「あー、こんな朝っぱらから緊急会議なんて憂鬱ー」
「仕方ないでしょう。文句言うものではない」

 早朝から兵士が緊急会議が開かれると伝えにきた。
 イクティは起きてたからいいけどさ、私とシャルはまだ爆睡してた時間帯よ?
 上層部の方々にはもう少し空気読んでもらいたい。
 そんなわけで私が愚痴を言っていると、イクティがそれを諌めた。

「それより。昨日の夜中、一人で外に出た?」
「え? ……あー、一回起きたら眠れなくなって。ちょっと夜風にあたりに」

 シャルの問いに答えると、彼は「やっぱり」と顔を顰めた。

「女の子がそんな夜中に一人で出て行くなんで危険なんだから! はもう少し危機感というものを身に付けるべきだよ!」
「あーあー、はいはい。ごめんなさいー」

 耳が痛いなあ、と後に付け加えて私が言うと、シャルは「わかってない!!」と叫んだ。朝っぱらから大変元気ね。

「早く行かないと遅れますよ。扉ロックしますから、早く出て下さい」

 呆れてため息を吐きながら、イクティが言った。

「少将も少しは注意して下さいよ……」

 シャルはぶちぶち言いながら、部屋の外に出る。
 そんなシャルに、イクティは苦笑いで返した。
 その様子を見た私は、思わず呟いてしまった。

「……イクティとシャルって、なんかお父さんとお母さんみたい……」



選択





 朝からがイクティノスとシャルティエに夫婦発言してから一悶着あった為、三人が会議室についた時には既に全員が着席していた。すみません、とイクティノスが筆頭に謝りたちは席へと着いた。
 壇上に立ち、総司令であるリトラーが言う。
「早朝から召集させてすまない。今から緊急会議を始める」
「とっとと終わらせちゃってよ。私今から寝ようと思ってたところなんだから」
「は、ハロルド!」
 リトラーに論議しだしたハロルドを、ディムロスは慌てて諌めた。ちなみにハロルドの兄であるカーレルはそんな妹の暴走を完全無視。止めてやれ。
 そんなハロルドに対しリトラーは笑いながら「すまないな」と言う。本日も器が大きい。
「先程、偵察隊の一部が戻ってきて報告を受けたのだが……ここより北に15km先と、そこより西に3kmのところに天上軍のものと思われる稼働中の施設が発見された」
 リトラーは地図に印をつけながら説明する。
「天上兵が出入りしているのも確認された。ここの存在が知られては非常に危険だということは皆も承知だろう。よって、早急に手を打つ必要がある」
「私のロケットミサイルでぶっ飛ばしちゃう~?」
「……頼むからハロルドを止めてくれ、カーレル」
 またもや横槍をいれるハロルドに対し、ディムロスはもはや止める術を持たないのかカーレルに呟くような声で言った。完全無視だったカーレルも、そこで初めて気がついたようにため息を吐いた。
「ハロルド……ディムロスがミサイルロケットなら自分に打って欲しいだって」
「まじで!? 威力実験したかったのよね! さっすがM男だわ!」
「言っていない! 一言も言っていないぞ私は!!」
 カーレルさえ好き放題言いだす始末。ソーディアンチームだけの会議ならこんな雰囲気はよくあることだが、今は軍全体の上層部の集まり。こうもズケズケと発言できるのは、やはり天災だからだろうか。
「ゴホンッ! ……あー、良いかね? ディムロス君」
「……申し訳ありません……(何故私が怒られるはめに……)」
 否定をするのに全力を使ったからだろう。一番目立ったディムロスがリトラーに咎められる事となる。それを見てほくそ笑むベルセリオス兄妹。
