を預かって、早一週間。
 もうシャルティエに返しちゃうのかと思うと、勿体無く感じるわね。

ー? ほらほら、ちょっとソコいじってよ。多分そこミスってるから動かないのよね」
「え? ここはこれで大丈夫だと思うんだけど?」
「ぐだぐだ言わない! 私がやれって言ったらやるのよ!」
「……どうなっても知らないよ」

 私に反論できるなんて、ぐらいでしょうね。
 は本当に天才だわ。
 晶術も大方マスターしたし。私のラボにある本や文献を読んで知識を全部我が物としたし。
 だからってHRXに関して私に反論するなんて、まだまだ甘いわね。
 指摘した通り、は渋々といった様子でいじくりだしたわ。
 私が満足すると同時に、電流を走らせるHRX。ため息を吐く

 ズガアアアアアアン

「ハロルドォォォォォオオオオ!!!」
 爆発するとは、なんて低確率なクジを引いちゃったのかしら。
 ディムロスの罵声が遠くから飛んでくるし。
「おっかしいわねぇ」
「……ハロルドがいじってと言った場所は大丈夫だったのよ。問題があったのは、作動力装置の部分のところで……」

 ……ああ、この子。本当に天才だわ。



真の信頼





 ハロルドがを預かって、やっと一週間。初めの一日だけは外で晶術の練習とやらをしていての姿を見る事もあったが、それからは二人して研究室にこもって姿は全く見なかった。
 それ故に心配になる。レンズが無くても晶術が使えるというの特異体質は、ハロルドにとって十分な実験材料になるのではないかと。今もは鎖に繋がれてハロルドの実験につき合わされてるのではないかと。今朝のラディスロウ全体が揺れるような爆発は、の身に何かがあったのではないかと。
 そんな事を考えて、シャルティエの心は一向に落ち着く事はなかった。
「シャルティエ、少し落ち着くといい。今朝に爆発があったから見に行ったが、は無事だったぞ」
「あ、そ、そうですか……」
 ディムロスに言われ、シャルティエは肩をすくめた。会議室にいる上層部の人間が、クスクスと笑った。
「確か、今日を返してもらうはずだったな。……ハロルド君の下にいて、も成長していると良いが……良い方向に」
 ――変な方向に成長したら、たまったもんじゃないよ……。
 リトラーの言葉を聞いて、シャルティエは頭を抱えた。の吸収力はとてつもないものだと知っている。そんながハロルドの下に一週間。
 ……どう変化しているのかは、自身の本来の性格に任すしかなかった。
「はあーい☆ 約束通りを返しにきたわよー!」
 明るい声で会議室へと入ってきたのは、ハロルドだった。シャルティエは思わず椅子から立ち上がる。ハロルドは中に入ってくるが、が中に入ってくる様子はない。
「ハロルド、はどうしたんですか?」
 イクティノスが問うと、ハロルドは後ろを振り返って目を見開いた。そして頭に手を置いて「あっちゃー」と困ったような素振りを見せた。
「……結構手荒に扱っちゃったからねー。警戒して出て来ないかも」
「手荒!? い、一体に何をしたんですか、ハロルドさん!」
 焦りと不安が、シャルティエの胸の中で渦巻く。ハロルドはシャルティエに申し訳なさそうな顔をした。
「悪いわね、シャルティエ。もっと丁寧に扱おうと思ったんだけど、つい悪い癖が……」
「ッ……いくら、いくらハロルドさんでも許せませんよ! を傷つけるなんて!!」
 不安をぶつけるように、シャルティエはハロルドに怒鳴った。普段あまり見ないシャルティエの憤慨した様子に、会議室にいる人間は目を丸くして驚いた。
 ――あんな小さいに、一体何を……!
 ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、俯いて拳を握り締めた。
「……シャルッ……!」
「!?」
 その時、会議室に涙目で入ってきたのはだった。小さい身体を震わせながら、震えた声でシャルティエの名前を呼ぶ。余程怖い目にあったのだろうと、シャルティエは確信した。
!」
 思わず駆け出して、シャルティエはを抱き締めた。もシャルティエを抱き締め返す。震えているのがよくわかった。
、大丈夫だった? 相当怖い思いしたんだよね……!」
「シャル、シャルッ……!」
 ブスッ
 シャルティエの首に、浅い痛みが走った。
 が何かをしたのはわかった。
ッ……?」
「動いたら命の保証は出来ないわよ、シャル。あと、喋らない方がいいわ」
 そうに言われ、シャルティエは黙るしかなかった。しばらくそのままだったが、何かを抜かれる痛みと同時にが離れた。
