「ディムロス中将……俺の、遺言です……。 を、遊撃隊の、隊長に……して、やって下さい……」
「それと……このネックレスと、俺がつけているネックレスを……渡して、ください……」


 それが、ヴァンクの遺言だった。
 ヴァンクはがいない時、俺にそう言った。
 いきなり隊長なんて出来るか、と内心思ってはいたが……。

「ごめんなさいッ……!」

 震えながらヴァンクの亡骸に謝る少女の姿を見て、今まで疑ってきた自分は何だったのだろうと思ってしまった。
 は何も知らなかった、ただの子供なのだと。

 そしてその子供は、ヴァンクが死んだ後は抜け殻のようになってしまった。
 あれから一週間になるが、前のようにシャルティエの後ろを歩くの姿を見た者はいない。
 にとって、ヴァンクはそれだけ大きな存在だったのだろうと……改めて実感した。



泣いて笑って





「失礼します」
 その言葉と共に、イクティノスとシャルティエが会議室へと入ってきた。
 やはり、シャルティエの後ろにははいなかった。
「……今日も、はいないようだな」
 リトラーが尋ねると、イクティノスはため息を吐きながら頷いた。
「……はい。相変わらず食事はもちろん、ろくに睡眠もとっていません」
「話しかけても無反応ですし、このままじゃどうにかなるんじゃないかと……」
 そう説明すると同室の二人は、だいぶ疲れているようにも見えた。彼らも彼らなりに、色々気遣っていることは一目瞭然だった。
 その場にいるソーディアンチームの面々が、深いため息を吐いた。
「私も部屋にお邪魔させてもらったけれど、あれは危険な状態だわ。あのままじゃ、本当に死にかねないわね」
「死ッ……!? あ、アトワイト大佐! どうにかならないんですか!?」
 アトワイトの言葉に、シャルティエが涙目になりつつ訴えた。しかし、アトワイトは首を横に振る。
「私が出来るのは、点滴を打つぐらいだもの。 たとえ打ったとしても、心が元気にならなくちゃ意味がないわ」
 その言葉を聞いて、シャルティエはがくりと肩を落としてため息を吐いた。クレメンテが自分の髭を撫でながら、重々しく口を開く。
が元気にならねば、ヴァンクの遺言も叶わせる事が出来んのう……」
「遊撃隊の隊長の件か。今のところ上層部では反対する者もいない事だ。には是非やってもらいたいんだがな」
 遊撃隊の連中は、年齢などは気にしない。彼らが惹きつけられるのは、実力だけ。そして身勝手な遊撃隊をまとめるには柔軟な頭が必要とされる。
 故に、は遊撃隊の隊長に適任とも言えた。
「……あの小さい身体で隊長なんかになったら……。 遊撃隊はともかく他の一般兵から妬まれるんでしょうね……」
「仕方ない……と言っては可哀想かもしれんが、どちらにせよの実力はただの兵士でいるには勿体無さ過ぎる。避けては通れん道だな」
 心配そうに呟いたシャルティエに、ディムロスは言った。
 しかしどれだけ話そうが、やはりがこの場にいなければどうにも出来ない件だった。
 隊長がいなくなった遊撃隊は、まさに蛻の殻のようだった。いつもヴァンクが集合させていた場所にはいるものの、一切のやる気を消失させて放心状態。
 リトラーが直接話をしても、変化は見られなかった。とほとんど同じ状態なのだろう。
「実力がある遊撃隊が動かないのは辛い。一刻も早くに隊長になってもらい、ガツンと言ってもらいたいのだが」
「ガツン、ですか……。ああ、そう言えば」
 リトラーの発言に、カーレルが何かを思い出したように手を叩いた。カーレルへと注目する、その場の人間。
「昨夜、最近研究室にこもりっぱなしのハロルドの様子を見に行ったんです。まあ、相変わらず元気でしたが……どうやら、と何か約束をしていたみたいで。の状態を話すと「ガツンとしてやらなくちゃ」とか言っていたんで、今日あたりは悲惨な目に遭うんじゃないでしょうか」
「……ガツンとして、と言うところが末恐ろしいな」
 カーレルの言葉に、ディムロスが少し青くなりながら突っ込んだ。
 ――しかし、助かるな。
 リトラーは心の中で、そう呟いた。ハロルドには、是非ともの事を頼みたかった。ハロルドは自由奔放で興味のない事には絶対に突っ込まないタイプだが、興味がある事にはどんどん突っ込んでいく。そこでを興味の対象として見てもらい、突っ込んでもらおうと思っていた。ハロルドに突っ込まれたら、もただでは済まないだろうから。
「い、今すぐの所へ行った方が……」
 突っ込まれてただでは済まなかったシャルティエが、顔を青くさせながら震える声で言った。カーレルは笑いながら、シャルティエに言う。
「大丈夫だよ。妹はあれでも相手の些細な感情を読み取る。まあ、を崖っぷちまで追い詰める事はあっても、突き落とす事はないんじゃないかな」
 ――追い詰めてそこで手を差し出すから、性質が悪いんだがな。
 苦笑しながら、リトラーはカーレルの言葉に頷いた。
 シャルティエは未だ心配そうな表情を見せていて、今にも部屋に戻りたそうな雰囲気を醸しだしていた。会議が終わったら適当な仕事を与えてやろう、とリトラーは思った。
「ハロルド君に期待しよう。そして、がこの会議室に戻ってくる事を」



