「シャルティエ君とイクティノス君が来ていないな。ディムロス君、呼んできてくれないかね?」
 朝からソーディアンチームでの会議があるというのに、珍しくあの二人が会議室には来ていなかった。
 リトラー司令がそれに気付き、私に指示を出した。
「……はい」
 その場にいる人間を見て、私は承知した。
 いるのはカーレルとアトワイトとクレメンテ老。
 クレメンテ老は最高幹部の一人。アトワイトには行かせたくない。カーレルは腹黒。
 ……悲しいながらも、私が行かなくてはならなかった。

 通り過ぎる兵士に軽い挨拶をしながら彼らの部屋に向かうと、その部屋からあの少女が出てきた。
 何か二人に害を及ぼしたんじゃないだろうな、と思わず不信感を抱いた。
「おい、どこへ行くつもりだ? 勝手な行動はするなと言ったはずだが」
 少女を捕まえ、私はそう言った。
 すると少女は相変わらずの無表情で、私を見据えて口を開く。
「顔を洗いにも行っちゃ駄目なの?」
「……行ってこい」
 思わずため息が出る。少女を促すと、少女もため息を吐いてその場を立ち去った。
 男二人は何をしているのか。まさか寝坊か?
 そんな事を思いつつ私は部屋の扉を開けた。
「―――ッ!?」
 声を失った。
 それもそうだ。

 シャルティエとイクティノスがわざわざベッドをくっ付け、一緒に寝ているのだから。

 ぎゃあああああああああああああ――ッ!!

 そんなわけない。あるはずがない。
 そんな想いを抱きつつ、私は朝っぱらから叫んでしまった。



無垢で冷淡な子供





「…………?」
 ディムロスと思われる叫び声を聞きながら、は首を傾げた。
 とりあえず水場で顔を洗い、息を吐いた。
 シャルティエとイクティノスに挟まれ、昨夜は安心して眠ることが出来た。朝に起きても、二人はまだ眠っていたから放置したのだが、ディムロスが来たということは何か用事があったのだろうか。
 ――それにしても。
 あのディムロスという人物だけは馴染めない、とは思った。
 自分を受け入れてくれないという思いが、ひしひしと伝わってくるのである。先程のように、ただ顔を洗いに行くにも忠告をしてくる。そんなに自分を束縛したいか、と呆れてしまう。
 ヴァンクやシャルティエやイクティノス達は温かいが、ディムロスだけは冷たかった。

 とりあえずは顔を拭き、部屋へと再び向かった。
 部屋の前では、ディムロスが青い顔をしてシャルティエとイクティノスに怒鳴っていた。
「今日は朝から会議だと言ったはずだぞ! というかお前たち、何故同じベッドで寝ていた!? 理由を言え、理由を! ……あまりに濃い内容だったら、遠慮するが」
「ち、違うんです中将。これには深い訳があって……」
 必死に弁解しようとするシャルティエ。はその場に入って、一言述べる。
「シャルとイクティは、私と一緒に寝たのよ」
 その言葉を聞いて、ディムロスは目を見開いてシャルティエとイクティノスを見た。
「……それはそれで、危ないんじゃないか? お前たち……」
「……言わないで下さい」
 顔を青くして言うディムロスに、イクティノスはため息を吐きながら突っ込んだ。