 ――悪魔だ……。
 は心の中だけで、そう思った。
「ハロルド博士の言う通り、爆撃で潰したいところだがそうもいかない。地上にあるとはいえ、天上軍の施設だ。ダイクロフト内部に繋がる情報もいくつかあるだろう。その情報を入手した上で、押さえてもらいたい」
「この件に関しては私が戦略を考えたから、説明させてもらうよ」
 リトラーの言葉に続いて、カーレルがそう言った。
 カーレルの説明によると、二つの建物は同時に叩くらしい。叩く部隊はディムロスが統括する第一師団と、シャルティエが分隊長として所属している第二師団。
 情報収集に関しては、イクティノスの部隊を二つに分割し、各建物で情報を入手する。
 西側の施設は第一師団とイクティノスがまとめる部隊。
 東側の施設は第二師団。そしてまとめ役のいない情報隊にはカーレルがまとめ役として出ることになった。
「遊撃隊は出番なし?」
「今回に関しては向こうの兵力もそれほど強いものではないと確認している。遊撃隊員たちには基地でゆっくりしていて貰おう」
 が訊ねるとリトラーが答えた。
 ちなみに「ゆっくり」と言っても、基地を守るという重要な役目があったりする。しかしこの基地は天上軍には一切知られていない事から、攻撃されることはまず無いのだが。
 ――じゃあ、今回私暇なんだ……。
 早くもプレッシャーで軽く青ざめているシャルティエを横目で見て、は優越感に浸る。
 しかし、
には私の部隊に入って貰おう」
 という予想外のカーレルの発言には目を丸くさせた。カーレルは意地悪そうに笑う。
「遊撃隊員にはゆっくりしてもらうけど、隊長には働いてもらわないと」
 ――詐欺だ。
 は思わずため息を吐いてしまう。シャルティエはが一緒に突撃する事に少し安心を覚えたのだろう。気持ち的にだいぶ楽になったようだ。
「ちなみに師団と情報隊は基本的に別行動になるから」
「ええッ!?」
 こちらも期待を裏切られたシャルティエ。彼もカーレルの言葉に驚き、落胆した。そんな様子に、クレメンテが笑う。
「ふぉっふぉっふぉ。無しでは生きていけんらしいぞ、シャルティエは」
「そ、そんなことはありません!」
 クレメンテにからかわれ、シャルティエは顔を真っ赤にさせて反論した。シャルティエのその様子が何故か可愛らしく見え、一気に会議室は和んだ。
「――では、各部隊に伝達して出来るだけ早く準備をしてもらいたい。一時間後に出発を目標とするが、それよりも早く出発できるよう心がけてほしい」
「了解!」
 リトラーの気を引き締めさせられるような声に、皆は揃って答えた。各自、自分の部隊に伝達しに解散していく。
 しかしシャルティエだけは、その足が重そうだった。
「早くもプレッシャー感じてるの?」
 思わずが訊くと、シャルティエは困ったような顔になる。
「本当に、なんではそんな普通でいられるんだろう。やっぱり実力があるからかな……」
「何言ってんのよ。自分の身を守るくらいの実力ならシャルも持ってるでしょ?」
 マイナス電波を発しているシャルティエに、は笑いながら言った。するとシャルティエは苦笑いを浮かべる。
に励まされるとは思わなかったよ。……頑張ろうね」
「当然!」
 はシャルティエの背中を思い切り叩いて応えた。バシンと威勢の良い音を出され、シャルティエは痛そうにしていたが笑っていた。
 ――私も、遊撃隊に伝達しなきゃ。
 そう思って、も急いで隊員たちが集まる場所へ向かった。



