……大丈夫でしょうか」
 が会議室を出て行った後、隣で情けない声が聞こえた。
「……大丈夫ですよ」
 俺がそう言うと、情けない声を出した張本人であるシャルティエは「だと良いんですけど」とまだ心配そうに言う。
 俺も大丈夫だとは言ったものの、胸の内では心配していた。
「あの遊撃隊員たちの放心状態といったら、とても軍人とは思えんな」
「それほど、ヴァンクが大きな存在だったんだろうね。確かに彼は器量が良く、それなりに頭の回転も速かったことだし。何より人間性がとても良かったからな」
 呆れ返った様子で言ったディムロス中将に、カーレル中将が苦笑しながら応えた。
 確かにヴァンクの人間性は惹かれるものがあった。
 俺とは正反対の、とても人間らしい生き方をしている人で。
 ……の母親のフィアルに、少し似ていたかもしれない。
「……なら、遊撃隊員をまとめる事ができるでしょう」
「イクティノス君の言う通りだ。一回り成長して、また戻って来るだろう」
 何の情報もなく、ただなんとなくの勘を俺が呟くと、リトラー司令が自信を持ってそう言い放った。
 特に大した情報もないのに、よくそんな事が言えたものだなと少し自嘲する。
 だが、悪い気分ではなかった。
「おや、まだここに倍ほどの未処理の書類が」
 カーレル中将のこの一言で、その場の人間の気分は一気に落ち込んだ。



仲間たち





「うわ、ミクトランの娘だ」
 口を開いたと思ったら出てくるのは決まって同じ言葉。最初こそもイラついてはいたが、何回も繰り返されれば呆れてくる。

 会議室から遊撃隊員がいるという訓練所裏の空き地。その道のりで兵士と何回も鉢合わせし、その度驚いて兵士は飛び退いた。やはり一番の敵であるミクトランの娘というものは、畏怖倦厭されるものなのだろうか。もし自分が天上にいて、そこにリトラーの娘とかいう人間が入ってきたら、とは想像する。
 ――別に怖くないよなぁ……。
 それほど天上が圧倒的に強いということなのだろうか、とは思った。だからって娘という事だけで恐れなくてもいいのではと考え、そこで思考を止めた。
 自分にとって関係のない話だった。ミクトランの娘という肩書きだけを見て畏怖するような心の弱い人間とは、最初から付き合いたくない。倦厭するならばすればいい。どれだけ追いやられようが自分という存在がここにある限り、自分の居場所はここなのだから。

 気が付けば訓練所裏まで来ていた。
 訓練所裏は林があり、木々がたくさん立っている。その中にぽっかりと拓いた場所。切り株などあるところを見る限り最初から空き地だったわけではなく、遊撃隊が暴れて空き地になった、といった感じだった。そんな中所々にある切り株に腰をかけていたり、大岩に背中を預けていたりしている人間たち。
 どれも重たく暗い表情をしていることから、間違いなく遊撃隊員なのだろう。
「遊撃隊新隊長のお出ましよ。さっさとその怠けた体を動かして。仕事よ仕事」
「!?」
 いきなり出てきたに驚いたのか、隊員たちは目を丸くさせてを見た。しかし確認をすると、ため息を吐いて再び俯く。
ちゃんか……いや、隊長って言ったらいいのかな……。もう、さ……動く気力もなくてな……」
「そうそう、ヴァンク隊長が死んだとか信じられねーしよ……。今も生きてて、そこら辺から出てきて俺たちをなぎ倒してきそうなのに」
「ヴァンク隊長がいなかったら無理だよ、俺ら。何で死んだんだよ、隊長……!」
 隊員たちは口々に無気力な言葉を吐き、ヴァンクの死を嘆いた。も隊員たちの気持ちは十分すぎるほどわかる。