「ディムロス、何かあったのかい? ここまで叫び声が聞こえてきたけど……」
 ディムロス、イクティノス、シャルティエ、という順で会議室に入ると、まずカーレルが苦笑しながらディムロスに言ってきた。
 ディムロスはため息を吐きながら、椅子へ座る。
「部屋の中を見ると、シャルティエとイクティノスがベッドをくっ付けて一緒に寝ていたんだ。叫ばずにいられるか」
「あら、そうなの?」
 その説明に、アトワイトが口を挟んだ。
 決して疑問符を浮かべず、どちらかと言うと興奮した目つきになってたのは気のせいだろう。そういう事にしておきたい。
「いえ……も初めて別の所で寝るわけですから、ちょっと気遣って……。じゃあ一番初めに起きたのがみたいで、ディムロス中将が勘違いしてしまったんです」
「へえ? と一緒に寝たんだ……」
 シャルティエの説明に、カーレルは微笑をシャルティエとイクティノスに向けた。
 決して優しい微笑ではなく、彼の後ろに黒い霧が見えるような微笑だった。思わず俯くシャルティエとイクティノス。でさえ顔を青くしている。
、剣術の方はどうだ?」
「特に問題は無し。……自分の欠点は心得ているから、努力次第でどうにか」
 リトラーの質問に、は相変わらずの表情で答えた。苦笑しながらリトラーは「そうか」と相槌を打つ。
「今後に期待している。――それでは、会議を始めよう」
 会議の内容は、これから各地で行われる小規模な戦闘の事を中心としたもので。
 には全く関係の話だった為、暇を持て余すと思っていたがそうではなかった。
 彼女はしっかりと話を聞いていて、理解しているようだった。
 逆にそれが、ディムロスに更に不信感を与える。
 ――本当に、スパイでないと言い切れるのか……。
 フィアルの娘だから、この会議室にいる人物は安心しているのか。それならば、ミクトランの娘だからという発想はしないのか。奴の娘なら、たとえフィアルの娘といえども洗脳されていたら一緒だ。地上軍の機密情報を天上に持ち帰る事も出来る。
 ――それなのに、全く持って警戒しないのは何故だ。
 小さい故に、油断しているのか。やはり、フィアルの娘だからか。
 ひたすら思考が同じ場所をぐるぐると回るようだった。
「ディムロスよ。先程からを見ているようじゃが、気になるか?」
 クレメンテに問われ、そこでディムロスはやっと我に返った。
 そして見られている事に気付いたは自然とディムロスの方を向き、目が合い、すぐに互いに逸らす。
「……申し訳ありません。少し、気が逸れてしまって」
があまりにも可愛くて目がいっちゃったとか言い出したら、ハロルドの実験に付き合わせるよ?」
「それは無いから安心しろ」
 相変わらず黒いオーラを漂わせるカーレルに、ディムロスは青い顔をしながら言葉を返した。
 いつもなら「やっりぃー☆」とか言って大喜びする科学者は、今回の会議には参加していないのが救いだった。
「会議を中断させてしまって、申し訳ない。……続けて下さい」



「――これで、会議は終了する」
 リトラーのその言葉に、シャルティエは肩の力を抜いた。
 会議自体が息苦しいわけではない。ディムロスとの間の雰囲気が、とても居心地悪いものであった。
 それで何故かシャルティエが気疲れしてしまい、くたびれて椅子に全身を預ける。
 ディムロスは忙しいのか、早々と会議室を後にしていた。
、ディムロスの事を悪く思わないでね。もとは単純バカなのに、上の立場だから変に警戒しちゃってるだけなのよ」
 アトワイトが気遣って、に話しかけた。それに同感するように、リトラー、クレメンテ、カーレルが頷く。
「別に……。……シャル」
「えっ? あ、ああ、稽古?」
 アトワイトの気遣いを軽く流し、はシャルティエの方へと歩み寄った。
 シャルティエは少し驚いたが、が武器を手にしていたから理解することができた。は頷いて、武器を背負う。
「やる気なら、シャルティエよりあるかもしれんのお」
「く、クレメンテ老……その言葉、本当に痛いですから」
 クレメンテの言葉に、シャルティエは苦笑いを浮かべて言いながら立ち上がった。
 アトワイトはくすくす笑いながら、の頭を撫でる。
「おでこに傷まで作っちゃって。頑張るのは良いけれど、無理はしないようにするのよ。体を壊してしまったら元も子もないんだから……でも、応援しているわ」
 微笑みながらアトワイトに言われ、は少し俯いた。そして、少し戸惑った後に口を開く。
「あ、ありがとう……」
「ッか、可愛い……!」
 そんな返事がくるとは思っていなかったのか、アトワイトは顔を真っ赤にさせてを抱きしめていた。はされるがままになっていたが。
 ――僕も、昨夜はびっくりしたなあ。
 ありがとう、と返ってくるとは思っていなかったから。
 イクティノスと一緒に目を見開いて、そして微笑んで。抱き締めたい衝動を堪えて、頭を撫でてやった事を思い返す。
 ふとシャルティエがイクティノスを見ると、彼もを見て微笑んでいた。
「……さあってと、のやる気を潰すわけにもいけませんし、行ってきます」
 そんなイクティノスに釣られて微笑を浮かべ、シャルティエは言いながら立ち上がった。
 のやる気に便乗して、自分も訓練したら変わるかもしれない。
 いや、それよりもと二人の時間を作ることによって、仲良くなるのが嬉しかった。



