少年!





「――おい!」
 知らない声が、先程から何度も頭上へ落ちてくる。はじめはおぼろげだった声の輪郭が、何度も呼ばれているうちにはっきりとしてきた。少年の声だ。それもとても良い声だ。こんな声に子守唄を歌ってもらったらずっと寝ていられそう。そんな想いも虚しく、少年の声は苛立ちをまとい始めた。
 怒鳴られる前に起きた方がいい。そう思って無理やり意識を浮上させる。
 あまり見慣れない色が、辺り一面に広がっている。緑だった。身体を起こすため地面に手を付き、雪とは違う感触に少し戸惑う。
「ようやく起きたか」
 睡眠妨害の元凶を見る。
 十三歳の自分と変わらないように見える少年は、美しさと儚さと可愛さを兼ね備えたような整った顔立ちをしていた。黒髪の間から見えるアメジスト色の瞳が、不審そうにこちらを見る。あ、この人好き。そんな脳直感想を胸にしまい込んで顔から少し視線を下ろしてみると、絵本から飛び出てきたような白タイツが眩しい王子様ルックが目に飛び込んできた。
「好みの怪しい人だ!!」
「いきなり何を言い出すんだ!?」
 初対面の人間からキレの良い返しをいただき、少しだけ頭の中を整理しようと試みる。
 ――えっと、天地戦争終わらせる為にみんなでダイクロフトに突撃して、それから……父さんとカーレル兄が刺し違えて、そしたらだんだん意識が遠くなっていって……起きたら、ここ。
 周囲の景色を見回すと、どこかの森のようだった。緑の葉をめいっぱい茂らせた木々がたくさん立っていて、小鳥のさえずりが聞こえる。風はおだやかで、気候はとてもあたたかくて。
 待て、私がいたところは極寒の地だったはずなんだけど。
 そう思い、目の前にいる王子様ルックの少年に勇気を出して声をかけてみる。
「あの、……ここってどこ? あなたは? 私はって言うんだけど」
「僕はリオン・マグナスだ。ここはダリルシェイドの近くにある、セインガルド領域の森だが」
 やばい。何ひとつわからない。知らない世界に飛び込んでしまったような感覚になり、の思考が止まりかける。
「えーっと、リオンは地上? 天上?」
「……は?」
 やばい。何ひとつわからない。という顔をリオンにされてしまった。
 ここが雪降る極寒の土地であれば、ももう少し強気に出られたのだが。異端者はお前だとお日様ぽかぽかあったか大地が告げてくる。
「別に怪しい人間じゃないわよ!?」
「魔物がいるこの森で呑気に昼寝をしている返り血のようなものをつけた奴が怪しくなければ、この世界に怪しい人間はいないな」
「…………」
 ぐうの音も出せず、は冷や汗をかいてしまう。自分の服を見ると確かに戦闘時についた返り血があった。これでは疑われても仕方がない。しかし魔物がいると言うわりには、リオンは丸腰だ。先生、それは不審点にならないんですか、と切り返そうかと口を開きかけると。
『うっうっ……坊ちゃぁぁん……もう余計なこと言いませんから~そろそろ迎えに来てくださいよぉ! ギブミー坊ちゃーんッッ! 坊ちゃんには僕が必要! 僕には坊ちゃんが必要!!』
 にとって非常に聞き覚えのある声が頭に直接響く。意識を飛ばす前に、ずっとの名前を叫んでいた声。
「あの電波ソード……」
 少し苛立った様子でリオンが呟くのを、は見逃さなかった。は慌てて立ち上がって、リオンに詰め寄る。
「今の声聞こえたの!?」
「知らん」
「嘘つけ!!」
 よっぽど響く声の存在を消したいのかリオンがとぼけるので、は盛大に突っ込んだ。
 少し落ち着くために深呼吸を軽くして、もう一度リオンにたずねる。
「今のって電波ソーディア……もとい、ソーディアン・シャルティエよね?」
「お前、何故それを」
「一体シャルをどうしたの?」
 リオンが訊く隙すら与えず、は質問を重ねた。リオンとのやり取りの中で、ここが未来か異世界かどちらかまで仮定したものの確定できていなかったのだが、シャルティエがいるなら未来に軍配があがる。
 きっとシャルティエと話せば、分かることがたくさんあるはずだ。
 今頼りになるのはシャルティエだけ。そう思いは訊ねたのだが。