 だが嘆いてる暇はなかった。第一、ヴァンクがそんな事を望むはずがなかった。
「ヴァンクが作りたかったのは、こんな隊なの?」
 の突き放した言葉に、隊員たちは息を呑んだ。構わず、は続ける。
「いつまでもウジウジして、死んだ人間に生き返れと願って、こんなところで暗い面ぶらさげているような情けない隊を作りたかったんだ?」
「…………」
「本当にそうなら……私も遊撃部隊長なんて御免だわ」
 隊員たちの表情が凍りつき、空気が凍りついた。誰も何も言わない。だんだんとはイラついてきた。
「私はヴァンクの想いを受け継ぎたい。さっさと戦争を終わらせたい」
「…………」
 隊員たちの表情は変わらず、沈黙を守る。はもう、自分を抑えきれなかった。
「もう、いいわ。一人で行く!」
 そう一言告げて、は背を向けて林の方へと向かう。だが怒りが収まりそうもなく、は足を止めた。そして振り返って再び隊員たちを見て、大声で唱えた。
「でもその前にあんた達を痛めつける! ――インデグネイション!!」
 一瞬の出来事だった。
 が唱えると空から雷が落ちて隊員たちを直撃した。響き渡る轟音と隊員たちの断末魔もとい絶叫。満足そうに笑みを浮かべる。地に崩れ落ちる隊員たちの身体。
「これでちょっとは頭マシになったんじゃない? ――じゃ、私は行くとするわ」
 呻く隊員を背に、はさっさと歩き出した。すると、呻き声に混じって呼び止める声がひとつ現れた。
「待ってくれ!」
 一人の隊員が傷ついた体を無理やり起こして、振り絞った声でに言った。
「効いたぜ、今の……。俺たちだって、いつまでもここでウダウダしてるのは嫌なんだ! 何か……何か動き出せるきっかけが欲しいんだよ……!」
「きっかけ?」
 はゆっくりと隊員たちを振り返り、仁王立ちした。そして胸を張り、堂々とした態度で隊員たちに言った。
「きっかけなんて、自分の心で作れば良いじゃない! 大切なのは意思でしょ? 結局その『きっかけ』がなかったら、どうする気? そのままウダウダ!? カッコ悪いわよ、そんなの! 私は……私はそんな人生やりたくない!」
「…………!」
 はじかれた様に、隊員たちの目が見開いた。
 も一週間前までは、この隊員たちのように落ち込んでいるばかりだった。だが、ハロルドが現実を見せつけてくれたおかげでこの場にいる。
 それは一種の「きっかけ」だったのかもしれないが、立ち上がろうと思ったのは間違いなく自分の意思だった。いくらきっかけが転がっていても、自分の意思がなければ立ち上がれない。
 隊員たちが、やがて笑い出した。一人が笑いだすと、まるで伝染するように他の隊員にも。
 は訝しげに眉を寄せる。隊員の一人が、を見て言った。
「――やっぱり、新隊長はちゃん以外ねーよ……。そうやって、頭の悪い俺たちにわかりやすい説明をしてくれる人じゃなきゃな……」
「へへッ、今一瞬、ヴァンク隊長とちゃんがダブッたよ。そうだよな、俺達もそろそろ立ち上がらねーとな」
「みんな……」
 やっと気力を取り戻してくれた隊員に、は呆気に取られて、そして嬉しくなった。
「ありがとう、みんな……。わかってくれて……」
「おおおお! 隊長の笑顔だ! これは売れる!!」
 売るなよ。そうは心の中で思いつつも、覇気を取り戻してくれた隊員たちを心底嬉しく思った。これなら任務に皆で行けるだろう、と。
 は笑顔で、隊員たちに明るい声で言った。
「じゃあ行くわよ。遊撃隊出撃!」
「ちょい待って隊長! 腹減った!」
「俺もー」
「俺も俺もー」
「…………」
 まずは飯、というロマンも青春もない遊撃隊には深い深い溜め息を吐いた――……。