 が手に持っていたのは、注射器。中にはシャルティエの血が入っていた。
「ありがと、シャル」
 そう言って、は笑顔をシャルティエに向けた。
 混乱する中で、シャルティエはひとつの答えを導きだした。
「……がハロルドさんに毒されたぁぁあ……ッ!」
「しっつれいしちゃうわねー! だってアンタ、露出少な過ぎなのよ! 使って首から血を抜くしか、楽な方法は無かったの!」
 蹲って涙声で叫ぶシャルティエに、ハロルドは少し怒った様子で言った。は注射器をハロルドに投げ渡す。
「お小遣い頂戴ね、ハロルド」
「オッケー♪」
 ――は確実に変な方向に成長してしまったようだ。
 上層部の人間が、心の中でそう呟いた。そんな空気の中、リトラーが咳払いをしてに問い掛ける。
「一週間ぶりだな、。ハロルド君の下にいて、どうだったかね?」
「良い勉強になったわ。今までの私の知識は軟禁されていた部屋にある本棚の本と、父さんとの会話だけだったから」
 の口調がはっきりした物となっているのに、その場にいる人間は驚いた。
 それに気付いてか、ハロルドが得意気に「だから言ったっしょ。みっちり仕込んであげるって!」とご機嫌な様子で言っていた。
「変わったわね、。よく笑うようになったし……そっちの方が可愛いわ!」
「ありがとう、アトワイト姉」
 アトワイトの言葉に、はにこりと笑って礼を言った。顔を真っ赤にして、アトワイトは「ね、姉……!」と感極まった様子で呟いていた。そんなアトワイトの様子を横目で見ては、ため息を吐くディムロス。
 リトラーが笑みを浮かべながら、再び口を開いた。
「それでは、。君を正式に遊撃部隊、隊長に任命しよう。……そして、階級は大尉に就いてもらおう」
「ありがとうございます」
 は深々と礼をして、笑顔を見せた。
 大尉。シャルティエの一つ下の階級だった。
 ――僕を越えるのも、時間の問題かな……。
 シャルティエは密かにそう思った。元遊撃部隊長だったヴァンクでさえ、大佐という階級をもらっていたのだ。
 階級が抜かされる事を考えても、特に悔しくは思わなかった。ただ階級の重みがにとって負担にならないかどうか、それが心配だった。
「シャル?」
 いきなりに顔をのぞきこまれ、シャルティエは驚いて目を丸くさせた。の顔を間近で見ると、心臓が大きく跳ねるのがわかる。
 ――ああもう、なんて可愛いんだろう……。
 シャルティエはの頭を撫でながら、「どうかした?」と尋ねた。
「研究室にこもってイメージトレーニングばっかりだったから、体がなまって。久々に体を動かしたいなって思って……シャルは、用事とか……」
 聞き辛そうに言うを見て、シャルティエは微笑んだ。もうは兵士見習いでもなくて、シャルティエが面倒を見ているわけでもない。それを理解して、はシャルティエに気を使っているのだろう。本当に成長したな、とシャルティエは心の中で思った。
「大丈夫だよ、。この後は特に用事も入ってないし、入ってたとしてもの為だったら時間を空けるから」
「……ありがとう、シャル」
 シャルティエの言葉にが軽く頬を染めて礼を言うと、連動するようにシャルティエの顔も赤くなる。どこぞの初々しいカップルだ。
 そんな二人の様子を見ては、リトラーたちは笑った。カーレルは黒い笑みだが。
、訓練なら私も付き合おう」
 そんな二人に割って入ったのは、意外にもディムロスだった。は目を丸くして、ディムロスを見上げた。
「ディムロス兄が?」
「に、兄……!」
 アトワイトに引き続き、今度はディムロスが顔を真っ赤にして感極まっていた。リトラーは「ふむ」と腕を組んだ。
「一度ディムロス君にも見てもらうと良い。シャルティエ君もそうだが、ディムロス君の腕も確かだからな」
「しかしディムロスよ、お主も忙しいはずではないのか?」
 リトラーの言葉に続き、クレメンテがディムロスに尋ねた。ディムロスは「うっ」と痛いところを突かれたような顔をしつつも、首を横に振る。
「仕事の方は後で必ず何とかします。取り敢えず今は……の訓練に付き合いたい」
「ディムロス兄、無理しなくても良いよ?」
「無理など……いいから行くぞ。鍛えてやる」
 が困惑しながら言ったが、ディムロスは譲らずに早々と会議室を出て行った。疑問符を浮かべながらは後を追いかけ、戸惑いながらシャルティエも二人を追いかけた。
「……やたらとの事を構ってたわね、ディムロス」
「……ええ、不自然なぐらいに」
 アトワイトが呟くと、イクティノスが同意した。
「本当にディムロスってバカよねー」
 ため息交じりに、ハロルドが呟いた。



