が地上軍に入ってから、もう一年が経とうとしていた。
 現在のの階級は大佐。
 まさかとは思ってたけど、僕をこんなに早く抜くなんて。
 でも実力を考えたらそんなものかな、って納得するしかないよね。

「シャル……」
「え? どうかした?」

 朝、仕事にしに行こうと立ち上がったところでが声をかけてきた。
 イクティノス少将は既に出て行ったあとだ。
 は可愛らしい頬を赤く染めて、僕を見上げる。どう考えても反則技です。

「胸が痛いの。病気かなあ?」
「へ!?」

 病気!? 胸!? どうしよう! 心臓病とかだったらどうしよう!!
 あ……アトワイト大佐ぁぁーッ!!



恋の病





「失礼します!!」
 あまり二人きりの時間が取れないディムロスは、朝からアトワイトがいる医務室に行って他愛無い雑談を楽しんでいた。
 そんな中、医務室に転がり込んできたのはシャルティエ。しかもを担いで。一瞬怪訝そうな顔をしたアトワイトも、の姿を見て心配した様子。
、どうかしたの? 顔が赤いけれど……熱でも?」
「ち、違うんですアトワイト大佐! 、何か胸が痛いみたいでッ……!」
「胸?」
 アトワイトが訊ねるとパニック状態のシャルティエが答えた。その答えに、思わずディムロスは首を傾げる。なおも混乱状態のシャルティエは続けた。
「心臓病とかそんなんじゃないですか!? ああ今もなんかボーっとしてるし、脳関係かも!」
「まあ一応、問診はしてみるわね」
 苦笑気味のアトワイトはを椅子へと座らせた。確かに、医務室に来てからは一言も喋っていない。普段のであればもう少し喋っていてもおかしくはない。シャルティエの言う通り、放心状態だ。まるで――、
、どんな風に痛むの?」
「不整脈みたいにドキドキする」
「どんな時に?」
「イクティを見た時」
「ぶっ!!!!」
 恋をした少女のようだった。思わぬ返答に噴出する三人。
「いつからだ?」
「結構前からかな。最初はそんなに苦しくなかったんだけど、ここ最近はほんとに苦しくて……。意識も気がついたらとんでるし」
 ディムロスが聞くと、は素直に答える。
 ここまで素直に答えられるということは、本人は当然無自覚なのだろう。
「ねえ、私なんかの病気なの?」
 我が身が心配で、訊ねてくる。こういう質問に答えられるのは、アトワイトぐらいだ。ディムロスとシャルティエは押し黙る。
「そうね。恋の病よ」
「恋……!?」
 恋という単語を聞き、復唱し、見る見るうちには顔を真っ赤にさせた。その様子が面白くてディムロスはつい噴出してしまう。しかしシャルティエはあまり面白くなさそうだった。
「そんな……が恋だなんて……しかもイクティノス少将に……」
 落ち込み始める始末。十一歳相手にシャルティエがどんな感情を抱いているのか、ディムロスには理解できなかった。クスクスとアトワイトが笑う。
「大丈夫よ、イクティノスを消せば病は治るから♪」
「おい待て、それはそれで傷心するだろう!」
 恋人の思わぬボケ(というより本気で殺りかねない)に対して、ディムロスは突っ込んだ。紫色の液体が入った注射器を持ち出すアトワイトを慌てて止める。
「……それにしても、の初恋がイクティノス少将だなんて。何歳差?」
「イクティノスは三十路手前だからな。……十八歳差か」
 アトワイトの何気ない質問に答えるディムロス。
 初恋はお父さん……とかいうノリでの初恋ならまだしも、のほうは結構本気のようだ。こうやって話している傍でも心ここにあらずといった感じで放心状態。
 その隣でシャルティエは落ち込むばかり。この事実を知ったときのカーレルが怖い、とディムロスは内心思った。
「失礼します」
「!」
 医務室に入ってきたのはイクティノスだった。あまりのタイミングの良さに、驚く四人。
「すみません、頭痛薬を――……どうかしましたか?」
 あまりにも周囲からの視線が熱かったのだろう。それに気付いたイクティノスが怪訝そうな顔をした。慌ててザッと視線を外す四人。
「頭痛薬ね。さっき新薬が入ったのだけど、試してみる?」
「いえ、明らか怪しいので遠慮します」
 アトワイトが手に持った物は、先程の紫の液体が入った注射器。それを見たイクティノスは顔を青褪めさせつつキッパリと断った。
「シャルティエとはどこか体調でも?」
「あ、いや。僕はを連れてきただけで」
「…………」
 イクティノスの問いにシャルティエが答えたが、は潤んだ瞳でイクティノスをガン見。それに気付いたイクティノスが、を見て心配した表情を浮かべた。
「顔が赤いな。熱でもあるんですか? ここ最近様子が変でしたが……」
「いや、あ、あの、そ、それは」
 意識しすぎである。
 イクティノスから話しかけられたことによって、余計に顔を赤くさせる。相当重症だな、とディムロスは苦笑した。イクティノスの手がの額に当てられる。
「やっぱり熱いですね。日頃の無理が祟ったのかもしれない」
「う、だから、あの」
「いつも無理ばかりしているから。正直こちらとしては助かりますが、身体を壊されては……」
「イクティノス。それぐらいにしてやってくれないか」
 がまともに喋れないことをいいことに、説教を始めようとするイクティノスをディムロスは止めた。完全にパニックになっているを見ていたら哀れになってきたのだ。イクティノスはため息を吐き、から離れた。
「そうですね。病人を叱るなんてとんでもなかった」
 ――恋の病人か。
 ふと頭に浮かんだ中年男が言うようなフレーズに、ディムロスは虫唾が走った。
 イクティノスはアトワイトから薬を貰うと「仕事があるので失礼します」と一言残し、医務室を去っていった。
「し、死ぬかと思った……ッ!」
 壁に寄りかかり、ゼェハァと息を切らす。「困ったものね」とアトワイトが苦笑する。
「日常生活に支障をきたすほどだなんて。それに喋れないともなると……」
「そうだな。今後イクティノスと一緒に任務に行くことも無いとは限らない」
「イクティと任務ッ……!?」
 ディムロスが仮説を出すと、は再び顔を真っ赤にさせて悶絶しだした。
 ――いつからこんな痛い子になってしまったのだ、は。
 純粋無垢だった頃のを思い出し、少し寂しさを感じるディムロス。
「ねえ、。イクティノス少将のどこが好きなの?」
「え。そ、そう言われても……好きなんだって自覚したの、今だし……。あまりわからないけど、とりあえず格好良いし、優しいし、知的だし、たまに敬語じゃない時があってそんな時キュンキュンするし、この前なんか一人称「俺」って言って私死ぬかと思ったし、それぐらいしか今は言えない……」
 充分なほど言っている。
 ここまできたらノロケに近いものがある。質問をしたシャルティエは既に泣いていた。
「まあ、イクティノスに対してはちょっと憎らしさがあるけれど。の歳じゃまだまだ恋に恋してるっていうこともあるだろうから、大目に見てあげるわ。変に気を遣わず、素直に甘えてみてはどう?」
に甘えられ、それを受け入れるイクティノスか。……あまり、想像できんな」
 いくらに対して甘いとはいえ、イクティノスは一応知的派の人間。
 クールにスマートに生きる、をモットーにしている男が素直に受け入れるかどうか。それは全くわからないことだった。
「甘える……子供らしく、ってことよね。わかった、頑張ってみる!」
 のこの決意が、後に大きな問題を引き起こすとは誰も思わなかった。