 訓練所裏の空き地。特に理由もなく、遊撃隊はそこに集合する。そしてそのまま、遊撃隊の集合場所は正式にそこに決定されたのだった。
 いつもより少し時間は早いが、今日は早朝から緊急会議があったことだし隊員たちは早めに集合しているだろう。今回は出番無しという連絡をすれば、隊員は文句を垂れるだろうなと思いつつ、は空き地へと踏み入った。
「あー! 隊長、今日朝っぱらから緊急会議だったんすよね!? 今から出撃っすか!?」
 とても明るい笑顔で隊員たちから訊かれる。あはは、とは苦笑した。
「そうね。今から出撃よ」
「よおっしゃあああ! 暴れられる!!」
 わーわーと歓声を上げ、隊員はガッツポーズをする。
「でも、私だけね」
 ぴたり。
 隊員たちの動きが一斉に止まった。その様子がおかしくて、は笑ってしまう。彼らは戦うことがどれだけ好きなのだろう。
「貴方達は基地で留守番。手強い相手じゃないから、遊撃隊の力は必要ないんだって」
「そりゃねえよおおお!」
「うわー、まじでショック。期待した健気な心かえせーッ!」
「そんな事を期待してる時点で健気じゃないでしょうが!」
 の説明にやはり隊員たちはブーイング。そのブーイングの中の一つには突っ込んだ。こちらとしては基地でゆっくり出来る隊員が羨ましいくらいなのに、とは思う。しかし、『超』がつくほどアウトドアな彼らにとっては、残念すぎることなのだろう。
「でも、留守番は留守番よ。天上兵が攻め込んでくることがあったら、その時は全力で叩き潰すこと! ……まあ、そんな確率は低いけどね」
「せめて隊長がいてくれたらなあ。特訓してもらうんっすけど」
「隊長って結構引っ張りダコっすよね。たまには俺らの実力試しもしてくださいよ!」
 ――本当にもう、こいつらは……。
 嬉しいやら悲しいやら。遊撃隊の隊員たちは皆、実力主義。だから歳がいくら下でも実力を見て物を喋る。外見や身分に囚われることなく接してくれるのはいいのだが、十歳の体力と精神力を無視しないでもらいたい。
 ――そんなこと言ったら、若いから大丈夫って言われるんだろうけど。
 若すぎやしないか、とは心の中で突っ込む。
「わーかったから! 適当に見回りでもしとくのよ? 間違っても他の隊にちょっかいかけないように!」
「いや、腹立つ奴がいたらどうなるかわかんねーっす」
「チンピラかあんたは!」
 彼らはもはや、戦うことが本能と化している。今ではだいぶ大人しくなったようだが、周りの話によると昔ヴァンクが隊長になる前までは相当な荒れっぷりだったらしい。
 しかし、大人しくなったといっても月に一度くらいは問題を起こすのが遊撃隊。ヴァンクもよく耐えれたな、とは思った。
 ――ヴァンクなら、あの性格で飄々と嫌味をかわしていくんだろうなぁ。
 彼の性格を、少し羨ましく思う。
「大丈夫っすよ。隊長に迷惑がかからないようにバレないようにするっすから!」
「余計タチ悪いっての!」
 隊員たちのこの活力に満ち溢れた性格にも少し羨望を覚えつつも、は笑った。
「隊長として貴方たちの事は信用してるから。この地上軍拠点基地に虫一匹入れないつもりで留守番してちょうだい」
「了解っす!」
 がきっぱりと言うと、隊員たちは揃って敬礼をした。