 ぐちゃり、と生々しい音が足元でした。うっかりとモンスターの死骸を踏んでしまったのだった。ブーツの裏に付着してしまった血肉を、雪の上で滑らせて落とす。そして、は顔を上げた。
 先日の戦いの場であったレアルタまではまだ距離があると言うのに、モンスターは所々に存在した。
 自然動物ではない異形のモンスター。全て天上で作られたものだろう。悪趣味だな、とは淡々と思う。もう少しセンスのある人に作らせればいいのに。
「……皆センス悪いんだろうな……」
 一人、ぽつりとは呟いた。
 他の遊撃隊員はといえば、各自モンスターを撃破しに個別行動をとっている。微かに勝利を喜ぶ歓喜の声や、気合を入れる声等が聞こえる程度。
 ――もう少し団結力があってもいいのに。
 彼らは確かに腕っぷしは強いが、その剣技はどこか独りよがりな部分がある。それぞれが己しか見ておらず、己の高すぎるプライドのせいで視野を狭くしているのだ。吸収すべき所をスルーしている。それは非常に勿体無い事だった。
「百ッ……と」
 真横から襲い掛かってきた百匹目のモンスターを、は薙ぎ倒した。モンスターは叫ぶ事もなく絶命する。
 もう少しで、レアルタだ。他の隊員も既に着いているかもしれない。とりあえずモンスターを殺りながらレアルタに集合するのが、一番効率の良い方法だった。は足早に進む。
「グルルルル……」
 呻き声が聞こえ、がそちらの方を振り向くと一匹の狼系モンスターが蹲っていた。
「……百一匹ワンちゃんですか」
 浅い溜め息と冗談を吐きつつ、はそのモンスターに歩み寄る。どうやらそのモンスターは怪我を負っていて動けないようだった。それでも尚、牙を剥き出しにしてモンスターはを威嚇する。
 ――元は、ただの狼だったはずなのに……。
 レンズを飲んでモンスター化してしまったのだろう。モンスターになると多少の傷ならすぐに自然回復するが、大怪我をしてしまった場合は回復が追いつかない上に出血死することもない。まさに生き地獄だろう。
 ――レンズを中和する事ができたら。
 はそんな事をふと、考えた。
 レンズの成分はハロルドと研究して重々承知だ。だからそれを応用して晶術をかければ、どうにかなるかもしれない。
 それに中和するだけだったらどんどん血が溢れて死んでしまうから、回復も混ぜ合わせながらの晶術になる。回復晶術を中心にかければいいか、と思っては詠唱を唱え出した。
「……キュア」
 大きな傷口が塞がっていくのと同時に、レンズパワーが中和されていくのがわかった。狼へと戻った獣は、強烈な獰猛さを少し弱めた。
「もう大丈夫」
 がそう言うと、狼は鼻をに一瞬だけ寄せて、森の方へと走りさっていった。その後ろ姿を見送り、少し笑みを浮かべながらレアルタに向かう為に踵を返した。
「ッ……」
 途端、凄まじい倦怠感がを襲う。立っているのが難しいくらいの目眩。軽く意識が飛びそうだった。間違いなく、先程の晶術の反動だろう。狼だから良かったものの、人間など大きい生物だったら死んだかもしれない。
 しかしこれでは剣を振るのも難しい。一刻も早く、遊撃隊と合流しなくてはならなかった。 遊撃隊の目的地はレアルタの中心だ。各自モンスターを退治しながらそこまで行く事、それが取り合えすが出した指令だった。

 頭に靄がかかったような状態の中、よたよたとはレアルタの出入口付近までやってきた。途中モンスターが現れなかったのが幸いだ。
 ふと、は足を止める。先日ヴァンクが死んだその「場所」が、そこにあった。あれだけ血が溢れた場所も、今では雪が覆い被さって消えている。