「イクティ! 頭痛治った? お昼一緒に食べよ」
も体調は戻ったみたいですね。良いですよ」
 会議が終わった後、即行ではイクティノスに話しかけた。というかそれ以前に、は会議中もずっとイクティノスの隣にいたのだ。先程まで顔を真っ赤にさせて意識ぶっ飛んでいたはどこへ行ったのだろう。ディムロスの中でそんな素朴な疑問が生まれる。
 食堂から支給された弁当を、各自貰い受ける。
 ディムロスも弁当を貰い、席に着く。この時点で自然ととイクティノスだけが二人の世界へと行っていた。
 ディムロスの周りには殺気に満ちたアトワイトとカーレル。何も考えていないクレメンテ。落ち込み涙目のシャルティエ。少し離れた所に微笑んで見ているだけのリトラーというバラエティに飛んだ方々が集まっていた。
「イクティ……私、イクティの膝の上に座りたい」
「どうぞ」
 ブッ!!
 盛大に噴出すディムロス側。の爆弾発言もそうだが、素直に真面目に何事もなく了承したイクティノスにも驚き満載だ。嬉しそうにはイクティノスの膝の上に座る。が年頃ならバカップルに見えて顰蹙も買うだろうが、まだ十一歳の子供。全然許される光景だ。
「「…………」」
 許せない二人組みもいるようだが。その名は殺戮マシーンアトワイト・エックスとカーレル・ベルセリオス。二人はただ静かに睨み続けていた。
「はい! あーん」
「私の分もどうぞ」
 そして始まった食べ物の口への運びあい。殺戮マシーンたちの殺戮濃度が余計に濃くなった気がする。一瞬ディムロスは「おい、アトワイト。私にもしてくれないか」とでもボケをかまそうとしたが、瞬間的に吊るし上げにされそうだ。
 ――とりあえず誰かとイクティノスを止めてくれ。

