「…………」

 の寝顔を、私は静かに見た。
 カーレル中将と軽くバトったついでに聞いたのだけれど、またの心に深く傷が残るような一件が今回の任務であったみたいね。
 こんなに小さい子が、こんなに重い物を背負うなんて……。

「無事か?」
「ディムロス……」

 医務室に入ってきたのは、恋人のディムロス。
 ディムロスもの傍に寄って、彼女の寝顔をじっと見つめる。

「……また、塞ぎこまなければ良いんだが」
「私も心配しているの。はちっとも悪くないのに、は自分を責めるから」

 ふぅ、とため息が口から零れてしまう。

の命令を無視するなんて、死んで当然なんだけど。そうも言ってられないのよね」
「…………」

 ディムロスの顔が少し青ざめたのは、気付かないフリしといてあげる。



雪合戦





「……ぅ……」
 意識を取り戻して目を開けたものの、光が眩しくては再び目をつむった。
 そしてゆっくりと、瞼を開く。
 白い天上に白い壁。自分が医務室にいるということに、は気付く。
「目が覚めた?」
 すぐ側で、アトワイトが微笑みながらに言った。は上半身を起こして、頷いた。
「さっきまでディムロスもの寝顔見てたのよ。ったら本当に可愛いんだから!」
「すみません人を観賞対象にするのやめてもらえますか」
 ずっと寝顔を見られていたことに居心地悪いものを感じ、はアトワイトに突っ込んだ。
「ふふ。良いじゃない、カーレル中将を半殺しにした報酬代わりだと思って」
「一体何したの!?」
 あのカーレルを半殺しにするなど、余程の攻防戦が繰り広げられたに違いない。はその事を考えると、顔から血が引いていくのを感じた。アトワイトは笑う。
「ひ・み・つッ♪」
 ――その答えが一番怖いです。
 アトワイトの背後にあるブラックホールに押されて、は突っ込むことが出来なかった。というかこれ以上踏み込んだことを聞けば自分の命が危うい。
……大丈夫?」
「え?」
 ふと、いきなり気遣うように声をかけてきたアトワイトに対し、は疑問符を浮かべた。
 気絶する前、何があったのかを思い出す。
 ああ、確か情報兵を助けようとしてカーレルに殴られたんだっけな、と思い出す。おそらくアトワイトはその事情も知った上で、カーレルを半殺しにしたのだろう。
 また、大切な命を守ることができなかった。二度とあんな想いをしないよう、強くなろうと決めたのに。
 ――私は……。
「私……もっと、強くなりたい」
……」
 涙をこらえてが言うと、アトワイトは心配そうな表情を浮かべた。そんな心配を拭うように、は笑みを浮かべる。
「無くなる必要のない命を守るためにも、ね」
 そう言ったの表情に驚いたのか、アトワイトは少し目を見開いた。だが、すぐに微笑んで「無理はしないようにね」との頭を撫でた。
 ――まだ、頑張れる。
 は心の中で、強くそう思った。そんな時、
「失礼するよ」
 と言って医務室に入ってきた人物を見ては呆然とした。身体のあちこちに包帯を巻いているカーレルだった。
「か、カーレル兄……どうしたの、それ」
「そこにいる腹黒女に色々とやられてね」
「ふふふ、その程度で済んだだけでも幸いだと思って下さい」
 一体何をしでかしたのだろう、アトワイトは。
 あそこで不意打ちを喰らわなければ……等とカーレルは呟いている。本当に一体何を――いや、これ以上は踏み込んではいけない領域だ。乙女の勘がそう告げている。
 がそうこう考えていると、突然カーレルがに向かって頭を垂れた。いきなりの事に、は目を白黒させる。
「すまなかった」
 更には謝罪の言葉まで述べられ、はあたふたと慌てた。「あ、頭をあげて」とが必死にお願いをすると、カーレルは苦笑を浮かべつつも頭を上げてくれる。
「あの情報兵たちを助けられなかったのは、私のせいだ。恨んでくれても構わない。だから、が責任を負う必要は」
「カーレル兄」
 カーレルがそれ以上のことを言う前に、は止めた。彼の気持ちなど、わかっている。以前の自分なら、わからなかっただろうが。
「ありがとう」
 が一言、そう告げるとカーレルは驚いたように目を丸くさせる。そんな様子のカーレルを少し笑い、は続けた。
「カーレル兄は私を助けてくれたんでしょ? あのままだったら、きっと私は諦めきれなかっただろうから……カーレル兄の行動は間違ってないよ」
……」
「私もカーレル兄も地上軍には必要だもんね。私も、もうちょっと自覚しなきゃいけない。ごめんね、ありがとう」
 出来るだけ心配をかけないように、は笑顔で言った。しかしカーレルの反応は先ほどと同じもので、目を丸くさせていた。
「すみません、は起きていますか?」
 そんな時に新たな来訪者。イクティノスだった。イクティノスは医務室にいるメンバーの顔ぶれを見て、一瞬「うっ」と唸ったがが起きているのを見て仕方なしといった様子で入ってきた。
「怪我の具合はどうですか?」
「平気よ。もともと大した怪我じゃなかったみたいだし」
「カーレル中将に殴られた場所以外はね」
「ははは、まだそのネタを引き摺るつもりかい?」
 イクティノスの問いにが答えると、アトワイトがにっこりと微笑みながら言葉を付け足した。それに対してカーレルが若干蒼い顔をしつつ、空笑いする。あのカーレルが青い顔をするなんて、やはり余程のことがあったようだ。
「……すみませんでした」
「え?」
 少しの沈黙のあとに、突然沸いて出た謝罪の言葉。先程から一体何だ、とは思う。謝るような事はしたが、謝られるような事はしていない。
「今回問題があった情報兵は私の部下です。随分、迷惑をかけてしまった」
 そう言って、イクティノスは頭を垂れた。今日はよく頭を下げられる日だなあ、とは心の中で呟く。
「イクティの大切な部下、守れなくてごめんね」
「ッ……!」
 の言葉にイクティノスは弾かれたように頭を上げて、の顔を見た。そんなイクティノスの驚きようを見て、アトワイトはクスクスと笑う。
は私たちが思っている以上に、強くて優しい子よ」
「何よ、カーレル兄もイクティも私が落ち込んでると思ってたわけ?」
 アトワイトの言葉に乗っかってが尋ねると、カーレルとイクティノスは頷いた。
 情報兵たちを助けたかったのにって後悔していると思っていたよ、とカーレルは言う。
 情報兵たちを助けられなかった事で後悔していると思ってました、とイクティノスは言う。
 はあ、とはため息を吐いた。
「落ち込んでる暇があるなら、私は戦わなくちゃいけないから」
 はそう言って、笑った。