「捨てた」
 捨てたってあんた。
 リオンの答えにはがっくりと肩を落とす。
 世界に六本しかないソーディアンを捨てるか普通? 中身が電波だから気持ちはわからないわけでもないけれど。
 しかしの潔白を証明するためにも、シャルティエは不可欠。そうは思い、リオンに「拾いに行こう」と言った。
「どうせ拾うなら、お前がシャルのマスターになってくれないか?」
「ええ……やだよ……」

『あ! ビンビンきてる! きてますねぇ! 僕の坊ちゃんセンサーがビンビンですよ!』
 シャルティエのその言葉を聞き、の足は止まり、リオンは方向転換して来た道を戻ろうとしていた。そんなリオンの腕を掴んで止める
「リオン! 一人で逃げるなんて駄目よ……! 確かにシャルのアレには疲れるだろうけど、頑張らないと!」
「気分が悪い」
「そんな仮病みたいな言葉を! 私も色々把握するために、シャルに聞くしかないのよ! 仕方なく!」
 止めたにも関わらず、逃げようとするリオンをは必死に説得する。
 いつまで経っても埒が明かないので、は咄嗟にリオンの手を握って引きずるようにシャルティエの方へと引っ張っていく。
「お、おい……!」
 少し戸惑ったような声が可愛い。なんて思ってしまったのはだけの秘密である。
 とリオンは手を繋いだまま、シャルティエが落ちている地面へと近寄った。
『……!? きゃああああーッ!!』
 甲高い叫びが脳内で響き渡り、二人は手を離して意味がないのに耳をふさぐ。リオンは眉をひそめながら勢い余ってシャルティエのコアクリスタルを踏みつけた。
「頭に響く!!」
『あっ、やめてください坊ちゃん! 僕はマゾじゃないですから! あ、でもそのちらっと見えるスカートの中が最高ガフッ!』
 リオンによるシャルティエ虐待は数分間に及び、シャルティエが興奮状態から落ち着いた時にはコアクリスタルが「ピンチです」と呟くように点滅していた。
『坊ちゃんてば珍しく女の子ナンパしてきたんですか? ばっちり手繋いでたからびっくりしちゃいましたよ! ところでその女の子は? 僕の昔のハニーにそっくりなんですけど』
「誰がハニーよ。勝手に脳内変換しないでくれる、シャル?」
『え……ま、まさか、本当に……』
 そう、そのまさか。おそらく天地戦争の決戦で突然姿を消したであろう――
『ハニー……!』
「破壊するわよ」
 完全に脳内で『=僕のハニー』という変換をしている電波ソーディアンに、さすがのもキレかけて殺気と共に自分の武器のレイピアを鞘から抜く。
 リオンは腕を組み、に応えるように頷いて言った。
「頼んだぞ」
「任せて」
『待ってください超待ってください! もうふざけませんからぁ!!』
 悪ノリに悪ノリを重ねる二人に、シャルティエが涙声で懇願する。はその言葉を信じ、武器を収めてシャルティエを持ち上げた。
「ここ、未来なんでしょ? あの決戦から何年経ったの?」
『千年くらいかな。ってば突然神の眼から出た光に包まれて消えちゃって、オリジナルたちも僕たちもどれだけ心配したか。僕らは決戦の後封印されたけど、オリジナルたちはずっと探していたと思うよ』
「そっか……ごめん、迷惑かけたわ」
 仲間たちが必死に探していたかと思うと、は大人しく謝るほかなかった。ハロルドがどうにかして、はタイムスリップしたという答えを導き出してくれたことを祈るしかない。
『良いんだよ。がこうして無事だったことが、僕は何より嬉しいから』
 オリジナルだったら、きっと頭を撫でながらそう言ってくれたのだろう。シャルティエの優しい言葉を受け取り、は目頭を押さえながらリオンにシャルティエを差し出す。
「リオン、こんな良い剣他にないから大事にしてあげてね」
「さっき破壊すると言ったのはお前だがな」
 痛いところを突いてきた。ソーディアン・シャルティエの新しいマスターはなかなかキレがあるツッコミを入れてくる。目頭が熱くなったふりをしているからシャルティエを受け取り、リオンは問いかける。
「シャル、こいつは何者なんだ?」
『僕の天使です』