 会議が終わった後、ディムロスは一つの部屋の前へと来ていた。
 イクティノスとシャルティエ。そしての部屋の前だった。
 この扉の向こうにいるのは、放心状態の
 には謝罪をしたかった。執拗に、疑ってしまった事を。
 だが謝罪をしたところで、今の状態のに届くのだろうか。届かずに、自分の独り言になってしまっては空しい。
 そんな事を考えては、部屋に入れずにいた。部屋の前でずっと立っているディムロスの姿は、とてもおかしいものだろう。
「何してんの? ディムロス」
 後ろから高い声が聞こえ、ディムロスは振り返って声の主を見た。
「ハロルドか。お前こそ、何をしに……ああ、ガツンとしにきたんだな」
「兄貴から聞いたの? ま、そんなところね。だって私と晶術の訓練するって約束してあんのに、いつまで経っても来る気配がないのよ。この天才様の約束を何も言わずして延期だなんて、いい根性してると思って」
 ディムロスの言葉にハロルドは口々に話し出した。
 確かにハロルドの約束を何も言わずして延期など、ハロルドの事をよく知る人物なら絶対にありえないであろう。
「で、ディムロスもに何か用事? 悪いけど、話なら私の後にしてよね。っていうか私が話した後の方が、色々効率良いと思うけど」
 ――に何をする気なんだ、お前は……。
 ぐふふ、と影で笑い出したハロルドに対し、ディムロスは青ざめた。そんなハロルドから目を離し、再び扉の方へと目を向け口を開く。
「……に謝りたくなって、な。ヴァンクの亡骸に謝る姿を見て、はただの子供だったのだと初めてわかった。そんなただの子供を疑ってしまった事を……」
「ああ、そうよね。っていうかアンタぐらいよ。がただの子供っていうのが分かんなかったの。これだから単純バカが上の立場に立つと厄介なのよねえ」
「返す言葉もないな……」
 痛いところをハロルドに抉られ、ディムロスは苦笑した。しっかりしなくては、とは思うのだが、どこか空回りしてしまう。やはり自分は上の立場には向いていないのだろうか。
「ま、上の立場に向いてるかどうかなんて考える暇があったら、先に反省すべきね」
 心を読まれた。
 やはりハロルドは逆らうべき存在ではない、とディムロスは心底思った。
「……は地上軍に入って、ヴァンクを心の支えにしているように見えた。そんなヴァンクの……代わりが出来たら良いと、思っているんだ」
「それ本気?」
 ため息交じりにハロルドに問われ、ディムロスは「本気だが」と答えた。するとハロルドは再び大きなため息を吐いた。
「あんたバカね。私には結果が見え見えだけど? とりあえずやってみたら? 経過と結果のデータはちゃーんと貰ってあげるし。それじゃ、私はとっととに話をつけてくるわ」
「あ、おい!」
 どういうことだ、と続けて言おうとした言葉は、止まった。ハロルドがディムロスの横をすり抜け、部屋の扉を開けて入ったのだった。扉が閉まる直前に見えた、の状態。アトワイトが危険な状態と言ったのが、よくわかった。
 ベッドの上で膝を抱えて顔を埋め、背中を壁に任せている。地上で着ていた服は着ておらず、寝巻きのような服だった。その服から見える腕や足は、以前より一層細くなっていたような気がした。
「……ここはハロルドに任せるか」
 ディムロスはため息を吐いて、踵を返した。
 会議室へと戻る足を進めながら、ディムロスはポケットから小さな袋を取り出した。その袋の中に入っているのは、二つのネックレス。
 ――立ち直らなければ、ヴァンクの遺品を渡す事も出来ないぞ。……。