 リトラーが宣言した通り、一時間後という目標は少し早まって四十五分後という形になった。
 特に問題もなく東側の施設へと到着した。
 攻め込むのは西側と同じタイミング。西側の方がもちろん遠いので、今こうやって施設から少し離れた場所で待機している状態だ。
「……見て、カーレル兄。あそこにいるシャルの顔」
 隣にいるに言われ、カーレルは離れた所にいるシャルティエの顔を見た。
 プレッシャーに押し潰されそうな……いや、押し潰されたような顔をしている。恐怖絶望悲観。顔ひとつでそれを表現できるのは、シャルティエくらいだろう。それがおかしくて、カーレルは笑いを漏らしてしまった。
「凄い顔をしているな。あれで分隊長が務まるかどうかだね」
「ちょっと喝いれてきて良い?」
 あんな調子じゃ、一等兵まで調子狂わされるよ。がそう言うので、カーレルは頷いた。まだ時間もあるだろう。するとは笑顔でシャルティエのもとへと駆けていった。そして、シャルティエの横っ面に思い切り飛び蹴りをかましている。
 ギャーギャーとお互い何かを叫んでいるのは聞こえるが、内容までは聞き取れない。喝の入れ方としては強烈だな、とカーレルは苦笑した。
 ――しかし、あんな風にの気を惹けるシャルティエが羨ましい。
 自分も弱気になれば構って貰えるのだろうかと思いつつ、やはり飛び蹴りは嫌だと結論に至る。
 しばらくしてから、は笑顔で戻ってきた。
「何を言ってきたんだい?」
「足が滑っちゃった♪ って言って飛び蹴りしてきた」
 やはり強烈だ。
 最近、行動パターンが妹に似てきたような気がする、とカーレルは思う。が感化されていっているのか、それとも最初からその素質があるのか、どちらかは不明だが。シャルティエの様子を窺うと、先程よりだいぶ緊張は取れたような顔をしている。
 それを見て、改めてには軍をまとめる能力があると確信した。第一、扱いが非常に難しい遊撃隊をまとめる事が出来ているのだ。軍一つまとめるなぞ、容易い事だろう。
 ――が、ミクトランの娘でなければ……。
 もっと一般兵の信用も得る事ができただろうに。カーレルは心の中で呟いた。
 一部ではの力を認めている者もいるが、それでも大多数はを偏見視している。いくらが賢く強く優しくても、その実体が憎き相手の娘である限り信用を得ることは難しい。
 そんな状態で、はいつまで心を強く保つことができるのだろう。油断して目を離した隙に彼女が壊れそうで、カーレルは怖かった。
「時間的にはそろそろなんだけど……まだかなあ」
 そう言って、は西を眺めた。
 そんな時、

 パァン!

 西の空に上がった光。
 照明弾だ。出撃の合図だった。
「第二師団先頭に出撃! 情報隊はその後に続け!」
 カーレルが言い放つと、部隊は勢いよく施設へと突撃して行った。狙われていることさえ気付かなかった見張りなど、居ないに等しく簡単に施設へと侵入することが出来た。
 不意を喰らった天上軍側は上手く反応できなかったようだ。混乱しつつも抜刀するが、その意味無いままに討たれる。
 ――この勝負、勝ったな。
 カーレルは内心、そう確信した。しかしそれを周りには言わない。言えば隙が生じてしまうから。
「ぐあぁッ!」
 突然、カーレルの後ろにいた隊員が悲鳴をあげた。後ろを振り返ると、数人の天上兵が部屋から出てきて横手から不意打ちを仕掛けてきたのだ。
 ――ああ、まずい。態勢が崩れる。
 一度崩れれば、次々に殺られてしまう。しかし天上兵はそれを知っているように、こちらの隊員を斬りつけ、目標をカーレルへと定めた。そしてカーレルに刃が振られる前に――……
「はぁあッ!」
 空中へと跳んだが、カーレルとその天上兵の間に割り込み相手の腕を斬りおとした。そしてこちらの態勢が崩れる寸前のところで、は次々と天上兵を舞うように斬りつけ絶命させていった。ものの数秒で、は数人の天上兵を制圧したのだ。
 圧倒的な彼女の強さに、皆は呆然としてしまう。
「……化け物かよ」
 そう呟く声が、ボソリと聞こえる。そういう人間に限って、がいなければ死んでいた人間だ。
「……――ナース」
 が少しの詠唱の後に晶術を唱えると、斬られた隊員たちの傷が癒えていく。
 ――この少女は……。
 先程の嫌味は聞こえていたはずなのに、それでも自分の力を惜しむことなく出して傷を癒す。強くて、どこまでも――優しい娘だ。
「横からの攻撃には気をつけて。早く施設管理室に行くわよ」
 ため息交じりにがそう言うと、情報兵たちも渋い顔をしつつも動き出した。