 バンッ!
 ついに机を叩いたカーレル。
「イクティノス少将。それ以上に甘えると軍師の名にかけて厳罰処分するけど、いいかな? ちなみに処分の内容は人には言えないような事だけど」
 ただならぬカーレルの殺気にイクティノスは一瞬怯む。しかしがカーレルを睨んだ。
「私が勝手に甘えてるだけで、イクティはそれに合わせてくれてるだけ! 私を処分するならまだしも、イクティを処分するなんておかしいよ! そんなカーレル兄なんて嫌い!!」
「ッ……!」
 カーレル完全敗北。
 思いもしないところからの襲撃に大きな精神ダメージを喰らい、カーレルは蹲っていた。それを見ていたアトワイトも立ち上がるのを止めた。「アトワイト姉なんて嫌い!」なんて言われた日には彼女は女であることを辞めてしまいそうだ。そうなってしまったらディムロスが男であることを辞めるはめになる。それだけは勘弁被りたいものだった。
「なんかあの二人……あのままだったら「イクティ、チューして」「良いですよ」みたいなノリで呆気なくのファーストキスはイクティノス少将のものに……!」
 そしてシャルティエの妄想。しかしそこに頷く人物が二人いた。
「うむ、確かにその可能性はあるな。あの勢いではそうなってもおかしくはない」
「そうじゃなあ。そして全てあのノリで夜の相t」
「クレメンテ候!!」
 二十九歳と十一歳を絡ませてリトラーに続き恐ろしい事を言い出しそうなクレメンテをディムロスは止めた。すると「誰も今の年代でとはいっておらんじゃろう。何を想像しておるんじゃディムロス」と、まさかの揚げ足を取られるはめとなる。
 シャルティエがため息を吐く。