 ヴァンクが死んで、どれぐらい経ったのだろうか。今のは、それさえも分からなかった。
 最初の内は聞こえていたシャルティエやイクティノスの気遣いの言葉も、次第に薄れていった。今、聞こえるのは記憶に残るヴァンクの声だけ。
 ――私が、基地で大人しくしていれば……。
 ヴァンクは死ななかった。自分の我侭から殺してしまったのだ、ヴァンクを。もう二度と会えない、ヴァンクと。
 この胸が引き裂かれそうになる苦しみを、自分は他の人にも味あわせていたのだ。地上に降りてきた時、自分は何人を殺しただろう。そして殺したかと思えば、その身内の者に何と言った。
 「天上の技術だったら返せる」と、言ったのだ。石を投げられても仕方が無い。殴られても仕方が無い。
 ――もう、私なんて……。
 消えてなくなればいい。
 このまま、朽ち果ててしまえばいい。
「――と……ちょっと! 聞いてる!?」
「ッ!?」
 突然高い怒鳴り声が耳元で聞こえたかと思うと、ガツンと頭に強い衝撃が走った。
 が思わず顔を上げようとすると、首がグキッと鳴ってそこで久しぶりに顔を上げるということに気付いた。そして久しぶりに顔を上げたのはいいものの、貧血なのか視界が揺れる。
 その視界の端では、酷く怒った様子のハロルドがの顔を見て更に怒っていた。
「食事もとってない、睡眠もとってない。そんな状態で、私との訓練が出来るとでも思ってるわけ?」
「…………」
 はハロルドから視線を外した。
 今は何も考えたくなかった。ましてや、訓練など出来る気分でもない。そんな様子のに、ハロルドはため息を吐いた。
 そして、胸が抉られるような言葉を出す。
「どれだけ願おうと、ヴァンクとは二度と会えないのよ」
「ッ……」
 ハロルドの言葉は、の心臓を貫くように刺さった。思わず、再びは顔を伏せる。
「食事も睡眠もとらずに、どんだけ落ち込んでもヴァンクは戻ってこないわ」
 ――嫌だ、聞きたくない。それ以上何も言わないで。
 は耳を塞いだ。怖かった。
「――今、あんたがしている事は……全部無駄。それでもやるなら、自己満足に過ぎない」
「……いやッ……」
 耳を塞いだ手の上から、ハロルドは言った。その言葉は確実にに届いて、の心を斬りつけた。痛くて痛くて、涙が零れた。
「否定出来るんなら否定してみなさいよ。あんたの口はただの飾り?」
 バシッとハロルドから後頭部を叩かれ、はゆるゆると顔を上げてハロルドを見た。涙でハロルドの顔はぼやけて見えてよくは分からなかったが、そんなに怒ってないということは分かった。
 はゆっくりと、口を開く。
「……私のせいで、ヴァンクは死んだ。私は他にも何人も殺した。私なんて、いない方が……」
 ハロルドはの言葉を聞いて、呆れたように大きなため息を吐いた。そしての隣に座る。
「あんた、バカね。……でもバカじゃないんだから、考えなさいよ。ヴァンクは何で死んだのよ。を守ったからじゃないの?」
「…………」
 は無言で頷いた。
 確かにヴァンクはを守って死んだ。揺ぎ無い事実。その事実こそが、苦しくもある。
「だったら、さっきのあんたの発言はヴァンクの死を意味の無いものにしてるんじゃない?」
「あ……うん」
 死を意味のないものに。意味があって死ぬ者と、意味がなくて死ぬ者。
 は呟くように言う。
「……私のせいで、ヴァンクの死を意味の無いものにしたら……」
「侮辱してると同じっしょ」
 平然とハロルドは答えた。
 は押し黙って、久々に足を伸ばした。ずっと膝を抱えた状態でいたから、伸ばす時に関節が痛んだ。
 ハロルドは立ち上がって、小瓶を机の上に置いた。
「栄養不足なあんたに丁度良いと思うわ。私が調合したとっておきの奴よ。腹括ったらさっさと私の所へ来なさい。待たせてもらった分、付き合ってもらうから。 そういうことでヨロシク♪ ぐふふッ」
「あ、ハロルド!」
 踊りながら部屋を出て行こうとしたハロルドを、は呼び止めた。
 ハロルドは振り返る。
「ありがとう……」
「早く皆にも顔見せてあげなさいよ! あ、せめて目の下マッサージしてからねー!」
 が礼を言うと、ハロルドは笑顔で言いつつ部屋を出て行った。再び一人になった部屋で、は一つ決心した。
 ――生きよう。ヴァンクが守ってくれた、命だから。
 ヴァンクが好きだから。ヴァンクの死を無駄にはしたくないから。
 悲しいけど、頑張らなくてはいけない。
 ヴァンクが守ってくれたから。