 訓練所に着いたディムロスととシャルティエ。
 三人が突っ立っているだけでも、十分注目を浴びた。痛いぐらいの視線を感じつつもディムロスはシャルティエに尋ねる。
「シャルティエ、とはどこまでいったんだ?」
「は!?」
「あ、いや違う! 聞きたかったのは、どこまで教えたかという……!」
 ディムロスの爆弾的質問にシャルティエは顔を真っ赤にして驚いたが、ディムロスが慌てて訂正した。シャルティエは「ああ……」と納得したように、苦笑しながら答えた。
「一度最初に実戦をして、その後で基本的な事は大体教えました」
「そうか。なら、一度とシャルティエが手合わせしてみると良い。そこで私がの欠点を見つけよう。鍛えるのはそこからだな」
 ディムロスがそう言うと、とシャルティエは頷いて抜刀した。
 すると騒々しくも観戦者が集まってきた。それに対しては然程気にはしていないようだが、シャルティエは少し落ち着きをなくしていた。
 ――まあ、相手はだ。大丈夫だろう……。
 シャルティエの様子を見つつ、ディムロスは密かに思った。二人が構えたのを確認して、ディムロスは言う。
「用意はいいな? ……では、始め!」
 ディムロスは合図を出したが、両者は動かなかった。構えて、相手の出方を見ている。
 似たような構えの型だが、いくらかの方が隙が無いように見えた。
 始めに、シャルティエが動き出した。シャルティエは走り込んで、大きく右側から斬りかけた。この振り幅の大きさも、相手の力量を見る為だろう。止めようと思えば止めれるスピードだった。
 案の定、はそれを屈んで避ける。そしてすぐさま、迷う事なく下からシャルティエの喉に向かって剣を突き出す。
「ッ!」
 その早い突きを後ろに下がる事でギリギリで避けたシャルティエは、屈んでいるに向かって剣を突き出した。
 は避ける事なく、下に滑り込むようにシャルティエに向かって前進した。シャルティエの剣はの頭上を掠めただけだった。その突き出した剣をシャルティエが引く前に、は上に剣を振り上げ――……。
 シャルティエの剣を、弾いた。
 遠くへ飛んでいく、シャルティエの剣。
「……え?」
 思わずシャルティエは、素っ頓狂な声を上げてしまった。は剣を鞘に納めて、立ち上がった。
「駄目ね、シャル。緊張してたでしょ」
 シャルティエの顔をのぞき込みながら、は言った。の顔を見つつ、シャルティエは困惑したような顔になり……混乱して苦笑した。
 ――シャルティエに勝っただと!?
 ディムロスも、周りで見ていた兵士たちも声を失った。
 シャルティエの緊張は見て取れたが、幼い少女に負ける程の緊張ではなかったはず。
「手首に、変に力が入ってたよ。手首を柔軟に使わないと簡単に剣を弾かれるって教えてくれたの、シャルじゃなかったっけ?」
「あ、あはは……そうだね……」
 しかも、あんなスピードの中で的確に細かい所まで見通せる洞察力。シャルティエは冷や汗を流しつつ、に同意した。兵士がシャルティエの剣を取ってきて、シャルティエに渡した。
 その剣を鞘に納め、シャルティエはため息を吐いた。
「……強くなったね、。まさかこんな短期間で僕が負けるとは思わなかったよ」
 苦笑しながらシャルティエは言ったが、は首を横に振った。そして、微笑んで言った。
「シャルが大事な基礎を教えてくれたからよ。独学だったら、ここまで早く力をつけることは出来なかった」
 の言葉はシャルティエに対する気遣いではなく、本心から言っているのが見て取れた。シャルティエも同じように微笑んで、の頭を一度撫でた。
 はディムロスの方へと体を向け、尋ねる。