 ――あっけないものね。
 あれだけ自分にとって大切な人が死んでも、自然界の中では全てが消えていく。
 だから自分は忘れてはいけない。ヴァンクの想いを、ヴァンクが存在したことを。

「フィアル以上に、幸せになるのが……、だ……」

 掠れた優しい声が脳裏に甦る。
 あの時ヴァンクは、自分と母親は似ていると言った。母親を知らない自分はどこがどう似ているとか、全く知り得ないが――。
 ――私は、ヴァンクの為に……幸せになろう。
 大切な人の言葉を破るわけにはいかないから。あの言葉は、ヴァンクが最後の最期に自分に一番伝えたかった言葉だろうから。
 はその場所を後にして、レアルタに入ろうとした。
 その直後――
「――失礼します、様!」
「なッ……!?」
 レアルタの外壁の隅に隠れていた天上兵が、を後ろから捕らえる。完全に油断していた上に、全く力の出ないは為す術もなかった。
 全く抵抗をしない事を悟ったのか、天上兵はを抱き上げて近くの森へと逃げ込んだ。
「……そんなに強く抱き締めなくても、今は力が出ないんだから逃げれないわよ」
 緊張のせいか必要以上に力いっぱい締め付ける天上兵に、は冷静に言った。すると天上兵はハッ、と気が付いたように力を緩めた。
「し、失礼しました。ミクトラン様にはご内密に……!」
「…………」
 ――戻らないし。
 そう思いつつは内心焦っていた。まさかこんな呆気なく誘拐されるとは思わなかった。
 頼みの綱は遊撃隊のみだが、生憎隊長無しではあまり期待できない。しかし一応、誘拐された際に剣を落としてきた。足跡が消えない内に隊員が気付いてくれれば――。
 ――ああ……今頃、腹減ったとか隊長まだかなとか言ってんだろうな……。
 そう思って、やはり自分でなんとかするしかないとは思った。
様確保に成功しました。至急ミクトラン様に取り次いで頂きたい」
 何か独り言を喋っている、と思えば天上兵が通信機を取り出して通話をしていた。ミクトランと話す状況になって緊張している為か、大量の冷や汗を出して通信機を持つ手は震えていた。
 は天上兵に気付かれないように、天上兵の腰から下がっている荷物袋に手を突っ込んだ。グミ袋だったらいいなあ、とか思いつつ手を突っ込んだのだが、本当にグミ袋だったのではほくそ笑む。
 二つ程グミを取り出し気付かれないように口に含む。まるで五臓六腑に染み渡るように効いていくのがわかった。手を握ったり開いたりして、力の出具合を試す。
 ――いつもの30%も回復してないじゃない……。
 これではレアルタまで逃げ切れるか、わからない。今この状態の天上兵ぐらいなら振り払えそうだが。
 しかしこのままではが捕らわれたのがミクトランに伝わり、自分が余計な事をしないように腕一本切り落とせと命令が下るかもしれない。酷かったら殺される。それだけは避けなければ。
 は思い切り、天上兵の腕で逆上がりするかのように足を上げて天上兵の持つ通信機を蹴った。
「え!? ちょ……様!?」
 パニックになった天上兵の腕を振りほどき、は森の奥へと逃げ込んだ。下手に拓けた道に出るより、隠れながら距離を取れる森の方が有利だった。
 少し距離が取れたかな、と思っては木の根っこ辺りに座り込んだ。ふと気付いて足元に目をやると、先ほどが蹴り飛ばした通信機が落ちていた。
 ――こんなにぶっ飛んでたのね……。
 火事場の馬鹿力というのだろうか。自分の意外な力には感心しつつ、通信機を拾い上げた。
 途端、スイッチが入った。
を確保したと言うのは本当か』