 会議が終わった後、すぐにがいる部屋へと戻ろうとしたシャルティエはリトラーに書類整理を頼まれてしまった。会議室で書類整理をしつつも、常に頭の中はが駆け巡っている。大丈夫だろうか、は。あんな弱っている状態で、採血されていないだろうか。
「……そんなにが心配かね、シャルティエ君」
「へッ? あ、す、すいません」
 同じ書類をあっちへ持っていったりこっちへ持っていったりするシャルティエを見かねて、リトラーが声をかけた。シャルティエは我に返ったように書類を持ち直し、謝罪した。
 その様子を見ていた会議室にいるカーレル、イクティノス、ディムロスは思わず失笑してしまった。
「わ、笑う事ないじゃないですか……心配なんですから」
「ハロルドが何をするのか?」
 顔を赤くして拗ねるシャルティエに、カーレルは笑いながら尋ねた。
 シャルティエはため息を吐いて、言う。
「それもありますけど。やっぱり、の体は大丈夫なのかなと思いまして。見る見るうちに痩せ細っていってますから、今こうしてる時にも部屋で死んじゃってたりしたらどうしようって……」
「それは確かに心配だな。……少しぐらいなら様子を見に行く事を許可しよう」
 再び書類をもてあそびながら話し出すシャルティエを見て、リトラーは部屋に戻る事を許可した。その途端、シャルティエの目は輝いた。
「本当ですか!? じゃあ今すぐ行ってき――」
 行ってきます、と言おうとしたシャルティエの言葉は途中で途切れた。今様子を見に行こうとした目的が、会議室に入ってきたからだ。会議室にいた人間は、入ってきた人物を見て固まる。
……?」
 入ってきた人物は、だった。思わず声を上げたシャルティエを一瞥して、はリトラーの近くへと進む。体は前より細くなったように見えるが、皮膚の血色は良さそうに見えた。
 というか、血色が良すぎる。顔を真っ赤にして、ゼエハアと荒い息を吐きながらはリトラーに詰め寄った。
「司令……!」
「ど、どうかしたのか? というか大丈夫か、
 に詰め寄られ、戸惑いながらもの体を心配するリトラー。
 そんなリトラーの気遣いをスルーして、は続けた。
「私は……うッ……」
!?」
 苦しそうに胸を押さえて跪くを見て、シャルティエは慌てて駆け寄った。カーレルも近づいてくる。
「熱でもあるのか?」
 リトラーは膝をついて熱を測ろうと、の顔を上げて額に手をやろうとしたところで、止めた。
「司令ッ……」
 紅潮した頬。荒い息遣い。潤んだ瞳。掠れた声。
 しかも上目遣い。
 そんなの表情を見たリトラーとシャルティエは、思わず顔が赤くなった。
 この可愛さは、反則だ。
「リトラー司令、は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないカーレル君は近づくな」
「喧嘩売ってますか司令」
 心配して近づいてきたカーレルからを隠すように立ってリトラーが言うと、カーレルは笑顔でリトラーに威圧をかけた。このの表情をカーレルに見せたら最後、拉致られる可能性が高すぎる。
 それだけは勘弁してほしかった。風紀を取り締まるのも総司令の役目。
 そんな必死の思いでリトラーがカーレルと対峙していると、会議室にもう一人入ってきた。
「あ、やっぱりここにいたのね。ああ……その様子から察するに、ちょっとキツすぎたかしら」
 入ってきたのは、ハロルドだった。
 ハロルドがの様子を見てそう言ったのを聞いて、ディムロスはハロルドの肩を掴んだ。
「おい、ハロルド。どうせに何かを飲ませたんだろう。一体何を飲ませたんだ?」
「男性用精力強化剤」
「「「「男性用!?」」」」
 ハロルドの口から出てきた言葉に、男性諸君は声を揃えて叫んだ。十歳の少女にそんな物飲ませるなよ。
 悪びれた様子も全く見せず、ハロルドは続けて言った。
「結構弱ってたみたいだし、いい薬になるかなって思って。ちょっとキツかったみたいだけど、大丈夫っしょ。 あ、ちなみに水を飲んだらだいぶ楽になると思うわよ?」
 完全に遊びの目をしているハロルドを見て、を除くその場にいる人間はため息を吐いた。
 カーレルは机の上に置いてあったコップに入ったリトラーの水を手に取り、言う。
、辛いなら私が口移しで水を飲ましてあげるよ」
