新しい家族



「ここ……シード中佐の家?」
「いや、私の家は王都にある。君のために借りた家だが、気に入ってもらえたかな」
 シードの言葉に、は素直に頷いた。
 彼女の保護者となったシードは、オーブメントの調整方法について詳しく学びたいというの要望を汲み、ツァイスの街へと部屋を借りたのだ。
 一人で住むには少し大きめの家かもしれないが、エステルやヨシュアたちなどの来客があるかもしれないし、備えはあったほうがいい。
「それは良かった。足りないものがあったらいつでも教えてほしい。月に一度は生活に困らない程度のミラを渡すし、そこの金庫でしっかり管理しておいたらいい。……他に、何か気になることはないかね?」
「えっと……あのね、家が他にちゃんとある人は、他の家に住んじゃだめなの……?」
 どこか他にも行きたい場所があるのだろうか。この家に縛られることはないと教えるため、シードは口を開く。
「いや、仮居住は問題ない。君もここに家があるからと言って、他所の家に行けないということはない。……たとえばエステル君たちがいる家に行ってくれても構わないよ」
「じゃあ、あの……シード中佐も、王都まで帰られない時は……この家、使ってほしい」
 の提案に、シードは驚いて目を見開いた。
 いくら保護者といえども、男女だ。いや、保護者というのはそういった男女の垣根さえ越えるものだっただろうか。なんだか訳が分からなくなってきた。
 多少狼狽えながらも、シードはに訊ねる。
「だ、だが君が困るだろう。こんな中年と同じ屋根の下二人なんてことは」
「レグナートとは同じ天上の下二人でずっと過ごせたよ。だから大丈夫」
「いや、古代竜と比べられてもね……」
「……だめ? 一人、寂しいの」
 上目遣いで、すがるような目でシードを見つめる。それはまるで子猫のようだった。こうなってしまっては、シードに拒絶することなど不可能だ。
「……君がそう言うのであれば。仕事が忙しくない時はここに寄らせてもらうよ」
 シードの言葉に、は嬉しそうに微笑む。
 そう、そうだ。自分はあくまでも保護者なのだ。下心も無い保護者なのだから、一緒に住むくらい何もおかしくないことだろう。やはり心配なので明日あたりカシウスに聞いてみようと思う。
「しかし、家の中でまで中佐と呼ばれるのは肩が凝るな」
「じゃあ……マックス」
 ため息混じりに呟けば、はシードの名を呼んだ。初めて彼女と飛行船で出会った時、マクシミリアン・シードと名乗ればは「マックスでいい?」と聞いてきたのだ。その時は承諾したのだが、エステルたちと一緒にいる間に感化されて呼び名が変わってしまったのだろう。だから、そう呼ばれたのはずいぶんと久しぶりで。
「ふふ、飛行船の時はそう呼んでくれていたね」
 と、気がつけば自分も砕けた笑みを浮かべていた。
「マックス、わたしのことも呼び捨てでお願い」
「む……、か……」
 彼女のことをそう呼ぶのは、マクシミリアンにとっては初めてだった。だから少しためらいもあったが、それでも呼びきってみると、は花が綻びそうな微笑みを浮かべた。
「……えへへ」
 この笑顔が見られるなら何でもしよう。保護者――いや、家族として。
 マクシミリアン・シードは、そう思った。
2019/6/21