「初めては僕だって思ってたのになあ……」

 静まり返る会議室。(たちを除いて)
 自分が何を言ったか思い返し、シャルティエは顔を真っ赤にさせた。
「いやッ、違いますよ!? クレメンテ老が言った夜の……ではなくて、ファーストキスのほうです!」
「そうだとしても今の発言は充分問題あるぞ」
 否定するシャルティエに突っ込むディムロス。アトワイトがくすくすと笑った。
「そうよ、シャルティエ。のファーストキスは私って決まっているのだから」
 まさかの百合か。ここは恋人として「お前は私のファーストキスも奪っておいて更に」などとツッコミを入れるべきなのだろうか。ディムロスがそんなことを考えていると、蹲っていたカーレルが立ち上がった。
のファーストキスは幾戦もの戦略を駆使して私が頂くことになっているよ」
「あら、カーレル中将。そういうのが才能の無駄遣いっていうのよ?」
「無駄遣いではないさ。誰得っていったら間違いなく私が得するからね」
「やっぱり噂どおりのようね。カーレル中将が変態ロリコンエロ軍師に昇格したというのは」
「アトワイト大佐こそ、BLにとどまらずGLにまで手を出すとは……さすが、としか言いようがない」
 ――胃が、痛い。
 目の前で繰り広げられる黒い対決に、ディムロスは胃が軋むのを感じた。
 シャルティエは怯えているが、リトラーとクレメンテは我関さずといった様子で昼飯を食べている。やはり地上軍最高幹部たち。世渡り上手だ。
「ほら、。残さず食べてください」
「だって多いわよ。私が食べる量じゃないって」
「だとしてもいつもの半分も食べていない。情報将校をなめないで下さいよ?」
「だって……イクティと一緒に食べたらドキドキして」
「そう言って誤魔化そうとしても無駄です。体調、まだ本調子じゃないんですね?」
 そして離れた場所ではお花畑モード全開。イクティノスはの額に手をやり、熱を測ったりしている。
 そんな様子を見てもアトワイトたちが手を出せずにいるのは、やはり今は完全にがイクティノスへと気持ちがいってしまっていることを知っているからだろう。下手にこちらから手を出せば、カウンターがくる。
 そして二人のやり場のない怒りは、
「はッ、天才軍師でも今のあの二人は止められないの? とんだ役立たずね」
「そういう君はまだ一度も向こうへ話しかけていないと思うんだが? そんなヘタレた女に何を言われようが悔しくはないな」
 お互いにぶつけられる事となる。だが収拾がつかなくなりズゴゴゴゴと負の感情が渦巻く事になるのだ。
「私が思うに、おそらくのファーストキスは……」
「「一体誰だと思いますか、総司令」」
「――いや、言うのはやめておこう」
 口を開いたリトラーだったが、アトワイトとカーレルの殺伐とした雰囲気に押されて再び口を閉ざした。また口論になると思って言うのを止めたのだろうが、そこまで言ってしまったら一緒ではないかとディムロスは思う。
「ぐふふふ♪ なーんか楽しそうな事になってるわね♪」
「ハロルド」
 そして会議室へと入ってきたのはハロルド・ベルセリオス。兄であるカーレルが妹の突然の登場に名前を呼ぶ。
 ちなみにハロルドが入ってきたことさえ例の二人は気付いていない。それでいいのか情報将校。
「つまりはのファーストキスを奪える確率を出せばいいのよね。私のデータ検証では今の段階じゃイクティノスが82%。シャルティエが60%。兄貴が45%でアトワイトが30%。んでディムロスが53%ってとこね」
「「ディムロス……?」」
「なッ、私は恨まれる覚えはないぞ!? おいハロルド、そのデータは正確なんだろうな!?」
「正確よ、失礼ね。あんたそんなに兄貴とアトワイトより確立超えた証明してほしいわけ?」
 墓穴を掘るはめとなった。アトワイトとカーレルから突き刺すような視線がやってくる。
「シャルティエが60%なのは仕方ないわ。でもディムロスが53%っていうのが信じられない……!」
「というか許されない事実だね」
「私は知らん! ハロルドに言え、ハロルドに!」
「罪を妹に擦りつけようとするなんて、とことん根性がないなディムロス」
「私はどうしたらいいんだッ……!」
 ああ言えばこう言う連中らにディムロスは発狂寸前だ。
 そんな時、珍しくシャルティエが恐る恐る挙手をした。
「直接に聞いてみたらどうでしょう……」
 目から鱗だった。
 確かに「ファーストキスを捧げるなら誰?」みたいなノリで聞いた方が早いだろう。今の段階では間違いなくイクティノスだろうが。
 それでも結果を聞くことによって、この腹黒二人の暴走は止まりそうである。イクティノスを世界から消す方向に暴走しなければ。

! ファーストキスは誰がいい?」
 ハロルドが十一歳に直球で聞いた。
 大胆不敵という四字熟語がこうまで似合う女は彼女以外いないだろう。
 イクティノスと共に花を咲かせていたは、ハロルドの質問に答える。
 これで、これで。アトワイトとカーレルの暴走も止まる……。

 ――私のファーストキスは父さんだけど?
 ――……天上王ぶっ飛ばぁぁあああす!!
 ――あ、アトワイト! 女を! 女を捨てるな!!
 ――うむ、やはりそうだと思ったのだよ。

あとがき
とりあえずイクティゾッコンな夢主が書けたので大満足です!短編でも良いかなーとは思ったんですが、まあ人の成長に恋愛は不可欠よね!っていうことで(笑
ディムロスの確率が高かったのは『事故チューとかしそう』という私の偏見です。
それでは、ここまで読んで下さった方、有難う御座いました!
2010/5/7
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