「…………」
『ごめんなさいちゃんと説明しますから投げないでください!!』
 またふざけたことを言うシャルティエを投げようと、リオンが大きく振りかぶる。悲鳴のような声を出すシャルティエに、リオンは大きなため息をつきながら投げるのを止めた。
『地上軍の中将です。僕らソーディアンの人格の元となったオリジナルと、それはそれは濃くて厚い濃厚な毎日を送ってたんですよ』
「こいつが軍の中将? 僕と年も変わらないだろう、務められるはずがない」
『まあ、には肩書きが必要だったんですよ。それに彼女の実力であれば妥当なポジションです』
「……聞けば聞くほど信用できないな」
 不信感を募らせるリオンに、は苦笑した。
「シャル、伏せててもリオンから信用を得られそうにないわ。私のことは一から十まで教えてあげて」
……うん、わかった。も坊ちゃんのことは信用して大丈夫だからね』
 シャルティエの言葉に、はこくりと頷く。どうやらシャルティエは相当良いマスターと出会えたらしい。
『天上軍のトップ、天上王ミクトラン。はその男の実娘なんです』
 リオンが息を呑むのがわかった。彼はを一瞥し、そしてまたシャルティエに視線を戻す。
「それは……獅子が子を谷へと落とすという……」
「天から地へと突き落とすのは怖すぎない?」
 気の毒そうに、けれど大真面目に言うリオンには言う。ふう、とため息をつきながら、は過去を説明した。
「……恥ずかしい話だけど、十歳まで戦時下ということも知らなかった。父さんが何をしているのかも。父さんは父さんで、私に何も情報が入らないようにしていたから。でも、一人の使用人が命がけで天地戦争のことを教えてくれたのよ」
『そしてはすぐに単身で地上にやってきたんです。あれは、軍の拠点から離れた場所でした。その日は丁度猛吹雪の日で。今まで感じたことのない寒さと孤独は少女の心までも冷やしきり、少女は遂に吹雪の中で倒れてしまった……! そこでたまたま通りかかった王子様がいたのです! その名はピエール・ド・シャ』
「私を助けてくれたのはカーレル中将って言うんだけど」
「なるほどな」
 シャルティエの妄想を見事に躱しながら、リオンは頷く。
「敵軍トップの娘に従いたくない者もいる。だから肩書きが必要だったのか」
『さっすが坊ちゃん! その通りです。そんな物分りの良い坊ちゃんの白タイツをにプレゼント!』
「わーい!」
「おい待て!」
 シャルティエが弾んだ声でに言うと、は両手をあげて大喜びしつつリオンの白タイツを見る。リオンは真っ青になって、慌てて服の上から白タイツを守るかのように押さえた。それはもう突風でスカートがめくり上がるのを防ぐかのような乙女の仕草で。
「いいじゃない、白タイツのひとつやふたつ脱いだって何も減らないわよ」
「物理的にも精神的にも減るに決まってるだろうが!」
 もっともな意見には己の欲を押し殺し、かなり本気だったものの「冗談よ」と笑顔で言う。あ、そうだ。とシャルティエが声をあげた。
『ねえねえ坊ちゃん』
「うるさいぞシャル!これ以上白タイツの話を蒸し返すなら、また捨て」
『そうしたいのは山々なんですけど。後ろに結構な数の魔物がいますよ?』
「はやく言え!!」
 遅すぎるシャルティエの知らせにリオンとが振り返ると、そこにはたくさんの――

 ――虫型モンスター。

「ぎゃあああああああああ!!」
「ッ!?」
 耳をつんざくようなの悲鳴に、リオンが驚く。
『坊ちゃん、は虫が大の苦手なんです! だから見せないようにしてあげてください!』
「はやく言え!!」
 先ほどと全く同じツッコミを入れるリオン。はすでに涙目になって生まれたての子鹿のように足をガクガク震わせている。
「虫が、虫が、ヤバい、ヤバいってええええ!!」
「落ち着け! ヤバいのはお前だ!」
 半狂乱で叫ぶにリオンはきっぱりと言い放つが、が理性を取り戻すことはなかった。
 リオンはシャルティエを抜刀し、構える。
「お前は自分の身でも守っていろ、役立たずが」
『坊ちゃん、言い過ぎです!』