、そろそろお昼にしようよ」
 朝の会議が終わり、すぐに訓練所に来て訓練をすること数時間。
 休憩中もずっと訓練をしている兵士を見ているに、シャルティエは苦笑しながら声をかけた。
 は顔を上げて、シャルティエの顔を見る。
「もうそんな時間?」
「昼ならとっくに過ぎてるよ。今は一時半。お腹減ってない?」
「……減ったかも」
 時間にさえ気付かないぐらい集中しているのに、空腹を案外簡単に認めたの様子が面白くてシャルティエは思わず笑いをこぼした。
 食堂に食べに行こうと二人で訓練所から踵を返そうとした時、後ろからいきなり声をかけられる。
「ガキのお守りなんて大変ですねえ、ピエール少佐」
 低い声に思わず足を止め、シャルティエは振り返った。そこには、体格だけがやたらとデカイ二等兵が一人いた。
 ガキのお守り、という言葉に反応したのか、はシャルティエを見てきた。そんなを一瞥して、シャルティエは二等兵を見る。
「この子はそんなんじゃない。まだ見習いだから、僕の傍にいるだけだ」
「そりゃ羨ましいっすねー。見習いだからって上層部の人間と仲良くなれるもんなんっすか? 俺も見習いになっちゃおうっかなー」
 ――体格だけでなく、態度もデカイ。
 シャルティエは内心イライラしながら、この二等兵を睨んだ。
 確かには上層部の人間と仲がいい。結果を出せばすぐに階級がもらえるだろう。
 しかし、それを妬んでも仕方ないということが、この人間には分からないのか。
「大体テメェみたいなガキが地上軍にいると、目障りなんだよ。お荷物なんだよ。わかるか? お荷物! あんまりはしゃぐんじゃねえ、上層部に呆れられるぞ?」
「さっきから聞いてれば……!」
 二等兵の物言いにシャルティエは我慢できなくなり、二等兵の胸倉を掴んで今にも飛び掛りそうになった。
 だが、その男は顔を間近にして笑った。嫌味のように。
「ピエール少佐だって、ソーディアンチームに抜擢されたから階級が上がったようなもんじゃねえか」
「――ッ」
 的を射た言葉に、シャルティエは怒りが頭の頂点まで達して殴りかかろうと左手を後ろへ引いた。
 だが――。
「シャルの本当の実力があなたにわかるの?」
 のその一言で、怒りなんて飛んでいった。
 今まで自分の心の中だけで、その言葉を繰り返し呟くように生きてきた。
 自分の本当の実力が、お前にわかるのか、と。しかし、その言葉は今まで誰も他人は言ってこなかった。だけど、今、確かにが言ってくれたのだ。
 何度も、何度も、自分でさえ言えなかった言葉を。
……」
 シャルティエは腕の力を抜き、男の胸倉を掴んでいる手を離してを見た。
 彼女は、まっすぐに男を睨みつけていた。
「シャルが力を出し切れば、少佐なんていう階級にとどまっていないはず。人の本当の実力さえ見分けれない奴が喚いてんじゃないわ。耳障りよ。わかる? 耳障りだって言ってんの」
「こ、このガキッ……!」
 ――イクティノス少将。少将の言うとおり、ってば凄い吸収力です……。
 先ほど男が言ってきた嫌味を、そのまま跳ね返している。
 しかも、男よりが言ってる事の方がつじつまが合うので説得力もある。
 男は青筋を立てながら、怒りに体を震わせる。
「……あなた、うるさいわ」
 がそう言って、レイピアを鞘から抜いた。
 そしてその剣先を、男に突きつける。
「えッ、ええ!? 、何する気!?」
 あまりの突発的なの行動に驚き、シャルティエは戸惑いながら彼女の傍に行って尋ねた。
 は相変わらずの無表情――瞳からは強い力を感じる表情で、淡々と答える。
「要は私があなたに勝てば、喚く必要もないんでしょう」
 そのの物言いに、男は「ヘッ」と言って笑い、自身も剣を抜いた。
 ――無茶だ。
 シャルティエは、第一にそう思った。
 体格も年齢も武器を扱ってきた暦も、差があき過ぎている。には訓練の間あれこれと指導はしたが、剣を交えたのは最初の一回だけ。習うより慣れろ、のつもりだったが、結局は習わしてから慣れてもらうつもりだった。
「危ないよ、
「ガキがやる気なんですから、やらしたらいいじゃないですか少佐? ……俺もちょっと痛い目に合わせねえと、気が済まねえしな」
 制止させようとしたシャルティエに、男が剣を構えながら言った。そんな男をシャルティエは一瞥し、を見る。
 は男を見据えつつ、口を開く。
「シャルに恥をかかせるような戦い方はしない」
「そ、それは嬉しいけどさ……」
 そこまで言って、シャルティエはため息を吐いて傍を離れた。どれだけ言っても、彼女はきっと折れてくれないだろう。
 剣術の指導をしていても、自身がこれと決めたものは決して譲らなかった。実際、が見つけたやり方の方が効率的だったりするのだが。
「せめて、怪我をしないようにね。怪我なんて作っちゃったら、皆から怒られるからさ」
 シャルティエのその言葉に、は頷いた。
 男は肩や首を回してゴキゴキと音を鳴らし、笑みを浮かべながらに言う。
「どこからでも掛かってきてもいいぜえ? オチビちゃんにはハンデが必要だろ?」
「……別にどうでもいいけど? あなたにハンデをあげるっていう知能があったのが驚き」
「こッ……ンのガキがぁぁぁぁああ!!!」
 怒りに身を任せて飛び掛かるのは危険。
 は、シャルティエが言った事をしっかりと実行していた。挑発を受けたら、挑発に乗らない。逆に挑発する。挑発をするような人物は、大抵挑発に乗ってくるものだから。