 それからは、早かった。
 第二師団は次々に天上兵を討ち、投降してきた者は捕虜として捕らえ、地上軍は見事施設を制圧した。敵が施設に残っていない事を丹念に確認した後、第二師団は施設の外で待機することになった。
 一方、情報隊は管理室で情報を集める作業を続ける。
「ダイクロフト内部の地図、発見しました!」
 一人の兵士がそう言うので、カーレルは急いでその地図を貰い見た。
「……確かにダイクロフトだな。だが、一部に過ぎない」
「肝心の神の眼がある場所が書いてあるのが無いわね。……もー、ごちゃごちゃしすぎなのよ!」
 カーレルの手にある地図を覗き込み、は呟いた。そして彼女は周りにある無造作に床に散らばっている書類の山を蹴り上げた。
、いらつく気持ちもわかるけど冷静に……」
「あ」
 頭に血が上りそうな勢いのを宥めようとカーレルは声をかけたが、はきょとんとした様子で空中に舞った書類の一枚を手に取る。それを眺め――、
「……カーレル兄! 見つけたわよ、地図!」
 こうした任務時は公私の立場を混同させてはいけない為、カーレルを目上の立場として扱わなければならない。しかしはそれを完全無視している。軽く注意をしようかとは思ったが、無邪気な笑顔を向けられては怒るに怒れない。というより彼女は、カーレルが怒れないことを知っている上でタメ口なのだ。
 やれやれ、と苦笑交じりにカーレルはが持っている地図を見た。
「へえ、神の眼の場所どころか他の細かい部分まで書いてあるな。重宝するに違いない」
「それっぽいディスクも手に入れたし、そろそろ退散してもいいんじゃない?」
 の言葉にカーレルは頷こうとした。その時――。

 ズガァァァン!

「ッ!?」
 強烈な爆発音と共に、施設が大きく揺れた。
「まさか……情報を持ち帰られないように、遠隔操作で発動できるような爆弾を仕掛けてたの?」
 は冷静にそう言った。爆弾、と聞いて兵士たちはうろたえる。
「ど、どうすれば……!」
「ここで終わりなのか……!」
 絶望の声が上がる。
「落ち着くんだ。混乱しては相手の思うツボだ」
「しかし……!」
 カーレルが諭すが、それでも兵士たちは混乱を隠せないでいる。当然と言えば当然だ。カーレルでさえ、内心は落ち着いてはいない。
 爆発は連動するように、施設の奥側からやって来ている。
「……とりあえず、入り口に向かって走るわよ!」
 が言うと、一斉に兵士たちは走り出した。まるで追い掛けてくるように爆発は進む。爆風に背中を押されるように、カーレルたちは走った。
 そして入り口が見えた時。
「おかしい」
 先頭を切って走っていたが、突然立ち止まった。必然的に兵士たちも足を止められる。
「何か罠があるかもしれないわ。少し遠回りにはなるけど、正面入り口じゃなくて右手側にある出入り口に向かった方がいい」
 何か不審だと思っていたのは、だけではなくカーレルも同じだった。
 何故施設の奥側から爆発が始まる? 明らかに時間制限をつけてこちらの余裕をなくすのが目的にしか思えない。
「くそッ! もう入り口は見えてんだよ! ここまで来れたら罠なんてあるわけねえだろ!」
「待――」
 カーレルの制止の言葉を聞く暇なく、兵士たちはを突き飛ばして正面入り口へと走った。最初は数人だったが、誘われるように次々に皆入り口に向かって走り出す。その場に残されたのは突き飛ばされたと、それを支えたカーレルのみだった。
「待って! 引き返して!!」
 の悲痛な声が響いた。その瞬間。

 ガシャン!