「で……欠点、見つかった?」
「全くだ。……仕方ない、私が相手をしよう」
 の問いにディムロスは首を横に振った。そして、剣をゆっくりと鞘から抜く。それと同時に、周りにいた連中も驚きの声を上げた。
「ディムロス中将が……!?」
「ピエール少佐に勝ったガキも、こりゃタダじゃ済まねえだろうなあ」
 面白半分で野次を飛ばす人間もいたが、ディムロスとは全く気にせずに構えた。どちらかと言うと、シャルティエの方が気にしているように見える。
 おろおろしつつ、シャルティエは始めの合図をした。
 が真っ先に、ディムロスの方へと走り込んだ。そして左手に持った剣を、右側から大きく振った。それを容易く、ディムロスは受け止めた。
 そしてはじき返される前に、は剣を引く。
 身長差がありすぎる為、ディムロスは一歩下がって剣を振り上げて下ろすが、はその攻撃を横に飛ぶことによって避けた。
 ディムロスはを追いかけるように、剣を横に振った。
 屈んで避けるのは不可能な攻撃だった。だとすれば、は一歩下がるしかない。その下がった時に一気に攻めようと思って、一歩踏み出したディムロスだったが。
「なッ――!?」
 は高く跳躍する事で、攻撃をかわした。その跳躍力は、ディムロスの顔あたりに足がくる程だ。
 ディムロスは予想外の出来事に、思わずつんのめってしまう。だが寸前のところで、体勢を整えた。
 首筋に、ひやりとしたものが触れた。
「ディムロス兄の負けー」
 がレイピアの刃を、ディムロスの首筋に当てていた。ディムロスが体勢を整えるよりも速く、は着地してディムロスの懐に潜り込んで勝負を決めたのだった。
「う、嘘だろ……!? あんなガキが、ディムロス中将に……!」
 野次馬のその言葉と共に、は身を引いて武器を鞘に納めた。そこで、やっとディムロスは息を吐く。懐に潜り込んできたからは、少しでも動けば殺されそうな殺気を感じられた。
 ディムロスも同じく剣を鞘に納めた。すると、が口を開く。
「ディムロス兄の安定感や攻撃の重みは抜群だけど……スピード、反射神経、機敏性はシャルや私の方が勝ってる。それなのに妙な憶測をしたでしょ。あの時、私が一歩下がるとでも思ったっていうのが妥当みたいね?」
 に駄目出しをするどころか、ディムロスが駄目出しされている。ディムロスは渋い顔をしながら、の言葉に頷いた。
「あらゆる可能性を頭に入れて、的確なものを選択する。これもシャルが教えてくれたんだけど……ディムロス兄は知らなかった?」
 知ってはいるが、そこまで頭が回転しないと誰が言えるだろうか。ディムロスは青くなりつつ、咳払いをした。
「……確かには、良い師匠を持ったようだな。シャルティエも、良い弟子を持ったみたいだ」
「し、師匠だなんて……」
 そんなものじゃ、とシャルティエは顔を赤くしながら言葉を濁した。
「やっぱりミクトランの娘は違うなぁ! 俺たちとは格が違うぜ!」
 野次馬の一人が、嫌味のようにそう叫んだ。周りの連中も「あれが……!」と言ってを凝視した。
「兵士見習が一気に大尉に昇格したっていう……」
「遊撃隊の隊長になったという……」
「ハロルド博士と怪しげな実験をしてたっていう……」
 様々な声が、飛び交った。
「やっぱり父親と一緒で、化け物みたいな強さなんだな」
「――ッ」
 明らかに度が越えた発言をする兵士を、ディムロスは睨んだ。
 「言いすぎだ」と注意をしようと口を開けかけたが、その前にが言った。
「冗談じゃないわ」
 とても冷たい声で。