 男は大量の青筋を浮かべながら、剣を掲げての方へ走りこんだ。そして男は剣を振り上げ、を叩き割る勢いで剣を下ろす。
 だがは体の身軽さを利用し、軽々と後ろに跳ぶ事によって避ける。
 ――どうなるんだろ、この戦い……。ああ神様、が大怪我しませんように……。
 自分が加われない分、シャルティエは気持ちばかりが焦って思わず神頼み。周りを見ると、この騒ぎを聞きつけて来た人間もいるようで人だかりが出来ていた。
 男の攻撃を、はひょいひょいとかわしていく。
「テメェ、逃げるばかりか! 攻撃できないとか言うんじゃねえだろーな!?」
 軽く息を切らしながら、男は声を荒げてに言った。
 男が再度剣を振り上げたところで、初めては剣身に右手を添えてレイピアを頭上に構えた。男の剣を受け止める気だと、誰もが思った。
 ――あ、危ないって……! 下手すると、剣が折れて……!
 跳ね返す力が無い場合、受け止めた方の剣が折れてそのまま頭がさっくりと割れるかもしれない。それもに言ったはずだが、さすがに覚えていなかったのだろうか。
 シャルティエは思わず、一歩足を踏み出した。
 男はニヤリと笑みを浮かべ、剣を振り下ろす。
「――なっ!」
 剣をまともに受けたと思ったはレイピアの剣先を地面の方へと向け斜めにし、添えていた右手は左手と共に柄を握った。渾身の力で振り下ろした男の剣は斜めになったレイピアを滑るように流れ、地面を割る。
 男は驚きの余り声を出したが、すぐに体勢を立て直そうと地面に突き刺さった剣を抜こうとしたところで――。
「…………」
 が無言で、横から男の後ろ首にレイピアの刃を当てていた。レイピアの冷たさを感じたのか、男の顔は一気に青ざめた。
 周りの者は、息を呑んだ。状況ではなく、の瞳に。
 少女の瞳からは、強い殺気が感じられた。
 シャルティエでさえ、駆け出そうとしていた足を止めてしまった。
 男は横目での瞳を見て、悲鳴を上げる。
「ひッ……ひぃぃぃぃ!」
 男の悲鳴が耳に障ったのか、はわずかに顔を顰めた。
 そして――レイピアを振り上げる。
 ――殺す気!?
 考えるより先に、シャルティエは足が動いた。
 は剣を振り下ろしながら、言い放つ。
「うるさ――!?」
 のレイピアが振り下ろされ、男の首に当たる直前でシャルティエは横からに飛び掛った。は目を丸くして横を見たが、シャルティエだとわかると抵抗する事もなく大人しく二人して横倒しになる。
 それと同時に、男は走ってその場を逃げて行った。
「だッ……!」
 シャルティエは言いかけたが、自分が十歳の少女の小さな身体に圧し掛かっている事に気づき、慌てて四つん這いの姿勢となって下にいるを見て言う。
「駄目だよ、! 腹は立つだろうけど、一応は同じ地上軍なんだから殺すなんて絶対に駄目だ!」
 ――バルバトスみたいに、なってほしくないから。
「軽々しく殺しちゃ駄目なんだよ……!」
 ――彼のようになる事がないよう僕がいると、ディムロス中将に言ったから。
「おーおー、激しいなあ」
 突然降ってきた声に、シャルティエはハッとした。その声は、続けて言う。
「シャルティエ少佐、その体勢じゃを押し倒してるみたいだぜ?」
「え? あ、うわッ、ご、ごめんッ!」
 シャルティエは慌ててから飛び退いて、少し離れた場所で尻餅をついたがすぐに立ち上がった。
「ブッ! ……少佐ぁ、幼女を押し倒して赤くなるなよな?」
 先程降ってきた声の主は、ヴァンクだったらしい。
 ヴァンクは適当に周りの人間を追い払った後、シャルティエの顔を見て噴出した。
 シャルティエは思わず顔を手で隠す。
「……シャル」
「なっ、ななな何?」
 も起き上がって立ち上がり、シャルティエを見た。だがその視線はあちこちに泳ぎ、戸惑うような表情を見せて口ごもっている。