 兵士たちを囲むように地面から鉄柵が隙間無く現れ、完全に包囲されてしまった。しかもその柵には目に見える程の電流が流れている。カーレルとは、慌ててその柵に近づいた。
「嫌だ……終わりだ、もう!」
「馬鹿! だから引き返せって言ったのよ! 待ってなさい、パスワード解析するから……!」
 兵士の叫びには怒号で返し、メモ帳程度の小さい機械を取り出した。そしてそれを素早く操作するが、彼女の表情を見る限り時間がかかりそうだった。
 ――駄目だ、早く脱出しなくては私とまでもが巻き添えになる。
 カーレルはそう思い、の肩を掴んだ。
……時間がない」
「だから何」
 もう少し待って、とも何も言わない。はわかっているのだ。解析が爆発に間に合わないことも。だが、冷酷になれないでいる。
「私も言いたくはないが……」
「この人たちを見殺しにしろって言うの!? そんなの、リトラー司令が許しても私が許さないわよ!!」
 は涙目になり、物凄い剣幕でカーレルに捲くし立てた。カーレルが掴んでいる肩は、小刻みに震えている。
「情報を持ち帰るのが優先なんだ。わかってくれないか」
「そんなのッ……! わからない!」
 再び解析用機械を操作しだしたを見て、カーレルは決心する。
 ――仕方ない。
「すまない、
「ッ!? ぅ……」
 カーレルはの鳩尾に拳を沈めた。は顔を顰め、小さく呻いて気を失う。それをカーレルはしっかりと抱き留めた。
 自分も、も地上軍から抜けてはいけない存在だ。嫌でも、非情にならなければならない時がある。
「カーレル中将……これを!」
 兵士たちは柵の間越しに、書類やディスクをカーレルに渡してきた。カーレルはそれを受け取り、苦笑を浮かべる。
「悪いね。……君たちのことは忘れない。――この子が、ね」
「……すみません」
 カーレルがそう言うと、兵士たちは頭を下げて謝った。それを一瞬だけ見届け、カーレルはを担ぎ上げて、来た道を少し戻り別の出入り口へと向かう。

 目が覚めた時、は何を思うだろう。自分を恨むだろうか。助けたかったのに、と叫ぶだろうか。爆風を避けながら、カーレルはそんな事を考える。
 ――恨まれても構わない。が無事なら……。



「ま、まだですかね……」
 シャルティエは会議室で心が折れそうな気持ちでいた。
 第二師団の中でシャルティエが受け持つ分隊は、今回の任務で捕らえた捕虜を地上軍まで届けることになった。そしてその分隊の長であるシャルティエは会議室でずっと待っていた。
「そこまで心配しなくとも、カーレル君たちは帰ってくる」
「でも、情報隊のほとんどが施設の爆発に巻き込まれたって! その中にが入ってたりなんかしたら……僕……!」
「物事は良い方に考えれば、その方向に進むものじゃ。気をしっかり持て」
 リトラーの言葉にシャルティエは悲痛に叫び、そんなシャルティエをクレメンテは宥めた。
 ――ああもう、こんな扱い受けて……まるで僕は子供じゃないか。
 自分の立場を再確認し、シャルティエは恥じる。
 そんな時、シュン、と音を立てて扉が開いた。
 慌ててそちらに目線を向ける、が。
「イクティノス少将かあ……」
「私で悪かったですね」
 あ、いや、そういう意味ではなく。とシャルティエは急いで弁解をしたが、イクティノスは呆れた顔でわかっている、と頷いた。そしてイクティノスはリトラーに身体を向け、「ただいま戻りました」と礼をする。
 リトラーも笑顔でそれを迎え入れた。
「イクティノス君の部隊は爆発には巻き込まれなかったのかね?」
「私の部隊が突入した西側の施設は情報が一切無く、早めに切り上げたので爆発には巻き込まれませんでした。どうやら東側の施設の方が本部だったようですね」
 リトラーの問いに、イクティノスは淡々と答える。シャルティエはそんな事が聞きたいわけではない。の安否が気になって仕方がないというのに。
「今回カーレル君が率いた部隊については、何か情報は?」
「情報兵のほとんどが焦って上司の命令を無視し、行動して罠にかかり爆発に巻き込まれたようです。カーレル中将は生きているという情報は入っていますが、の方は……」
 リトラーからの再びの質問。イクティノスはその質問に対しては、少々歯切れ悪そうに言った。シャルティエの背筋が凍る。
 ――まさか、そんな……!
 嫌な考えだけが、思い浮かべる。こんな情報を得てもクレメンテは良い方向に考えろと言うのだろうか。無理に決まっている。
「ただいま……戻りました」
 そこで、待ち望んでいた声が聞こえた。カーレルの声だ。シャルティエは、バッと扉の方へと見た。爆発は相当なものだったのだろう。カーレルの服は所々焦げていた。
 そして、カーレルの腕に抱かれているのは紛れも無い……。
「……ッ!?」
 シャルティエは慌ててカーレルのもとへ駆け寄り、確認する。だった。彼女の服も所々焼け焦げ、身体には火傷も少し。
 そして彼女は――安らかに、眠っていた。
「い……嫌だッ! !! そんな、死んだなんて!!」
「安心してくれないかな。はどう見ても生きているだろう」
「……え?」
 カーレルの苦笑交じりの笑顔を見て、そしての顔を見て、言葉の意味を初めて理解する。
 は生きていた。規則正しく、胸は上下している。
「状況が状況で、気絶させるしかなかったんだ。――私はリトラー総司令に報告しなくてはならないから、シャルティエはを医務室に」
 完全に早とちりしてしまったシャルティエは顔を真っ赤にさせながら、を抱き受ける。振り返ればリトラーもクレメンテもあまり笑わないイクティノスでさえも笑っていた。
 ――ああ、もう……嫌だ……。
「……医務室行ってきますッ!」
 半ば逃げるように、シャルティエは会議室を後にした。
 早とちりして恥ずかしい目には遭ったが、その分が生きている事実が嬉しくてたまらない。彼女の身体が温かいことに、喜びを感じて。