「寝言は寝てから言って下さい、カーレル中将」
 とんでもない発言をかましだしたカーレルに、イクティノスはすぐさま突っ込んだ。カーレルは残念そうにため息を吐きながら、水をシャルティエに渡してやる。シャルティエはに水を飲ませた。
 その様子をカーレルは見て、笑顔で呟いた。
「よりによって司令と間接キスか。せめて私だったら、まだ救いようはあっただろうにね」
「そういう事は誰にも聞こえないように言うものだぞ、カーレル」
 ボソリどころか会議室の隅まで聞こえる声の大きさで言ったカーレルに、ディムロスは顔を青くさせながら言った。リトラーはカーレルに精神的攻撃を食らわされ、顔を青くして震えている。
 水を飲んだは一息吐いて、シャルティエの手を借りつつ立ち上がった。はシャルティエに礼を言い、再びリトラーに向かった。
「司令、私がする事って無い?」
 尋ねられ、リトラーはに目を留めて固まった。いきなりやって来て、いきなり何を言い出すのかと思えば。
 リトラーはの頭の上に手を置いた。
「……もう大丈夫なのかね」
「ハロルドが教えてくれたの。ヴァンクが死んだ理由を。ヴァンクは私を守って死んだ。それなら、私はヴァンクの為にも生きなきゃならない。そして私は、地上の皆を守らなくちゃいけない。……これは、私が殺した人の身内に対する償い……だから」
 ヴァンクへの償いは、生きる事。殺してしまった人への償いは、身内を守る事。は、はっきりとリトラーにそう告げた。
 リトラーは微笑を浮かべ、の頭を撫でてシャルティエを見た。
「シャルティエ君、をヴァンクの墓へ連れて行ってやってくれないか」
「あ、はい」
 リトラーに言われて、シャルティエは了承した。はシャルティエを見上げる。
「ヴァンクの墓?」
「うん。普通は皆、墓地なんだけど……ヴァンク大佐の墓は、別の所にあるんだ」
「私も行こう。そこで渡したいものがあるからな」
 シャルティエの言葉に、ディムロスが続いた。
 カーレルも「私も」と言い掛けたが、イクティノスに「貴方は仕事があるので残って下さい」と止められる。
 は不安そうに、シャルティエの服の裾を掴んだ。
「シャル……私、大丈夫かな……?」
「……怖いの?」
 シャルティエが少し屈んで視線を合わせながら尋ねると、は少し俯いた。はギュッとより強く、裾を掴む手に力を入れる。
「まだ……ヴァンクが死んだ事、認めたがらない私がいる」
 目を少し伏せて言うを見て、シャルティエは苦笑した。そして、の頭を撫でてやって言った。
「大丈夫だよ、。僕がついてるから」
「……うん」
 シャルティエの言葉にはこくりと頷いて、裾を掴んでいた手を離し、シャルティエの手を握った。いきなり握られ、真っ赤になるシャルティエ。
「じゃあ行こう、シャル」
「え、いや、ちょッ……手……!」
 手を引っ張るに、シャルティエは戸惑った。十歳の少女のやる事に戸惑うシャルティエの様子を見て、会議室にいる人間は失笑してしまった。カーレルを除いて。
「シャルは温かいから。ずっと一緒にいて欲しい」
 爆弾発言。
 笑顔で黒い威圧感をかもし出していたカーレルから、笑顔が消えた。
 の言葉を受けたシャルティエは、顔面真っ赤。カーレルの黒いオーラにも気がつかない程、動転していた。
「シャルティエ君、早急に墓へと向かった方が良いと思うが」
「え? ……は、はい! 行って来ます! 行こう、!」
 カーレルの様子に気付いているリトラーがシャルティエに耳打ちをして、そこでようやくシャルティエはカーレルの存在に気付いた。
 ――殺られる。
 そう思ったシャルティエは、の手を引っ張って慌てて会議室を出て行った。その二人を急いで追いかけるディムロス。
 ハロルドも「データ採取!」とか言って出て行った。
 会議室に残ったカーレルとイクティノスとリトラー。
「…………」
「カーレル中将。そこの書類を取っ……いえ、自分で取ります」
(気苦労をかけるな、イクティノス君……)
 沈黙を守りつつ黒オーラ大奮発のカーレルの様子に、イクティノスはカーレルの側にある書類をわざわざ取りに行った。
 リトラーは今後のシャルティエの行く末を案じつつも、イクティノスを心配した。