 ――……もしかして僕、の気に障る事をしちゃったかな……?
 咄嗟に返事をしたものだから声が裏返ったりしたシャルティエは、内心ハラハラして落ち着かなかった。だが、ヴァンクがの頭の上に手を置いて言う。
、こういう時はごめんなさいって謝るもんだぜ」
 その言葉に、はヴァンクを見た。ヴァンクは人当たりの良い笑顔を浮かべながら、の頭を撫でる。
「自分が悪い事をしたと思ったら、間違った事をしたら。……あとは、そうだな。喧嘩とかして離れ離れになって、相手とまた話がしたい時に素直に謝って仲直りしたり、な」
 頭を撫でていた手を腰に当て、ヴァンクはに言った。
 は数秒考えた後、シャルティエへと向き直り口を開いた。
「シャル、もう殺そうとするなんてしないわ。……ごめんなさい」
 申し訳なさそうに謝るを見て、シャルティエは嬉しくなって。
 シャルティエはを抱き締めた。
「……いいよ。わかってくれたなら、いいんだ」
 は安心したように息を吐いた。しかし彼女は、シャルの耳元で「でも」と呟く。
「やっぱり私には……地上軍だから駄目という以外、殺しちゃいけない理由がわからない」
 その言葉を聞いて、シャルティエはを強く抱き締めた。
 天上には肉体さえあれば生き返らせられる技術があるから、それ故には命の重みがわからない。死んだ者は生き返る事が出来る、というのが最早常識といった世界なのだろう。
 だが、それは神の眼があってこその常識なのだ。
 に根付いているその常識は、決して幸せなものではない。それこそ下手すればバルバトスのようになってしまう。
 ――でも、でも……いつかは。
「わかるはずだよ。きっと」
 ――は、根はとても優しい子だから。
 そう思いながらシャルティエはを抱き締めていた。
 は抱き心地が良く、なかなか放すことができない。こうやって抱き締めていると、安心できるのだ。
 すると、の腕がシャルティエの背中にまわった。
「え……!? ちょ、お、ど、どういう状況ですか大佐あああ!?」
 シャルティエは抱き締めながらも驚愕し、思わずヴァンクに尋ねた。
 視線の先で、ヴァンクは笑いながら答える。
「うっらやましいなー、シャルティエ。あ、状況? 俺には兄と妹が再会を喜び抱き合っているように見える」
 ――適当な状況説明ありがとうございます、ヴァンク大佐。
「……皆が私をよく抱き締めるから、どんな感じなのかなって」
 の理由を聞いて、シャルティエは落胆の息を吐いた。
 ――いや、落胆する意味がどこに。
 自分の事をが好いてくれてるのかと期待していたのか。
 ――いやいや、何を考えてるんだ僕は。
 回してくれていた腕をが引っ込めたので、それに伴いシャルティエもを解放した。
 ヴァンクがを見ながら、口を開く。
「で、結局どんな感じがした?」
「……温かかった」
「だとよ、シャルティエ」
 の答えにいちいちドキドキしながら、シャルティエは「ありがとう」と言った。そしてはヴァンクが気になるのか、チラチラと見ていた。
 ヴァンクにまで抱きつかれたら、なんだか面白くない。邪とも言える独占欲が邪魔をし、シャルティエは慌てて口を開く。
、さすがに相当お腹減ったよね? 食べに行こうよ。……ヴァンク大佐も、よろしければ一緒にどうですか?」
「あ、俺は仕事があるから。の噂を聞いて駆けつけて来ただけなんだ、実はな。それにしても強かったぜ、。二日目にて大の男を倒しちまうなんてなあ。ああくそ、もっと話してえけど余裕がないな。じゃ、またな!」
 走ってその場を去るヴァンクにお辞儀をしながら、シャルティエは内心ホッとした。立場上誘ったものの、了承されてを独り占めされたら悲しいものがある。
 シャルティエはの手を握った。
「行こうか、
 見上げてくるに笑いかけ、シャルティエは手を引いて食堂へと向かう。