 の様子を見にいったイクティノスが会議室に戻ってきて、意識が回復したことを教えてくれた。それを聞いたシャルティエは、早くのもとに行きたくて一人そわそわしているとリトラーから「行っても構わん」という許しを得たのだった。
 イクティノスの話によると、あまり落ち込んではいないとのことだった。だが、心に傷を負ったのは間違いない。そこはしっかりサポートしなければ、とシャルティエは思っていた。
!」
 勢いよく医務室の扉を開けた。そして、後悔する。は着替え中だった。
「ご、ごめん!」
 シャルティエは慌てて医務室の扉を閉めた。そしてため息を吐く。心臓がドキドキと、鳴り響いているのがわかった。これは決しての着替えを見たからという理由ではなく、突然入ってきたシャルティエをギンッと睨んだアトワイトへの恐怖からくる胸の高鳴りである。
 このまま逃げてしまいたい、とシャルティエは思った。
「シャルー、もういいよー」
 医務室の中からの声が聞こえ、シャルティエは恐る恐る中へと入った。もアトワイトも、笑顔だった。
「別に真っ裸見られたわけじゃないんだし、そんな罰の悪そうな顔しなくていいわよ」
 あははは、とは笑いながらそう言ってシャルティエを許した。確かに着替えと言っても見えたのは肌着ぐらいである。それなら別にアトワイトも怒ってはいないか、と思ってシャルティエがアトワイトを見ると、彼女はにこにこと微笑んでいた。
「ナマ着替え見たかったの?」
 笑って許さないアトワイト。指をバキボキと鳴らして戦闘態勢をとっているアトワイトの姿を見て、シャルティエは顔を蒼くして「すみませんでしたッ!」と平謝り。
「アトワイト姉も、あまりシャルで遊ばないであげて」
「ふふ、そうね。楽しいからつい」
「遊ばれてたの!?」
「あら、本気で相手して欲しかったのかしら?」
「いや、遠慮します」
 がアトワイトの笑って忠告すると、アトワイトはクスクスと笑いながら謝った。そこでシャルティエは初めて自分が遊ばれていることに気付き驚くと、アトワイトは無表情で黒い威圧感を醸し出し始める。即効でシャルティエは拒否をした。
、もう身体は大丈夫?」
 いつもの服装に着替えているからには回復したのだろうが、シャルティエが一応尋ねてみるとは頷いた。
「うん、もう平気だよ。そろそろベッドから出ないと身体なまっちゃうしね」
「もう少しゆっくりすれば良いのに……」
 の言葉に、アトワイトは不満を漏らした。アトワイトが傍にいたんでは、ゆっくりできないのでは。シャルティエは心の中だけで、そんなことを思う。口に出せば命は無いだろう。
「シャル、ちょっと基地内をパトロールでもしようよ」
「あ、いいよ」
 からの誘いに、シャルティエは頷いた。表面上は笑顔だが、少し影があるようにも見える。何か考え事があるのだろうな、とシャルティエは思った。
「シャルティエ、しっかりとを虫けらどもから守ってちょうだいね」
「は、はい……!」
 ――良かった、僕は一応虫けらの部類に入ってないみたいだ。少し安心するシャルティエを、は横で呆れて見ていた。