 通信機から聞こえる懐かしい声。
 何故だかわからないが、は泣きそうになった。
「……残念ながら失敗に終わるわよ」
『……! その声……か……!?』
 が喋ると、声の主のミクトランは酷く驚いてに問い掛ける。通信器越しに頷いたのが伝わったのか、ミクトランは安堵の息を吐いた。
……。……元気か?』
 何を言い出すんだろう、この親父は。元気もへったくれもない。本当に殺してやろうかと思った。
「よくそんな事が言えたものね。……私を、殺してでも天上に戻させようとした癖に」
『何だと……違う、私は』
「言い訳なんて聞きたくないわよ。そうよね、蘇生装置に突っ込めば生き返るものね。おかげで足をぶっ刺されたりしたじゃない……ッ!」
『待て、私の話を聞くんだ』
 ミクトランは制するように言うが、は聞く耳持たなかった。どれだけ言い訳しようが、事実は変えられない。
「うっさいわよ! 私はそっちには戻らない……! 絶対に……絶対にあんたを、殺してやるんだからッ……!」
『……ッ! 、お前は騙され――』
 バキッ。
 ミクトランの言葉を最後まで聞かず、は通信機を踏み潰した。
 ポタリ。
 潰れた通信機のすぐそばに、雫が落ちた。
 ――なんで、私泣いてるの……。
 誰か大切な人が死んだわけじゃないのに。悲しくないのに。
 だけど心が締め付けられる。
 重くて、苦しくて。押し潰されそうになる。
 は膝を折って、その場に座り込んだ。
様!」
 先ほどの天上兵が早くも追いかけてきた。ゆっくりと、は視線をそちらへと向ける。
「つ、通信機が……! それに、なんで泣いてるんですか!?」
 潰れた通信機を見て、泣きたいのはこちらの方だといった表情で天上兵はを見た。
「兎にも角にも、天上の方へと戻って頂きます! 様がいないミクトラン陛下はまるで別人だ」
 天上兵はの腕を掴み上げ、半ば引き摺るように歩き始めた。平常心を取り戻した天上兵の力はそれ相応に強く、今のでは太刀打ちできなかった為、大人しく従う。
 寧ろ平常心を取り戻せてないのは自分の方だと、は気付く。涙がとめどなく溢れてくる。なんとか落ち着かせようと、は深呼吸を繰り返した。
 この天上兵は恐らく一番近くのテレポート装置に向かっているはず。そう思い、は軍事用の地図を思い返した。現在地点から約1km。この速度のまま行ったら十分弱程度で到着するだろう。その十分の間で、どうやって逃げ切るか。
 自分は一人で戦わなくてはいけない。そして勝たなくてはならない。隊長なのだから。
「……私がいなくなって、天上はどうなの」
「酷く殺伐としています。陛下はもはや、人を人として扱っていない。……自分さえも」
 が問うと、天上兵は全く足の速度を変えずに答えた。
「天上世界の真の幸せは……様なしでは有り得ない」
「…………」
 天上兵の重い一言に、は黙った。
 ならば、地上人の幸せはどうなるのだろう。人類の全てが天上に行けるならば問題はない。しかし実際、天上にいるのは特権階級の者だけ。誰かの犠牲の上で幸せになることが当然だと思っている世界には、戻りたくはない。
 しかし今のには戦うことは愚か、逃げる力さえ残っていない。今度は情けなくて、涙が出てくる。
 そうこうしているうちに、テレポート装置が森の奥から姿を見せた。天上兵はを掴む腕により一層力を入れて、確実に装置へと近づいていく。一歩、一歩と確実に。
 結局私は何もできない。最後の悪あがき。それは、一瞬だけでも抵抗することだった。
 そんな小さな抵抗に、ほんの一瞬だけ天上兵の動きが止まった。その一瞬。

 ――ズガァァン!