「ここって……」
 海が見えるその丘は、人があまり近寄りたがらない程冷えていて。
 だが、にとってはそこは暖かかった。見えない力が、自分を暖めてくれているような気がした。
「うん、が一回寝てた丘だよ」
 シャルティエはの手を握り、頷きながら言った。丘の先に、石碑が見えた。はシャルティエの手を離して、その石碑へと駆け寄った。
「ヴァン、ク……此の地に、眠る……」
 は石碑に刻まれた文字を、読んだ。追いついてきたシャルティエが、の頭を撫でる。
がこの丘が暖かいって言ったから、ヴァンク大佐もここに……。この丘に来る度、がヴァンク大佐に会えたらって思って僕が決めた事なんだけど。……良かった?」
 シャルティエが尋ねると、は頷いた。
 暖かい雰囲気と共に、ヴァンクが迎えてくれる丘。シャルティエの気遣いは、とても嬉しかった。

 ディムロスが呼んだので、はそちらへと目を向けた。手に何かを持っているディムロスは、屈んでに手の中にある物を渡した。
 渡されて、は目を見開いた。
「ヴァンクがそのネックレスをお前に渡してくれ、と言っていた。何故同じ物が二つあるのかは、分からないが。どちらも渡してくれと言っていた」
 十字架のネックレス。
 天上から地上に降りる際に持ってきたのは、もう一つの十字架より一回り大きいもので。これはヴァンクの物であった。
 ――もう一つは?
 十字架をよく見ると、小さい文字が刻まれていた。
 『マリア』と。
 その瞬間、全てが繋がった。
 ヴァンクの腹に剣を突き刺した男。
 その男が、渡した物。
 呆然とする、ヴァンク。
 あの男が、ヴァンクにこれを渡したのだ。
 マリアの物を、どうしてあの男が。
「あ……」
 声が、零れた。
 ――もしかして、マリアは……。
 自分を天上から逃がしたのだ。
 あの父親なら、あり得ない話ではない。
 そしてヴァンクが大きな隙を作るほどの事と言えば。
 ――マリア、殺されたの……?
 その考えが頭を過ぎった途端、ヴァンクの時と同じように胸が引き裂かれそうるような痛みを感じた。
 涙が溢れた。
「マリアッ……」
 はヴァンクの墓石の前で、座り込んだ。
 マリア。
 初めて、自分を殴って教えてくれた人。
 自分が幸せになる事を願って、自分に天地戦争の事を教えてくれた人。
 ずっと自分を愛していると言ってくれた人。
 いつか天上に乗り込む事があれば、真っ先に会いたい人だった。
 マリアの言う通り、外で幸せを見つけたと報告したかった。
「ごめんなさい……」
 謝るしか、出来ない。そして生きて、戦争を終わらす事しか出来ない。そんな自分を、ヴァンクとマリアは許してくれるだろうか。
「ごめんね……! ヴァンク、マリアッ……」
 ネックレスを握る手が、震えた。
 泣きじゃくるの背中を優しく撫でるシャルティエの手が、温かかった。
 もう二度と、こんな胸の痛みは感じたくなかった。