 パトロールという名の散歩だな、とシャルティエは思った。
 基地内といっても、所々に既に見張りの兵士が配置されているのだ。そうそう問題は起こらない。問題を起こす人間は、結構限られてくるものだ。
「とりあえず、隊員たちが暴れてないみたいで良かったわ……」
「もともと問題が多い人たちだから、多少問題起こしても大目に見てくれるよ」
 色々見て周りながら基地内全域を見渡せる高台までやって来たと思ったら、はそんなことを呟いた。それに対して苦笑しつつもシャルティエが言うと、は首を横に振る。
「私はただでさえ小さいから、問題がちょっとでも起きると見下されるの。リトラー司令やクレメンテ老とかは別だけど、他の頭の固いお偉いオッサン連中は私のことなんて何も知らないんだから」
「……こんなに努力してるのにね」
 愚痴り出したを頭を優しく撫でてシャルティエが言うと、は目を潤ませた。「こんなに優しいのはシャルだけ!」と言って、抱きついてくる。
 ――はたから見たら恋人同士に見えないかな……。いやいや何を考えてるんだ僕は!
 は十歳だ。
 シャルティエから離れて、は基地を見渡した。
「ねえ、シャル。……もし、ね」
 もしもの話。冗談半分ではもしもの話をよくするが、今回は至って真面目だった。
「もしも……今回の任務が私じゃなくて、ヴァンクだったとしたら。……誰も、死ななかったのかな」
……」
 の命令に逆らって、情報兵たちは罠にかかったとシャルティエは聞いている。今回の件に関して、は後悔はしていない。だが、少し負い目を感じるものがあるのだろう。もっと自分が信用に足りる人物だったら、と。
「天上兵だったのに、ヴァンクって結構信頼されてたわよね。お偉いオッサン連中からも一目置かれていたし」
「ヴァンク大佐はめちゃくちゃだったから。でも、そのめちゃくちゃな性格に惹かれる人がいたんだよ」
 の問いに答えたシャルティエだったが、ヴァンクが信頼されていたもう一つの理由を知っていた。

 フィアル・だった。
 容貌はヴァンクとは到底似ていないが、フィアルと同じようなことをよく言っていた。
 フィアルは元々ずっと地上軍に在籍していた。ヴァンクやのように戦場で戦うことはなかったが、影で軍をサポートしていたという話だ。
 頭は弱かったが、心だけは熱かった。そして、凄く優しかった。
 上層部の人間はそんな彼女を何よりも信頼していた、とシャルティエはイクティノスから聞いたことがある。
 そんな彼女の影を背負うヴァンクは、信頼されて当然だろうと思う。

 しかし、そんなことはには一切言えない。
 そもそも、の母親がかつて地上軍だったという話も言えない。
 どんな人間だったか、教えることもできない。
 それもこれも全部、ヴァンクの願いだった。
 ヴァンクは言った。「が立派な大人になるまで、フィアルのことは一切教えないでやってくれ」と。
 ひとつ話せば、フィアルが死んだ理由にいずれ繋がってしまうから、と。