「獲物はっけーん!」
 昼食を取っていると突然明るい声が沸いてきて、その声に反応してシャルティエが「ヒッ」と短い悲鳴を出した。がスープを啜りながら目線を声の主へと向けると、そこにいたのはハロルドだった。
「何よ、悲鳴なんてあげて。そんなに実験台になりたいわけ?」
「決してそんな事は! ちょ、ちょっと驚いただけです……」
 シャルティエの態度が気に喰わなかったのか、ハロルドは悪魔の笑顔を浮かべながら実験台発言。首を激しく横に振りながら、シャルティエはすぐさま全否定した。相当恐ろしい人物なのだろうか、このハロルドという人物は。
「ちょっと、聞いたわよ。あんた、大の男に余裕で勝ったんですって? 二日でそんだけ成長するんだから、剣術の才能はあるってことよね。ってことで、晶術の方もそろそろ特訓してみない?」
 キラキラと目を輝かせ、ハロルドは尋ねてきた。
 は少し考え――首を横に振る。
「まだ……剣術をやっときたいの」
「そーお? でも晶術も傷口治したり、結構便利よ。コツさえ掴んだら簡単だから、アンタの場合そんなに時間喰わないと思うんだけど」
「……でも」
 尚も誘ってくるハロルドに、は戸惑った。
 ちらりとシャルティエに視線を移すと、彼は苦笑していて。ハロルドはのその様子に気付いたのか、「はいはい」と言ってため息を吐いた。
「天才様のお誘いを断るなんて、大した度胸ね。まあ、それだけ剣術が楽しいんでしょ。気が済むまでやったらいいわ。でも遅くなればなるほど、その分しっかりと付き合ってもらうからね。ぐふふふふッ、楽しみだわ~♪」
「…………」
 ――出来るだけ、早くしよう。
 高笑いを上げながらその場を去るハロルドを見て、は心にそう誓った。
 シャルティエが急にくすくすと笑い出したので、思わずそちらを見る。
「意外だなって、思ったんだ。がハロルドさんの誘いを断るとは思わなかったから」
 シャルティエのその言葉に、は天上に目を向けて考えた。
 別にやっても良かった。だけど、今はやりたくなかった。
 再びシャルティエの方に視線を移し、は答える。
「……ハロルドの言うとおり、シャルと訓練するのが……楽しい、のかな」
「ブッ」
 の言葉を聞いたシャルティエは噴出し、口元を押さえて耳まで真っ赤にしていた。不思議に思いつつも、は続ける。
「晶術もやってみたいのは確かなんだけど、今はとにかく剣術がしたいの。……天上にいたころは、こんな気持ちなんて抱いたこともなくて。これが本当に「楽しい」なのかは全然わからないんだけど……」
「そっか……」
 まだほんのりと顔を赤くさせながら、シャルティエは笑みを浮かべて呟いた。そして彼は水を一口飲み、に向かって笑いかける。
「……僕も、と訓練するのが……楽しいよ」
 その一言に、は思わず目を丸くさせた。先程のように抱き合ったわけでもないのに、温かさを感じた。
 ふと、自然と出てきた言葉を口にする。
「……嬉しい」
「へ?」
 今度は、シャルティエが目を丸くさせた。
「今、そう思ったの。シャルがそう言ってくれて、嬉しい。この嬉しいっていう気持ちは、本当なんだと思う」
 そう言った途端、シャルティエは再び顔を真っ赤にさせて机に突っ伏した。そして弱々しい声で「嬉しいのは僕の方だよ……」と、呟いていた。
 シャルティエのその反応に小首を傾げただったが、その場に急いでやってきた一人の人物を確認して名を呼んだ。
「イクティ」
「え!?」
 が言った名を聞いて、シャルティエは慌てて顔面を上げた。イクティノスは軽く息を切らしながら、二人がいる机のもとへとやって来る。
「こんな所にいたんですか。……シャルティエ少佐、それに。今から緊急会議があります。至急会議室の方へ」
「あ、はい。了解しました。……って、もですか?」
 イクティノスの言葉を聞いて、シャルティエは立ち上がりながら尋ねた。すると、イクティノスは頷く。少し、微笑んでいるような気がした。
「司令はも必ず呼んできて欲しい、と言っていました」