 に向かって冷たい言葉を浴びせた後、シャルティエの諫言を特に気にすることもなくリオンは魔物に斬り掛かっていった。
(役、立たず……)
 視界に虫が入らないように目を背けながら、はリオンに言われたことを頭の中で繰り返した。
 役立たず。今まで一度も言われたことがなかった。
 そうだ、いつもリトラーは「にあまり危険なことは」と言いながらも、結局重大な任務とか押し付けてきて。上層部の人は言わなかったが、自分がそういった任務をやり遂げると一般兵たちは皆言った。「ミクトランの娘らしいしな」と。思い出すだけで怒りが込み上げてくる言葉だ。
 ――だから、今のリオンの言葉は……私にとってすごく新鮮だった。ミクトランの娘だからと言って、特別何が出来るとか意識もしてなくて、偏見がない。
 は頭の中で色んな考えを巡らせ、一通り考えがまとまったところでちらりとリオンの方を見た。「自分の身でも守っていろ」とか何だか言いながら、魔物がの方へ行かないように守るように戦っている。今の自分がとてつもないぐらい歯痒く感じられただが、それでも虫は嫌だと心の中で唱えて再び目を逸らした。

 とりあえずは視界に虫が入らないように、目を手で覆っていた。
 その状態で数十分経ったあと――……。
 リオンがモンスターを斬る音や、晶術を発動する音などが聞こえなくなったので、はそのままの状態で口を開いた。
「もーいーかい?」
『もーいーよっ♪ ……って、坊ちゃんが!』
 シャルティエの声に、は不安に襲われて慌ててリオンの方へと視線をうつした。
 リオンが倒れている。モンスターは全て殺されていた。は急いでリオンの方へと駆け寄った。
「リオン!」
 自分のせいで死んでしまったのかと、物凄く不安になった。
 しかし近くに寄って見ると、リオンは息があがっていて、体にはモンスターの攻撃によって傷がついていた。体力の限界なのだろう。
「……ねぇ、シャル」
『何?』
「目の前に傷付いた白タイツ美少年がいます。あなたならどうする? A.襲う B.襲う C.襲う」
『D.剥ぐ』
「ファイナルアンサー?」
『ファイナルアンサー!』
「おい、待てお前らッ……!」
 の問いから始まったクイズにシャルティエがのり、その話を聞いていたリオンはゼェハァ言いながらもツッコんだ。だが、そのまま再び仰向けになって地面に倒れてしまう。
  は苦笑しながら、傍らにしゃがみ込んでリオンの胸に手を置いた。
「晶術もたくさん使ったんだから無理したら駄目よ。しばらく休んで。……ヒール」
 置いた手から光が溢れ、リオンの体を優しく包んで所々にあった傷が癒えていく。リオンは驚いて目を見開いた。
「お前、詠唱もなしで晶術を――」
「はいはい、寝る寝る」
 またの手から光が溢れたかと思えば、リオンのまぶたがゆっくりと閉じていく。
 シャルティエが『あ』と声をあげたので、は視線をリオンの手にあるシャルティエの方へとうつした。
「どうしたの?」
『今坊ちゃんに何したの?』
「疲れてるのに無理しようとするから、寝かせた」
『……そんなの使えたっけ?』
「いつのまにかね」
 シャルティエの問いには笑いながら答えた。
 そして一息ついて、リオンがまだ寝ているのを規則正しく上下する胸で確認して苦笑しながら再びシャルティエに語りかける。
「シャル……さっきの、ありがとう」
『さっきの? D.剥ぐのこと?』
 この弱シリアスな展開でもボケるシャルティエにはブッと噴いた。クスクスと笑いながらも再び口を開いた。
「リオンにした説明のこと」
『ああ……を語る上で必要な話かって言われると、違うと思ったから』
でも、とシャルティエは言葉を続ける。
『もし、坊ちゃんに言える時がきたら自分で言ってね。坊ちゃんなら、受け止めてくれるはずだから』
「……考えとくわ」
 は少しの沈黙のあと、曖昧に頷いた。それは遠回しの拒絶だった。そんなを感じ取ったのか、シャルティエは話題を変える。
、行くあてとかあるの?』
「まさか。私さっきまで戦争してたのよ? 信じられないけど」