 だから、強くなろうと思った。



「……本気かね、ハロルド君」
「当ったり前でしょー! ッていう事で司令、良いでしょ? 悪いようにはしないから!」
 ディムロスたちが会議室へと戻ると、会議室は出て行く前より人数が増えていて、尚且つ微妙な雰囲気だった。
 ハロルドがでしゃばっているあたり、彼女がまたやっかいな事を持ちかけたのだろう。
「あら、! 本当に元気になったのね。ちょっとやつれているけれど、顔色は悪くないみたいね」
「ふぉっふぉっふぉ、聞いた所では、ドギツイものを飲まされたようじゃのう」
 増えた人間は、アトワイトとクレメンテだった。二人はの姿を見るなり、笑顔で迎えた。
「あの、どうかしたんですか?」
 シャルティエが微妙な空気を読み取り、おずおずと尋ねた。リトラーは大きなため息を吐く。ハロルドが大変ご機嫌な様子で、言った。
を一週間、私が預かることにしたわ」
 ――は?
 ディムロスとシャルティエは、ハロルドの発言に目を見開いた。
 しかも決定しているように言う。いや、ハロルドが言うのだから決定事項になるのだろう。しかしシャルティエは、慌てて首を横に振る。
「だ、駄目ですよ! ハロルドさんにを預けるだなんて、何されるか分かったもんじゃありません!」
「何よアンタ。少佐の分際で私に歯向かう気ー? でももう遅いわ。これは決まった事だもの。ね、司令!」
「……うん、まあ……」
 凄いアバウト。
 ハロルドの事だから、否定すれば軍を抜ける等言いかねない。それを知っていて、リトラーも頭が上がらないのだろう。やはり決定事項となってしまった事に、シャルティエは男泣き。ディムロスは呆れながら、ハロルドに尋ねる。
「しかしまた、何故そんなに長期なんだ?」
「だってこの子、私と晶術の訓練するっていう約束から一週間待たせてんのよ? その分しっかり付き合ってもらわなきゃ、私の気が済まないわ。っていう事で一週間」
 ――心配だ。
 会議室にいる人間が、心の中で呟いた。は特に何も思っていないようだが。
 シャルティエに至っては、がロボットになって帰ってきたらどうしよう、等と呟いている。カーレルはそんなシャルティエを見て、さすがにもう手は繋いでいないみたいだね、とボソリと呟いていた。
 が微妙な雰囲気の中、口を開いた。
「私、ハロルドに色々教わる」
 ――どうしよう、凄く心配だ。
 晶術の訓練よりも、ハロルドはもっと他の事をに教えそうだ。彼女のイタズラが今後、もっと発展してしまうのでは。そう思うとディムロスは胃が痛くなった。
「それじゃ決定! 早速今日からみっちり仕込んであげるわよ、! どこへでも嫁に行けるようにね☆」
「私のところかな」
「うふふ、消えてくださいカーレル中将」
 ハロルドの言葉に便乗してカーレルが言うと、アトワイトが微笑みながら警告した。
