傘の檻



「あら……?」
 6月中旬の中間試験が迫る時期、生徒会長のトワが色んな生徒のフォローに回ったりなど忙しそうだったので、はいつものように彼女の負担が少しでも減るように手伝いをしていた。トワからの「ありがとう」という言葉と、朗らかな笑顔。それを受け取って満足感を得たは、学生会館から出ようとし、傘置き場で首をかしげた。
 自分の傘が、ない。
 最近は雨が続き、今日もずっと雨が降っていた。なので、寮から学院へ来る際も、校舎から学生会館に来る際も傘はさしてきた。だからどこかで忘れた、ということはないはずだった。
 けれど、傘置き場に自分の傘はなかった。おそらく他の誰かが間違って持っていってしまったのだろう。無くなってしまったものは仕方がない、と諦めては雨に打たれながら帰ることを決めた。

「おい」
 校門へと向かう道の途中、図書館の方からやってきた人物に声をかけられた。ユーシスだった。
「ユーシス様……」
「今朝は傘を持っていただろう。一体どうした?」
「学生会館で、誰かが間違って持っていってしまったみたいで。……見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
 話しながら、は雨に打たれている自分が惨めに思えてきた。これは完全に自分の落ち度だ。誰かが間違って傘を持っていってしまうことを見越して、携帯用の傘を常に持ち歩くべきだった。
「入るといい」
 は悲鳴をあげそうになった。ユーシスがに近づき、傘の中に入れてくれようとしたのだ。慌てて身を引き、ユーシスに訴える。
「お、お気持ちだけで大丈夫です! そんな、私のような使用人がユーシス様と同じ傘にだなんて、恐れ多いですし……! 雨もそこまで強くないので、走って帰れば大丈夫ですから! し、失礼します!」
 一礼をして、ユーシスに背を向けては走り去ろうとした。……が、背後からかちり、と音がして、まさかと思い振り返ればやはりそこには傘を閉じているユーシスの姿があった。
「ユーシス様!? お風邪を召されてしまいますよ!?」
 思わず声が裏返ってしまうが構うことなくユーシスに駆け寄り、彼の制服が雨粒を吸う前にハンカチで払う。その間にユーシスは再び傘を広げた。
 見上げれば、満足そうに薄く笑みを浮かべているユーシス。
「俺のことは嫌いじゃないのだろう。だったら共に帰るぞ」
 ここで再び拒否したら、彼もまた再び傘を閉じるのだろう。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
「…………はい」
 顔に熱が集まるのを感じつつ、うつむいて返事をするのが精一杯だった。
2018/8/26