 シャルティエは基地を見渡しているの背中を見つめる。
 ――愛せない、か。
 ヴァンクの話によると、フィアルは自殺した。ミクトランの血が流れてる子なんて愛せないと言って。ミクトランを憎んで。女に産まれたに失望して。

 シャルティエがを呼ぶと、は振り返って疑問符を浮かべた。
「どんな事があっても、深く考えずには笑顔で前を向いて生きていけばいいよ。みんな、そんなが好きだから」
「……シャル、ありがと」
 は少し、はにかんだように笑った。
「変なこと考えるのやめた! 大体、ヴァンクだったら皆して罠にかかったかもしれないしね」
「あはは、確かに」
 確かに、罠があることはだからわかったこと。ヴァンクだったら気付かず全員あの世逝きになっていたかもしれない。
 の表情から影が消えたのがわかる。その顔に浮かぶ笑顔は、本物だ。
 この笑顔を守るためなら何だってしよう、とシャルティエは心の中で密かに誓った。



 ベシャッ

「冷たッ!」
 突然背中に冷たい衝撃を感じて、は小さい悲鳴を上げた。振り返ると、先程まで相談に乗ってくれていたシャルティエが笑っている。
 雪球を投げつけられたに違いない。
「たまには雪合戦やってみても面白いんじゃないかと思って」
「二人で?」
 合戦って言わない、それ。は突っ込みつつも、楽しそうだと思ってシャルティエの誘いに乗った。
 雪をすくって固めて投げると、シャルティエは軽々と避けた。
「何で避けるのよ!」
「避けちゃ駄目なの!?」
 こうなれば、とは雪球の中に石を埋め込む。シャルティエは青い顔をする。
「ちょ、それは勘弁!」
「あ、待て!」
 逃げ出したシャルティエを、は雪球を持って追いかける。そしてシャルティエに向かって石入り雪球を思い切り投げたのだが、

 ゴッ

「ガフッ!」
 当たったのはたまたま歩いていたディムロスだった。
 雪球はディムロスの後頭部に当たったようだ。相当な威力だったのか、つんのめって蹲っている。隣で一緒に歩いていたアトワイトは、そんなディムロスを何か変な物を見るような目で見ていた。ディムロスに当たってしまったことに対して、更に顔を青くするシャルティエ。
「ディムロス兄ごめーん! 痛かった?」
「痛いとかいうレベルじゃないぞ、これは……」
 顔の蒼いシャルティエを尻目には気軽に謝った。蹲りつつも何とか答えるディムロス。隣にいるアトワイトが笑った。
ったらお茶目さんね。何をしていたの?」
「シャルと雪合戦」
「楽しそうね、私も混ぜてくれる?」
 何故かアトワイトが乗り気だ。最悪的状況に、シャルティエはますます顔を青くする。もう深海より青いかもしれない。
「でぃ、ディムロス中将早く起きて下さいよ! 僕一人じゃ絶対負けますから!」
「私と二人でも確実に負けるだろう」
 縋りつくシャルティエに、ディムロスは落胆しながら言った。そうは言いつつも立ち上がり、シャルティエの隣に立つディムロスを見てアトワイトは呟いた。
「ディムシャルか……」
 一体何を言っているのだろうか、彼女は。一歩間違えれば悦に入りそうなアトワイトの横で、はひたすらアトワイトが壊れないことを祈る。
「いくわよ、ディムロス!」
「俺限定か!」
 宣言と同時に雪球を投げたアトワイトに向かって、ディムロスが突っ込んだ。
 その時のディムロスの一人称が「私」ではなく「俺」なところにはニヤリとした。アトワイトと二人きりの時は恐らく「俺」なのだろう。
「ヒューッ! ディムロス兄、男だねーッ!」
「なッ……! 、大人をからかうのもいい加減にしろ!」
 咄嗟に言ってしまったいつもと違う一人称に気付いたのか、ディムロスは顔を真っ赤にさせた。そして照れ隠しのまま怒鳴って、に雪球を投げる。
 その雪球をやすやすと避ける
 その雪球の行き先は、