「すみません! この子の手当てを……」
 医務室にを連れ込んだシャルティエは入るなりそう叫んだが、医務室の担当がアトワイトだった事に気付いて口を閉ざした。
 今回の任務では、そんな大きな負傷者は出ていない。掠り傷程度だ。そしてそんな程度の低い患者を、アトワイトは全て追い返す。それによって、医務室は初めからいる人間以外、患者はいなかった。
 アトワイトはシャルティエが抱えているに気付き、慌てて駆け寄ってくる。
「まあ、じゃない!」
 ――あれ、僕の存在は無視……?
「そんなに酷くはないけれど、火傷が見られるわね。ちょっと貴方! ……ああ、シャルティエだったの? をベッドに寝かせてちょうだい」
 無視ではなく、完全に気付いてなかったようだ。しかしシャルティエは文句を言う事もなく、をベッドに寝かせる。文句は言えるが言った後が怖い。きっとディムロスもこんな感じで尻に敷かれてるんだろうと思う。
「嫁入り前の美少女が顔に火傷だなんて、たとえ少しだって許されないわ。全力で治療にかからないと……」
 アトワイトはそう言いながら、手際よくの治療にあたった。
 彼女が他の隊員にもこうやって全力で治療することが出来たのならば、戦場の優しい天使という称号がついたかもしれない。
 しかし現実は、戦場に咲くブラックローズだ。
「今回の任務で何があったの? 気絶するくらいなんて聞いてないわよ」
「僕も詳しいことは知りませんけど……。たちは爆発に巻き込まれてしまったらしくて。あ、気絶したのはカーレル中将がやむを得なく」
「そう、アイツのせいなのね」
 アトワイトの質問に素直に答えると、彼女の目は黒光りした。
 カーレルを「アイツ」と呼べるのはアトワイトくらいだろうと、シャルティエは心底思う。
 一通り処置を施したアトワイトは、シャルティエを笑顔で見た。

 ――ちょっと私はカーレル中将のところへ行くわね。誰か来たら適当に手当てして。
 ――え、ちょ……! 無理ですから! 手当てとか出来ないですよお!!

あとがき
物凄くお久しぶりな番外夢です。
今回は選択することによって迷う夢主メインで…。理屈ではわかってるんですけど、情や身体が動かないみたいな。
それでは、ここまで読んで下さった方、有難う御座いました!
2009/3/5
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