 イクティノスはシャルティエとの二人を連れて会議室へと入った。
 会議室にはソーディアンチーム以外の上層部の人間も集まっており、はシャルティエの影に隠れていた。
「ピエール・ド・シャルティエ少佐。の二名を連れて参りました」
「ご苦労だった、イクティノス少将」
 イクティノスが報告すると、リトラーは二人を……いや、を確認して微笑を浮かべながらイクティノスに労いの言葉をかけた。
 そして会議室を見回し、リトラーは咳払いをした。
「全員揃ったようだな。では、今より緊急会議を始める」
「総司令に代わって、私が状況の説明をしましょう」
 リトラーが宣言をした後すぐに、カーレルが数枚の書類を手に持ちながら言った。
「気付いている方もおられるでしょうが、二日前の夜よりベルクラントの発射攻撃が途絶えています。しかし、数十分前に地上に多くのモンスター、及び天上兵が降下したのが確認されました。奴らの目的は、先日我が軍に入ったミクトランの娘、の奪還」
 カーレルの説明に、が目を見開いた。数名の者がにちらりと視線を向けた。
 次に、リトラーが口を開く。
は今や我が地上軍の大きな戦力となろうとしている。今更天上に返すわけにもいかない。よって、軍を率いて各地を荒らしている天上兵及びモンスターの討伐を行ってもらいたい」
「敵は街を中心に襲っておる。各街に滞在しておる警備隊も全滅しかけとのことじゃ。早急に向かわなければならん。今回の目的は天上軍を撤退させること」
 クレメンテがそう言うと、は「あの」と切り出した。視線が集まる中、彼女は言った。
「司令。……私は、ここにいて良いんですか?」
 は俯きながら、尋ねた。リトラーは思わず、といった感じで失笑する。
 それを感じたのか、はリトラーを見る。
「今回の戦いに関してが気負う必要は全くない。むしろ、には感謝したいぐらいだ。ベルクラントの攻撃にはお手上げだが、兵やモンスターならば勝ち目があるからな」
「リトラー総司令。それで、を呼んだというのは……」
 シャルティエがおそるおそるとリトラーに問うた。
 普段は滅多な事がない限り会議中に口を出さないシャルティエに、リトラーは苦笑を浮かべた。
 そして、の方を見て笑みを浮かべる。
の場合は、じっと隠れて勝利を待つなんて嫌ではないかな?」
「……はい」
 ――さすがは司令、といったところだな。
 人を見る目は確かだ、とイクティノスは思った。自分が見る限りでも、は今回の件でじっとしているなんて出来ないだろう。
 今回の戦いでじっとしていろなどと命令された日には、彼女はじっとしながらも自分を責めてしまう。
「リトラー司令! それでは、この少女を戦場に出すおつもりですか!」
 ――それなのに、この男は。
 イクティノスはため息を吐いた。ディムロスが声を荒げて、リトラーに反論したのだ。
「私はそのつもりだが。昼間にが二等兵を倒したという情報が入ってきたことだ。そこら辺りの兵士よりは腕が立つと、私は確信している」
 ディムロスとは反対に、落ち着いた声でリトラーは言った。しかしディムロスは納得がいかないようだった。
「私は反対です」
 ディムロスはを一瞥し、はっきりと言った。リトラーは困ったように息を吐く。クレメンテが、自身の髭を撫でながらディムロスに問う。
「ディムロスよ、お主はを信用していないのじゃな?」
「私には老たちが安易に信用しすぎだと、思うのですが。この少女は投降兵と似たようなもの。そうすぐに信用するのはどうかと思われます。今回の戦いも、天上兵にいつ寝返るか……」
 クレメンテの問いに、ディムロスはしかめっ面をしながら答えた。がディムロスを睨む。
 だが、それより前にアトワイトが口を出した。
「お言葉ですが、ディムロス中将閣下。それを言ってしまっては、ヴァンク大佐も疑う対象になってしまいます。他にも地上軍には元天上兵がいますわ。それに、地上軍の人間もいつ天上軍に寝返るかわからないのですよ?」
 アトワイトに言われ、ディムロスは口を噤んだ。だが、少しの間を空けた後に再び口を開く。
「……まだ実践経験も無だ。いきなり今回のような大きな戦闘には……。やはり、今回は基地で大人しくしてもらった方が」
「悪いけど」
 ディムロスの言葉を途中で切ったのは、だった。は臆する事もなくディムロスを見据え、言う。
「もうどこかに縛りつけられるのは嫌よ」
 今までずっと縛られてきたんだから。
 は続けて、そう言った。ディムロスも言い返せず、辺りは静まり返った。
「まあ、良いじゃないですか。ディムロス中将。が天上軍に寝返ったりしないということは、私が保証します」
 苦笑しながらヴァンクが言った。
 元天上兵であるヴァンクが保証しても、という突っ込みをイクティノスは飲み込む。どのみち、が戦場に出た方が有利なのには間違いないのだから。
「それでは、には遊撃部隊長ヴァンクの下についてもらおう。シャルティエ少佐には悪いが……異存はないかな?」
 リトラーの言葉にシャルティエは目を大きく見開いた後、俯いて「はい……」と弱々しく返事をした。
 その声は本当に残念そうで、イクティノスは失笑するところを抑えた。他にも同士がいるのか、体を震わせて笑いを堪えている人物が何人かいた。
 だがやはり、一人だけ異存を持っているようだった。
「司令! 何故また、少人数で自由行動の多い遊撃隊などに……!」
「だーッ! もう、あーだこーだうっさいわよディムロス!」
 何度も反論するディムロスに、ついにハロルドが怒鳴って机を叩いた。
 確かに会議がまったく進まないこの状況は、ハロルドにとって怒りを募らせるだけのものなのだろう。
「そんなにに信用おけないなら、アンタが今回だけ遊撃隊に入ればいいじゃないの!」
「ああ、それは良い考えだな」
 ハロルドの言葉に、怒った彼女の怒りを鎮めようとしていたカーレルが同意した。リトラーも深々と頷いた。
「なッ……本気ですか、司令! 私の代わりは誰がいるというのです!」
「私がしよう。君のように前線で戦う事は出来ないが、兵士の士気を高めるぐらいなら出来る」
 ディムロスの疑問に、意外にもカーレルが名乗り出た。
 確かに、彼もディムロスと同じ中将という立場。それに天才軍師とも呼ばれている。十分、ディムロスの代わりが務まるだろう。
「……これで、異存はないかね。ディムロス中将」
「…………ありません」
 リトラーに問われ、ディムロスは渋い顔をしつつも承知した。