 突然木々のざわめきが聞こえたと思ったら頭の上から物体が――否、人間が飛び降りると同時。テレポート装置に剣を突き立て、それを破壊した。
「――っし、間に合った」
 テレポート装置から出る煙をうっとうしそうに振り払い、姿を現したのは。
「迎えに来てやったよ、小さな新隊長様」
「てめ、いい場面独り占めしてんじゃねーよ!」
ちゃん、無事かー!?」
 次々と、木の上から遊撃隊員たちが降りてきた。いきなりの登場に、天上兵はただひたすら口をパクパクとさせていた。
「な……何故、ここが!」
「俺たちをなめんじゃねーよ! 頭も良くないからテレポート装置がどこにあるとかは、全部忘れた!」
 それは自慢にはならないだろう、とは思わず失笑してしまう。
「でも、天上兵が隊長をさらって、どっちの方向に向かったとかは本能でわかるんだよ!」
 本能ではなく、彼らは間違いなく足跡を追ってきたのだろう。無駄な格好をつけて、威張って、後で笑うのだ。本当に彼らは、バカだ。
「これ以上、優秀な隊長がいなくなっちゃ困るんだ」
「隊長という存在があって初めて、遊撃隊は生きる」
「俺達が認めた隊長を、二回も殺させはしねぇよ」
「もう後悔はしたくねえからなぁ」
 隊員達はそう言って、笑った。彼らはこんな自分を、認めてくれている。そしてこんな自分を守るためならば、団結をしてくれる。
 本当に彼らは、バカだ。
 でも、あたたかい。
「ち、近づくな!! それ以上近づいたら、不服だがこの方を……殺す!」
 天上兵が大量の冷や汗をかきながら、震える手で持っている剣をの首筋にあてた。
 緊迫する空気。笑っていた隊員たちも、すぐに真剣な顔つきに変わった。この場をどう切り抜けよう。は必死に脳をフル回転させた。
 そして、ひとつの単純な結果を出した。
 遊撃隊員を、信じよう。
「構わず生け捕りに!!」
 それから後は、一瞬の出来事だった。
 いきなりが指示を出したことに天上兵へ戸惑い、隙が生じた。その隙を読み取ったのか、もしくは一か八かだったのかは不明だが隊員たちが持ち前の俊速力で天上兵に飛び掛った。そのうち一人が天上兵の剣を完全に封じ、一人がを奪還した。
 天上兵は抵抗する間もなく気絶させられ、縄についた。
「もう……みんなってば本当にバカ」
 が笑いながらそう言うと、隊員たちはニヘラと笑った。
「隊長もバカっすよ。こんな無茶な指示だして」
「しかも泣きながら」
 は自分の頬を触った。確かに、濡れている。
 嬉しかったのだ。隊員たちが助けにきてくれた事が。隊員たちが素直に指示に従った事が。隊員たちを信じることが出来た自分が。
「ありがとう、みんな……」
「はいはい、俺がおぶるからもう寝てくれよ」
「あ、ずるいぞテメ。変われ!」
「交代制な!」
 一人の隊員がをおぶさる。
 それと同時に、の意識は休息に遠のいていった――。



 あの書類地獄から一足先に抜け出し、カーレルは空腹を満たすため食堂にきていた。
 つい二時間程前に、率いる遊撃隊が天上兵を捕えて戻ってきた。
 隊員に背負われているを見た時は肝が冷えたが、ただ寝ているだけだと知るとそれはすぐに安堵の息となった。隊員の話によると、ただ単に疲れて眠っているだけとのこと。のことだから、また不思議な能力でも使ったんじゃないかな、とカーレルは思った。
 兎にも角にもはシャルティエが慌てて部屋に連れて行き、ゆっくり休ませている。次に目を覚ますのはいつ頃だろう。相当疲労が溜まっていたようだった。
 ――次、いつ私の名前を呼んでくれるんだろう……。
「カーレル兄?」
 突然下の方から声がかかる。ちょうど想っていた人物の声だった。あまりのタイミングの良さに幻聴かとカーレルは思う。しかし目線を下に下げれば、そこには紛れもないが立っていた。
!? もう平気なのかい?」
「お腹空いて目が覚めたの。カーレル兄こそ大丈夫? ボーっと空気見て……考え事か何か?」
 が首を傾げながら尋ねる。確かに宙を見ていた自分の姿は不可解なものだろう。
の事を考えていたんだよ」
「またそんな冗談言って。アトワイト姉に殺されるよ?」
 カーレルが正直に言うと、は軽く流した。彼女の頭ならば少し観察するだけでカーレルが本音を言ってるというのがわかるはずなのだが、彼女はそれをしない。
 面倒だからはぐらかしているのか、照れるから避けているのか。それとも本気でカーレルがを想っているなんて信じられないのか。