『それなら坊ちゃんに頼んでみるといいよ。ああ、でもどうしようかな、と坊ちゃんが同じ屋根の下なんて、僕としては危険極まりないと思うんだけど! だってさ、だってさ、二人ともまだ十三歳だけど、あと二年もしたら華がパッと咲くと思うんだけどなぁ~! のフェロモンに理性ぷっつんしちゃった坊ちゃんがぷっつんLOVEしたりして! 僕も理性を保ってられる自信ないなぁ』
「一番危ないのはシャルのその思考回路だし、なによりシャルに理性なんてないでしょ!? いつも本能丸出し電波発信中じゃないの!」
『あはは、そんなに褒めないでよったら!』
「褒めてないわよ!?」
 シャルティエのボケと通り越した気でも触れそうな発言につっこんでいく
 しばしそんなやりとりを続けていた二人だが、それは――
「ん……」
 ――リオンの寝返りによって止められる。
 歳のわりには厳しく、筋肉で引き締めまくったような顔だったリオンだった。だが、それも眠れば一緒。顔の筋肉は緩んで歳相応のあどけない顔からは、大いなるフェロモンが満ち溢れている。更に追加攻撃で色気声ときた。本当に男かと思うぐらいに色っぽいものだから、とシャルティエは心の底から萌えた。
『み……見て! どうしようマジどうしよう! 坊ちゃんのフェロモンに犯される!』
「さすがシャルのマスター……シャルと同じで寝顔が萌えるわね……」
『……、僕の寝顔見てたの?』
 つい口を滑らして言ってしまった言葉に、シャルティエはすかさず反応した。シャルティエに問われ、はハッとして口を塞ぐ。ここぞとばかりに、シャルティエは大声を出す。
『きゃ―――ッ! のバカァ! エッチスケッチワンタッチィ!! 僕の寝顔を見てたなんて、くそッ……その時起きることができたら、を襲えたのに』
「そりゃ見てたのは悪かったわ! でも襲われる筋合いはない!!」
『ごめんね、がそこまで僕のことを愛してくれてたなんて知らなかったんだ……! 相思相愛だったなら、僕もの寝顔見てる時にでも襲えば良かったね!』
「愛してないし! ってかあんたも私の寝顔を見てたんかい!」
『だって可愛かったんだもん!!』
「いばるな!!」
『痛ッ!!』
 シャルティエは自分の寝顔が見られたことに対し、怒るような発言をしながらも声色は実に嬉しそう。 そして続けて自分もの寝顔を見ていたと問題発言。それを聞いたは顔面蒼白にさせながらツッコみ、それに対してシャルティエはコアクリスタルをピンク色に発光させながら何かの宣言のように言い放ちのビンタをコアに喰らった。
 その瞬間。
「へ?」
  は手首をリオンに掴まれた。
「え、あの、ちょっと」
 どうやらリオンは寝ているのか、目を開けなかった。それどころか、そのまま手を引っ張られては寝た状態でリオンに抱き寄せられる形となる。手首を離されたと思ったら、今度は両手てがっちりと抱き締められた。
「んな―――ッ!? ちょ、ちょっとこれどういう状況!?」
『ああ、坊ちゃんってば寝てる時に物を引っ張って抱き締める癖があるんだよ。僕も何回やられたことか……いや、可愛かったからいいんだけどね。でも最近じゃあもうやってくれないんだ。今の坊ちゃんには僕は細すぎるのか、最近は枕を抱き締めて寝てる』
 坊ちゃんの新たな萌え要素発覚。
「何でもいいけどヤバイんですけどコレ――ッ!! ちょ、超至近距離に坊ちゃんの大いなるフェロモン的フェイスがあるんだけど、シャル……!」
『うんうん! 愛しのが愛しの坊ちゃんに抱き締められてるなんて、超萌えてハァハァ!』
「話聞いてね―――ッ!!」
  はシャルティエに救いを求めたが、そんなシャルティエは只今思考回路ドピンク回線直行中。もはや救いはないと涙する
 リオンとの顔の間の距離と言ったら、五センチ程度。目の前には先ほどの歳相応のあどけないリオンの顔に、は本気で萌死寸前。すぐに発狂して身包みを剥がしたい勢いだったが、乙女としてそれは許されない。もはや欲望との戦いだった。
 すやすや寝ているあどけない寝顔をしたリオンVS理性
「…………?」
