最後の自由行動日


 最後の自由行動日を目前とした夜、は勉強の復習、予習をしていた。それを気遣ってか、同室のミリアムはあまり話しかけてこない。というよりも、ミリアムにいつもの元気がない気がした。彼女も近づいてくる別れというものに、寂しさを覚えているのだろうか。
 勉強も一区切りついたことだし、はペンを置いた。
「ミリ――」
 コンコン、と部屋の扉がノックされる。呼ばれかけたことに気づいていないミリアムは、目を丸くして扉を見た。
「あれっ、誰か来たみたいだよ?」
「この気配は……リィンみたいね」
 はそう言いながら、扉を開ける。扉の向こうにいたのは、やはりリィンだった。
「リィン、どうかしましたか?」
「いや、みんながどう過ごしているかなと思って、回っているところなんだ」
 常に気配りを忘れない。いかにも"重心"らしい、彼の言葉だった。
 は微笑み、リィンを部屋に招き入れた。の勉強机を見たリィンが、口を開く。
は、勉強していたのか?」
「はい。一区切りついたところです。次は領地運営のサポートについての本を読もうかと……」
「熱心だな。それも当然か……ユーシスの側にいることを選んだんだからな」
「そうですね。正直、私なんかがユーシス様にお力添えができるのか……足手まといにならないか、不安なんですけど」
なら絶対大丈夫だと思うけどなぁ~」
 不安をつい零したに反応したのは、ミリアムだった。だが、言葉は前向きだけれど、その声はいつもより沈んでいるように思えた。
「ミリアム……どうかしたのか?」
 そのミリアムの声色にリィンも気づいたのだろう。彼が尋ねると、彼女は肩を落とした。
「なんか、モヤモヤしちゃって。晩ごはんの時、シャロンのご飯は美味しかったし、みんなも楽しそうだったけど……どこか辛そう? っていうか、悲しそうな感じがしたんだよね。それからずっとモヤモヤ」
「……成長したな、ミリアムも」
「ふふ、そうですね」
「ニシシッ、背だって2リジュ伸びたんだからね!」
「そういうことじゃないんだが……ああ、そうだ。に話したいことがあったんだ」
 ミリアムの言葉に苦笑するリィンが、に向き直る。
「私に、ですか?」
「リーシャ・マオ。……の、お姉さん……だよな?」
「えっ……」
 リィンは要請を受け、先日までクロスベルに行っていた。その彼がその名を口にしたということは。
「あっ、会ったんですか!? 姉に!? 元気でした!? どこも怪我してませんでした!?」
 の気迫に、リィンが「うわっ」と短い悲鳴を上げた。その悲鳴で、は我に返る。
「す、すみません。姉のことになると、つい……」
「そ、そうみたいだな。とそっくりだったから、すぐに分かった。……本当はについて話し合ったりしてみたかったけど、その……」
 申し訳無さそうに、眉尻を下げるリィン。
「……戦うことに、なったんですね。要請を受けたリィンの前に、姉が立ち塞がったから」
 きっと、リーシャも守るべきもののために戦っているのだろう。星見の塔でもそうだったように。姉は今も、守りたいものをその手で守ろうと足掻き続けている。
「リィンがそんな顔する必要なんてないですよ。寧ろ……そのお話が聞けて、私は励まされました」
 の言葉に、リィンは目を丸くさせた。微笑んで、は言う。
「お姉ちゃんも頑張ってるんだなあって、わかりましたから。だったら、私も守りたいもののために頑張らないと。ただひたすらに」
「ユーシスのためだねっ! フレー! フレー! !」
「……はは。なんだか俺も元気を貰ってしまったな」
 元気がなかったミリアムも完全復活し、ベッドの上で旗振りのマネをしていた。
「その、夜遅くにすまなかった。、ミリアム。話ができて良かった」
「ふふ、こちらこそ」
「また来てねー!」
 ミリアムがリィンの背中に向かって手をぶんぶんと振る中、彼は部屋を出ていった。
「ねえねえのお姉ちゃんの話してよ~!」
「だーめ。今から1時間は領地運営についての本を読むんだから」
「ぶー! 明日のデート、目の下にすっごいクマできてユーシスにびっくりされても知らないよ?」
「うっ……で、でもユーシス様も明日は読書すると言ってたからデートする予定なんて……」
「読書デートか~。ふ~ん」
「も……もう……わかったから。もう寝ます!」
「やったー! ニシシ、一緒に寝よ!」
2020/8/8