 確かにこんな幼い少女に想いを寄せる自分はおかしいかもしれない。しかしはただの少女じゃない。少女にしては、あまりに聡明で、アンバランスだった。
「あ、わかった」
 また少しカーレルが思い詰めた表情をしていたからだろうか。はポンと手を打ってカーレルを見る。
「ご飯何食べようか迷ってるんでしょ。私が選んであげる」
「……がそう言うなら、そうしようかな。おごるよ」
 カーレルが笑みを浮かべると、もつられるように笑った。彼女は走って食堂の番をしている民間人にところまで行った。そういうところがまだ少女で、可愛く思える。は食堂の人間に、注文する。
「親子丼二つ!」
 何で親子丼。
 思わずカーレルは心の中で呟いた。普通の年頃――とは言わないが、女性ならばもう少し他のものを頼むのでは……。しかもせっかくのおごりだというのに、安すぎやしないか。
「はいよ! 二つ合わせて500ガルドだよ!」
 いつもなら一食で500ガルドなのに、と思いながらカーレルは料金を払った。親子丼を乗せたトレイを受け取り、カーレルとは席につく。
……何で親子丼なんだい?」
「安くて美味しいから」
 はそう言いながら、親子丼を食べだす。カーレルも食べながら、考えた。のこのアンバランスさが、良い。大人と思ったら子供。子供と思ったら女。女と思ったら中年のような精神を持っている。
「上ではどんな食事を?」
「えー……色んな食材をふんだんに使ってて、栄養価が計算しつくされた美味しいご飯だったよ」
「こことは大違いじゃないか」
 の説明に、カーレルは思わず苦笑した。そんな彼女が普通に親子丼を食べているのだから笑える。仮にも、天上の姫だというのに。
 でもね、とは切り出した。
「全然温かくないの。料理自体は温かいのよ? なんか、食べてて凄くつまんない料理なのよね」
「作った人の気持ちがこもってるかこもってないか……そういう事かい?」
 カーレルの言葉に、は頷いた。
「地上の人は温かいわ。……天上の人は、冷たかった。もちろん、私を地上に出してくれたマリアは温かかったけど」
「……の父親は?」
 尋ねると、の親子丼を食べる手がピタリと止まった。何か地雷でも踏んでしまったかな、とカーレルは思う。少しの表情が曇ったから。
「わかん、ない……。あの人は私には優しかったけど、やってる事は酷いことだし……。やってる事を見たら、私に対するあの接し方も全部偽者だったんじゃないかな」
はそう考えるのか」
 考えながら出したの答えをカーレルが受け止めると、彼女はゆっくりと頷いた。
 案外マイナス思考なんだな、と率直に思った。十歳くらいなら何も考えず自信満々であることが多いのだが、彼女は違うらしい。
のその心理面での不安定さは、たまらないな」
「……へ?」
「放って置けなくなるよ」
 カーレルがそう言って微笑むと、は唖然とした表情を見せた。
「ずっと傍に置いて守りたくなる」
「……! え、遠慮しますッ……!」
 ストレートに言えば、顔を真っ赤にさせては俯いた。
 ああ、一応は異性として見られてるのかな、とカーレルは思った。
 ――まだ恋愛は早そうだな。
 さすがに10歳はの中でも風紀的にもよろしくない。もう少し待つか、とカーレルは内心思う。ただシャルティエあたりに先を越される、という事も考えられなくはない。そこは連戦無敗の軍師である自分の力の見せ所だろうな、と勝手に考える。
 カーレルの存在を無視するかのように再び親子丼を食べ始めたの髪に触れて、カーレルは笑った。

 ――必ずを幸せにするよ?
 ――ごちそうさま。

あとがき
カーレルがどうしようもないくら変態で黒いです(爆
前半なんですが、前置きはイクティ視点で!あれです、しゃべり言葉は主に丁寧語で、内心は普通の喋りだったらいいと思うんですよ。ていうかイクティってD2の時ずっと丁寧語だと思ってたらそうでもないんすね(アトワイトとクレメンテ助けた時とか
んで中半はちょっと陛下との絡みとかいれちゃったりして。陛下と夢主は純愛少女漫画並にすれ違ってたら良いと思います。
んで後半にカーレル夢っぽいの入れときました。やっぱりカーレルは策士っていうか、表面穏やかでも内心凄い事考えてたりしてほしいですね。
それでは、ここまで読んで下さった方、有難う御座いました!
2008/10/24
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