 早速を連れ去ろうとするハロルドを、ディムロスは止めた。
「ハロルド、少し待ってくれ。……司令、例のの件、私から話してもよろしいでしょうか」
「ああ、よろしく頼む」
 ディムロスが確認を取ると、リトラーは微笑んで頷いた。咳払いをひとつして、ディムロスは口を開いた。
、まずは謝らして欲しい。何も知らないお前を疑ってしまって、すまなかった」
「!」
 ディムロスの言葉に、は目を大きく見開いた。それに気付かず、ディムロスは続ける。
「お前は立派な地上軍だ。何も疑うべき点はない。……そう言う訳で、ハロルドの下で一週間を過ごした後、遊撃隊の隊長を担ってもらいたい。今の状況で、遊撃隊の隊長に一番ふさわしいのは以外にいない」
 に近づいて、ディムロスは言った。
 そして、笑顔で確認をする。
「……いいな?」
「……うん」
 頷いたの表情を見て、その場にいた人間は固まった。
 が、微笑んで頷いたのだ。初めて見た、の微笑。
「うわあああ少将、今、今のッ、見ました!?」
「見てないはずがないでしょう、シャルティエ」
「初めて見るが、の笑顔はやはり可愛いな」
「リトラーよ、ぬしもそう思っておったか。将来は美人になるじゃろうな」
「おっしーい、カメラがあったら撮って兄貴に売りつけたのに☆」
「あはは、ハロルド。これからの一週間を頼むよ」
「よっぽど真っ赤に染まりたいようですね、カーレル中将」
「頼む、アトワイト。それ以上何も喋らないでくれ……」
 初めにシャルティエが発狂しつつイクティノスにしがみ付いた。
 そしてリトラーとクレメンテが笑いながら会話を交わす。
 ハロルドが指を鳴らして一つの提案を出すと、カーレルが問題発言。更にアトワイトの黒発言。胃が痛むのを感じながら、アトワイトを止めるディムロス。
「……? 行こう、ハロルド。早く晶術っていうやつをやってみたい」
「はいはーい♪」
 上層部の様子には首を傾げたが、すぐにハロルドを呼んだ。
 飛び跳ねながら歩くご機嫌なハロルドを追いかけるの後姿を見て、ディムロスは一つの熱い思いを胸の中で呟いた。

 ――必ず生きて帰って来い、……!

あとがき
ギャグの割合が多くなってきたかも。
今回は夢主がハロルドにガツンとされ、まあなんとか立ち直る話でしたv
そしてディムロスに認められたのが嬉しくて、笑顔まで零しちゃう夢主。お陰様で皆様暴走してくれました。
ところでヴァンクの墓に謝罪しか出来ない夢主ですが、これからも謝り続けます。そしてD2の話の方で、大きく変わった彼女が謝罪の言葉以外の言葉をヴァンクの墓に告げます。ちょっと予告!(だいぶ未来の
それでは、ここまで読んで下さった方、有難う御座いました!
2007/3/29
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