「父親と一緒だって? ……あんな奴と、一緒になんかしないで。天上軍の頭であるあいつは……私の、敵よ。そんなのと一緒にされたら不愉快よ」
 そのあまりの冷たい言葉に、兵士たちも言葉を無くした。
「私にそんな事を言ってる暇があったら、さっさと訓練したらどう? 私で良かったら、相手になるけど」
 がそう言うと、野次馬たちは次々に散っていった。睨みながら去っていく者、あるいは迫力に負けて落ち込んで去っていく者。様々だった。
 ディムロスがにどんな言葉をかけようか迷っていると、シャルティエは一目散にのもとへと駆け寄った。そして苦笑しながら、に尋ねた。
、大丈夫?」
「……うん」
 シャルティエの顔を見たは、先程までの冷たさを取り払うかのように頷いた。だがやはり、少し落ち込んでいるようにも見えた。
 ――ヴァンク、お前ならどんな言葉をかけるんだろうな……。
 どんなに考えても、思い浮かばなかった。これではヴァンクの代わりなど出来ない、とディムロスは軽く自己嫌悪した。
「ディムロス中将に勝ったっていうんだから……の実力は地上軍でナンバーワンだよ。それだから余計にやっかみも買っちゃうだろうけど、頑張ろう?」
 諭すように、シャルティエは言った。は無言で、ゆっくりと頷いた。
「ディムロス中将ー!」
 そんな時に、ディムロスの部下が走り込んできた。何か用があるのは一目瞭然だったが、何もこんな時に来なくてもとディムロスは内心思った。
「どうした」
「どうしたもこうしたも、仕事を放って何してるんですか! カーレル中将も怒っておられますよ、笑顔で」
 ディムロスが尋ねると、部下は顔を青くさせながら言った。仕事があるのは重々分かっているが、ヴァンクの代わりとしてディムロスはの側にいたかった。
「いや……私はを」
「ディムロス兄、私をそんなに構うのはどうして?」
 なんとかこの場を切り抜けようとディムロスがしたところ、が尋ねた。ぎくりとしながら、ディムロスはを見る。
 の目はまっすぐと、ディムロスの目へと向いていた。
「それは……その、だな……」
「……ディムロス兄は、ヴァンクの代わりにはなれないよ」
 ゆっくりとは、そう言った。まるで木槌で頭を殴られたような気がした。ディムロスは目を見開いて、を凝視する。
 は俯き加減になり、苦笑した。
「なんとなく、ディムロス兄がヴァンクを意識してるように思えただけ。……私は大丈夫だから、心配しないで。ちょっとは信頼してよ」
……」
 ――信頼、か。
 確かに、自分はを信頼していなかったかもしれない。ヴァンクが死んで、彼女がどんどん壊れていくのではないかと不安だった。
 だが、違った。こんなにも小さな身体でも、はしっかりと立っている。
 ディムロスは苦笑して、の側に寄って頭を撫でた。
「……悪かった。少しお前を甘くみていたようだな」
「見直してね」
 ディムロスの言葉に、は笑って言った。
 部下は「あ」、と思い出したように声を上げた。
「そう言えば、リトラー総司令がお呼びでしたよ。大尉」
「リトラー司令が?」
 部下の言葉に、は目を丸くさせた。シャルティエは笑みを浮かべながら、言う。
「早速、も任務があるんじゃないかな」
「え……。……うん、そうかな」
 シャルティエの言葉に、は少々照れたように俯いた。初めて任せられる仕事だ。嬉しいのだろう。プレッシャーに押し潰される事なく、嬉しいと素直に思える心。やはりは心配ないようだ、とディムロスは考えた。
「会議室に戻るか。……カーレルの笑顔は見たくないが」
「笑顔って言うんですか、アレ……」
 ディムロスの言葉に、シャルティエが青くなりつつ突っ込んだ。