 あまりのリオンの萌えパワーには涙を流しながら耐えていたが、その時やっとリオンが目をゆっくりと開けた。状況を理解していないのか、ボーッとして目の前にいるに対して疑問符を飛ばしていたリオンだったが……。
「…………ぶっ!」
 噴いて驚いて立ち上がって後ずさった。
「しッ、失礼ね! いくらなんでも、人の顔見て噴いて後ずさることないじゃないの!」
  は怒りと照れからか、顔を真っ赤にして同じく立ち上がり反論したが、リオンは首を振って声を絞り出す。
「お、おまえッ……何故、泣いて……」
「え?」
 どうやらリオンはの涙に驚いているらしい。のその涙は、リオンを襲うかどうかどうするかを理性と交渉していた時に出たものだ。
 だが、妄想マシーン・シャルティエが声を張り上げる。
『……坊ちゃん、そうなんですよ! 坊ちゃんってば眠りながら?ああ……僕はお前が欲しいんだ。もうもたない?とか言っちゃって! が必死に抵抗するのもむなしく、の純潔は坊ちゃんに……ッ! そりゃもうキスなんて生ぬるいものじゃなく! 最後まd』
「ウソ吐け!!」
「ほ、本当なのか……?」
「本気にしてるし!! 違うわよ、これは! ……これは、」
 とりあえず涙を手で拭って、「本当になんでもないから……」とだけは言う。さすがに『リオンの寝顔に萌えてしまって泣いたの』とは言うことはできない。
 そこで、シャルティエが『あ、そうだ』と声を上げる。
『坊ちゃん坊ちゃん、屋敷にを置けないですかね? 空き部屋あたりにポイっと』
「私は物か?」
 シャルティエの物言いに、はため息を吐く。リオンは腕を組んで暫く考え、やがて口を開いた。
「そうだな……ヒューゴ様に言ってみるか」
「ヒューゴ様って誰?」
「僕のちちお…………上司だ」
 リオンの提案の中に出てきた人物のことをが尋ね、それを説明したリオンだったが、なにか違うことを言いかけていた。それが気になって仕方なく、は再び問うた。
「今、別のこと言いかけなかった? ちちお、って……」
「…………」
 リオンはその質問に対し、視線をから逸らして黙った。
『坊ちゃんは「僕の乳を触る関係にあたるやつだ」と言おうとしたんですよ!』
「マジで!?」
「ウソに決まってるだろうが!! 僕の父親だと言おうと……!」
 シャルティエがマスターの危機を救おうとして言ったが、逆効果だったようだ。
 妄想ソードの言葉をは真に受け、そこでリオンが誤解をとくついでに本当のことを言ってしまったのだ。それに気づきリオンはハッとして口を止めたが、時既に遅し。シャルティエはため息をつく。
『坊ちゃんったら。せっかく僕がナイスフォローしてあげたのに……』
「何ひとつナイスなところはなかったが」
「……なるほど。ということは、そのヒューゴ様って言う人ってよっぽどのお偉い様なのね」
「何故そこまで」
 わかるんだ、という顔をするリオン。それに対しては苦笑じみた顔で答える。
「リオンは剣士みたいだし……それに、強くて才能があるときた。だけど『父親』がリオンを高く評価してしまうと、身内贔屓していると世間は思うから。だから、親子ということを隠してる。もしリオンの父親がお偉いさんじゃなかったら、隠す必要なんてないでしょ?」
「よく、頭がそこまで働くな」
『そりゃそうですよ、坊ちゃん。はソーディアンを作ったハロルド博士と、普通に会話できるほどの頭脳の持ち主ですからね』
 の頭の回転の速さに、リオンは感心する。そして、それについてシャルティエが軽く説明したのだった。権力を持つ身内を持つと苦労が多くなるのは、はその身をもって知っている。
「ま、その親子関係のことは誰にも言わないから安心して? っていうか言う相手もいないしね」
「……そうか、ならいい」
『じゃあ坊ちゃん、早く帰りましょうよ。またモンスターが出てきたらたまったもんじゃないですから』
 シャルティエの言葉に、リオンは「そうだな」と頷いて踵を返した。そのリオンの後を追う

 しばらく続いた森の風景を抜けかけた時、前方に微かに建物があるのが見てとれた。
「リオン、あれが今から行くところ?」
 が尋ねると、リオンは頷く。