 その後、急いで各隊が向かう場所、戦闘作戦が決められた。
 とディムロスを新たに加えた遊撃隊は、敵の数が一番多いレアルタの街付近に行くことになった。
「では、会議を終了する。各部隊、早急に兵を率いて出撃せよ!」
「了解!」
 リトラーの言葉に敬礼をして、次々と上層部の人間は会議室を出て行った。

 そんな中、会議室を出て行こうとしたを、イクティノスは呼び止めた。
 今回イクティノスはこの会議室で情報を分析しなくてはならない。カーレルがいない分、忙しくなるだろう。
 今からでも作業に取り掛かりたいのだが、その前にには言いたい事があった。
 は足を止め、振り返って首を傾げた。
「危険だと思ったなら、すぐにここへ戻ってくるように。貴女が死んでしまったら私たちが、死体を粉々にしなくてはならない。……天上には人を生き返す技術がありますから」
「……私の帰ってくる場所は、ここよ」
 そのの言葉に、イクティノスは笑みを浮かべた。
 彼女は必ず生きて戻ってくるのだろう。が死んだ時点で、地上軍がの死体を引き取れるとは限らない。それぐらいも理解しているはずだ。
 イクティノスはの側に歩み寄り、少し屈んで耳元で小さく言う。
「私情なので大きな声では言えませんが……。必ず、戻ってきてください。が死んでしまうと、シャルティエも私も悲しみます」
 はイクティノスを見上げた。
 イクティノスが軽く笑みを浮かべるとは視線を逸らし、顔を少し赤くしていた。
「あ、ありがと。そう言ってくれたら、嬉しい。……イクティの声って、なんかエロイよね」
「え、えろ……ッ!?」
 イクティノスから離れ、会議室を出て行きながらが爆弾発言。
 の後姿を見送りつつ、イクティノスは噴出した。会議室に残っていた人物が笑いを堪えている。
 リトラーが苦笑を浮かべながら、イクティノスに言う。

 ――エロイ声で情報収集を頼む、イクティノス少将。
 ――勘弁してください……。

あとがき
冒頭からとんでもない事になってますが。書きたかったネタです(笑
夢主、ちょっとずつしゃべるようになってきました。後半の方ではだいぶ人間味のある話し方になってると思います。
で、今回はディムロスが夢主を疑いまくる回でした。しかしこれも次の話で打ち解けます。いや、ディムロスが夢主に対して警戒心を無くすというか!
次回はシリアスばっかりで。命の重みがわからない夢主に、変化がおとずれます。
それでは、ここまで読んで下さった方有難う御座いました!
2007/1/13
←03  戻る  05→