「聞いたぞ、。ディムロス君を負かせたと」
 会議室に戻った途端、リトラーが笑いながら戻った三人に言った。
 負けたディムロスとシャルティエは、その言葉が胸に突き刺さるのを感じつつ苦笑する。
「仕事を放置するなんて……もっと痛めつけて良かったんだよ、
「すまなかった、カーレル。頼むから許してくれ」
 笑顔で毒を吐くカーレルに、ディムロスは平謝りだ。
 そんな様子を横目で見つつ、はリトラーに尋ねた。
「司令、何か用が?」
「ああ、早速遊撃隊に任務を与えたくてな。この地図を見てくれないか、
 リトラーが手招きをするので、はリトラーの側に寄って机に広げてある地図を覗き込んだ。ペンである部分を囲いながら、リトラーは説明をした。
「ここを中心に、天上軍のモンスターが徘徊している。先日の戦いの生き残りという可能性もあるから、早急に退治してもらいたい。……あと、天上兵が新たに降りてきた可能性もある。十分に気をつけてもらいたい」
「了解」
 は微笑んで、言った。そんなに、PCを扱っていたイクティノスが「それと」と続けた。
「遊撃隊員たちは訓練所の裏手の空き地にいます。ヴァンクは生前、癖のある隊員をまとめる為に毎日そこに呼び出していましたから」
「うん、わかった。……ガツンとしてくる」
 の言葉に、会議室にいる者は笑った。ハロルドの下にいた一週間は、有意義なものだったのだろう。の成長を見れば、それがよくわかった。
 早速会議室を出て行こうとするを、ディムロスは呼び止めた。振り返って疑問符を浮かべるに、ディムロスは言った。
「必ず生きて戻って来るんだぞ、大尉」
「……了解」
 ディムロスから名前の後ろに階級をつけられ、は照れたように笑った。そして「行ってきます」と言って駆け足で会議室を出て行った。
 それを見届け、ディムロスは微笑みを浮かべながらカーレルの方へと振り向いた。カーレルも笑顔で、口を開いた。

 ――さて、が戻ってくるまでに報告書八十九枚頑張ろうか、ディムロス中将。
 ――……お前、自分がする分も足しているだろう……。

あとがき
ヴァンクの命を奪った天上軍。夢主はそんな天上軍に対して嫌悪感を露にします。
そしてその天上軍の頭でもある、ミクトランにも。しかし実際は夢主はミクトランの事が大好きで。
だけど地上軍で生きていくには、敵であるミクトランの事を好きという事が許されるはずがない。そんな事を幼いながらに思って、無理やり自分に嘘を吐いています。というお話でした(長
それでは、ここまで読んで下さった方、有難う御座いました!
2007/12/23
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