「ああ。この第一大陸のセインガルドの首都となる、ダリルシェイドだ」
『千年前とは違って、王国が出来上がったんだよ。ていっても、この大陸にあるのはセインガルドと、ファンダリアの二つなんだけどね』
「へえ、そうなんだ」
 説明される事柄のことを頭の中で整理していきながら、は相槌を打った。
『……! 坊ちゃん、! 後ろにモンスターの気配が!』
 シャルの言葉に、とリオンは勢いよく振り返った。この反応は、軍人ならではのものだろう。
 しかし、ここは千年前ではない。極寒の地ではない。
 故に、多くの虫型モンスターが存在するのであった。
「……またか」
 そう、また虫型モンスターが大量出現したのであった。リオンはシャルティエを鞘から抜き、ため息を吐く。そして硬直しているに話しかけた。
「おい、。お前は後ろに……」
「……古より伝わりし浄化の炎……逝け! エンシェントノヴァ!!」
 その晶術を唱えた瞬間、轟音と共に上空から火柱が降りたった。火柱は見事にモンスターに命中し、高熱で焼かれたものもあれば、爆風でぶっ飛ばされたものもある。
 その光景にリオンは一瞬呆然と立ち尽くしたが、すぐに我に返り、
「やれば出来るじゃな」
「我の前に見せよ、その姿! フランブレイブ!!」
「まだやるのか!?」
 ほぼ全滅と化していた大量のモンスターに容赦なく追い討ちをかけるに、リオンは突っ込まざるえなかった。
『止めても無駄ですよ、坊ちゃん。昔、ハロルド博士が冗談での頭に蜘蛛を乗せたところ、ラディスロウの天上に大穴が開きましたからね。ああ、あの時は本当に寒かった』
「灼熱と、業火の意思よ! 焼き尽くせ!!」
 具現した精霊の結晶が、あたりを燃やし尽くす。

 その日、ダリルシェイド付近の森の一部が謎の業火によって燃やし尽くされ消滅した。

「――……落ち着いたか?」
「た、多分……」
 森の一部を消滅させた原因であるが佇んでいるのを見かね、リオンは声をかけた。すると、は震えた声で答えた。
『坊ちゃん、何かフォローしてあげなくちゃ!』
「な、なんだと……」
 やりすぎてしまったことを後悔しているのか、はしょんぼりとしている。そんなを見て、シャルティエはリオンにしか聞こえない程度の声で言った。
(何をフォローすればいいんだッ……!)
 と、リオンは頭を抱える。
「……
 暫くの間があった後、リオンがの名前を呼ぶ。
「……何?」
 ちらりとリオンの方を振り返ったの顔は、酷く傷ついたような顔だった。その顔を見て、リオンの頭の中にあった色々なフォローの言葉はぶっ飛んでいってしまう。しかし、名前を呼んでしまった以上は何か言わなければと思って焦り、口を開く。
「わッ……わ、忘れろ!」
「は?」
 突然出てきた言葉に、は唖然とする。
「忘れろと言ったんだ! どうせあの森にはモンスターぐらいしかいなかっただろう!」
 フォローという全く慣れないことをしているせいか、リオンの顔は見る見るうちに赤くなっていき、それに伴い声も小さくなっていく。それを隠すためか、リオンの視線はどんどんから逸れていき、しまいには顔を下に向けてしまった。
『…………ぷっ』
「わ、笑うな、シャル!」
 普段とは違うマスターの様子に、思わず噴出してしまうシャルティエ。それを静止させるリオン。
 そんな二人の様子を見て、はしばらく黙っていたが……。
「ありがとう。リオン、シャル」
 と、笑顔でそう言った。
 その笑顔を見て、リオンはますます顔を赤くする。
「れ、礼を言われるようなことはしていない! 行くぞ!」
「ああっ、待ってよ!」
 サッと後ろを向き、リオンは再びダリルシェイドの方へと歩いていく。

 それを急いで追いかけるの表情は、もう明るかった。

あとがき
修正前あほみたいに長かったから一回切りました!頑張って一話一万字ぐらいにおさめたいですねー!無理かな~!
2004年代(最終改訂:2023/12/15)
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