 ベシャッ
「…………」
 カーレルの顔面。
 そこら辺りの兵士を含め、アトワイトを除く人間が全員青ざめた瞬間だった。
 雪球がずるりとカーレルの顔面から滑り落ちる。
 カーレルは、怖いくらいの笑顔だった。
、私も仲間に入れてくれないかな。殺したい人間がいるんだ」
「いいよ」
「待て、そこは突っ込むところだrグハッ!!」
 あっさりとカーレルを仲間に入れたに対し、激しく突っ込むディムロスだったがカーレルの推定速度二〇〇キロのストレートボールが頬に思いっきり入った。
 ぶっ飛ばされ、蹲ってピクピクと痙攣するディムロス。なんとまあ、不甲斐ない姿だろうか。しかしカーレルには逆らえない。だって命が惜しいのである。
「たまにはやるじゃないの、カーレル中将」
「お褒めに預かり光栄だ」
 ウフフアハハと会話を交わすアトワイトとカーレル。恋人としてディムロスがやられていいのか、とは一瞬突っ込みそうになった。だが遅かれ早かれ、いずれディムロスはアトワイトに殺られていたに違いない。は突っ込みを、飲み込んだ。
「軍の中心付近にいる人間がいないと思ったら、こんなところにいたのかね」
「リトラー総司令……!」
 突如現れた大物。リトラーは雪合戦の悲惨な惨劇を見て苦笑していた。ディムロスは慌てて吐血しながらも立ち上がった。律儀だなあとは思う。
「相手があれでは勝てる気がしないだろう、ディムロス君。ここは私が少し手助けをしよう。たいした力にはなれないだろうがね」
「中途半端な力じゃ私のチーム倒せないわよ」
 リトラーの言葉には笑った。何と言ってもの前にはアトワイトとカーレルの恐怖コンビがいるのだ。リトラーがひとつふたつ雪球を投げたところで変わりはしない。
「全兵士に命令する! を主将とする雪合戦Aチーム三名に雪球を撃て!」
「おい!!」
「見事Bチームの勝利に貢献した者は、昇級を検討しよう!」

 わああああああ!!!

 ――誰か止めて下さい。
 突然の命令にそこら辺りにいた兵士は戸惑ったが、昇級の話を聞いて歓喜の声をあげながら次々と雪球をたちに投げようと構える。
 ――リトラー司令、これは虐めって言います。
 リトラーは満足そうに微笑んでいたりする。ちゃっかりAチームとBチームに分けたりして、喰えない奴だ。
「私に投げるとどうなるか、わかってるわよね?」
にひとつでも当てたら、こちらも容赦はしないよ」
 黒き微笑みを浮かべながらアトワイトとカーレルが宣言(警告)をすると、兵士たちの八割が棄権した。
「さすがはアトワイト君とカーレル君だな。一筋縄ではいかないか」
 リトラーはそう言っているが、二割に投げられても結構な数である。即席で集まった人数の中の二割なので、四十人くらいだろうか。
 カーレルはあらゆる方向から投げられてくる雪球の気配を感じ取り、こちらからも雪球をなげつけて相殺させ、アトワイトは投げる人間に石入り雪球を当てて沈没させていっている。しかし、人数的に考えても雲行きが怪しい。
 周りを見渡せば、イクティノスとクレメンテもこの場にやってきたようだった。
「何の騒ぎですか、司令」
「ああ、良いところに来たなイクティノス君。きみはBチームということで」
「は!?」
「ならワシはAチームに入ろうかのぉ。若い女子がいるチームの方が癒されるわい。フォッフォッフォ!」
 イクティノスは強制的にBチームへと入れられ、クレメンテは邪な希望でAチームへと入った。
 そんな時、ガッシャンガッシャンという機械が動く音がした。そちらの方を向けば、
「ジャッジャ~ン☆ 1000玉まで搭載できる雪球マシーン作ってきたわよ! 加勢するわ、司令!」
 巨大機械を引き連れたハロルドがいらっしゃった。
 どこまで遊ぶんだ、この軍は。
「ハロルド、妹として兄を守ろうという気はないのか?」
「こぉんな時だからこそ敵にまわるの!  にアトワイトに兄貴の最強コンビ、この先戦えることないわ! グフフッ♪」
 思わずカーレルがハロルドに尋ねると、ハロルドは目を輝かせてそう言って笑った。ハロルドまでBチームに入ったとなると、こちらの負けは見えている。というかチームの人数が比例してないだろ、とは心の中で突っ込んだ。
 たとえクレメンテがAチームに入ったとしても、役には立たないだろう。そこまで思ってクレメンテの方へと目を向ければ、奴は雪だるまを作り出していた。何故。
「隊長楽しそうじゃないっすか! 俺たちも混ぜてください!」
 そこでやって来た遊撃隊員たち。は頷いた。
「ナイスタイミングよ、みんな! とりあえず、ハロルドのマシンが飛ばしてくる雪球という名の石を粉砕していって!」
「了解っす!」
 が指示を出すと、隊員たちは言われたとおりに拳なり何なりで飛んでくる雪球を粉砕していった。力馬鹿はこういう時に役に立つ。
 アトワイトが気がかりになり、はそちらへと目を向ける。
「ふぅ……ざっとこんなものね」
 兵士たちを制圧しているアトワイトの姿がそこにあった。ぶっ倒れている数々の兵士たちを見て、アトワイトなら戦場の前線に立てるとは思った。
! 流れ弾が!」
 カーレルの警告が聞こえ、は振り返った。粉砕しそこねた雪球がこちらへと向かってきている。避けるには間に合わないと判断したは覚悟を決めたが、
ッ!」
 横から突進してきたシャルティエによって、雪球にあたることは回避できた。いつでもどんな時でも守ってくれるシャルティエに、は胸ときめかせる。
「あ、ありがとう。シャル……」
「怪我ないみたいで良かった。僕、に何かあったrゲフッ!」
「ああ、すまないシャルティエ。Bチームは敵だから思わず投げてしまったよ」
 容赦なくシャルティエに雪球を投げて沈没させるカーレル。明らか、がシャルティエにときめいたりしてしまったのが原因であろう。
 ――ごめん、シャル。
 足元でのびているシャルティエを見て、とりあえずは心の中では謝った。
「うおらあああああああ!!!」
 突如、威勢のいいアトワイトの声がしてはそちらへと向く。
 するとクレメンテが作ったと思われる雪だるまの体の部分(推定直径二メートル)を、ハロルドのマシンに向かって投げているアトワイトの姿があった。
「……ディムロス君、きみの恋人は強いな」
「…………はい」
 リトラーの言葉に、深い沈黙の後ディムロスは肯定した。そんなディムロスの肩を、リトラーはポンと叩いた。
「そんなわけで私は会議があるので失礼する。後始末はよろしく頼むよ」
「な!? ちょ、総司令!?」
 それだけ言い残して逃げたリトラーに、ディムロスは盛大に焦ったが後の祭り。リトラーはすばやく立ち去ってしまった。

 バギィッ! バコォ! ズズズ……

 そんな時、ディムロスの恋人は雪球マシーンを破壊していた。
「こうも木っ端微塵になるなんて、予想外ね。もうちょっと改良が必要みたい。ちょっくらラボに篭って研究しよっと♪」
「隊長ー! 飽きたんで今日は終わりますー!」
「お疲れ様っすー!」
 ハロルドはマシンが壊れたのを見て、スキップをしつつその場を去った。そして遊撃隊員たちは「飽きた」と口々に言って立ち去っていく。
 アトワイトが、微笑んだ。
「Bチームはもうディムロスとイクティノスだけかしら? ――楽勝ね」
「い、いやアトワイト。落ち着け。もう勝負は見えているだろう!?」
「私は棄権したいのですが……」
 アトワイトの言葉に、ディムロスは焦って言い、イクティノスは泣きそうな顔で呟いた。彼女はクレメンテに尋ねる。
「老、雪球のストックはありますか?」
「ざっと十個ほど作ったわい」
 クレメンテの近くには推定直径二メートルの大雪球が並んでいた。何気に大変元気であります、この老人。
 アトワイトはくすくすと笑う。

 ――、見ていてね。お姉さんの力っていうのを見せてあげるから!
 ――……うん。
 ――そこは頷くな!おい、やめろアトワイトー!!

あとがき
何が書きたかったって、もちろん雪合戦が書きたかったんですとも!(待
ちょっとお茶目な司令を書きたかったんです。アトワイトの本領発揮も書きたかったんです…!酷い方向に本領発揮しちゃいましたが(笑
それでは、ここまで読んで下さった方、有難う御座いました!
2009/8/12
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